それは時計塔で、ちょうど隠秘学の講義を受けている時のことだった。
魔術の学問とはいえ、隠秘学は座学中心だ。それも専科での基礎講座は普通の大学の文系講義とさほど違いはない。特に隠秘学は必修だから受講生も多い。俺はこの日、ジュリオと並んで教授の顔も見えないほど後ろの席で、この講座を受講していた。
「ジュリオ、寝るな」
俺は、隣で船を漕ぎ出したジュリオの脇腹を突ついた。
「……ん? ああ、大丈夫。僕のは自動書記だから」
ふにゃふにゃと返事をしたかと思うと、ジュリオはまた船を漕ぎ出す。言われて良く見ると手首を支点で浮かせ、ペンを握った手が勝手にノートを取っている。便利だな、俺もこれ習おうかな。
「ミスタ・エミヤ」
と、その時だ、いきなり教授に名前を呼ばれた。
「あ、はい」
立ち上がり教壇を眺めると、使い魔だろうか? 教授はかなり大きめの黒猫から、なにやらメモの様な物を受け取っていた。はて?
「ただちに本科鉱物学第二教室に向かうように。本日の講義に付いては出席としたうえで後日講義内容の手記を手渡す」
教授は平然とそれだけ言うと、何事もなかったかのように講義を再開した。
鉱物学科か……皆まで言われなくとも、何の為に呼ばれたかは察しがつく。つきたくないなぁ、はぁ。
「あ、シローまた召集か?」
それまで舟をこいでいたジュリオが、面白おかしそうに尋ねてきた。こいつ、人事だと思いやがって……
「ああ、ノート頼む。終わったら食堂にいると思うから」
「了解、頑張ってこいよ」
俺は、ジュリオをはじめ専科の学生一同の最敬礼で講堂から送リ出された。なんか戦地へでも送られる気分だが、あながち間違いでないだけに何も言えない。
ともかく急ごう。俺はバッグを担いで駆け出した。遠坂、ルヴィアさん。今度は何をやった?
せいぎのみかた | |
「最強の魔術使い」 | −Emiya Family− 第四話 前編 |
Heroic Phantasm |
「どわぁ!」
鉱物学第二教室の扉を開けた途端、俺は凄まじい魔力の奔流に襲われた。
でろでろと渦巻いていた。それはもう見事なほどに煌く魔力が、何故か教壇の上の、しかも二箇所に設えられた魔法陣から沸きあがり燃え上がっていた。
「あ、士郎くん、こっちこっち」
息を呑み立ち尽くす俺に声が掛かる、ミーナさんだ。教室の隅で、幾つかの石をばら撒いて作った防護陣の中で、困ったような楽しそうな顔で俺を手招いている。
俺は身を低くして、できるだけ魔力に当てられないよう、素早くその魔法陣に飛び込んだ。
「えっと、説明要ります?」
「大体察しは付くけど、今回は何が原因なんだ?」
一年と経たずして、時計塔鉱物学科名物と化した、遠坂とルヴィア嬢の魔術合戦。なにせ、「第一教室」が度重なる修理のためにとうとう欠番になってしまうほどなのだ。
「まあ、最初は何時もの学術論争だったんですよ」
ミーナさんが楽しそうに説明してくれる。なんでも簡易陣の呪刻構成の方法論だそうだ、相変わらず一点完璧主義のルヴィア嬢と、多点補完主義の遠坂の対立らしい。
「論争そのものは、教授の講義やレポートなんかより、よっぽど面白いんですけどね」
なんでみんな逃げちゃうのかしら、と不思議そうなミーナさん。そりゃ、毎度のように生死の境を綱渡りさせられちゃ逃げますって。
実際、遠坂とルヴィア嬢がかち合う講義の受講生は減少の一途をたどっているらしい、現にこの教室も小講堂クラスの教室であるにもかかわらず十人と居ない。
もっとも、今残っているのは、簡易結界を張って中から固唾を呑んで見守っている学生ばかりだから、早々に退散した学生を含めればもっと多かったのかもしれない。
「それで実地検分かよ……」
「そういうことですね」
俺はこめかみを押さえながら、教壇の両脇で対峙する遠坂とルヴィア嬢を眺めた。互いに睨みあい、互いの結界の隙を伺っている。なぁ、お前ら攻撃魔術は不得意じゃなかったのか?
「とにかく止める。ミーナさんも協力してくれ」
俺はバッグを下ろし、中から弓を取り出しながらミーナさんに頼んだ。
「協力はいいですけど、どうやって?」
ミーナさんは困ったような顔をしつつも、応えてくれた。確かに、あの一触即発状態では下手に手を出せば、火傷じゃ済まないだろう。とはいえ放っておくわけにも行かない。一応策らしきものもある。
俺は矢を一本取り出すと、鏃を外してミーナさんに渡した。
「“調停”のルーンを刻んでくれないか、こいつで止める」
「ああ、でも二人とも魔術師ですから、外からのルーンじゃ効き目なんてありませんよ?」
道具屋であるミーナさんは、刻み付けることで呪効のあるルーンについては一家言持っている。特に応用分野での裾野の広さは群を抜いているそうだ。まあ、だからシュトラウスは魔術使いだ、なんて言われるんだろうけど。
そのミーナさんの言うとおり、魔力を身体に流している魔術師に、外からのルーンはほとんど効果が無い。
「効き目はあまり期待してない、頭を冷やさせたいだけだから、こっちに注意さえ向けられれば良いんだ」
俺はミーナさんの疑問に頷いて答えた。実のところあいつらを直接“調停”するつもりはないし、そんな恐ろしいこと出来るはずも無い。
「――――投影開始
わかりましたと頷き、鏃にルーンを刻むミーナさん。俺はその隙に矢本体を投影した。
「はい、出来ました。これでいいんですよね」
俺は“戦い
「さて……」
俺は対峙する二人を見据え、矢を番える。あの二人のことだ、まずは探りの初弾、ほぼ同時に術を放つだろう。タイミングは一瞬。俺は矢にラインを繋ぐ、細い、だが長く強靭なライン。
「――――Anfang
来た! 俺は弓を引き絞り、“的”に対峙する。二つの魔術の流れが二人の中間で交差するその瞬間……俺は矢を放つ。
――I am the bone of my sword
―― 爆!――
「えっ?」
「へっ?」
決まった、二つの魔術が交差する瞬間、“調停”のルーンを刻んだ矢を砕く。そしてその魔力を使って“調停”を二つの魔術に絡みつかせた。
よし、上手く行った。小爆発は二つの術を巻き込み、その場で呪式を暴発させた。さらに余波が“調停”のルーンを乗せて周囲に広がり、ほんの一瞬だけ空気を和せる。
「おおい、喧嘩は止めろよ〜」
その一瞬、俺は唖然としている二人に声をかける。
「士郎?」
「シェロ?」
俺は、仲良くこちらを振向く二人に、できる限り和んだ顔で笑いかけた。まったく、苦労かけさせてくれる。
「なによ」
「なんですの」
「なに、じゃないだろ?」
正面でむぅ――と膨れる美人さん二人を前に、俺は些か疲れた声で応えた。
ここは学院の食堂。といってもちょっとしたカフェといった感じだ。そこの隅のテーブルを確保して、俺たちは早めの昼食を取っている。
あの後、教室の後始末をミーナさんに任せ、俺はこの二人を抱え込むように教室から連れ出したのだ。
「論争するのは別に悪くないぞ。そうやって真正面からぶつかれる相手って貴重だからな」
取敢えずお説教をする。この二人、本当はそんなに仲が悪いとは思えない。だってのに二人そろって益々膨れやがる。
「論争じゃないわ、ルヴィアの頭が固いだけ」
「論争では有りませんわ、リンがおかしなことに固執しているだけですのよ」
やっぱり仲良いんじゃないのか? 声をそろえて否定して、息を合わせて顔を背けやがります。
「でもな、実力行使はないんじゃないのか?」
付き合っていられないので、こっちはこっちの論旨を推し進める。物理的被害はまずいぞ、セイバーだって頭抱えてるんだし。
「だからルヴィアが強情なの」
「ですからリンが頑ななんですのよ」
聞いちゃくれませんか、そうですか。二人してこめかみひくつかせて睨みあっていらっしゃる。頼むから、ここで喧嘩始めるなよ。
「ところで士郎」
「一体何をなさったの?」
俺が嘆息していると、今度は二人そろって怖い目をこちらに目を向けてきた。まったく、どうしてこういう事には息が合うんだ?
「なにがさ?」
「なにがさ、じゃないわ、なんて危ない施術してるのよ」
「そうですわ、発動した呪を対消滅? ぞっとしましたわ」
お二方とも難しい顔で、益々視線を険しくする。あれ? なんか誤解してるみたいだな。
「別に対消滅なんて事した訳じゃないぞ、矢で掴まえて途中で暴発させただけだ。“調停”のルーンは使ったけど、それは二人に気付いて貰う為だしな」
俺の応えに、二人揃って、呆けた顔をしてらっしゃる。ルーンはミーナさんのだし、いわば俺は矢を放っただけだ。
「そうか、じゃ単なる早発? それにしては魔力が……あ、そうか調停のルーンが巻き込んだんだ……」
「でも弓? どんなタイミングですの。それこそ百分の一秒単位ですのよ……」
なんか今度は二人揃って仲良く考え込まれてしまった。だから、それほど大したことした訳じゃないんだぞ。
「あら、レディルヴィアゼリッタ。士郎の弓は達人級ですのよ。外しはしませんわ」
「ミストオサカ。シェロの解析能力も別に物に限ったわけではありませんのよ」
お互いの気まずさのためか、睨み合い出すお二方。ああ、もう。また始めやがった。
「二人ともいい加減にしろ」
しまいには怒るぞ、と腕組みして睨みつけてやる。流石に自覚があるのか、膨れっ面のままだが、流石にちょっと大人しくなった。
「こんなことだから俺が呼び出されるんだぞ」
だから、もう一押ししておく。単位に関係ないとは言え、俺は単位が欲しいわけじゃない。魔術の知識と経験を得るためにここに居るんだ。
「呼びだされた?」
ちょっとだけ小さくなった二人が、いきなり不審そうに顔を合わせた。なんでさ?
「シェロ、つまりわたくし達を止めるために、何方かに呼び出されたと言うわけですの?」
しばらく考え込んでから、代表してルヴィア嬢が聞いてきた。
「そうだぞ、そっちの教授じゃないかな? 使い魔からうちの教授がメモを受けとってたから。それで俺に行って来いって」
二人はそれを聞いて、また顔を見合わせて考え込んでいる。
「士郎の受けてた講義ってなに?」
「隠秘学だけど」
遠坂はそれを聞くと渋い顔になった。ルヴィア嬢もあまり面白くなさそうな顔で爪を噛む。
「ごめん、士郎。迷惑かけちゃったみたいね」
「ごめんなさい、シェロ。これからは気をつけますわ」
気味の悪いくらい素直な謝罪。あんまり素直すぎるんで、なんか揶揄
「まいった、これ遠まわしの警告ね」
「まったく、陰湿なやり方ですわ」
これまた二人揃って、ブツブツと眉を顰めてなにやら内緒話を始めた。話の内容の不穏さはともかく、息の合い方は絶妙だ。本当に仲が良いんじゃないのか?
「お〜い、シロー、探したぞ」
ちょっと空気が重くなってきたところで、飄とばかりにジュリオが顔を出して来た。そういえば、ここに居るからって言ってあったな。
「これはこれは、妃閣下
相も変わらぬ、お気楽な調子で、ジュリオは遠坂とルヴィア嬢に挨拶を送る。学院で、この二人にここまで気楽に接する奴も珍しい。なんか怖がられてるからな、二人とも。
「おう、ジュリオか。なにさ?」
お二人に、なにやら軽々しいおべんちゃら並べてるジュリオに声をかける。む、なんだそのやれやれって顔は。
「先ずノート。それに今日の午後は旧書庫だろ? 司書のお姉さま方が探してたぞ」
「おっと、忘れてた」
そういやそうだったな。俺はジュリオから講義のノートを受け取ると、席を立った。
「じゃ、遠坂、ルヴィアさん。もう喧嘩するなよ」
なにか微妙に不機嫌そうな二人に挨拶をし、俺は図書館へと向かった。
「ごめん、遅くなった」
「「「待ってましたよ、エミヤくん」」」
図書館に着くと、司書のお姉さん達が見事に声を揃えて迎えてくれた。
勿論、ここは時計塔。彼女たちは全員魔術師で、しかも三つ子なのだそうだ。白銀というよりもはや純白に近い髪をした司書さん三姉妹。姉妹の魔術師というのは、まず在り得ないことなのだが、彼女たちは何でも特殊で、代々三つ子で、三つ子ゆえの共感、類感と感染を利用しての三位一体による魔術を追求してきた家系なのだそうだ。
「待たせてごめん。で、今日は何処を見失ったんだ?」
「第五書架です」
「昨日、錬金術科に二冊貸し出したので」
「位相がずれてしまったのでしょう」
なんとも不可解な言い方だが、比喩じゃない事実だ。ここでの俺の仕事は本棚探し。“本”探しではなく、“本棚”探し。
一九九七年に大英博物館から大英図書館が分立したとき、時計塔
年を経た強力な魔術書というのはそれ自身が一つの大魔術であり、下手をすると固有結界の域にまで達している物さえある。こうなってしまうと、もう周りの空間ごと歪め、取り込んだ形での一冊の本となってしまう。
更にここの書庫は狭い空間を有効に活用するために元々空間が折りたたまれていた。そんな所に歪んだ空間を、所狭しと突っ込んであるのだ、本一冊移動するだけで書庫の構造そのものが変わってしまう。
そこで俺の出番というわけだ。
俺は魔力の感知という点においては普通の魔術師よりも一歩も二歩も劣る。だが構造把握能力の影響だろうか、空間の歪みとか変化に対する感覚は人並みはずれているらしい。
ここで手伝いをするようになった切っ掛けもそれだった、“遠視”の達人でもある司書さん達は、移動してしまった本が何処にあるかは判っても、そこに辿り着く道筋が判らなかったのだ。
自習の為にここへ来ていた俺は、困惑していた彼女たちを手助けし、歪みをたどって道案内する一方で、構造を解析して書庫の整理も手伝ったというわけだ。
「あの辺りは特に込み入ってるからな、もうパズルみたいなもんだ」
ここ一月ばかりの整理で、どの本をどう移動すれば、どんな変化するかを随分把握していたが、それでもまだ氷山の一角だ。だから、こうして一冊本を抜くごとに、消えた書架を探す羽目になっている。
「それじゃ、さっさと済まそう。第四書架までは普通に行けるんだろ?」
俺は荷物を置くと、司書さん達にそう告げ、書庫の入口に向かった。
「それでは私が一緒に参りましょう」
俺に応えて、長女の司書さんがにっこり笑って前にでる。同じ顔でわかりにくいが、それでもここ最近の付き合いで、何とか違いが見えてきた。いや、顔形じゃない。その、性格みたいなところでだ。
「あら、お姉さま狡い」
「貴女は今日エミヤくんの教授でしょ? 我慢しなさい」
「でも、お姉さまはご自分の教授のときも書庫に一緒に行っていましたよ」
「そんな細かいことばかり覚えているから、貴女は白髪が増えるのです」
「わたし達、もともと白髪ですけど?」
「もう、お姉さま方二人ともちゃんと仕事してください」
こうやって別の台詞を口にしだすと途端に、個性がどんどん見えてくる。これがなんとも面白い。ちょっと我田引水気味な長女さんと、臆せずずばずば切り込む次女さんの掛け合いに、一番真面目な三女さんが文句を言っている。もっと眺めて居たい所だが、このままではきりがなさそうだ。
「先行ってるから、決まったら追っかけてくれ」
俺はそう告げて、書庫に入って行くことにした。
「助かりましたわ、エミヤくん」
「大した手間じゃないぞ、今日のはわりと簡単だったし」
結局、消えた書架は三つばかり先の書架の間に現れていた。数冊ほど本を動かせば元の場所に戻せそうなのたが、貸し出された本が返却された時、また動かしなおさなければならない。現状でも閲覧は出来るのだから、このままで良かろうと言う事になったのだ。
「あら、お姉さま遅かったですね、なにをしていらしたのかしら?」
出迎えてくれたのは次女さんだった。へ? 遅い? また時間軸まで歪んでたのかな? 俺は慌てて時計を見た。へんだな、やっぱり、十分と経ってないぞ。
「そんな野暮なことを聞かないで頂戴、たっぷり楽しんで来たに決まっているでしょう」
長女さんはそんな俺の困惑を何処吹く風と、意味ありげに微笑んでいる。あの、何のことでしょうか?
「酷いですわお姉さま、今日は私の番のはずなのに」
「貴女はこれからたっぷり楽しめるでしょ? 二人っきりで」
何故か涙目で訴える次女さんに、長女さんがそう告げる。と、今度は二人そろって妖艶に微笑んで、俺に視線を向けた。思いっきり艶っぽく悪戯っぽい笑みだ。思わずごくりと喉がなる。
「もう、お姉さま方エミヤくんを余り揶揄
赤くなって固まってしまった俺を、助けてくれたのは真面目で優しい三女さんだ。有難う、貴女は俺の味方だったんですね。
「それとエミヤくん。お客様ですよ」
三女さんはそっと優しく俺の肩に手を置くと、親しげに微笑えみながらカウンターの方を視線で指し示してくれた。ん? 誰かな?
ドクン
そこには渦があった。
紅と金色の二つの渦が煌いていた。
ドクン
ゆっくりとかれんにほほえみながらちかづいてくる
ドクン
うでをかがやかせながらちかづいてくる
ドクン
「お楽しみだったようね、衛宮くん」
「本当、お邪魔だったかしら? シェロ」
綺麗だ、本当に綺麗だ。後光を背負って、にっこりと微笑みながらじりじりと俺に迫ってくる。お二方とも眩いばかりに煌いていて、さっきとは別の意味でごくりと喉がなる。
「ち、ちょっと待て! お前ら絶対何か勘違いしてるぞ!」
ようやく現実に戻った俺は、両手を振って後退りしながら、必死で弁明を試みる。誤解や曲解で物理衝撃力を持ったガンドを叩き込まれては敵わない。いや、誤解じゃなかったら良いのかって言うのは、また別の問題だけど。
「ま、士郎にそんな度胸がないことに付いては」
「信用して差し上げますわ」
俺の弁明を胡散臭そうに聞いていたお二方、じろりと一睨みしてから、ふんとばかりに仰った。なんかその評価もちょっと傷つくなぁ。男心は複雑なんだぞ。
「ですがシェロ」
「あんた誘惑に弱いんだから」
「あまり安易に人に付いていかないで頂きたいですわ」
「判った?」
そんな俺の複雑な思いを一蹴するかのように、二人そろって畳み掛けて来る。いや、見事なコンビネーションだ。司書さん三姉妹に勝るとも劣らぬユニゾン振りだな。
「判った。て、俺はべつにひょいひょい人にくっ付いてなんか行かないぞ」
うん、別に安易じゃないぞ。そりゃ困ってたり頼まれれば別だが、無条件で人の後を付いて廻っているわけじゃない。
「やっぱり無自覚なのね」
「やはり無自覚ですのね」
む、なんだその心の底から呆れたぞって溜息は。
「それより二人そろって。どうしたんだ?」
まあ、この二人なら封印図書の一冊くらい、上手く誤魔化して借り出すことぐらいやりそうではある。が、それなら相手は司書さんのはずだ。何で俺のところに?
「どうしたって、それはこっちの話」
「そうですわ、ミスタジュリオを締め上げて聞き出しましたわよ。ここに通い詰めという話じゃありませんの」
「しかも、司書でもないのに週に三日以上も整理のお手伝いって、なに? 普通じゃないわ」
「なにを考えていらっしゃるの? とっととお吐きなさい!」
よほど俺の能天気な口調が気に入らなかったのか、二人揃ってがぁ――とばかりに捲くし立てられた。とはいえ、これで理由がわかった。ジュリオの奴め面白がって半分しか話してないな。
「それなら、別に整理の為だけじゃないぞ。週三日って言うのもここで司書さんに語学教えてもらうためだし。整理の方がついでっていうかお礼だぞ」
「え?」
「はい?」
揃ってちょっと呆気にとられている隙を利用して、俺は二人を書見席に座らせ説明を始めた。
元々は講義の空き時間を利用して、語学の自習の為にここに来ていたこと。そこで困っていた司書さんたちの手助けをしたこと、そのお礼にそれぞれ語学を教えてもらい、さらにそのお返しということで書庫の整理を手伝うようになったこと。それぞれ順序立てて、遠坂とルヴィア嬢に説明した。
「というわけだぞ。ラテン語とギリシャ語、それにアラビア語は魔術師の必修だろ? 辞書片手で良いから、何とか読めるようにだけでもしとかなきゃいけないんだし、別に問題ないだろ?」
この三つをそれぞれ司書さん達に教わっている。それで週三日、整理を手伝った後一時間ずつというわけだ。
「そりゃ、問題ないけど……」
「等価交換。と言っても良いかもしれませんものね……」
二人とも一応は納得してくれたようだ。ただ、それでも何か不満そうにしている。なんでさ?
「でも語学なら、わたしに言ってくれれば良いのに、師匠なんだから」
「その三つなら、わたくしでもお教えできましてよ? 遠慮なさることないのに」
ああ、そういう事か。二人ともそこまで俺のことを考えていてくれて、すごく嬉しい。だが、だからこそ、甘えるわけにはいかない。
「二人とも自分の研究があるだろ? 俺は二人の弟子だぞ、魔術に付いてなら頼ることになるけど、語学みたいな技術で二人を煩わせたくない。俺は手助けするための弟子であって、負担をかけるだけのお荷物にはなりたくない」
それが本音だ。まだまだ二人の手助けを出来るほどの腕はないが、今まで二人から教えを受けた分くらいは返せるようになりたい。そう思っている。
「なに生意気言ってるのよ。あんたなんかまだまだ十分の一人前なんだから」
「残念ですけれど、シェロ。一世紀ほど早い言い草ですわ」
鼻で笑われてた。ひ、酷いぞ。半人前ならともかく十分の一人前ってなにさ? それに一世紀? 年でなく世紀単位ですか?
「ああ、もう。そこまで言うことないだろうが。自分で何とかできることは自分でしたいって事だ。返す当てのない借りって凄く心苦しいんだぞ」
「まだ、そちらの方がまだ理解できますわ。本当に……妙なとこで頑固ですのね」
「分かってるじゃない……」
まだまだ不満そうではあるが、今度はちゃんと納得してくれたようだ。
「それにしてもです、シェロ。わたくし達は貴方の師匠ですの、事後でよろしいから、きちんと報告していただきたかったですわ」
あう、それは確かに。報告しなかったのは俺の落ち度だ。やっぱり弟子なんだからきちんと伝えておかなきゃな。
「今後の学習方針などもありますしね、そうでしょリン。……リン?」
お説教の念押しをするルヴィア嬢。と話を振られた遠坂だが、ちょっと上の空で聞いていなかったようだ。
「あ、ごめん。ちょっと別のこと考えてた」
「シェロのことなんですのよ。しっかりなさって欲しいわ」
「ちょっと気になることがね。うん、大丈夫。明日にでも確認するから」
ああ、何時もの内面世界モードだな。なに考えてたんだろう。でもまあ、これで何とか落ち着いたな。やれやれ。
「それではエミヤくん。今日はギリシャ語でしたね」
頃合を見計らっていたのだろう、次女さんが数冊の本を持って俺たちの席にやって来た。
「おう。遠坂、ルヴィアさん、それじゃそういう訳だから」
俺は二人に挨拶すると、次女さんとギリシャ語の学習に……って、遠坂。なんでお前が参考書読んでるんだ? ルヴィアさん、貴女も例文なんか書き出して、どうするおつもりですか?
「迷惑かけてしまいましたから、今日はわたし達も士郎の教育に協力します」
「ええ、いい教師が三人もいるんですもの。普段の三倍進みますわよ」
心から嬉しそうに楽しそうに微笑まれるお二方。この一時間でギリシャ語の全てを、余すことなく叩き込んで差し上げますわって顔だ。人間の限界に挑戦させられそうな気がする。はははは……今から逃げるのは無理だなぁ。
うわあい、うれしいなぁ。びじんさんにんにかこまれておべんきょうだあ……
その晩、俺は三人のバーサーカーに、ギリシャ語で罵倒されながら追い掛け回される夢を見た。怖かったよぉ。
士郎くんの時計塔での日常、前編。なお話。
士郎くんが普段なにをやっているか、どんな連中に囲まれているか、ちょっと書いてみました。
相変わらずそこかしこに首を突っ込んでいるのはデフォとして。此処は魔術師の学舎、いろいろと大変なこともあります。
それでは、後編をお楽しみください。
By dain
2004/6/23初稿
2005/11/8改稿