そこは荒野だった。
夕日に照らされたような真っ赤な荒野。
無数の墓標の突き立った荒野。いや墓標じゃない、剣だ。

ああ、そうか。

俺は気が付いた。これは俺の中身だ。俺の内面世界”Unlimited Blade Works”。ただ無数の剣だけが突き立つ荒野。

俺はあまり夢を見ない。けれどこれはきっと夢だ。なぜならこの世界に俺以外の人影があったからだ。
俺の視線のずっと先、真っ赤な外套をまとった人影。逞しい背中が見えたからだ。

俺はその背中に向かって歩いていた。そいつも歩いている。
夢だからなのだろう。なのになぜかその背中は近づいてくる。
どんどん近づく。やつは振り向きもしない。当たり前だ夢なんだから。

ついに追いついた。俺はやつの背中に手を伸ばす。
と、やつが消えた。かき消すように消えた。
俺の手は空を切り少しだけ蹈鞴を踏んだ。

まだまだ遠いな。俺は一つ溜息をついて顔を上げた。

やっぱり。

視線の先にやつが居た。今度はこちらを向いている。
夢ってのは不条理だな。と、思いつつも俺はやつを睨んでいた。
ずっと先で俺を待っている。俺がいつか追いつくのを待っているやつを。

ふと、妙な事に気が付いた。俺がやつを睨みつけてるって言うのに、やつの視線は俺に向かっていない。
腹が立った。俺は眼中になしか。昔からそういうやつだったが、夢の中でまでそういうやつだったか。
腹立ちついでにやつの視線を追ってみた。俺の少し前。

え?

目を疑った。さっきまではそんなものは無かったはずだ。

そこには、剣が突き立っていた。

この世界で剣など珍しくも無い。なにせ俺とやつ以外は剣しかないのだ。
ただ目の前の剣は明らかに他の剣と違っていた。異質だった。

その剣は鍛床に突き立っていた。

カリバーン選定の剣

一瞬そう思ったが違っていた。
王様の剣ミーナの剣」とも「選定の剣カリバーン」とも今セイバーが持っている「剣鍛の剣ノイエカリバー」とも違う。
その三振によく似ているが、それらのうちのどれでもない剣。
青い螺鈿と金の象嵌そして紅い宝玉に彩られた剣。


それは俺の知らない剣だった。


…………

……

「ようやく、お目覚め?」

遠坂が呆れたような、ちょっと心配そうな声をかけてきた。

「……へ?」

あ、そうかやっぱり夢だったんだな。
俺の中ならアーチャーや知らない剣があるわけがない。それにしても本当の夢なんか見るのはどのくらいぶりだろう? 

「ちょっと、なにぼけっとしてるの? こっち見なさい!」

なんてことをぼけっと考えていたら、遠坂がむぅ――っと膨れて俺の頭をつかんだ。こら! 首が……首が。

「……確かに、ここまでくると重症ですわね」

ルヴィア嬢の声だ。あれ?
俺は遠坂の手によって周囲を見渡させられた。
穏やかな春の午後、小鳥のさえずりが耳に心地いい。よく手入れされた庭に春の花が咲き誇っている。
白亜のガーデンテーブルにも色とりどりの華が四輪。ただし皆いささか呆れ顔。ただ一人、シュフランさんだけがいつもと寸分変わらぬ物腰で立っている。

ああ、そうだった。俺は遠坂の邪眼で眠らされたんだ……





あかいあくま
「真紅の悪魔」  −Rin Tohsaka− 第一話 前編
Asthoreth





四月も半ばになるとようやくロンドンも春めいてくる。寒い日はかなり気温も下がるが、穏やかで暖かな日も多くなる。
その時もそんな暖かな日の午後だった。遠坂とセイバー、それとミーナさんがルヴィア嬢のお茶会に招待されていた。
最近はよくこの面子でのお茶会が催されている。場所もエーデルフェルト邸だけでなく、遠坂家やボルタックスミーナさんの店とそれぞれだ。
なぜか知らないが俺が退院してみると、遠坂とルヴィア嬢の仲が妙によくなっていた。そこに共通の友人で、二人に怯えることなく付き合える稀有の人材であるミーナさんが加わり、こういう催しが定例化していったようだ。今日も暖かな日差しを浴び、花がほころび始めた庭園で美人四人がお茶を聞し召しておられる。

ちなみに俺は茶坊主。エーデルフェルト邸では従者だから仕方ないが、遠坂家でもボルタックスミーナさんの店でも茶坊主である。ミーナさんのところぐらいはと思うだろうが、彼女は珈琲党なのでお茶となると俺が淹れるしかない。
抗議の一つもしたいところだが、美人四人に囲まれてお客さんしているよりずっと気が休まるのも事実。ああ、悲しき従者根性。
とはいえ、ルヴィア嬢も遠坂もこの面子だと、すっかりカミングアウトしていらっしゃるから気も楽だ。服装だってみんな普段着だ。セイバーも最近では服が増えたし、ミーナさんも当たり前だがつなぎじゃない。なんのかんの言って良い目の保養だ。
そう考えれば、こうやって穏やかに花を愛でながら、愛らしい華のささやきに耳を傾けるってのも、なかなか乙な物かもしれない。


「なにも、ただ、ただ魔力弾にするだけが宝石魔術ではありませんわ。鉱石の特性に類似の要素を添付することで、更なる可能性を生み出す事こそ本道ですのよ」

「本道で言うなら。魔力を込めての魔術化こそ本道じゃない。石に手を加えるのはいいけど、それで魔術化の機能が損なわれたら本末転倒よ」

「そんなことはありませんわ。慎重な呪刻と魔法陣の添付は、宝石をより輝かせますのよ」

「そりゃそうだけど、結局ほかの方法でも出来ることばかりじゃない。無駄が多いしコストがかかりすぎ」

「使い捨ての魔弾にするよりはましですわ」

「なにいってるの、カット後にしか魔力込められないんだから削り屑が無駄になるのはそっちでしょ」

「あら、ミストオサカ。削り屑にまで心を配らなくてはならないなんて、本当に大変ですわね。思いつきもしませんでしたわ」

「まぁ、レディルヴィアゼリッタ。わたし思い違いをしていましたわ。コストがかかるのは当たり前でしたわね。高い石でなくては十分機能しませんものね」


にこやかに微笑みながら両者の中間で火花が散る。青筋なんかも浮かんでるから、あまり愛らしくない。むしろ怖い。
俺は小さくため息をついた。君たち、あちらで穏やかに談笑しているミーナさんとセイバーのようにだな……


「ではローマ式の歩兵は無理だったの?」

「ええ、ヴィルヘルミナ。民衆にそこまでの富を蓄積できていなかった。健全な市民階級がなくてはローマ式の軍は維持できない」

「だから、騎士に頼る戦術に? でも大変だったでしょう。騎士は自立性が高いですからね」

「そこが一番の苦労したところです。彼らを組織化するのに最も時間をかけたといって良い」

「カタクラフトでしたね……戦線を作れない以上、打撃力と機動防御に徹すると。でも攻城戦は?」

「常に悩みの種でした。騎士は退屈だと文句を言う、囲むには農民を借り出すしかない、なにより補給が続かない。そこを何とかできれば、もう少しましな結果を出せたでしょう」


……えらく物騒な話題で穏やかに盛り上がっていらっしゃる。別に良いんだけど……この面子で蝶よ花よの会話を期待した俺が馬鹿だった。
でも……綺麗な夢くらい持っても良いじゃないか。たとえ届かない夢であっても、借り物の夢であっても……それが綺麗なら。決して間違いなんかじゃない……多分。



「……士郎。アンタまた馬鹿なこと考えてるでしょ」

と、天を仰いでいると遠坂がジト目でにらんできた。いや別に馬鹿なことなんか考えてないぞ。ちょっと向こうの世界でアーチャーと慰めあってただけだ。

「な、なにさ? お茶のお代わりか?」

とはいえそんなこと言ったらまた馬鹿にされそうなので誤魔化した。だってのに遠坂は思いっきりため息をついて睨み直してきた。

「やっぱり馬鹿なこと考えてたでしょ。話、振ったんだからちゃんと返事なさい」

「……へ?」

そういわれてテーブルを見渡す。と、いつの間にかミーナさんやセイバーもこっちのテーブルに集まっていて、俺の顔を呆れ顔で見ていた。

「あ、ごめん。何の話だ?」

こうなっては言い訳なんぞ誰も聞いてくれない。俺は素直に負けを認め、話を聞くことにした。

「これのことですわ、覚えてらして? シェロ」

ルヴィア嬢が可愛らしく口を尖らせて俺に告げる。で、指差されたテーブルの中央を見ると……ああ、『栄光の薔薇』か。

「それが?」

そこまではわかったが、何を聞かれたかがわからなかったので素直に聞いた。この面子の場合、へたに意地を張ると蟻地獄にはまる。貴重な経験則だ。そんな俺の対応、をちょっと不満そうにルヴィア嬢が睨む。

「シェロがどう思ったかですわ」

「うん、すごいと思う」

ここも素直に言う。
……遠坂、ルヴィアさんを褒めたからって笑顔で睨むな。ルヴィアさんもルヴィアさんだ、そこまで嬉しそうで挑発的な微笑みはどうかと思うぞ……
俺は仲良くしろよと視線で訴えたが、きっぱり無視された。

「ヴィルヘルミナはどう思うのですか?」

炎を背負いかねない状況を打開するためか、セイバーが話を振る。ナイスだ、セイバー。

「じゃちょっと失礼して」

それに答え、ではとばかりにミーナさんはバックからモノクルを数個取り出すと、『栄光の薔薇』を手に取り慎重に観察を始めた。

「……良い仕事をしてますね。栄光の手。しかもかなり悪質なトラップ付きですか」

ミーナさんは感心したような呆れたような溜息をつきながら言う。うん、すごく悪どいぞ、それ。

「ミーナさん、それ解るんだ」

と、同時に俺は感心もした。ルヴィア嬢に言わせればそう簡単に解るものではなかったはずだ。

「そりゃ解るわよ、ミーナは魔術戦闘家。それも『魔具師』デアボリストなんだから」

ますます鼻高々なルヴィア嬢を尻目に、ますます機嫌悪そうになった遠坂が言う。

『魔具師』デアボリスト?」

戦闘魔術家はわかる。この間の戦いで、ただの鍛冶屋さんでない事は分かった。しかしこっちは聴きなれない言葉だ。

「そ、いわば道具使いで道具屋。道具屋が道具の鑑定できなくてどうするのよ」

遠坂が説明してくれた。『魔具師』デアボリストというのは戦闘魔術家の中で、魔具の取り扱いと開発に長けた一派のことを言うらしい。小はルーンを刻んだ石や簡易陣から、大は一軒家クラスの魔道機械、はては魔術外の装置や道具まで使いこなして戦う。突発的な戦闘には些か難があるが、準備に時間をかけられるならかなり強力で、特に対魔術師戦闘を得意とするそうだ。ミーナさんはそれの本流でかなりの使い手らしい。
そうは見えないがこの間の戦闘での手際のよさは確かだったし、遠坂やルヴィア嬢と対等な付き合いが出来るってことからも一流の魔術師なんだろう。

「一般的に言えば戦闘向きの錬金術師といったところですわね」

すっかり天狗さんになったルヴィア嬢が締める。

「止めてください、あの人たちと一緒にするのだけは勘弁してください」

が、それを聞いたとたん思いっきり厭そうに顔をしかめるミーナさん。

「どうして? 魔具や武器の製作者。計算高い戦闘上手って、前々からアトラスとなんか似てるなって思ってたんだけど?」

遠坂が不思議そうな顔で聞く。おれもちょっと不思議だ。魔術使い扱いされても工房壊されてもニコニコしてた人が、こうまで露骨に厭な顔をするのは初めて見た。

「ああ、もう……そりゃあの人たちは良いもの創りますよ。でも使わないし使わせないじゃないですか。道具を死蔵するなんて言語道断です! 確率戦闘だってそう! 戦場の霧を理解しない空論です! 勝つから戦うんじゃないんです! 戦うからこそ勝てるんです!!」

なんかこう、ググッとこぶしに力を入れて力説する、何か相容れないものがあるらしい。

「確かにあちらが名刀を鍛つなら私共は数鍛ち物にすぎません、大砲一門に対しての小銃百丁といったところです。でも! でも死蔵しちゃ意味ないんです。道具っていうものは使って使って使いつぶして、それで欠点を洗い出して次につなげる物なんです。第一使ってもらえないなんて道具が可愛そうじゃありませんか!」

がぁ―――っと捲くし立てるミーナさん。この人、本当に職人さんなんだな。俺もなんとなくそういった気持ちは分かる。妙に開けた工房も居心地よかったし。

「それにあの人たち……私共のことを「ゴートの贋金造」なんて言ってるんですよ! うちの家系にはロリコン伯爵なんかいません!」

……なにか異常にマニアックな憤り方をしておられる。ミーナさん? もしかしてこっちが本命?
ミーナさんの独演会に、天狗なルヴィア嬢もご機嫌斜めな遠坂も、すっかり毒気を抜かれてしまったようだ。

「ヴィルヘルミナ、落ち着きましたか?」

セイバーが心配そうに息の荒いミーナさんの袖を引く。

「……へ?……あ……す、すみません! 
またやっちゃいましたね……恥ずかしいですね……」

我に返ったのか、ミーナさんは真っ赤になって小さくなってしまった。ああ、こういうリアクション新鮮だな。


「とにかく、これ、無駄が多すぎ。それに罠ってなに? 誰を引っ掛けようとしたんだか」

仕切りなおして遠坂が吼える。まぁ……多分、目的標的は言わずもがなだぞ。

「そうですね、単なるトラップならここまで複雑な構成はいりませんね」

「仕方ありませんわ、これ位にしないと騙されてくれませんもの」

ルヴィア嬢がむぅ――っと愚痴る。と、はっとした様に手で口を押さえる。

「あらレディルヴィアゼリッタ。ずいぶんとその方を高く評価していらっしゃるのね?」

遠坂が鬼の首でも取ったようににたりと笑う。ぐっと詰まったルヴィア嬢はそっぽを向いて口の端でチッっと舌打ちをする。二人ともなんともお行儀が悪い。楽しそうではあるが。
まぁ、今回は遠坂の勝ちだな。俺は心の中の勝敗表に遠坂の勝ち星をつけた。最近はルヴィア嬢の勝ちが先行していたが、そろそろ遠坂の反撃開始と言ったところだろう。




と、ここらあたりまではどこにでもある普通のお茶会だった。それが俺の修行内容になるころから雲行きが怪しくなってきた。

「魔術回路や魔力は問題は無いわ。こいつどうかしてるの? ってくらい成長してるから」

遠坂はそう言ってにっこり笑いかけてくれた。俺の好きな遠坂の笑顔。こういう顔を見せてくれるから頑張ろうって気合も入る。ただ、その言い方ちょっと気に入らないぞ、まるで俺が変みたいじゃないか。

「体術の方も良い感じになってきています。基本は出来ていますから、後は鍛錬あるのみ。最近ようやく道場が借りられて、これからはみっちり鍛えることが出来るでしょう」

セイバーが嬉しそうに言う。こっちに来てからは家計のこととかで随分とストレスがたまっていたからなのか、道場が借りられてからは、体を動かすのが凄く嬉しそうだ。いや、付き合わされる身にもなってくれって言うのが、贅沢だというのは分かってるんだけど。もう少し気を抜いてくれたほうが俺はうれしいぞ。

だが、ここまで人を持ち上げておいて。二人して顔を見合わせてふっと溜息をついたりしている。

「むっ、なんだよ。問題あるならはっきり言ってくれ」

自分でも最近充実してるなと思っているだけに、問題点はすばやく解決したい。

「技術的なことですか?」

と、ミーナさん。だが遠坂はあっさり首を振る。

「技術的に才能無いのは初めから分かってたし、それは問題じゃないわ」

ものの見事にどすんと人を落としてくれる。

「理論かしら? シェロはあまり得意そうではありませんものね」

「うん、確かに士郎は馬鹿だけど、そっちは大丈夫。時間をかければなんとかなるし」

人を完璧に馬鹿にしていらっしゃいますよ……いや馬鹿だけど……

「ではやっぱりあれですわね? お人好し過ぎてどこにでも首を突っ込みたがるところじゃないかしら?」

ちょっと待て! それって魔術となんの関係あるんだ!!

「ルヴィアゼリッタ、それについては私も凛もとうに覚悟の上です。直しようは無い」

セイバーが大きな溜息をついて応える。なにかもう取り付く島が無い。

「なんだよ、それじゃ俺ってただの馬鹿じゃないか」

「ただの馬鹿じゃないわよ、大馬鹿者だから」

速攻で遠坂さんが仰った。頼む……頼むから真顔で言わないでくれ。せめて冗談にしてください。

「ええと……それじゃ、なにが問題なんです?」

ミーナさんがはてなマークな顔で尋ねる。ここまで言われると、俺だって知りたいぞ。
なのに遠坂は腕組みしてううんと唸っている。

「ま、言うより見たほうが早いわね、士郎、ちょっとこっち来なさい」

俺は言われるがままに遠坂と正対し、その瞳を覗き込んだ。

で、落ちたわけだ。








「……簡単に落ちましたね……」

これはミーナさん。思いっきり呆れてます。はい、落ちました。

「見ての通りよ。わたし程度の邪眼にこうもあっさり引っかかるなんて、魔術師じゃないわね」

俺は魔術師になりたいわけじゃなくて魔術使いで十分だ。なんて言ったら、四人がかりで袋叩きに遭いそうなんで黙っていた。

「抗魔力が一般人なみということかしら……あら? でも魔力や魔術回路に問題はないと仰っていなかった?」

可愛らしく小首をかしげはてなと聞くルヴィア嬢。

「そうなの、それで困ってるわけ。そっちがヘタレてるんなら鍛えれば良いだけでしょ? でもこいつの場合、魔力が上がっても抗魔力があまり上がらないのよ」

遠坂は難しい顔で応える。で、そのまま二人とも腕組みして考え込んでしまった。
そういえば昔キャスターにも言われたっけ、一般人並だって。あれから随分修行したからましになったかと思っていたが、話を聞く限り、俺の抗魔力はたいして成長していないようだ。いや、まじで深刻じゃないか? これって。

「あ、でも弱点があるっていかにも正義の味方っぽいじゃないですか。ほら、三分しか戦えないとか、風が吹かないと変身できないとか……」

ミーナさんがフォローしてくれる……ってミーナさん? どこでそういった知識を仕込んできてるんですか? 普通知りませんよ? そういう事。

「ヴィルヘルミナ、そういう問題ではない。どちらかといえば水をかけられると溶けるとか、笛の音に逆らえないとかそういう感じです」

セイバーさんもなかなかマニアックでいらっしゃる……って話が違うだろ!

「あ――っもう! どうすりゃ良いんだよ、具体的に言ってくれ」

一流どころの魔術師にこうも難しい顔をされると、俺としても不安でしょうがない。つい叫んでしまう。

「それがわかんないから困ってるんでしょう! 第一自分では気が付かなかったわけ? だからへっぽこなのよ!」

がぁ――っと遠坂に怒鳴り返されてしまった。しかもへっぽこ付き。

「むっ、そんなこと言われたってだな、最近平和だし魔術かけられることも無かったし……」

「平和だからこそ気をつけなきゃダメじゃない! 今のうちに直しておかないと、いざって時に命取りなんだから!」

ごもっとも……返す言葉も無い。




「あの……私共のやり方で調べて見ましょうか?」

そんな溜息と憤懣の嵐が一通り過ぎ去った辺りで、ミーナさんが恐る恐る提案してきた。

「分かりますの?」

「ええ、士郎くんの体を魔具に見立てて、大まかで良いなら分かると思います」

「うぅん……じゃあちょっと見てやってくれない?」

「お願いします。このままでは守ることもままならない」

俺がいないところで相談が纏まったようだ。なんか最近こういったケースが多い。そういうわけで俺はミーナさんに調べて貰うことになった。
導かれるままに、そのままガーデンテーブルのそばのベンチに座らされ、正面にミーナさんが来る。

「えっと、なにすれば良いんだろう?」

俺はミーナさんに聞いてみた。ちょっと緊張している。目の前で真剣な顔でごそごそ用意している銀髪の美人さんに少しばかりどきまぎもしていた。

「力を抜いて目を瞑ってくれていれば良いですよ」

にっこり笑って不安をぬぐってくれる。うんうん良いなぁこれ。こういう時、遠坂やルヴィア嬢は下手すると青筋立ててこっちの不安を煽るからなぁ。
などと考えながら目を瞑ると、額にこつんと暖かい感触、さらに甘い吐息が鼻腔をくすぐる……

「うわぁ!」

「落ち着いて……力を抜いて……」

あわてた俺にあやすような優しい声がかかる。その声に促されて呼吸を整えると、そのまま何かが入ってくる感触。そしてふっと視界が開けた。
あ、俺の顔だ。

「士郎くん、なにが見える?」

落ち着いたミーナさんの声。耳に心地よい。

「俺の顔です」

俺は僅かに赤くなって、幸せそうに目を瞑る俺の顔を見ながら応えた。

「そう、成功ね。今、あなたの中に進入して視神経の端末をこちらの目に繋げたの。どう? しゃべってる自分の口にタイムラグはある?」

そう聞かれて、あいうえおとか発声練習してみた。ちょっと間抜けだ。

「うん、タイムラグなし」

俺が応えると、プツっと視線が途絶えた。つづいて額が離れ、髪が軽く頬をなでる感触。少しばかり残念な気がする。

「はい、終わり。目を開けて」

目を開けると、ミーナさんがやさしく覗き込んだ顔で立っていた。ちょっと心配そうに様子を伺っている。
俺は大丈夫です、と笑って軽く頭を振る。乗り物に酔ったような、そんなブレと軽い頭痛がする。

「ちょっと考えをまとめていますね」

ミーナさんはそう言ってテーブルに戻るとノートPCを広げてなにやら分析をしだした。
あ、ミーナさんはPC使えるんだ。そういやボルタックスだったもんな。そんなことを考えていたら、すすっと目の前の日差しが翳った。

今やミーナさんのことは俺にとって重要な問題ではなくなっていた。


俺にとって現時点で最重要な問題は。

今、目の前で思いっきり不機嫌に仁王立ちする。



あかいあくま と きんのけもの に



どう対処するかという事だ。


一週間ぶりの更新となります あかいあくま の第一話です。
とにかく女の子たちの会話が書きたいだけの話。しかも色気なし(笑
ダメダメ士郎くんな話でもあります。

by dain

2004/3/18初稿
2005/11/4改稿

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