「ああ、やはりこの店のキドニーパイは絶品です」
呆気にとられるイライザちゃんを余所に、セイバーさんはいつもの健啖振りを発揮している。相変わらず見事だなぁ。
「すごいのです……」
ぽかんとセイバーの食いっぷりを眺めていたイライザちゃんの呟き。確かにすごいわな。一方イライザちゃんの皿は、ほとんど減っていない。
「どうしたんだ? やっぱり食欲無いのか?」
ちょっと心配になってきた。女の子とはいえ、このくらいの年代は一番食べる年頃だ。女の子だから、もしかしてダイエットかな?
「食べてます。ただ、ちょっとしゅうよ……胃があまりおおきくないのです」
恥ずかしそうに小さな声で応えるイライザちゃん。へえ、それであの力か、燃費良いんだな。誰かさんとは大違いだ。
「シロウ……今、なにやら不穏な事を考えませんでしたか?」
そこに、セイバーさんが目を半眼にして話しかけてくる。本当に勘がいいな。でもな、セイバー。最後のパイが無くなった時の食い足りなさそうな表情、あれだけは止めといた方が良いぞ。
しんちゅうのてんさい | |
「発条仕掛けの貴人」 | −Brandoll− Fate/In Britain外伝-3 後編 |
Coppelia |
「あの、私はもうお腹一杯ですので、セイバーさん、よろしかったらいかがですか?」
そんなセイバーの表情を、目ざとく捉えたわけでも無いだろうが、イライザちゃんは自分の皿をセイバーに差し出した。
「イライザ、貴女は成長期のはず。もっと食べなければいけないのでは? 頂きます」
イライザちゃんを心配そうに見やりながらも、セイバーは嬉々としてパイに手を伸ばす。セイバー、本音と建前はちゃんと使い分けたほうがいいぞ。
「セイバーさん、本当にすごいですね。これだけたべてだいじょうぶなのですか?」
それは、暗に太るんじゃないかと聞いているのかな?
「ああ、イライザ。心配は要らない、私は成長しない。食べたものはすべて力に変換されて、いざと言う時のために備えているのです」
その割に腹は鳴るし燃費は悪い、とは口が裂けてもいえないな。セイバー睨むな。思うくらい良いじゃないか。
「ちゃんと、食べた分はむだにならないのですね」
イライザちゃんは、そんなセイバーを嬉しそうに、それでいて少しばかり羨ましそうに見ている。元気そうに見えるけど、さっきの呆け振りや、食欲から見るとやっぱいどこか身体が悪いんだろうか。
「士郎さん達は、今日、なんのおかいものなんですか?」
食事も無事終わり、食後のお茶を楽しんでいた時に、イライザちゃんが聞いてきた。
「結構あるんだよな、これが」
俺は一週間分の食料を始めとした、かなり長めのリストを取り出し、セイバーと顔を合わせて苦笑した。
「すごい量ですね。いつもこんなに? たいへんじゃありませんか」
目を丸くしてリストを眺めるイライザちゃん。いや、普段はこんなに溜めないぞ。割とこまごまと買い物するほうだし。
「いや、まあ、たまたまだ」
「そうです、たまたまです」
とはいえ、こんな話をイライザちゃんに言うわけにはいかない。俺とセイバーは、はははと笑って誤魔化した。
「……もしかしたら、あのふざけた連中のせいではないのですか?」
よっぽど不自然だったのだろうか、しばらく考え込んでいたイライザちゃんは、えらく厳しい顔で聞いてきた。
「いや、別にそんな事は……」
「にいさまから聞いた事があります。なにやら遠坂さんやルヴィアゼリッタさんによからぬことをたくらんでいるやからがいると」
はい? 何で知ってるんだ?
「イライザ、何処でそれを?」
俺の疑問をセイバーが代弁してくれた。こちらもかなり厳しい表情だ。
「にいさまは、あの連中にさそわれたことがあったそうなのです」
苦虫を噛み潰したような顔で、イライザちゃんは話を続けた。こういう顔をすると、本当にカーティスに良く似てくる。
「にいさまは、目標を持ったあらたな研鑽とおもい誘いにのったのだそうです。ですがいってみればげせんでうとましい愚痴といやがらせの相談ばかり。にいさまは、あきれかえってたもとをわかったとおっしゃってました」
憤懣やるかたないといった調子で捲くし立てる。ちょっと痞えてるけど気持ちは十分に伝わった。まあ、なんのかの言ってカーティスは、この手の卑劣さとは無縁だからな。まてよ、ってことは。
「もしかして、堂々と真正面から断わったのかな?」
「当然です。ひくつになる必要などどこにもありません。とうぜん、その場であいての愚かしさを弾劾してせきをたったそうです」
胸を張って鼻息も荒くイライザちゃん。ああ、やっぱり。俺はセイバーと顔を見合わせた。
「イライザ、それなのに貴女は一人で出歩いているのですか?」
些か心配そうなセイバー。ああいう手合いは逆恨みするからな、なにやらかすか分かったもんじゃない。
「あら、なにか問題でもあったでしょうか……?」
ああ、やっぱり兄妹だな。きょとんと不思議そうなイライザちゃんは、そういう卑しい思考は欠片も思いついていないようだ。
「まあ、ちょうど良い。今日は最後まで付き合うから。明日からは注意するんだぞ」
俺にとって、こんな娘までおかしな話に巻き込むのは論外だ。一言諭しておくことにする。
「士郎さん。みくびらないでいただきたい」
だってのに、イライザちゃんの鼻息はお兄さんより荒いらしい。轟然と頭を上げ、傲岸不遜なほどの顔つきで、ぐっと見据えてきた。
「あのような連中に、どうこうされるわたしではありませんのよ。だいいち、ブランドール家のものがてきにうしろはみせられません!」
舌っ足らずながら、一気に言ってのけてくれる。いやあ、天晴れって言いたいけど。やっぱり心配だぞ。
「それでも、やはりしばらくは注意すべきかと。それを言うならば、あのような下賎な輩に関わる事こそお家の恥となるのでは?」
「うう、セイバーさんがそうおっしゃるのなら。たしかに……一理あります」
セイバーの言葉に、イライザちゃんもちょっと考え込んで、憮然としながらも頷いてくれた。ナイスだセイバー。こういった頑固者を捌くの、えらく手慣れてるな。
「そうだ、来週誕生日なんだろ? 何かプレゼントしよう。それで大人しくしてくれないか?」
イライザちゃんも落ち着いてきたところで駄目押しをしてみる。が、これは失敗だったようだ。むぅ――っとした目で睨みつけられた
「士郎さん。物でつろうなんて、すこし安直ではないでしょーか……」
「シロウ、レディに向かって、それは些か失礼かと」
セイバーにまで駄目出しされてしまった。うわ、悪かった、子ども扱いだもんな、本当に悪かった。
「ですが、士郎さんが、どうしてもとおっしゃるなら、やぶさかではありませんのよ?」
二人に責められ、米つきバッタになった俺に、イライザちゃんのありがたいお言葉。
「よし、俺も男だ。どうしてもプレゼントしたいぞ。何でも言ってくれ」
多少情け無いことも無いが、これで機嫌が直ってくれれば易いもんだ。またかって顔のセイバーは、とりあえず置いておいて、俺はイライザちゃんに向き直った。
「お洋服が良いです。にいさまもたくさん買ってくれるのですが、どれもこれも子供じみたふくばかりで、ちょっとおとなっぽいふくも、ほしいとおもっていましたの」
今日はその下見でしたの、と可愛らしく俺に笑いかけてくれた。あ、やっぱり女の子なんだな。なんか、理屈抜きで贈り物したいような笑顔だ。
「それじゃあ、午後はそっちを先に回ろう。セイバーもそれでいいよな?」
まるでどこかの騎士を見ているようです、と苦笑いしながらも、セイバーは頷いてくれた。良いじゃないか、たまたまだぞ。なんだ、その“また”ではないのですかってのは!
―― 瞬!――
と、その時だ。憮然と頭をそらした俺の目の前を何かが横様に透いて通った。それをセイバーが電光の反射ではっしと掴む。
「……セイバー」
冷や汗が出た。そのままセイバーが捕らえなければ、そいつはイライザちゃんに当たっていただろう。
「虫です……」
セイバーは何気ない口調で言う。が、それから俺達にだけ聞こえる声で、ただし、ただの虫ではありませんが、と小さく付け加え掌を開いた。
「なんだこりゃ?」
それは確かに虫だった。蝿のような羽の生えたゴカイだって虫は虫だ。既にセイバーの手で握りつぶされ、エーテル塊に戻りつつあるとはいえ、気持ちの良いもんじゃない。
「サンシ……の一種ではないかとおもいます」
同じようにセイバーの手元を覗き込んだイライザちゃんも難しい顔で呟く。なるほど。
人間の体に棲み、寄生した人間の悪行を閻魔様に伝えるというのが三戸
いったい何処から、俺は慌てて周囲に目を配った。
「いえ、傍には気配を感じません。たぶん遠隔操作かと」
そんな俺に無念そうにセイバーが応える。もし傍にいたならその場でって顔だ。
「とにかく、ここじゃまずいな。出よう」
こんな狭いパブの、しかも人ごみの中では、相手が何か仕掛けてきたら、こちらからは対処のしようが無い。どこか、人気の無い開けた場所でなくては。
「わかりました、シロウ。イライザ、貴女も一緒に安全なところまで送ります」
「はい、よろしくおねがいします」
セイバーに続いて、イライザちゃんもさりげなく席を立った。若干緊張はしてるものの、これなら大丈夫だろう。
俺はセイバーと、イライザちゃんを守るように両脇を固め店を出た。
「あんな人込みの中で……本当にみさげはてた連中です」
イライザちゃんは、自分が狙われたらしい事よりも、魔術師としての規範
「シロウ、これからどのように?」
セイバーは、周囲を警戒しながらも、努めてさりげない口調で尋ねてきた
「まずランスに繋ぎを取る。遠坂たちに連絡してもらって、何とか片を付けるつもりだ」
とにかく今の状況は俺達に不利すぎる、相手が何処でなにを仕掛けてくるのかまったく分からない。此処はどこかに誘い込んで一気に勝負に出るしかない。
「わかりました。それまでは私が守ります」
セイバーの力強い言葉。セイバーが守ると言った以上、必ず守り抜いてくれるだろう。
「イライザちゃん、しばらく窮屈な思いすると思うけど我慢してくれ」
「我慢などとんでもないです。このような不埒なやから……」
この手でしばき倒してくれます、と威勢の良いお言葉。いや、出来ればそっちも我慢してくれると助かる。
むぅ――と膨れるイライザちゃんを抑え、俺はランスとのラインに意識を集中した。まったく、どうして俺の周りの女の子って、こうも威勢が良いのがそろっているんだ?
――主よ、何事か?
――「例の連中が仕掛けてきた。遠坂たちへの繋ぎを頼む」
ランスとはすんなり繋がった。どうやらミーナさんの工房でおやつを頂いているらしい。って……お前、微妙に人生楽しんでないか?
――了解した。で、主よ。何処に誘い込む?
それはともかく、こういった時に使い魔ってのは本当に便利だ。皆まで思わずこっちの思考を先取りしてくれる。事にランスは下手すると俺より頭が良いからなぁ。
――「大英博物館裏の搬入口が良い、あそこは広いし、常時結界も張ってあるから人気も無い」
――了解した。では主よ、小一時間ほど引きずりまわしてもらいたい。
――その間に、魔女殿達と手はずを整える。
素早く算段まで整えたのだろう、ランスは、羽を広げ飛び立とうとしている。
――「あ、それから。遠坂たちは嫌がるだろうが、カーティスにも連絡を入れさせてほしい。あいつの妹が一緒なんだ」
忘れちゃいけない。やっぱり大事な妹を預かっちまってるんだ。無碍には出来ない。
――『真鍮
苦笑するような響きとともにランスの思考が途絶える。さて、準備は出来た。向こうは遠坂たちに任せておけば大丈夫。
「あの、にいさまにも伝えたのでしょうか?」
俺の様子を伺っていたイライザちゃんが、心配そうな顔で尋ねて来る。
「心配要らない、ちゃんと伝えておいたから」
俺はうんと力強く頷いて、安心させるように微笑んで応えた。あれ? ますます不安そうな顔になったぞ。はて?
「それがいちばんしんぱいなのです……」
なんか、微妙にニュアンス違うんだが……俺、何か間違えたかな?
ともかく、出来るだけ人に迷惑をかけないような道筋を辿り、時間稼ぎをしながら大英博物館まで向かわなければならない。此処からなら、オックスフォードストリートを避け、北へ二三本上ったわき道を進むのがいいだろう。
「イライザちゃん、ちょっと待った」
と思った矢先、いきなり来やがった。
「なんでしょうか?」
俺とセイバーに挟まれて、きょとんと立ち止まるイライザちゃん。危なかった。俺一人だと引き摺られるところだったぞ。
「この道はまずい」
俺は、はて? という顔のイライザちゃんに説明した。何処にでもあるような路地に見えるが、俺にはわかった。こいつは“何処にも無い”路地だ。
「シロウは空間のゆがみに敏感なのです。私も些か心得がありますが、恐らく“妖精の小道”かと」
セイバーが、俺の代わりに説明してくれた。
すなわちここは入ったら、延々歩き続けても出口にたどり着けない閉鎖空間の入り口なのだ。
今回のことは降霊科が関わってると聞いていたから、きっと、何処からか妖精を調達してきて仕掛けたのだろう。まったく、真昼間の街中になんて物仕掛けてやがるんだ。
「シロウ、それと。気がつきましたか?」
「ああ、気がついちまった。本当に碌でもないな」
こんな真昼間に、こんな人通りの多い所にこんなものを仕掛けたんだ。当然迷い込んだ人だって居る。セイバーと俺が気が付いたのはそのことだ。
「仕方ない、セイバー。頼めるか?」
「分かりました、人払いと後の処理はお任せしてよろしいですね?」
「わかった。ええと、イライザちゃんは人払いの結界結べるかな?」
つまりはこれから行うことの目くらましと、迷い込んだ人達への気付けだ。ただ、気付けはともかく、人払いはまだ俺だけだと心もとない。
「簡単なものでしたらなんとか。あまりうまくないですけど、がんばります」
やってみますと、イライザちゃん。ぐっと拳を握り締める様が、なんか心強い。
「――――展開開始
「――――Veloci Coepi
俺はイライザちゃんの助けを借りて、不器用ながらも人払いの結界を張ることに成功した。なにせ陣はうまく描けても、そこに魔力を通すとなると半人前以下なのだ。イライザちゃんが魔力を通すのがうまくて助かった。本人は魔術刻印も無いし魔力なんかほんのささやかなんです、と言っているが、この年でこの手際は見事だ。だからこそ、魔術を習うことになったんだろうな。魔術師としての才能は俺なんかよりずっとありそうだ。
「シロウ?」
「ああ、ここだ」
俺は歪みの中央と思しき空間を、出来る限り正確に指し示した。セイバーは、一つ頷くと宝具
―― 抜!――
―― 破璃!――
一閃、無駄な魔力は使えない。ただ一閃で核を突く。神秘はより大きな神秘には勝てない。精霊の鍛った最上級の宝具
「うわぁ、無茶やりやがって……」
一瞬何かが割れたように震え、現実に帰ってきた路地は、少しばかり異様な光景だった。二・三十人近いだろうか? それだけの人間が、二メートルほどの幅しか無い狭い路地にびっしり詰まって気を失っている。
「俺達だけじゃ無理だな。ミーナさんに頼もう」
俺はランスを通して、ミーナさんに助けを借りることにした。魔術師の不始末は魔術師が片付けるしかない。
「士郎さん。このひとですが、魔術師ではないでしょうか?」
と、その一角をイライザちゃん指差した。一人だけ、重ならずに倒れている黒衣の男、傍によって見てみると、割れたガラス瓶を抱え、両手に火傷を負っている。なるほど“瓶の中の妖精”か、セイバーの一突きで逃げられたな。
「縛って目印つけとこう。なんか書くもの無いかな?」
俺はそいつの上着を引き裂いてロープを作りながら、二人に声をかけた。
「紙はありませんけども、ペンがあります」
油性だろうか? イライザちゃんはマジックのようなペンを取り出し、しかたありませんですわ、と言いながら、“悪人”と大文字でそいつの顔に書き付けた。
「“魔術
しっかりと書き終えたイライザちゃんが、にっこり笑って言い放つ。“魔術”ペンって、ただの油性ペンじゃなかったんだな。結構えぐいことするなぁ。
このまま放っておくのも気が引けたので、しばらく気絶した人の世話をしていると、ミーナさんがよこしてくれた繋ぎの魔術師がおっとり刀でやってきた。俺たちは、その人達と入れ替わりでこの場を離れることにした。
それにしても、連中なに考えてるんだか、まったく、周りの迷惑考えやがれってんだ。
「……なにを考えているのでしょうか?」
イライザちゃんの呆れたような声、それはそうだろう。路地裏を伝い、大英博物館へ向かう俺達の目の前、ちょうど十字路の真ん中だ。
黒いアメリカねずみの着ぐるみが、俺達を睨みすえて立っている。
「……“十字路の悪霊”?」
十字路という、流れの交わる特殊場で魔法陣を書き、不浄霊を召喚して従わせる魔術。こいつも多分、降霊科の範疇だろう。一般的には緑の上着を着た、犬頭で子牛の足を持った悪霊を呼び出すのだが……
「昼間なので、目立たないようにこのかたちを選んだのでしょうが……」
子供にたかられている。
風船は無いのかとか、ちょさくけんいはんだぞとか、姦しい子供達にたかられて、辟易しながら俺達を睨んでいる。いや、もしかして助けを求めてるのかな?
「シロウ、どうしましょう?」
流石のセイバーも対応に苦慮しているようだ。
「これは放っとこう、どうも俺達以外に危害を加え無いように命じられてるらしいし。ミーナさんに連絡して、何かの撮影って事で誤魔化してもらおう」
子供達に群がられながら、たたじっとその場を動かない、いや動けないで居る悪霊。この判断は間違いないようだ。
俺は今度もランスに繋ぎを頼み、すがるような目の悪霊を残して、そのままその場を迂回した。この手の魔術って融通が利かないんだよな。
「士郎さん……」
「何だ、イライザちゃん」
「どんどん間抜けになっているようなきがしますわ」
「そうだなぁ……」
俺はマネキンのようになった魔術師を、大急ぎで路地裏に運び込みながら、イライザちゃんに応えた。自分の邪眼をショーウィンドーで反射してしまい、そのまま固まってしまったようだ。
ちょっとイライザちゃんの洋服を見ていたときに、ふと背筋に悪寒が走ったので屈んだ所で、後ろの男がいきなり固まった。間抜けだったが危ないタイミングでもあった。
「でも、もう少しだ。ほら大英博物館も見えてきた」
俺が指差す先は大英博物館。パルテノンのような正面が伺える。さらに、その上空には一羽の鴉。ランスだ。準備は万端に整ったという事だろう。
「ちゃんと誘われているのでしょうか?」
セイバーが少しばかり渋い顔で呟く。なにせ、先ほどからどんどん間抜けになっていく追っ手だ。勝手に撒かれたりしているかもしれない。
「じゃあ、ここからは大通りを行こう。程度もわかってきたし。そうそう人目につく事はしないと思うし」
「正面突破ですか、望むところです」
「こそこそするのは性にあわないです」
女性陣お二方は、俺の提案に思い切り乗り気なようだ。いや、そこまで鼻息荒くしなくていいぞ。遠坂達もだが、君らどうしてそんなに血の気が多いんだ?
「シロウが甘いのです」
「士郎さんがアマチャンさんなのですわ」
そんな思いが顔に出たのだろうか、二人揃ってむぅ――と膨れた。でもな、平和が一番だぞ?
そんなわけで俺たちは、オックスフォードストリートに躍り出て、真正面から大英博物館へ向かった。予想通り、此処で仕掛けてはこなかったのだが、なにやら路地裏では犬にでも噛まれたような悲鳴や、慌てて走り出す人影、煙にでも巻かれたような咳き込む声が相次いだ。はては、表通りに転がり出てくる水晶玉を必死に追いかける怪しい人影まで現れる。
「随分と間抜けだな……」
流石に呆れてきた。これで魔術師だってんだから……
「仕方ないことかもしれません」
それをイライザちゃんが解説してくれる
「魔術師は、ひとりこもって研究をするもの。ですから実践をあまりしない人がたいはんです。特にこのような日中のひとごみで魔術をつかおうというのですから。勝手はちがうし、慎重になりすぎて手元がくるっているのでしょう」
相手がいるような魔術なんて、普段はほとんどつかいませんのよ。と、口の端を少し吊り上げて鼻で笑ってたりする。つまり頭でっかちで、段取りが狂うと修正出来ないってことか。それはそうと、そういう顔は止めなさい。可愛い顔が台無しだぞ。
「となれば、最後に誘い込んだ場所は警戒が必要でしょう。互いに遠慮が無くなる」
一転、表情を引き締めたセイバーの忠告。そうだな、自分のホームグラウンドはあちらも同じだ。よし、俺は気を入れなおして歩みを速める。イライザちゃんを守らなきゃいけないしな。
確かに、甘く見てはいけない相手だったようだ。
大英博物館裏の搬入口前、そこでは奴らが待ち構えていた。
ちょっとした広場になっているそこに、描かれているのは強大な五芒星の召喚陣、その星の頂点に一人ずつ、更に少し離れた制御陣に一人立ち、それこそ悪魔でも呼び出そうかという陣容だ。徐々に高まる大源
「シロウ、イライザ。下がってください、ここは私が」
瞬時に鎧に身を固め、セイバーが一歩前に出る。
と、それを見て相手の陣容が一気に乱れだした。
「な、何故だ!? 何故英霊が居る!」
「話が違うぞ? 間抜けな専科のはぐれ者が、少女を二人やに下がって連れて来るというから乗ったのだ。英霊なぞ相手に出来るか!」
「誰だ! 英霊を小さな女の子だと報告した奴は!」
「知るか! まさか英霊が普段着で居るとなぞ思うものか」
いきなり底が割れた。遠坂がことごとく拒絶していたせいか、セイバーの実態に気が付いていなかったらしい。もっとも、こいつらが必要なのはセイバーの人格ではなく、“英霊”という器だそうだから、気にもしていなかったというのが実情だろう。
「私は降りる、帰らせてもらう」
「私もだ」
「わたしもだ」
なんかいきなり解散の気配。なんだったんだ? こいつら?
「本当にあきれた連中ね」
「まったくですわ、開いた口が塞がらないというのはこのことですわね」
が、そう簡単に帰してくれる人達ばかりではない。魔法陣を両脇から挟むように、遠坂とルヴィア嬢が仁王立ちして姿を現した。
「な! 何のつもりだ!」
「我々は君たちと事を起こすつもりは無いぞ」
流石に腹が立ってきたな。ここまで騒動起こしといて、何のつもりだも、事を起こすつもりは無いだもないもんだ。
「あら? わたしの弟子や使い魔へのちょっかいは何だったのでしょう?」
「わたくしの僕
当然、遠坂さんもルヴィア嬢もそんな戯言など聞く耳は持たない。
お二方とも腕の魔術刻印を眩いばかりに煌かせ、にっこり笑って威嚇する。
「な! 何故だ出られん」
「私は無関係だ、早くここから出してくれ」
「結界だと? 馬鹿な! 此処に魔法陣など無かったぞ」
足早に逃げようとしていた召喚術士達は、なぜか見えない壁に阻まれている。
「わぁ、すごいです……」
そんな召喚術士たちの醜態を余所に、なにやらきょろきょろしていたイライザちゃんが、空を見上げてぽかんと口を開いている。はて、と思い見上げるとそこにはランスの姿。
――Croow……
幾重にも円や線を描きつつ飛んでいる。あれ? こいつは……
「こりゃ確かにすごい」
ランスが描いている軌跡、それは巨大な結界陣だ。きらきらと光るラインはたぶん宝石の粉だろう。遠坂たちは、空に描いた軌跡を起点に地上に結界を降ろしたのだ。並みの魔術師とはセンスもレベルも段違いだ。イライザちゃんが驚くのも無理は無い。
「安心なさい、殺しはしないから」
「そうですわね、しばらく悪い病気にでもかかって頂こうかしら?」
おろおろと逃げ惑う召喚術士達を尻目に、遠坂とルヴィア嬢は口の端を不敵な角度に歪め、それぞれの魔術刻印が刻まれた腕を前に出す。
「一人一人狙うのは面倒ですわね――――En Garand
「そこのでかい魔法陣、ちょっと借りるわ――――Anfang
そのまま、二人揃って一気に詠唱に入った。
「や、やめろ――――!」
「――――Traurig klangen ihre Lieder
「――――vis, meures; me brule et me nois
「待たせたな、諸君」
―― 轟!――
召喚術士たちの悲鳴と、お二人の詠唱の完了はほぼ同時だった。たちまち立ち上る閃光と爆煙、一瞬視界が閉ざされる。あれ? そういえば今、最後に何か聞こえた気がしたんだが……
「なんか……」
「ちょっとおかしな手ごたえがありましたわね……」
遠坂とルヴィア嬢も、どこか不審な顔で、煙が晴れるのを待っている。
煙が晴れていくその中、徐々に現れるのは、まずうんうん唸る召喚術士たち、なんか女の子を前に、口にするのを憚られる場所を押さえている。ちょっとだけ同情するぞ。
が、そんな事は問題ではなかった。
「シロウ、下がってください」
厳しい顔で更に一歩前に出るセイバー。煙の中からは、低い狂ったような笑い声とともに、巨大な影が姿を現してきたのだ。
「ふふふふふふ……はははは……はっはっはっは」
―― 厳 ――
そこには異形があった。
身の丈三メートル余、鋼の皮膚と溶岩の血潮を持った巨人。
かつての聖杯戦争で相見えたバーサーカーのごとき巨躯。
そして、その巨躯の後ろには、先ほど制御陣に居た召喚術士。どうやらこいつが首謀者らしい。
「何時の間に呼び出したんだ……」
「ちがいます……」
そんな俺の呟きに、横からイライザちゃんのいかにもへこんだ声が応えてくれた。
「装甲機像
え?
俺はもう一度、その機像を見上げた。ああ、確かに。こいつには見覚えがある。カーティスと初めて会ったときに引き連れてた機像だ。あいつは壊しちまったから、多分同型機なんだろう。
「ははは……、なんと運が良い。これは良い拾い物をした。こいつは英霊さえもてこずったと聞いている。これで形勢は逆転だ!」
召喚術士は荒い息で、高らかに叫ぶ。確かにこいつは厄介だった。
「こら! にいさまの作品を勝手につかうな!」
そこに、イライザちゃんが激昂して食って掛かる。俺は、飛び出しそうなイライザちゃんを抑えようとして……引きずられた。なんて力だ。
「勝手も何も、当の本人が勝手に伸びてしまったのだ。あるものを使う。魔術師の基礎ではないか!」
それこそ勝手なことをほざいている。なるほど、ぽっかり開いた搬入口の脇で、カーティスの奴が伸びていた。先ほどの爆発の余波だろうか? まあ、怪我は無いようだな。
「そうか、さっきの声はカーティスだったのか」
イライザちゃんを救う為に機像を率い、搬入口から颯爽と現れたところで、あの呪に巻き込まれたのだろう。惚れぼれするほどの間の悪さだ。
「それをいちばんきぐしていたのです……」
何とか落ち着いたのだろうか、歩みを止めたイライザちゃんががっくりと肩を落とす。気持ちはわかるが、兄さんの心配もしてやりなよ。
「そんなことじゃないかと思ったけど、相変わらずね」
「本当に、毎度毎度……いっそ見事なほどですわ」
そんなカーティスを見やり、遠坂もルヴィア嬢も呆れを通り越して感心しておられる。
「貴様ら! 俺の話を聞け!」
と、ここで先ほどの召喚術士が、青筋を立てて怒鳴りつけてきた。自分有利と見るやいきなり居丈高になるってのは、余りほめられたことじゃないぞ。
「此処で引くなら、このたびのことは不問にしてやろう。どうだ? 悪い話ではないはずだ」
「あんた馬鹿でしょ?」
「お話になりませんわ」
お二方ともむげも無い。哀れむような、さげすむような視線で召喚術士を眺めている。
「な! いいのか? こいつには英霊とて歯が立たなかったんだぞ」
なんか話が大きくなってる。希望的観測を事実にしちまうってのはどうよ?
「ま、確かにあの時は苦労したわね」
「ええ、話は聞いていますわ。でもそれは……」
意地の悪い笑みを浮かべるお二方。声をそろえて仰った。
「「そいつが暴走したから」」
「そろそろお時間なのです……」
最後はイライザちゃんが引き取った。お兄さんのこと良くわかってるんだね。
―― 愕応!――
それを待っていたかのように機像はいきなり動き出した。両手をでたらめに振り回し、地響き立てて足踏みする。
「何故だ! 何故言うことをきかん!」
だってのに、召喚術士の奴は現状を把握しきれずに、機像に食って掛かろうとする。ああ、もう。
「セイバー!」
もうしょうがない、こんな馬鹿なことで人死には出したくない。俺はセイバーに援護を頼むと、脇目も振らず飛び込んだ。
「なっ! なにをする!」
「黙ってろ!」
機像の拳をセイバーの援護で掻い潜り、俺は叫び暴れる召喚術士を、機像の射程外まで蹴り飛ばした。これで何とかなるだろう。
「士郎!」
「シェロ!」
「士郎さん!」
が、蹴ったのはまずかった。これでバランスを崩してしまった。女の子三人の悲鳴が重なる中、襲い掛かってくる機像の拳に、俺は体勢を立て直せない。
「シロウ!」
セイバーの援護も今一歩届かない。轟とばかりに振りかざされたもう一方の腕が、セイバーに向かって振り下ろされているのだ。今、セイバーの得物は宝具だ、切り落とすことは可能だろうがそれで一拍遅れることになる。
頭に向かって襲い掛かってくる拳を、俺は最後まで見据えることしか出来なかった。
―― 頑!――
何か金属がぶつかり合う音と閃光。だが、俺の頭は未だ肩に乗っていた。
「――え?」
「だいじょうぶですか? 士郎さん」
驚き呆けた俺の目の前にあるのは、機像の拳で無くイライザちゃんの顔。ほっとしたような口調で俺の無事を確認してくれる。
「イライザ……」
「イライザ……ちゃん」
機像の拳、俺の頭を砕く直前。それを受け止めたのはイライザちゃんだった。無論無事ではない。両足こそ確かだが、両腕は千切れ飛び、胴体は半ば砕かれている。歯車
「この子はわたしがおさめます。……ここが、おわりですわ」
俺の無事を確認して、ほっと一安心したのか、イライザちゃんはにっこり笑うと、首を軋ませながらも機像へと向き直った。
「にじゅうはちごう、おねむり・なさい。あなた・の・つとめ・は・おわり・まし・た」
徐々にたどたどしくなる言葉。それはまるで呪文のように紡ぎだされ、魔力となってイライザちゃんの体から機像に向かって流れ込む。
「おやすみ・なさい……み……な……さ……ん……」
軽い唸りとともに動きを止める機像。だが、それを最後にイライザちゃんは沈黙してしまった。
「イライザ……ちゃん」
―― …唸… ――
そのままイライザちゃんの瞳から光が消える。と、入れ替わるように機像が再び動きだした。その場でイライザちゃんの身体と気絶したカーティスを抱きかかえ、静かに搬入口へと去っていく。
「暴走を止めたのではなくて、制御を取り戻したですって?」
「再起動と施術の組み換えを一度に? 自動人形
ルヴィア嬢と遠坂があっけに取られたように呟く。なにかとんでもないことをしたらしい。だが、イライザちゃんは……俺は、残された歯車のひとつを無意識のうちに拾っていた。
「シロウ……」
「ああ、例え人形でもイライザちゃんはイライザちゃんだった……」
セイバーの心配そうな声に、俺は呟くように応えるのが精一杯だった。
「安心しなさい、自動人形なら核が残ってればなんとかなるわ」
「あれだけの機械ですもの。きっとバックアップはとってありますわ」
遠坂とルヴィアさんも呆けた俺を慰めてくれる。だが、今の俺はただ歯車を握り締め、搬入口を見据えることしか出来なかった。皆、ごめんな……
「自動人形
それから一週間。結局、カーティスも時計塔
「でも、ただの自動人形じゃないわ。おそらく使い魔
俺の呟きの中身を察したのか、遠坂が応えてくれる。
「使い魔?」
「そ、魔術も使ったんでしょ? 人格だって人並みだったし。浮遊霊を取り込んだ使い魔
ああ、なるほど。でもなあ、本当に人間そっくりだったんだぞ。
俺は残された歯車を見詰めながら、またも心の奥に沈んで行った。”ブランドールM
「シロウ……」
そんな俺の肩にセイバーがそっと手を置く。なんだか優しい瞳だ。イライザはあなたの心の中に何時までも居るのです。とでも言っている様な瞳。ああ、セイバー有難う。
「もう……ま、仕方ないわね」
そんな俺達の様子に遠坂も肩をすくめて、優しく笑いかけてくれた。ごめんな、心配かけて。もう大丈夫だ。
「士郎・衛宮はいるか?」
よし、とばかりに立ち上がりかけた時、工房に入り口から声がかかってきた。
「げっ、『真鍮
遠坂の引きつるような声。まったく、別の意味でカーティスの前で猫被るの止めたんだな。
「カーティス・ブランドールだ。まあ、それは良い。士郎・衛宮はいるのだろう?」
「ああ、居るけど?」
遠坂にカーティスとの話を任せていると、終わりそうも無いので、俺が直接出ることにした。
「無沙汰をした、先日は妹が大変世話になった。礼を言う」
轟然と胸を張り、いつもの調子のカーティス。……そういえば、カーティスはずっとイライザちゃんのことを“妹”と呼んでたな……
「いや、礼を言うのはこっちだぞ」
そう、命を助けてもらったのはこちらだ。
「それについては妹から話は聞いた。等価交換で言えばまだこちらが借りだ。さらに借りを作るのは吝
ちょっと待ってくれ、イライザちゃんと会う? じゃあ、
「イライザちゃん、直ったのか!」
「ふむ、直ったというと些か語弊があるが……そう思って貰って差し支えないであろう」
「わかった、すぐ行く。セイバーもいいかな?」
「はい、喜んで」
俺とセイバーは渋る遠坂を拝み倒して、カーティスにイライザちゃんのところへ案内してもらうことになった。
「……病院?」
「……工房ではありませんね?」
カーティスに案内されたのは、病院だった。どうやらブランドール家というのは表では医者をしているらしい。ちょっと怖い考えになりそうだけど。
「妹は此処に入院している」
なんでもないようなカーティスの応え。はい? でも……イライザちゃんは自動人形だし。人間と中身までそっくりな人形っていうのがあることは知っているが、イライザちゃんは歯車と発条で作られた完全な機械式だったはず。
「さ、入りたまえ」
ひときわ立派な特別病棟の前で、カーティスは立ち止まり、俺達を差し招いた。確かに、名札には“イライザ・ブランドール”と銘打ってある。
「おじゃまします……」
「イライザ。希望通りレディセイバーと士郎・衛宮をお連れしたぞ」
不審に思いながらも入ったその病室には、小さなベッドと眠っている女の子、それと子猫が一匹。
そのまま進み、はて、と思いつつ覗き込んだベッドの上には、間違いなくあの少女の姿。規則正しい寝息を立てているのは、あの時のままのイライザちゃんだった。
「イライザ……ちゃん?」
「ああ、イライザの本体だ」
吸い込まれるように寝姿を見入っていた俺に、カーティスの無感動な声がかかる。ちょっと待ってくれ、この娘、本物の人間じゃないか。
「……イライザ……ですね?」
そんな俺達を余所に、セイバーはなぜか子猫に語りかける。にっこり笑って悪戯を見つけた母親のような表情だ。
「あは、セイバーさんにはばれてしまいました」
と、子猫がイライザちゃんの声で話し出した。はい?
俺は子猫と、カーティス、それに眠っているイライザちゃんを交互に見ながら目を丸くしていた。
「イライザ、悪戯は良い。話を戻すぞ」
「はい、にいさま」
淡々としたカーティスとイライザちゃんの話は、かなり驚くべきものだった。
まず、今、ここで眠っているイライザちゃんが本当のイライザちゃんなんだそうだ。なんでも七つのときに事故にあい、それ以来、意識は残っているのだが、身体は目覚めること無く眠りについているらしい。
「だが、我らは魔術師だ。それで終わるわけにはいかん」
そこで自動人形の出番というわけだ。眠っているイライザちゃんと寸分変わらぬ、自動人形。無機質の人形、機像はブランドール家のお家芸だ。
「イライザは天才であった」
イライザちゃんは四つの頃から、ブランドール家の人形や機像を自在に操っていたという。その力を駆使して、そっくりの自動人形にイライザちゃんの組織を埋め込み、類感と感染で強化した一種の使い魔として、イライザちゃんの意識と感覚を移し、常人なみの活動を可能にしたという。
「そうだったのか……」
遠隔操作の自動人形。魔術は行使できてもその体の維持と、体から本体へのフィードバックに魔力の大半は消費される。その為、ブランドール家の後継者は兄のカーティスになったという。
「大変だったんだね……イライザちゃん……」
とはいえ、なんとも痛ましい話だ……俺は鎮痛な面持ちで、イライザちゃんを見やることしか出来なかった。
「君は馬鹿か」
「みさげないでいただきたいですわ」
が、俺の同情は一撃の下に粉砕された。
「イライザは十全と生きているのだ。動き経験し、悩み考え、思考し感情を発露する。常人と何処が違う?」
「そうです、わたしはじんせいをおうかしてるのですわ」
二人揃ってびしっと言い切ってきた。
「バージョンアップを重ね、今度の筐体では食事も消化できれば、生理もある」
「かぁーてぃすぅー!!」
「なにを言うか、本体へのフィードバックの為に生理は大切だぞ。ホルモンバランスはきちんとを摂っておかねば、今後の成長に関わる」
「もう、おかしな事ばかり弁のたつ……」
「シロウ。このお二人にそのような思いは不要です。間違いなくとても良い兄妹です」
そんな二人を見ながら、セイバーがにこやかに笑う。その通りだ。見かけは猫と人だが、仲良く喧嘩するこの二人は間違いなく兄妹だった、見かけも組成も関係ない。これには一本取られた。俺の同情なんて、この二人には迷惑以外の何物でも無い。
「士郎・衛宮。今はこのような仮の身体だが、明日にはmk15が完成する」
「おたんじょうびなのです。よろしかったらセイバーさんと士郎さんもおまねきしたいのですけれど」
なるほど、mkってそういう意味だったのか。
「ああ、喜んで」
俺はセイバーと顔を合わせて笑いあった。そうだな、帰りにプレゼントを買っておこう。この娘に似合いそうなちょっと大人っぽい洋服を。
END
自動人形は電気羊の夢を見るか、なお話。
しんちゅうのてんさい は兄妹二人に掛かる題名でした。『真鍮』氏の活躍を期待してた人ごめんなさい。彼はピンにすると果てしなく暴走しかねないんで、私としては怖くてピンには出来ません(笑) でも、今回も活躍(?)させましたのでご容赦を。
元々Britainで、自動人形の話は書きたかったのですが、ちょっと偏ってしまったので外伝という形で公開してみました。
ブランドールっていうのは意訳すると“藁人形”という意味になります。で、イライザの名前はバーナード・ショーの「ピグマリオン」から、こっちも一応“人形”でしたし。
PS.イライザ嬢の喋り方で、ひらがなが大目なのは仕様です。処理落ちですねw
By dain
2004/7/21 初稿