「どうにも我慢ならん」

ぽつりと呟く声は傲慢にして不遜、唯我独尊を隠そうともしない。

「そうではないか? 諸君」

己一人僅かに高い場所から、声の主は見下すように周囲を睥睨する。
見渡す聴衆にはどれも同じ表情。傲慢にして不遜、そして唯我独尊。ただ、どの顔にも孤高を保てぬ脆さが伺える。

「まったくだ、まだ二十歳にもならぬ小娘に、何故いい様にあしらわれねばならん」

「大体、なぜ特待生なのだ? まだ修行途上ではないか。専科にでも放り込んで基礎から学ばすべきだろう」

「いったい、時計塔は何時から保育園に成り下がったのだ?」

影のように蠢く聴衆から、侮蔑と嘲笑の入り混じった声が憎々しげに響く。だが、どうしても、そこかしこに透けて見えてしまうものがある。

“嫉妬”

己の届かぬ先に恋焦がれる心。届かぬ先と見極められるならばそれは憧れ、いずれ行くと決めて努めるならば目標。だが、己のみを高きと定める彼らの心には、届かぬ先にあるものなど、ただ嫉みと妬みの向かう先にすぎない。

「だが、あの使い魔は……」

しかし所詮、何もせずにいる者の戯言。現実の力を突きつける囁きを前に、一瞬にして霧散する。いかに妬み嫉んだところで、前へ進まなければ決してそこには届かない。夢想に遊ぶその心には、現実は些か重すぎる。

「まあ、良いではないか。ただの幸運だ」

ざわめく嘲り、だから再び夢想に逃げる。あれは運だ。なんとも楽しい言葉、実力で無く運ならば、いずれ己にも転がり込んでこよう。そう定めれば己は傷つかない。理性と知性を旨とする魔術師とはいえ所詮人の子、弱く脆い心をひた隠す。

「下らん」

そんな汚泥の中から、一人だけ立ち上がる影。これまた倣岸にして不遜、そして唯我独尊。ただ、妬みも嫉みもこの男には無縁のようだ。

「どういうつもりかな?」

一段高いところから、先ほどの男が見下した。唯我独尊、それはすなわち他者の意見を求めぬもの。

「彼女達に対する対策の集まりだと聞いたから来た。何事か新たな研鑽の場なのかとな。それが来て見れば、ただの愚痴。私には無意味だ」

それだけ言うと、男は堂々とこの場を離れていく。そこには一片の悔いも、一欠けらの躊躇も無い。

「……『偽金ブラス』が……」

聴衆から侮蔑の声が漏れる。今度こそ本当の侮蔑。僭上への憎悪。

「ふん、かまうことは無い。やつは所詮、金の為に呼んだだけだ」

「ああ、確かに。技量は稚拙きわまりないが資産はある」

「まあ、いい」

壇上の主が大仰に両手を広げ、まるで教祖のように聴衆に告げる。

「話を元に戻そう、あの小娘どもにも弱点はある。ご存知の方もあろう。専科のはぐれ者を……」

暗い喜びへの期待が聴衆に広がる。嫉妬、それは往々にして他者を貶める。その喜びは、更なる深みに己が堕ちることさえも、忘却の向こうに押し込んでしまえるものだから。





しんちゅうのてんさい
「発条仕掛けの貴人」 −Brandoll− Fate/In Britain外伝-3 前編
Coppelia





俺の時計塔生活も、そろそろ一年。流石に随分と慣れてきた。ことに専科は本科と違い、普通の大学のように若い連中が多い。そのせいか協会員で無い俺も、結構なじむことが出来ていた。
本科はその辺、終了年限なども決まっていない為、年齢構成だけでもかなりバラエティに富んでいる。とはいえ、遠坂達より若い世代はめったに居ない。
だから、本科の学生工房で、その娘に出会った時は、えらく驚いたものだった。

「あの、すみません。二七五号工房というのは、どちらにあるかごぞんじありませんか?」

遠坂に弁当を運ぶ道すがら、俺に声をかけてきたのは、十四才位の可愛らしい女の子だった。
ちんまりとして、背はセイバーよりも低いだろう。くりっとした藍色の瞳で、焦茶ブルネットの髪をショートカットにしている。こんな所で見るには、いかにも場違いな少女だった。

「二七五号工房?」

はて? なんか聞き覚えがあるな。しばらく考えた俺は、ぽんと手を打った。ああ、思い出した、あそこか。

「それならもう一階下だ。階段を降りてまっすぐ進んだところにある。隣に「ボルタックス」って立派な看板が掛かってるから、すぐ判るぞ」

「どうもありがとうございました、とてもたすかりました」

女の子はぱっと嬉しそうに笑うと、俺に向かって丁寧に一礼した。そしてそのまま、横に置いた大きな段ボール箱を担ぎ上げ、よいしょよいしょと歩き出す。

「あ、案内しよう。そんな大荷物じゃ大変だろ?」

「え? ですが申し訳ないです。『これ、とてもおもいのですよ?』」

それならば、なおさらだ。そんな重い物を女の子の持たせたとあっては、あの世の切嗣おやじに申し訳が立たない。

「いいから、いいから」

俺は軽い気持ちで、女の子の小さな肩からダンボール箱を持ち上げた。
うっ、重い。良くこれを持ってこれたもんだな。案外力持ちなんだな。

「やっぱり良いですよ。おもいでしょう?」

「だ、大丈夫さ、これくらい軽い軽い」

とはいえ、此処まで来たら引き下がれない。俺はその娘の荷物を持って、二七五号工房まで案内することにした。

「あ、そういやぁ名前をまだ言ってなかったな。俺は衛宮士郎」

「エミヤシロ? ああ、士郎・衛宮さんですね。にいさまから、おはなしはうかがっています」

途中、自己紹介を忘れていたので名前を告げると、そんな返答が返ってきた。にいさま? じゃこの娘は、俺の知り合いの妹なのか。はて? 誰だろう。

「えっと、カーティスの工房へ行くんだよね? 知り合いなのか?」

「はい、カーティス・ブランドールはわたしの不肖の兄です」

うわぁ、ちょっと意外。そういえば目鼻立ちとか、どことなく似てる気がする。とはいえ、やっぱり意外だ。この娘は礼儀正しいし、なんかすごく人懐っこそうだ。ちっとも傲岸不遜でも傍若無人でもない。

「それにしても、これなんなんだ?」

荷物の重さに少しだけ愚痴が出る。大きさはそれ程でも無いんだが、鉛でも詰まってるような重さだ。

「粘土なんです」

はい?

「粘土って……粘土?」

他に粘土って思いつかない。女の子はちょっと困ったように眉をひそめたが、一つ一つ確認するように話し出した。

「えっと、ちょっと特殊な粘土なんです。わが一族につたわる自動人形ようのがいそうねんどで、これでじきをやくと、ひとはだのやわらかいはくじがやきあがる……のです」

なんか一生懸命説明してくれる。後半、舌足らずなのが、いかにも棒読みな感じだな。

「それをわざわざ君が一人で? 大変だったんじゃないか?」

「それ程でも。にいさまのおつかいは、なれてますのよ」

なんともご苦労さまな話だ。確かに、時計塔がくいんに業者入れるわけにもいかないからな。

「おう、ここだ」

そんな話をしているうちに、カーティスの工房前に着いた。やれやれ、結構きつかったな。ちょっと腕が痛いや。

「本当に有難うございました。ごめいわくじゃなかったでしょうか?」

ぺこりと律儀にお辞儀をして、本当に済まなさそうな顔をしている。うん、可愛らしいな、なんだか放っておけないタイプだ。

「良いって良いって。女の子が困ってたら助けるのは当然さ。それじゃあ」

「あ、待ってください。にいさま! にいさま!」

なにか慌てた調子で中に声をかけ、女の子は俺の服の裾を持ってぐぃっと引っ張る。うわぁ、やっぱり力持ちだ、思いっきりがっくんと来たぞ。

「何事だ、騒がしい」

どうにも身動きが取れなくなったところで、中からカーティスが顔を出してきた。いつも不機嫌そうな顔だが、今日は一段と不機嫌そうだ。

「なんだ、士郎・衛宮ではないか。何事だ?」

眉を顰め、はて、と言った顔で釘付けにされた俺を見ている。

「にいさま! 貴方の目はふしあなですか!」

そんな間抜けな情景を余所に、下のほうで俺を捕まえて離さないあの娘が、カーティスを怒鳴りつけた。なんか、えらく元気になったぞ。

「なんだ、イライザも居たのか。何を隠れているのだ?」

「かくれてません!」

「それで? 何事だ?」

相変わらずの調子で唯我独尊なカーティス。ただ不機嫌な表情は若干和らいだようだ。やっぱり兄妹なんだな。

「……此処へ荷物を届けるように言ったのは、にいさまです。その途中でえみやさんにてだすけをしていただいたのですよ」

はぁ、と一つ溜息をついて、女の子は言い聞かすような口調でカーティスに告げた。

「なるほど、判った。いや、士郎・衛宮。妹が世話になった。感謝する」

轟然と胸をそらし、どう見てもお礼には見えないが、それでもカーティスは、これでお礼をしているのだ。若干、歪んだ口の端がその証拠。これで微笑んでいるつもりなのだろう。相変わらずの判りにくさだな。

「なに大したことじゃないさ、それよりイライザちゃんって言うのか」

ようやく名前がわかった。うん、良い名前だ。が、カーティスの奴はここで若干顔をしかめた。

「妹よ、お礼は良いが名乗っていなかったのか?」

「当たり前です。レディが介添えなしで名乗るわけにはいきません。だからにいさまをお呼びして、お礼かたがたごしょうかいいただこうとおもったのです」

がぁ――というには、些かたどたどしく捲くし立てるイライザちゃん。それでも慣れているのか、カーティスは微動だにしない。

「ふむ、道理だ」

そう一つ唸ると、俺に向き直った。

「私の妹で、イライザ・ブランドールと言う。見ての通りの小娘だが、私にはかわいい妹だ。助けてもらって有難く思う。改めて礼を言わせてもらおう」

今度は、ほんの僅かだが頭が揺れた。驚いたな、本当に妹のことを大切に思っているようだ。

「小娘はよけいでしてよにいさま……」

だが、イライザちゃんは不満のようだ。ぶつぶつと膨れながら荷物を持ち直す。っていうか。軽々持つね、本当に見かけによらず力持ちなんだな。

「それでは、本当に有難うございました。不肖のにいさまですがこれからも、よろしくおねがいします」

カーティスへの意趣返しなのだろうか。イライザちゃんはカーティスをじろりと一睨みしてから、俺に向かってぺこりとお辞儀をした。

「それじゃあ、また機会があったらな」

なにやら、微笑ましい兄妹喧嘩をしながら工房へ入っていくイライザちゃんと、カーティスの兄妹。俺はそんな二人に別れを告げ、二七五号工房を後にした。




「ちょっと、あの娘なにもの?」

とその途端、俺は隣の工房、つまり「ボルタックスミーナさんの店」へ引きずり込まれた。遠坂だ、いや、セイバーも脇でこそこそしている。ちょっと待て、お前らもしかしたら覗いてたのか?

「なにさ、お前ら行儀悪いぞ」

イライザちゃんのレディ振りを見習いなさいってんだ。

「そんな事は宜しくてよ。それよりなんですの、あの娘? なにやら『真鍮ブラス』の所へ入って行っていたようですけれど」

ルヴィア嬢まで、こそこそと扉の影から現れた。まったく、そろいも揃って何やってるんだか、本当にお行儀が悪いぞ。

「カーティスの妹なんだって。イライザちゃんって言うんだ」

とはいえ、ここで黙秘しても何もならない。素直に聞いたままを応えた。

「ああ、なるほど、カーティス殿の妹御ですか、そう言われれば、面影がありました」

ふむふむと納得してくれたセイバー。が、なぜか遠坂もルヴィア嬢もむっつりと不機嫌な顔になる。はて?

「なにさ?」

「なにさってねえ……あんた忘れてるでしょ。魔術師で跡を継げるのは一人だけって話」

遠坂が、憎しみさえ感じさせる視線で睨みつけてきた。ああ、そう言われてみれば。
魔術師は、その力の分散を嫌う。だが、一代で出来ることは限られている。その為に。魔術回路を何代も重ねて鍛え上げ、より強さを増して子孫に継承していく。魔術刻印も同じだ、代を重ねてより強力に複雑になっていく。だが、魔術刻印は一人にしか伝えられない。
ゆえに一子相伝。兄弟姉妹がいても魔術師になるのは一人だけ、それ以外の子供は……、あ、そうか。

「普通の人なら工房になんか来ないわけか」

「そういう事ですわ。リン、シロウへの教育はどうなってますの? 初歩の初歩ですわよ」

ようやく結論に達した俺に、ルヴィア嬢がやれやれと肩をすくめ、遠坂に文句を言う。うう、不肖の弟子ですまん。

「判ってるわよ! でもこいつ、こういった人情絡む話はてんで一般人なの! まったく、人の苦労も知らないで……」

なんかすごい顔で睨まれた。時々妙なとこで突っかかるんだよな、遠坂は。

「でもさ、絶対兄弟で魔術師になら無いってわけでも無いんだろ?」

司書さんなんか三人一組だし、なんでも姉妹ですんごい魔術師だっていたそうだ。あれ? 魔法使いだっけかな?

「そりゃ、そうだけどさ……」

遠坂さんは、少しばかり沈んだ顔で考え込みだした。才能あれば養子ってのもあるし、でも同じ家でなんて反則、となにやらお怒りのご様子だ。良くわからないが、何か気に入らない事情があるみたいだな。さて、それはさておきだ。

「それより、どうしたんだ今日は? 「ボルタックスミーナさんの店」に集まる予定なんか聞いて無いぞ」

俺は弁当箱を差し出しながら、ちょっとだけ渋い顔をして文句を言った。はじめの予定では、遠坂の工房へ運ぶ予定だったのだ。上手く会えたから良いものの、すれ違いになるところだった。

「ああ、シロウ。申し訳ない」

「ごめん、連絡しなかったのはわたしのミス」

これにはセイバーも遠坂も、素直に謝ってくれた。俺達の間での暗黙の約束事、自分のミスは誤魔化さない、きちんと素直に謝罪して善後策を講じる。もっとも、無意識に誤魔化そうとする人もいるけどな、遠坂。

「ちょっとおかしな話を、小耳に挟んだんですよ。それで皆さんにお知らせしようって。いらっしゃい士郎くん」

と、ちょうどそこにミーナさんが現れた。エプロン姿でお玉を持って、いつもの呑気な声で俺に挨拶してくれた。って料理中ですか?

「ポトフ煮上がりましたんで、お昼しながらお話ししましょうか。士郎くんも食べるでしょ?」

いや、俺、弁当持ってきたんだけど……はい、頂きます。ま、セイバーもいることだし余ることは無いだろう。




「なんだよそれ? 時計塔がくいんでもそんないじめみたいな事があるのか?」

ポトフを突きながらのお弁当、そこで聞いた話はとんでもなくふざけた話だった。

「いじめって……まあ似たようなもんか。どっちも呆れるほど幼稚で下劣な事だもんね」

「本当、そんなことを考えている暇があったら、呪の一つでも編んでいた方が、よほど建設的ですわ」

「まあ、事前にこうして漏れちゃう位ですからね。たかが知れてますけどね」

時計塔の三巨魁さんたちは平然としたものだが、話の内容はかなりえげつないものだった。
ミーナさんの話によると、時計塔がくいんの一部で、遠坂やルヴィア嬢を排斥しようと言う動きがあると言うことなのだ。
勿論、表立っては何も出来ない。お二方とも今期の首席候補、時計塔がくいんの学徒全体を見渡しても、五本の指に入ろうかと言う英才だ。正面切って、打って出たところで、そんなことを考えるような連中など、それこそ十把一絡げで叩きのめされてしまうだろう。
だから、徒党を組み、こそこそと裏に回って、二人の研究を妨害したり、細かなちょっかいで足を掬おうと画策しているらしい。でお三方は、ここで対策会議というか、井戸端会議してるわけだ。

「首謀者は降霊科絡みらしいですよ」

「ああ、皆まで言わずともわかった。セイバーの件ね、あいつらまったく懲りないんだから」

なんでも、降霊科の連中は俺たちが時計塔へ来て以来、ずっとセイバーを狙っていたのだそうだ。事あるごとに遠坂に声を掛け、何とかセイバーを連れ出そうとしていたらしい。まあ、最高級のゴーストライナーだ、セイバーが垂涎の的なのは俺でも理解できる。
だが勿論、遠坂はそんな話は鼻も引っ掛けない。時間遡行でもして一昨日来たら考えてやるとばかりに、木で鼻を括った返事をしてきたらしい。
ことに先日、止むに止まれぬ義理で、降霊科に関わった時の対応で、事態は決定的に決裂したという。よほど酷い対応だったのか、あいつらにセイバー見られたら子供が出来ちゃうと、まるで汚物扱いだ。何があったんだろう?

「すまない、凛。迷惑をかけているようで」

そんな話になったので、美味しそうにご飯を食べていたセイバーが、少しばかり気まずそうな表情をする。ポトフのお代わりだってまだ三杯目だ。気にしなくて良いんだぞ。

「いいのよセイバー。元々あの連中、人の褌で相撲とるようなとこあって、気に入らなかったんだから」

悔しかったら、自分でセイバー呼んで見なさいよと、鼻を鳴らす。セイバーを呼んだのは俺なんだが……怖いから突っ込むのは止めておこう。

「ま、大したことが出来る連中では有りませんわ。ですが、それだけに卑劣で陰湿な事をしでかしそうですわね、注意だけはしておきましょう」

「じゃあ、調査は進めておきますね。動きがあったら直ぐ連絡します」

「動いたらその時で終わり。尻尾掴んで目に物見せてくれるわ。こういう連中は、いっぺん絞めとかないと後が厄介だから」

なんだか、話が悪巧みになってきた。警戒しようって話が、いつの間にかどうやって完膚なきまでに叩きのめすかって話に変わってきている。

「おおい、あんまり無茶はするなよ。ちゃんと歯止め利かせなきゃ駄目だからな」

なんかどんどん恐ろしい話になってきたので、釘を刺しておく。

「大丈夫よ死人は出さないから」

「五年ほど休学していただこうかしら? その頃には、わたくし達は修業していますものね」

「頭と心臓さえ残っていれば、手足の代わりは幾らでもありますしね」

嬉々として、大丈夫だと答える三巨魁さん。なんだか相手が可哀相になってきたぞ。

「セイバー、皆のことは頼むぞ」

こうなったら歯止めはセイバーに頼るしかない。こういうときは一番頼りになる。

「安心してください、シロウ。敵は二度と立ち上がれないよう、見事殲滅してご覧にいれます」

……この人が一番過激だった。セイバー、戦争じゃないんだからお手柔らかにな。
俺は剥れる四人を相手に、何とか穏便に済ますよう説得する羽目になった。お前ら、犯罪は止せ、犯罪は。




「シロウ、あれはカーティス殿の妹御では無いでしょうか」

それはそれから数日後、セイバーと一緒に街へ出た時のことだ。
あの話にあったおかしな連中も、流石にあの三人には簡単に手は出せないようで、特に何か問題が起こったということもなく、平穏な日々が続いていた。とはいえ、相手は魔術師、警戒を怠るわけにはいかない。そんなわけで外出の機会も極力減らしていた。
この日は久しぶりということで、セイバーを引っ張り出し、セルフブリッジ周りで買い物にと出かけていたのだ。

「イライザちゃんか? 何してるんだろう」

セイバーの指し示すほうに目をやると、俺たちの少し先で、イライザちゃんが呆けたように信号待ちをしていた。

「何処を見ているのでしょう?」

俺とセイバーは顔をあわせて、イライザちゃんの視線の先を追ってみた。
特にこれといったものは見当たらない。はて、と首をひねっていると信号が青に変わり、回りの人は皆、道を渡りだした。が、イライザちゃんは未だ呆けて突っ立ったままだ。

「危ないな、行ってくる」

なんとも危なっかしい、俺はセイバーに一声かけて先を急いだ。

「あ、シロウ。私も一緒に参ります」

そんなセイバーの返事を背中に受け、俺は、そのままイライザちゃんの傍まで行ってみた。うん、やっぱり様子がおかしい、心此処に在らずといった感じだ。

「イライザちゃん?」

目の前で手を振ってみたが、やっぱり反応が無い。そうこうしているうちに信号が赤に変わった。と、いきなりイライザちゃんが道を渡ろうとしだす。

「うわぁぁぁ! 危ない!」

俺は慌ててイライザちゃんを抱きとめた。って……なんて力だ、ひ、引きずられる。

「イライザちゃん!」

「……あ、ら?」

良かった、瞳に力が戻った。なんとか気が付いたようだ。

「士郎さんじゃありませんか、どうなさったんです?」

「どうなさったはこっちの科白だぞ、信号が赤!」

それでも、俺を引きずって道を渡ろうとするイライザちゃんを、俺は必死で押しとどめる。

「はい?……あれ?……」

今度こそようやく気が付いたようだ、はたと足を止めて不思議そうに小首をかしげている。

「おかしいです。さっきちょっとでん……意識が途絶えたと思ったんですが、そのままだった……のでしょうか」

「意識って……大丈夫なのか?」

意識が途絶えて街歩きって、ただ事じゃないぞ。

「だいじょうぶです。時々、その、おかしな波をひろっちゃうことがあるんです」

イライザちゃんは、少しだけ頬を染めて、恥ずかしそうに応える。ああ、なるほど。やっぱりイライザちゃんも魔術師なんだな。
倫敦は、魔術的にいろいろとおかしな波が飛び回ってるからな。きっと占いとか、そっちの方面に敏感な資質なんだろう。
そんなことを聞いてみると、ちょっとほけっとしてから、元気よく応えてくれた。

「そうなんですの、田舎に居た頃はだいじょうぶだったんですけど、倫敦に来てからはしょっちゅう、もっとしっかりシールドしてもらわないと」

うんうんと、だんだん難しい顔になっていく。渋面作るとやっぱりお兄さんに似てるな。ずっと可愛らしいけど。

「敏感なんだね」

「士郎さん、そのいいかた、すこしえっちです」

むぅ――っと睨まれた。はは、そういやそうだな。ごめんごめん。俺は小さなレディに容儀を正して謝罪した。この辺、ランスがうつって来てるなぁ。

「シロウ、人の話はきちん聞いて頂かないと困ります」

と、ここでさらにむぅ――とした顔のセイバーまで追いついてきた。いや、一応断わったぞ。

「あ〜〜〜〜」

いきなりイライザちゃんが素っ頓狂な声を上げた。セイバーを指差し、みるみる顔が赤くなっていく。

「ごめん、セイバー。ってどうしたんだ? イライザちゃん」

「せせせ、セイバーさん!?」

「こんにちはイライザ。話はシロウから伺っています。カーティス殿の妹御だと」

今後は気をつけるようにと、俺に釘を刺してから、セイバーはイライザちゃんに挨拶を送る。真っ赤になったイライザちゃん。なんか妙に興奮してるな。

「こ、こちらこそ。お話しはにいさまからうかがっております。その、たいへんすてきなレディだと。いちどおあいしたいとおもって、おもって……ええと」

なんか台詞回しがえらく混乱してるな。舌が喋りたいことにおっ付かない感じだ。

「兄君とは些かの知己を得ただけですが、大変立派な紳士とお見受けしました。その妹御とも、こうして知己を得たことは、私にとっても嬉しいことです」

セイバーは穏やかな表情を浮かべ、イライザちゃんを微笑ましげに見ながら、挨拶を返す。えらく高評価だな、遠坂とは正反対だ。

「そうですかあぁ……」

一方、イライザちゃんはどうやら遠坂派のようだ。先ほどまでの興奮さえも冷めたのか、なんとも複雑な表情に変わっている。

「いつも失敗ばかりで、はずかしい兄ですわ」

口を尖らして少しばかり恨めしげな視線になる、そうか、犠牲者は遠坂やルヴィア嬢だけじゃないんだな。

「それでも兄君は挫けない。視線を高く置き、きちんと前を見て一歩一歩進んでいます。今は届かずとも、その志を失わぬ限り、最後には必ず到達するでしょう」

斜め前を見て、二歩進んでは三歩下がってる気もするが……まあ、セイバーの言ってるのは、もうちょっと観念的なことなんだろうな。

「うう、そこまで言っていただけると、やっぱり妹としてはうれしいです。セイバーさん、どうもありがとうございます」

セイバーの真正面からの誉め言葉に流石に照れるのだろう、複雑そうな表情ではあるが、それでも嬉しそうにお礼を言う。なんのかの言ってやっぱり兄妹なんだろうな。

「今日は一人なのかな?」

「はい、にいさまがお仕事でぬけられないので、かわりのおかいものです。それと来週がお誕生日なので、そのときのために、おようふくもみておこうかなと」

挨拶も一段落付いたところで、俺はイライザちゃんに聞いてみた。なるほど、プレゼントでもねだるのかな?

「それじゃあ、一緒しようか? 俺達も買い物だし、荷物持ちくらい出来るぞ」

さっきの事もある。また呆けて道に飛び出しでもしたら大変だ。俺はちょっと誘ってみた。

「え、良いのですか? デートのお邪魔しちゃって」

はい? デート? 俺はセイバーと顔を見合す。と、セイバーの顔が見る見るうちに紅く染まっていった。

「そ、そんなことではありません。私はシロウと、ただ買い物に回って、食事をし、ちょっとお茶くらいは良いかなと考えていただけです」

なんかセイバーが急に慌てて捲くし立てだした。いや、確かに傍で見たらデートに見えるのかな? セイバーと二人で出かけることは結構あったんで、ぜんぜん気にしてなかった。

「映画を見たり、お洋服をえらんでもらったりですか?」

なんか、こっちまで照れてきたぞ。セイバーだって顔が赤いいままだ。

「そこまで高望みはしません。シロウですから」

微妙に話が逸れている気がするんだが……

「士郎さんってにぶちんさんですのね。セイバーさんご苦労なさってません?」

「それは詮無き事だと、それにそれで助かっているところもありますし」

なんか、どんどん酷い言われようになっていく気がする。なんでさ?

「判りました、そういうことなら御付合いさせていただきます。よろしくおねがいします」

何がそういうことか良くわからないが、イライザちゃんはそう言うと、にこっと笑ってぺこりとお辞儀をした。何か微妙に引っかかるが、まあ良いか。賑やかなのは嫌いじゃない。

「さて、それじゃあ、何処から回ろうか」

―― 空……

と、俺が言った時だ。何か虚しい音がした。そういや、そろそろ昼だなぁ。
きょとんとした顔のイライザちゃんを余所に、セイバーを見やると、あ、視線はずしやがった。

「じゃあ、まずお昼にしようか」

いっそ、断食でござる、とでも言ってやろうかと思ったが、倫敦の街を火の海に沈めるわけにもいかない。
ちょうど、近くにいいパブがある。セイバーの舌を満足させたほどだから、かなりのレベルだ。

「お食事ですか?」

が、イライザちゃんは、ちょっと言いよどむ。

「来週以降ならいっぱいたべれるのですけれど……」

「イライザ、食事は大切です」

何かごにょごにょと言いかけたイライザちゃんに、セイバーの落ち着いた声が被さる。

「今は成長期なのですから、食べなくてはなりません。遠慮は毒です」

落ち着いているし笑顔なんだが……何か妙な迫力がある。

「お昼にしましょう。よろしいですね?」

「は、はあ……」

迫力負けして、イライザちゃんは人形のようにかくかく首を振る。音が聞こえてきそうな勢いだ。セイバー、笑顔でも脅しはいけないぞ。


しんちゅうのてんさい。
すいません、『真鍮』君は主役じゃありませんでした。あくまでも脇役。
ですが読んでいただけたら分かると思いますが、彼の影は色濃く映し出されております。
それでは、『真鍮』活躍編、後編をお楽しみください。


By dain

2004/7/21 初稿


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