「どわぁ!」

わたしは乙女らしくも無い叫び声をあげて目を覚ました。荒い息で周囲を見渡す。ああ。そうだカリオストロ邸で瘴気を収集して……げっ!
慌てて気を引き締め再び周囲を見渡す。それほどの時間、気を失っていたわけではないようだ。さっきのあれ……なんだったのだろう。自分の中に手を伸ばす、畜生、魔力を半分がた持っていかれている。わたしは小刻みに笑っている膝を励まし立ち上がった。
少しばかり火照った顔に手を当て呼吸を整える。こっちはさっきの衝撃のせいではない。実は夢を見ていた。内容は、その……あの……士郎との……わたしは頭を振って煩悩をたたき出した。欲求不満ってわけじゃないんだけどなぁ。

「あ、そうだ。あいつは?」

わたしは下のルヴィアゼリッタの事を思い出し、一階へ向かおうとした。

あれ?

「そっちは無事だったの?」

開け放たれたドアのところににルヴィアゼリッタが所在無げに立っていた。





きんのけもの
「金色の魔王」  −Rubyaselitta− 第三話 後編
Lucifer





「ええ、わたくしは無事でしたわ」

一瞬だけ呆けたような顔をした後、いつもの余裕綽々の顔でルヴィアゼリッタが微笑んだ。うっ、さっきの夢の影響かやけに艶っぽく見える。
とはいえ見た目よりは余裕は無いのだろう。あっちも魔力を半分とこ持っていかれている。相変わらず意地っ張りなやつだ。

「なんだったと思う?」

「それは後で確かめましょう、それより随分気分が悪そうですわ。幸いベットもあるし腰掛けてお休みになられたら?」

「貴女のほうはどうなの? レディルヴィアゼリッタ」

「わたくしは大丈夫、でも少しだけなら休んでも良いと思いますわ」

強がりを言うがやはりきついのだろう、ルヴィアゼッタはわりとすんなりとベットに腰をかけた。わたしとしても出来れば意地を張らずちょっと休みたいところだったので、彼女の横に腰をかけた。

「館の結界のせいかしら」

とにかく休んでいる間に目星だけでもつけておきたい。ルヴィアゼッタに話を振った。が、ルヴィアゼッタはどこか呆けたような顔で生返事しか返してこない。

「どうなさったの? レディルヴィアゼリッタ」

「ああ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしていましたの」

ルヴィアゼリッタは小さな溜息を付くとわたしに微笑んだ。
ぞくりと来た。潤んだ瞳、柔らかそうで微かに薔薇色に染まった頬、艶やかな口元、全てが女性を象徴し訴えかけてくる。女のわたしの顔が赤らむほどだ。

「……なにを?」

予感がした。わたしの全身がそれを聞いてはいけないと訴えかけてくる。その話題は避けろと叫んでいる。しかし、わたしは聞いてしまった。あまりに艶やかなルヴィアゼリッタの誘いのままに。

「シェロの事ですわ」

ルヴィアゼリッタの笑みが深まる、まるで恋人のことを語るように頬を染め艶やかに微笑う。

「士郎のことなんか今は話して「わたくしシェロが好きですわ」……っ!」

こちらの答えに被せるように言ってのける。艶やかさが増す。

「シェロはとてもやさしくて、逞しかった」

胸に手を当て思い出すように呟く。


――このおんなはなにをいっているのだ?


「ば、馬……「今までシェロの帰りが遅くなった晩が幾度ありまして? 急な呼び出しで出かけた日が幾度ありまして?」っ!!」

再び言葉が被る、女としての自信にあふれる言葉、勝者が敗者に突きつける言葉。

「士郎はわたしのものよ!」

ようやくまともに口をきけた。なりふりかまわない言葉。本当の本音。でもルヴィアゼリッタは動じない。

「存じていますわ」

今まで以上に笑みが広がる。

「でもね、ミストオサカ。パスを通す為だけのつながりに何の意味がありますの?」


――このおんなはなにをいっている? このおんなはなぜそれをしっている?


「シェロは誰にでもやさしいわ。貴女にもわたくしにもセイバーにも誰にでもね」


――それはじじつほんとうのことわたしがいちばんふあんなこと


「貴女が特別だという保証があって?」


――わたしはしろうのとくべつ……であってほしいだけ……


妖艶で底冷えする瞳が近づいてくる。

「でもねリン、わたくしは寛大ですの。シェロを独り占めになんかしないわ」

ルヴィアゼリッタの顔が間近にまで迫る。艶やかさで息が詰まりそうだ。

「貴女にもお分けして差し上げますわ……」

ルヴィアゼリッタの唇ががわたしの唇にかさなった。


わたしは堕ちた。


なぜならその口付けは



――しろうのあじがした






「ぁ……、ん……」

ルヴィアの指が動く度に甘い息が漏れる。全身の弱点と言う弱点をつつかれ、甚振られ、弄ばれる。
すでに胸は肌け、スカートは太ももまで捲り上げられ、ルヴィアの蹂躙は止まる事が無い。

「ぁ…は、ん―――っ、ん……はぁ!」

首筋に舌が這う、耳たぶを嬲られ逃れようと背を逸らすと、弓なりになった背筋を爪弾かれる。そしてさらに深みに引きずり込まれる。

「可愛いくてよ……リン」

「んふ、ん……、は―――っ……」

太ももに爪が流れ、近くで遠くで蠢き囁く。吐息が啜り泣くような響きを帯びる。

「ひっ! ……ん、うぅ……ぅっ……」

弱々しく首を振り目じりに泪をため拒んでも、見逃してはもらえない。甘い吐息が首筋から胸にしずしずと降りていく。

「此処が……弱いのでしたわね?」

「――――ぁ……」

胸の谷間を舌を嬲りながらルヴィアが甘く囁く。手のひらが巣に囚われ逃れられぬ蝶に迫る蜘蛛のように蠢く。はだけた胸を下に下に……

「はぁ……、! ――――っ!!」

蜘蛛は可愛らしい臍の周りを跳ね踊り囁く。

意識が遠のく、すでに理性はすっ飛んでいた。ただ小さな小さな欠片だけが、最後の防塁の内側で震えて縮こまりずっと見詰めているだけだ。

潤んだ瞳が恐る恐るルヴィアを伺う。ルヴィアはその瞳を覗き込み、艶やかに嫣然と微笑む……それは……




反吐が出るほど下卑た笑いだった。





「綺麗な肌ね? リン」

ルヴィアはそう囁いてわたしの胸に顔を埋め唇を這わせる。わたしは拒まなかった。拒まないどころかルヴィアの頭を優しく抱きかかえ――



最大級のガンドを叩き込んだ。




「くぅ……」

利いた。予想通りやつの頭を突き抜けわたしにまで余波が響いてしまった。とはいえ覚悟の上、そうでもしなくてはやつに止めをさすことは出来なかっただろう。二度は無い。その思いからの決断だった。

「残念、あんな笑い方さえしなかったら本当に堕とされてたわ。ルヴィアはね、あんな笑いだけは絶対に出来ない」

そう『しない』のでは無い、あいつの場合『出来ない』。あいつは傍若無人で傲岸不遜、人を人とも思わない悪辣で非情なやつだが、品下がる事だけは絶対にしない、出来ない。それだけは確かだ。
わたしは肌けた胸元を引き合わせ立ち上がった。くそぉボタンごと引きちぎられてる。わたしは悪態をつきつつ『ルヴィアだった物』を見下ろした。頭部を黒焦げにされたそれは時間を早送りするように風化し収集陣に吸い込まれていった。
っておい! じゃ……こいつは!

わたしは慌ててルヴィアのいる一階に向かった。
そのまま駆け出し階段に差し掛かったとき、一瞬殺気を感じた。だが速度は緩めない。走りながら魔術刻印を起動し、踊り場に飛び込みざま殺気に向かいガンドを放つ。

―――― 爆! ――――

相手も同時に魔術を放ったのか、真中で魔力が弾け相殺される。

「チッ!」

飛び込もうとしたが相手が一瞬早かった。
爆焔をかいくぐりいきなり拳が飛んできた。素早く二の腕でガードするも、拳はそのまま掌を開き、まるで蛇が絡みつくように肘を固め手首に向かって這い登る。。

「――っ!」

わたしは手首を返し、空いたもう一方の掌底でその肘を横様に弾くとそのまま回り込んで、相手のわき腹に引いた肘を叩き込む。

「っ!」

膝が上がって肘が弾かれる、が、それは予測済み。素早くかがんで軸足に水面蹴りを放つ。
決まった、追い討ちをかけるところだが嫌な予感を感じて一旦下がって体勢を整える。

一瞬遅れて目の前を白い閃光が走る。

残念でした、追い討ちにわたしが踏み込んでいたら、向こうが倒れざまに蹴り上げた足に顎を砕かれていたろう。だが相手もさるもの背を丸め後転して体勢を立て直し、そのまま重心を落とした前傾姿勢で隙を窺ってくる。

「……リン?」

相手がいぶかしそうに呟く。ってルヴィアじゃない。
眉を顰め、ジリジリと間合いを計りながら構えているのはルヴィアだった。

凄い格好をしている。袖がないのは自発的だろうが、それでも上着は脱がされブラウスのボタンも真中の1個以外全部外れている。乱れた髪は外した袖で縛られ、長いスカートも腰まで引き裂かれスリットになっている。ただ、それでも尚あいつは綺麗だった。
こんな格好でも決してさっきのやつのように下卑てはいなかった。悔しいがこいつはそういうやつだ。
ルヴィアはわたしの肌けた胸元を見据え、ふっと哀れむように溜息をついた。

「間違いなくリンですわね……」

ちょっと待てい!
ああ、そうでしょう! ああ、ああそうでしょうとも! こいつは間違いなくルヴィアだ!

「ルヴィア、アンタねぇ……」

ルヴィアは地を這うような前傾姿勢から、いつもの倣岸なまでの立ち姿に戻ると、腕組みしたままわたしをまじまじと見た。

「その格好からすると……貴女も?」

『も』?……ということは……そういう事か。わたし達はお互い相手の格好を見合った。何も言わない、何もいわなくても分かる。
しばらくしてお互い一つ咳払いをし、どちらとも無く呟いた。

「不幸な事故だったわね」
「不幸な事故でしたわね」

で、お互いむぅ――っと睨みあう。

「それどころじゃなかったわね」

「ええ、それどころではありませんでしたわね」

わたし達は揃って頷くと一階に向かった。

「何だと思う?」

「多分この屋敷の結界でしょうね、霊心で儀式を行ったのが悪かったのではないかしら?」

「先に結界確認しとくべきだったかな。あれ? でもそれじゃ前のときは?」

「前のときの記録ではこんな問題出ていませんわ。出ていたらどんな形にせよ解決されていますもの」

「じゃなんで今回だけ?」

「『浄化は完了以後D級監視対象』が前回終了時の最終報告でしたわ。現状はC級、でなければわたくしこの館を買い取ったり出来ませんもの」

「浄化?」

「……!」

わたし達は互いに顔を見合わせた。そう、前回は浄化。たまった瘴気を吹っ飛ばしただけ。で今回は蒸留と蒐集。霊心どまんなかに無色のマナをたんと集めてしまった……

「急ぎますわ!」
「急ぐわよ!」

わたし達は浄蒐陣を描いた居間へと急いだ。走りながらわたし達は状況を分析する。

「あのマナがこの館を起動して」

「わたくし達の記憶と構造を調べ」

「こっちが描いた魔法陣を逆流させて」

「わたくし達のオドを抜き取り」

「淫魔を召喚して止めをさそうとした」

「それを阻止されたのですから、次の一手は」

「「集めたマナを瘴気で汚染させ、一気に解き放って溺れさせる」」

意見が一致した。ふん、こいつがいると考えが速く纏まって良い。誰にでも、とりえの一つくらいはあるものだ。
となると対策は一つ、相手が動くより先に器を外して屋敷本体と外界との接点を絶つ。とにかく急がないと……





しかし、わたしたちが居間に飛び込んだ時、すでに器からの逆流は始まっていた。魔法陣を構成した宝石は反対方向からの圧力で機能を逆転させされ、邪気をこびりつかせた瘴気を怒涛の如く噴出させ始めている。

「なによこれ! 圧倒的じゃない!」

「忘れていまして!? わたしたちのオドの分が加算されていましてよ!」

「――――Anfangセット!」

「――――En Garandレディ!」

わたしたちは即効で防御呪を……げっ防御呪編むのが間に合わない!
と、ルヴィアは呪をキャンセルして手に持ったエメラルドの粉末を叩きつける。一瞬瘴気の第一陣がそちらに逸れ、わたしの防御呪が間に合った。即座にルヴィアも防御呪を編み直す。

「なんてこと! どんどん強くなっていますわ!」

瘴気は防御呪でそらされてもそのまま流れ出し。魔法陣の外郭からさらに濃度と圧力を増して噴出されている。
うっ、そうかここで吐き出された瘴気が上の収集陣に集められてまたこっちに戻って加速されてるんだ……なんてデタラメな!

「ルヴィア、石まだある?」

「一分押さえていて頂ける?」

わたしが一つ頷くとルヴィアは周りに防御用の魔法陣を描き始めた。
こういう時一言で通じると早くていい。わたしが残った宝石で防護陣を描けるかと聞いたのに対し、宝石はあるから一分この攻撃を一人で押さえていられるなら描いてみせると応えてくれたのだ。

「リン、石を」

が、途中でルヴィアから声が掛かった。石? ……なに? ああ、タイミング用の……
あ、あ―――――――っ! 二階に忘れてきた!

「ごめん」

こんなところでここ一番のポカが出た……
わたしには謝罪するしかなかった。ルヴィアにどんなに罵倒されても仕方が無いことだ。
だがルヴィアは何も言わず防護陣を起動させただけだった。

「防護陣までですわ、攻撃は自力で行うしかないですわね」

そう言うと指輪を外して石をこじり取り一つ飲み込む。わたしにも一つ渡してくれた。

「少しは足しになりましてよ」

うげっ、大粒のだいやもんど。しかも中にかなりの量の無色のマナがつまってる。値段の事など考えたくも無い。が、自然と計算してる……わが身に染み付いた貧乏性が恨めしい。だからつい謝ってしまった。

「ごめん、わたしの分もって来てないわ」

「随分なもの言いですわね」

だが、わたしの謝罪には冷たい応えが返ってきた。本気で怒っているようだ、凄まじいばかりの眼光で睨みつけてきた。

「貴女が、御自分の石をお持ちになっていないなど判りきった事ですわ。わたくしが貴女をメイドの姿で連れてきた時点でわたくしのミスですもの」

ルヴィアは畳み掛けくる。

「遠坂凛がこんなつまらないことで謝罪なさるなんて幻滅ですわ。それを言ったらこの事をはじめたのはわたくしなのよ、貴女はわたくしが土下座でもしたら満足してくださる?」

堂々と朗々とルヴィアはわたしを叱責した。お前はその程度なのかと、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが得た初めての対等な敵とはその程度の女なのかと、怒りと口惜しさを込めて叱咤してきた。
輝くばかりの眼光で煌くばかりのオーラを背負って「金色の魔王きんのけもの」がわたしを叱咤した。

わたしはこのとき、初めて本気でルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに嫉妬した。

「ま、よろしいわ」

そう言い放つとルヴィアは煌々と光る魔術刻印を刻んだ右腕を前に突き出し一歩前に出る。
足場を確保し詠唱をはじめる。って……

わたしはルヴィアが何をしようとしているか理解した。足元の防護陣を吸出し、範囲を最小に展開した防護陣を編んで最大魔力で器に向かって押し出すつもりだ。
平押しの相手に対して一点突破。対等か七分までなら勝算は充分ある。わたしの魔力とルヴィアの魔力を合わせて相手の七分と言ったところ、つまり一人では……

「わたくしがはじめた事、最期まで走り抜けて見せますわ。さぁ、後はわたくし一人で充分ですのよ。とっととお逃げなさい。そこに居たら邪魔なだけですわ」

あ……

あ……

あったまきた―――っ!

ぶちキレた。冗談じゃない。確かに今のはわたしのヘタレだ。でもこのまま引き下がれるわけ無いでしょうが!
たとえ死んだってアンタに勝ち逃げなんかさせないんだから!
わたしは一歩前に出ると足場を固め、左腕の魔術刻印を起動しルヴィアの右腕に並べるように前に突き出す。

「無理しなくてもよろしくてよ?」

額に脂汗を浮かべながらもルヴィアは優雅に口の端をゆがめた。

「はん! わたしはね、死ぬ順番だってアンタに譲る気は無いの。ルヴィアいくわよ!」

「リン、いきなり仕切らないで頂きたいわ」

ルヴィアはわたしの啖呵を軽く聞き流し、随分と嬉しそうに悪たれる。

「――――Anfangセット.――Panzer鋼鉄……」

「――――En Garandレディ.――Le loi chante令告……」

わたしたちは揃って詠唱はじめた。互いの腕の魔術刻印も共鳴するように響き合い渦巻く。足元の防護陣が震え、分解され、わたしたちの身体をとおり、魔術刻印に巻きつきながら眼前に再構築されていく。

「ルヴィア!」
「リン!」

そして同時に叫んで瘴気の奔流に叩きつける。
魔術回路はすでに全開、魔術刻印はぎしぎしと音を立てて軋む。全身の神経は過負荷のためにヤスリがけされ、魔術刻印のバックファイアで腕はちぎれそうだ。それは多分ルヴィアも同じ、互いの腕が触れるたびにスパークし電撃が走る。

全開の魔力を背に確実に防護陣は前進している。このままなら取れる。


だが


「くっ……」

ルヴィアの口の端が歪む。わたしも同じうめき声を上げているだろう。
器からの瘴気の奔流が、ゆっくりとではあるが収束しつつある。牛歩の歩みではあるがそれでもわたし達には早すぎる。徐々に防護陣の前進は止まり。ついには拮抗してしまう。

ここまでか……
これでおわり。ここからは魔力と魔力の純粋な力勝負。だとすれば魔力の総量が多い相手の勝ち。
最後には押し切られ、わたし達は瘴気の奔流で押しつぶされるだろう。

無論だからといって諦める気は無い。最後の最後まで抵抗してやる。もしかして器のほうが自分の魔力に耐え切れないかもしれない。こっちが耐えていればなにか奇跡が起こるかもしれない。
とはいえ、そんな事が起こる筈無いって判ってしまうのもわたし。とことん因果な性分だ。

ちらりとルヴィアに視線を走らせる。不敵な笑みのまま瞳にはまだ力があふれている。だが同時に悟ったような影もよぎる。ああ、こいつもわかってるんだ。こんな所まで似たもの同士だ。

となれば腹は決まった。地獄の底までこいつと付き合ってやろう。ルヴィアも気持ちは同じだろう、魔術刻印を刻まれた二人の腕がぴたりと重なる。
最後まで戦ってやる。最期まで弱音ははかない。耐えて耐えて耐え切って、胸を張って地獄に落ちてやる。

わたしは魔術師だ死ぬのは怖くない。
ルヴィアと一緒に地獄行というのが些か気に食わないが怖くは無い。

だけど

心残りはある。

約束を守れなかった。


アーチャーの最後の笑顔が脳裏に浮かぶ。


私を頼む――――君が支えてやってくれ」

「うん、わかった。頑張るから――――きっとアイツが自分を好きになってくれるよう頑張るから」



ごめん、約束守れそうに無い……

ああ、もう、今日は謝ってばかりだ。こんな弱音わたしらしくないぞ! 頑張れ遠坂凛!



――大丈夫だよ遠坂。俺も、これから頑張っていけるから。



……ばか


慰めになってないわよ。


そんなこと言われたって、あんたみたいな馬鹿、一人にしておけるわけ無いでしょ!


だってのに……わたしは……


ごめん……士郎……



ほら、弱音はいちゃった。






「―――――剣鍛開始トレース・オン






ふっと瘴気の圧力が弱まる。
ああ、多分終わったんだ。わたし死んじゃったんだ。
だって目の前に懐かしい背中が見えるんだもん。
赤い外套を着た。逞しい大きな背中。
でもちょっと変。
やぁねぇ若白髪だからってそんな色に染める事ないのじゃない。
それじゃまるで士郎の髪の毛。

アイツはわたしに振り返って笑った。士郎みたいな笑顔だった。


「――セイバー?」

ルヴィアが驚いたように呟く。やぁねぇこいつはセイバーじゃないわよゆ…アーチ…

「……へ?」

我に返ったわたしの目の前には確かに剣があった。わたしたちと器の中間に金色に輝く剣が突き立っていた。
それはあの日、士郎が鍛えセイバーが振るった剣。

選定の剣カリバーン

その剣が瘴気の流れを真っ二つに引き裂いてわたし達を守ってくれている。

「リン!」
「ルヴィア!」

わたし達は同時に叫び、同時に呪文を紡ぎ出す。再び互いの魔術刻印が煌めき共鳴し循環する。ワンアクションで防御呪は攻撃呪に書き換えられ、破城鎚となって器に叩きつけられる。


――― 爆!―――


器が壊れ瘴気が爆散する。わたしたちの抜き取られたオドが叩きつけられるように戻ってくる。うっ、ちょっと酔った……



「セイバー!」

「はい!」




後ろで誰かが叫ぶ。
次の瞬間わたしたちの脇を青い電光が金色の糸を引いて駆け抜ける。床に突き立った剣を抜き、弧を描いて浄蒐陣の中央、この館の霊心を貫いた。


――― 轟 ―――


館の結界が崩壊し、残った瘴気も天空に霧散した。


「ふぅ……」

わたしとルヴィアはぐらりと揺れると、そのままお互いの背中を預けあいズルズルとへたり込んだ。

「うふふふふ……ふふうふ……」

「ははは……はは……ははははは……」

わたし達はどちらとも無く笑い出した。止まらない。どんどん笑い声が大きくなる。ついには涙が出るほど馬鹿笑いしてしまった。

だって

居間の戸口には

パジャマのままで松葉杖をついた士郎が、間抜けな顔で立ってるんだもん。





「助けに来たんだぞ。笑うなんて酷いじゃないか」

一頻り馬鹿笑いして、ようやくわたし達の笑いが収まった頃、士郎がむぅ――とした顔で近づいてきた。

「だって士郎、それ凄い間抜けな格好よ」

目じりの涙をぬぐいながら言ってやる。あれ? 何でこいつ赤くなって顔そむける??

「格好なら二人とも人の事言いえないぞ」

ヒクッ

わたしとルヴィアの頬が同時に引くつく。確かに凄い格好だわ、わたし達……

「リン、ルヴィアゼリッタ。よくぞご無事で」

先ほど館の結界を断ち切ったセイバーが、近づいてきてわたしたちにシーツをかけてくれた。


剣はすでに前の姿ノイエカリバーに戻っている。

「シェロ、貴方どうしてここに?」

シーツに包まり頬を染め、ルヴィアが士郎に尋ねる。なんかむっとする、わたしが聞こうと思ってたのに。

「ああ、病院から外眺めてたら、こっちのほうで一瞬だけ馬鹿でかい魔力を感じたんだ。だから駆けつけてきた」

ああ、やっぱりこいつは馬鹿だ。何処の世界に、そんなあからさまに危険な所に駆けつけてくる怪我人が居る? 足折ってるてのに、馬鹿、本当に馬鹿。
だけどおかげで助かったんで文句は言えない。文句が言えないから尚のこと腹が立つ。

「セイバー! なんで止めなかったの」

だからセイバーに八つ当たりした。

「凛、自分に出来ない事をやれといわれても困る」

微かな諦めのこもった声でセイバーが応える。まぁ、確かに無理だよなぁ、こいつ止めるのは。

「でも……結局なんだったのかしら?」

ルヴィアがぽつりと呟く。これだけ暴れまわったこの館だが、わけがさっぱりわからないのはわたしも同じだ。たぶん館自体の結界が何らかの魔術行使の為の魔法陣だった事くらいしかわからない。

「ああ、これなら死者蘇生だと思うぞ。多分だけど」

と、ここで士郎が凄まじい事をさらっと言いやがった。

「し、死者蘇生なんて!魔法の域じゃない!!」
「                   ではなくて!?」

わたしとルヴィアが同時に士郎に叫ぶ。そりゃわたし達の魔力根こそぎ持っていこうってくらいだから、かなりの魔術だろうが、死者蘇生はもう魔術じゃない。魔法だ。

「でも成功しないぞ」

だってのに士郎の奴は、これまた不思議そうにさらっと言ってくださいます。

「へ?」

「外で見たときから妙だったから解析してたんだ。かなり複雑で魔力も三桁は使うだろうけど、何箇所か魔力の流れが止まっちまってる。こいつじゃ成功しないんだ。だから死者蘇生ってのも多分」

せっかく魔力が戻ったて言うのに、わたしもルヴィアもどっと疲れてしまった。つまりわたし達は失敗作に殺されかけたわけか……

「とにかくさっさとここから出るぞ、シュフランさんに連絡入れて迎えをよこしてもらおう」

ルヴィアをそっと抱き起こしながら士郎が言う。っておい! なんでそんなやつを先に助ける!
わたしはむぅ―――っと士郎を睨んだ。

「有難う、シェロ」

その視線の前を、ルヴィアがしゃなりと進んで立ちふさがる。艶やかで底意地の悪い笑みで微笑みかけてきやがる。
やっぱりわたしはこいつが嫌いだ! 今決めた、決めなおした。

――ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは遠坂凛の不倶戴天の宿敵だ――





「ふぅ……」

風呂に入り食事をし、ルヴィアはようやく人心地ついた。
ここは寝室、後はベットに入って休むだけ。今日は士郎達三人もこの屋敷に泊まる。ルヴィアが薦めたのだ。
なんでそんな気になったのだろう? ルヴィアは悩ましげに頬杖をついた。

先ほどの会食は楽しかった。えらく騒がしく賑やかだったが実に楽しかった。
家で夕食を他人と取ったのはどの位振りだったろう?

士郎は以前言っていた。――食事はたくさんで取ったほうが楽しい――と。そんな事思っても居なかった。
何時の間にか、名前で呼び合うようになってしまった凛との端無くも興味深い会話。セイバーの健啖。士郎の朴訥なくせに気が利く振る舞い。どれもこれも新鮮で楽しかった。

「シェロ……」

その名を呟いて、ふっとカリオストロ邸での出来事が思い返される。胸が高鳴り頬が上気し首まで真っ赤に染まる。なんであんな事に……淫魔にたぶらかされ、シェロと……リンと……頭を振って邪念を追い出す。

そしてあの剣カリバーン。凛はあれがセイバーの宝具だと言った。その場はそれで納得したふりをしたが、ルヴィアはそれが嘘である事がわかっていた。理由があるわけではない。魔術師としての直感でもない。ただの女の勘。だが自信はある。なぜなら


あの剣からは士郎の匂いがした。


「シェロ? 貴方はいったいどういう方なの?」

魔術師としてのルヴィアにとっては逸材。主としてのルヴィアにとっては良僕。貴婦人としてのルヴィアにとっては騎士。ルヴィアを構成する要素の全てにおいて士郎の存在がどんどん大きくなる。ルヴィアは困惑していた。この思いはなんなのだろうかと。

だが本当は気が付いていたのかもしれない。ルヴィアは士郎が女としての自分にとってどうなのか考える事を、知らぬうちに避けていたのだから。

END


きんのけもの 第三話後編です。
ある意味 おうさまのけん の3つめにも相当します。
ルヴィア嬢の詠唱は最期まで悩みました。フィン語なんてわからんし、ドイツ語は凛とあとミーナもそうなんで雰囲気でフランス語にしました。
しかしながらフランス語なんてわかりません。辞書と入門書からでっち上げました。
前半の停滞に比べ後半はほぼ半日で書きあがりました。クライマックスが先に出来た感じです。
あと、あれですね。メイドとお嬢様と館の定番。
実はあのシーンXのロングバージョンが有ります。いくとこまで行ったやつ。
でもうちは一般サイトなんで上げてません。まぁ特殊ですし希望が多ければ考えます。

by dain

2004/3/11初稿
2005/11/4改稿

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