「衛宮くん、楽しそうだったわね」

「嬉しそうでしたわね? シェロ」

二人のあくまがにっこりと笑う。

「ちょ、ちょっと待て! お前らぜったい誤解してるぞ!」

俺は叫んだ。いや、確かにちょっと気持ちよかったが……いや違う! 断じて違う!

「あら? レディルヴィアゼリッタ。わたし達誤解しているそうよ」

「ええ、ミストオサカ。理解と言っていただきたいですわね」

そう言って遠坂は俺の右隣にどっかと腰を下ろした。俺の右手が素早く極められる。
続いてルヴィア嬢が左隣に、もちろん俺の左手を極めながら。

俺は助けを求めるべく視線を巡らせた。
原因を作ったミーナさんは作業に没頭している……
セイバーは……なんだ! その目は! 少しぐらい痛い目にあった方が、シロウのためですって目は何だ!
シュフランさん! そこで、ああ、お嬢様がこんなに楽しそうなのは何年ぶりだろうって感涙に噎ってないで助けてください!

「ねぇ、レディルヴィアゼリッタ。わたし達も士郎を調べなくてはいけませんわ?」

「ええ、ミストオサカ。全力で調べなくてはシェロの為にになりませんものね」

駄目だ……助けは無い……

血も凍るほど爽やかな笑顔が俺の両脇を決めている。
金色と赤の炎を背負い楽しげに華麗に微笑んでいる。

ふと、天を仰ぐと切嗣おやじが片目を瞑って、グッジョブと親指立てている。
……俺こんなことまで切嗣おやじの跡を継ぎたくは無かったぞ……
切嗣おやじの隣でアーチャーが逞しい背中で語りかけてくる。

――女の腕に抱かれて溺死しろ――

お前……台詞が違うぞ……
俺はそんな思いを抱きながら、両脇で煌々と光り輝く魔術刻印に飲まれていった。





あかいあくま
「真紅の悪魔」  −Rin Tohsaka− 第一話 後編
Asthoreth





「やりすぎです! 貴女達は!!」

「だって……」

「でも……」

「だってでも、でもでもありません! どうしてああも無茶ばかりするのです! 確かにシロウはガードが甘い。少しばかり痛い目を見て懲りたほうが良いとは思っていました。ですが……思いきりシロウの中に魔力を流し込んで綱引きするとは何事です! 限度というものを知りなさい! まったく……貴女方は本当に一流の魔術師なのですか!!」

闇の奥でセイバーが怒鳴っている。怒鳴られているのはルヴィア嬢と遠坂だろうか?

ふっ、と目を開ける。視線の先に獅子竹刀を地に突き立てたセイバーがいる。その正面には仲良く正座させられているルヴィア嬢と遠坂。むぅ――っとむくれながらこっちを睨んでいる。なんで睨んでいるんだろう?

「あ、士郎くん気がつきました?」

上のほうからミーナさんの声がかかる。髪だろうか? 俺の耳元をなにかがふわりと撫でる……

「どわぁ!!」

俺はあわてて飛び起きた。あの二人の正面でミーナさんに膝枕されてベンチで伸びていたのだ。そら睨まれるわ……

「大丈夫? 体に魔力の残滓は無い?」

「え? は、はい……」

そんな周囲の様子を漸く理解した俺に、ミーナさんの声がかかる。その声に促され、俺は自分の体の中をトレースした。
……うん、ちょっと遠坂とルヴィアさんの魔力が残ってるけどこれならすぐに押し流せる。
俺は魔術回路をオンにして僅かばかり残った残滓を押し流した。

「もう大丈夫です。すっかり消えましたから」

するとミーナさんは、はてっと首をかしげた。

「すっかり? 全部?」

「ええ、すっかり全部」

ミーナさんはそのまま考え込んでしまわれた。自分のことで自分にわからないことを、他人が考え込むのはもの凄く不安だ。
ごくりと喉を鳴らしながら見守っていると。ミーナさんは、うんと一つ頷いててセイバーに声をかけた。

「セイバーさん。二人をそろそろ解放してください。大体わかりましたから」

セイバーは言い足りなさそうではあったが、ルヴィア嬢と遠坂をしぶしぶ解放した。
二人とも膨れっ面でこちらに向かってくる。些か足がしびれているのだろう、足元がぎこちない。何か妙に可愛らしいので微笑んでしまった。

「士郎ぉ〜」
「シェロゥ〜」

で、二人に睨まれた。怖いんだけど二人とも拗ねるとやっぱり可愛いんだよな。

「シロウ、貴方も少しは懲りてください。それにヴィルヘルミナ、あまり二人を刺激しないように」

セイバーにも怒られた。ミーナさんも、舌を出してごめんなさいっと苦笑している。
で、全員席に付いてからミーナさんが切り出した。


「ええと……まず誤解から解いておきますね」

にっこり笑ってきっぱり言い切った。

「二人とも安心してください、大丈夫ですよ。士郎くんのこと男性として意識してませんから」

うわぁい助かった。でも心にぐっさり刺さりましたよ、その台詞。
それでも、ルヴィア嬢も遠坂もまだむっとした顔でミーナさんを睨んでる。そんなこと心配してるんじゃないわ、とかぶつぶつ呟きながら口を尖らす。複雑な表情だ、怒りや憎しみでなくもっとこう……お気に入りの玩具を貶されたときのような……女心は複雑である。

「いいわよ、調子に乗ってたのわたし達だし、悪いのは士郎だし」

「ええ、シェロが女性に対して無防備なのが原因ですもの」

で、結局悪いのは俺一人ですか? 怖いから抗議しないけど。

「で? 分かったってことだけど? どういうこと?」

遠坂が聞く。まだ不機嫌が残っているのか少しばかりぶっきら棒だ。

「士郎くんの身体にはもう魔力の残滓はすっかり無いそうです」

ミーナさんが、さっき俺が言ったことをほぼそのまま告げる。
とその言葉に、セイバーを含めて三人全員が目を丸くして固まってしまった。はて?

「なにさ。何でみんな固まってるんだ?」

「すっかり?」
「全部?」
「無いのですか?」

三人同時に聞いてくる。だから俺は全部に応えるべく頷いた。

「おう。すっかり、全部、無い」

「魔術回路は?」

遠坂がミーナさんに勢い込んで聞く。

「逆に硬いくらいです。だからそれも原因かと」

「漏れがないのかしら? だから弱いのですわね」

「それと、さっき意識を移したときはタイムラグなしでしたし」

「じゃあ、他の部分の流れが良いわけ?」

「つまり抗魔力自体は……」

「広がっていないだけ。強度は関係ないわね」

「弱りましたわね。それでは鍛錬しても……」

「流れが良いのは長所ともいえるし…」

「直接な耐性が高いのが救いね」

どんどん主語と目的語が無くなっていく。三人にとっては当たり前に会話なんだろうが、半人前の俺にはさっぱりちんぷんかんぷんになってきた。俺の話なのに。

「おい、俺たちも仲間に入れてくれ。俺もセイバーもさっぱりだぞ」

俺は、だろ?っとセイバーに視線を投げかけた。なのにセイバーはその視線をすすっと避けて。

「いえ、私も概略くらいなら……専門的な部分は分かりまねますが」

などとおっしゃる。うっ、セイバーの裏切り者ぉ!!

「つまり、分からないのは衛宮くん一人なわけ」

勝ち誇ったようなにっこり微笑む遠坂さん。いぢめっこの本領発揮である。

「むっ、悪いか」

「悪いわ、衛宮くんは才能ないんだから、理論だけでもしっかりしてもらわないと」

無駄な抵抗を、にっこりばっさり切り捨ててくださいました。
こと魔術に関する限り、ルヴィア嬢もミーナさんも助けてはくれない。不肖の弟子としては臥してお願い申し上げるだけだ。

「すみません、俺が悪かったです。教えてください」

分かれば良いのよ、と満面の笑みで応える遠坂先生。じゃわたしが説明するから、と皆に断ってから講義を始めた。

普通、魔術師の抗魔力というのは魔術回路を走る魔力の力による。回路から染み出す魔力が全身に廻り他人の魔術が効きにくくなるわけだ。“他人の魔力を帯びた物に干渉するのは難しい”というあれだ。これに従えば、魔力が増大すれば増大するほど抗魔力は上がる。
だが俺の場合は、この魔術回路が頑強過ぎるらしいのだ。そのため全身にしみ出す魔力がほとんど無く、魔術回路以外の部分が一般人なみのレベルに止まっているらしい。加えて俺は普通の神経系統も特殊で、魔力が流れやすくなっているそうだ。このため、魔術回路への直接進入や攻撃ならばともかく、邪眼や金縛りのような、中身への進入に対する抵抗力がめっぽう弱いのだそうだ。

「じゃあこれって鍛錬しても……」

「まぁ、上がることは上がるけど、あんまり期待できないわね」

「シェロの場合、外からの情報を取り込みやすくなっているのでしょうね。良し悪しですわ」

「私共シュトラウス家も、魔術回路の頑強さでは定評がありますけど、ここまでは……」

特化した魔術回路と解析能力が仇になっているわけだ。泣くに泣けないというか……直しようがあるのか?

「逆に言えば、呪が編まれない限り洗浄が利くんですから、ある意味では便利ですね」

「それでは催眠や意識の乗っ取りには抵抗できませんわ、自分の意識が残っていることが前提ですもの」

なんか絶望的な会話が進んでいく。さすがにちょっと暗くなってくる。

「やっぱり、魔具で補正するしかないわね」

遠坂が腕組したままむぅ――っと搾り出すように呟く。

「遮魔眼鏡や護符、防御陣や防具で敵対魔力を水際で阻止する。そういう方向で補正するのがベストじゃない?」

同意を求める視線をルヴィア嬢とミーナさんに向ける。むっ、なんかこう大変そうというか、大事というか……

「分かりましたわ、そう考えればいろいろと手はありますわね」

すでに頭の中で何事か組み上げているようなルヴィア嬢。こめかみに指を沿え軽く目を細めている。良家のお嬢様でなく魔術師の、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトがただの美しい人形でないことを表す顔だ。

「興味深いテーマですね。腕が鳴ります」

両手を組んでテーブルに載せじっと前を見据えるミーナ嬢。口元を引き締め瞳に鋼の意思がこもる。のんびりねえさんでなく魔術戦闘の本家、魔具師デアボリストヴィルヘルミナ・フォン・シュトラウスの顔だ。

「それじゃ来週、次のお茶会で。わたしのとこだったわね?」

そんな二人に一歩も引かず、すっくと立ち上がる遠坂嬢。口元には不敵な笑みを、目には涼やかな光を、意思という輪郭で輝かせて屹立する。その姿はまさに聖杯戦争の勝利者、魔術師遠坂凛のものだ。

三人の魔術師はそれぞれがぞれぞれ異なった色合いで輝いていた。当事者の俺が蚊帳の外なのが悔しいが、それでも俺はセイバーと二人でこの三人に見惚れていた。
こんな魔術師たちに出会えたのは、ある意味不幸なことかもしれないが素晴らしい幸運に違いない。俺はその時そう確信した。






たしかに不幸だった。

それから一週間、俺は遠坂家で、エーデルフェルト家でこき使われまくった。あれをとって来い、それを買って来い、etc、etc……
しかも買いに行っても肝心のボルタックスミーナさんの店は開店休業。何か買おうにも等価交換で仕事を押し付けられた。もう寝る間もない。肝心の俺の修行は? と聞きたいところだったが、みんな鬼気迫る形相なもんで怖くて言いだせなかった。
とはいえ、手助けを求められて出来る範囲なら断れるわけが無い。皆さん、実に器用に俺が出来る範囲ぎりぎりでお申し付けくださるし。
セイバーのほうも同じようなものだった。いつぞやの俺の詰め込み学習時同様、遠坂と俺に代わって雑事一切を取り仕切り、遠坂の工房の手伝いまでやっていた。

そんなわけで一週間後、遠坂家でのお茶会の時には疲労困憊、睡眠不足で三人ともへろへろだった。いかに魔力があれば元気でいられる魔術師であるとはいえ、それはあくまで気が張っている時のこと。いったん気が抜けるとこうなるという見本みたいなものであった。

「士郎、ティーセットこれだっけ?」

「シロウ、お茶菓子はこれですか? 味見をしてみます……」

「違うそれは茶碗だ。ティーセットは台所の食器棚だ、お茶葉は上の棚にある。遠坂、違う! そっちは緑茶! セイバー! それお茶菓子じゃないシリカゲルだ! 食うな!」

みんなボケボケでお茶会の準備も一騒動であった。

「今日はお招きありがとうございまし……
(グゥ〜〜)

「お邪魔しますわ。あらリン、髪の毛を金髪に染めましたの? 背丈も随分縮んだような……」

ルヴィア嬢もミーナさんも似たようなものだったらしい。

それでも流石は魔術師たち。いったん落ち着くとすっかりいつも通りの遠坂であり、ルヴィア嬢でありミーナさんだった。



「それじゃ、まず誰から?」

軽く一服した後、ホストである遠坂が切り出した。

「それでは私から」

まずミーナさんがどでかいスーツケースをどんとテーブルの上に置いた。あぁ、それここまで持ってきたんですか? 結構力持ちなんですね。

「いろいろ考えたんですが、やっぱり専門分野でいこうかと」

こほんと一つ咳払いをしてスーツケースを開く。そこには白銀に輝くプレートメイルが一揃い詰まっていた。

「ああ、これは素晴らしい意匠の鎧ですね」

セイバーが目を輝かせて乗り出してくる。セイバーこういうの本当に好きだな。

「一/十ichのゼーダークルップ魔鋼をベースに対魔加工してあります。対魔特性、強度ともにこの間の機像ゴーレム戦闘証明コンバット・プローブン済みですよ」

なにか凄く嬉しそうに解説するミーナさん。この人もこういうの好きだな。

とにかく着てみてください、ということで鎧の着付けになれたセイバーとミーナさんに手伝ってもらって装着してみた。細かいサイズで合わないところがあったが、そこはそれ現役の職人さんがその場で調整してくれる。
三十分ほどで装着完了。思ったより着心地もよく軽い。さすが一流の職人の手による現代の魔具である。

「痛いところとか無いですか?」

「別に無いぞ。流石だな、ぴったりだ」

「それはもう、使い勝手のよさは私共シュトラウスの十八番ですから」

えっへんと胸を張るミーナさん。なんか藤ねえを思い出した。

「へぇ結構似合うじゃない」

「凛々しいですわ、シェロ」

お二方にも評判が良い。

「シロウ、後はこの兜だけです」

羽飾りをきちんと伸ばし、セイバーが嬉しそうに俺の頭に兜を……

……待て! ちょっと待て!
その兜を見て寝不足でボケた頭がようやく現実に引き戻された。

「待て! 今気がついた! 俺の問題は抗魔力だろ? これ着たまま生活するのか!?」

「「「「……あ……」」」」

もしかして、皆さんも気がついてなかったんですか? 皆さんいっせいに視線をそらしていらっしゃる。

「あああああ、効果に気をとられてそのことをすっかり忘れていました!!」

ミーナさんが頭を抱える。この人やっぱりちょっとぼけぼけさんである。

「いや、ミーナさん。でもこれ効果はあるみたいだからいざって時に……」

とりあえずフォローしてみる。

「三十分かけて?」

遠坂が止めをさす。むっ、さっきは気がつかなかった癖に、追い討ちは得意なやつだ。

「ふぇ……」

つい先日の気丈で余裕な魔具師デアボリストは何処へやら、ミーナさんはすっかり涙目でへたれてしまった。

「ヴィルヘルミナ、そんな顔をするものではありません。間違いなくこれは王者の鎧です。王者の鎧を鍛つのにふさわしい者が、王者に託すために鍛えた鎧です」

セイバーが涙ぐましい努力で必死でなだめている。それで何とか持ち直したものの、ミーナさんはそのままどんよりと自分の席で暗くなってしまった。



「それではわたくしの番ですわね」

こほんと場を改めてルヴィア嬢。こちらは小さなバックをテーブルに置き、数個の眼鏡を取り出した。デザインはいろいろ、レンズは基本的に素通しらしいが光の加減で赤や翠、蒼がかっても見える。多分魔力のこもった宝石を使っているのだろう。

「あ、遮魔眼鏡にしたんだ」

遠坂がそのうち一つを手に取り眺め、にたりと笑う。うっ……厭な予感。

「ええ、問題になる魔術は邪眼系の意識を封印するものが中心ですもの、目さえ守れれば残りは大過なくすごせますわ」

携帯性も良いですのよっと、ルヴィア嬢は自信たっぷりに期待のまなざしを俺に向ける。でもなぁ眼鏡かぁ……

「まずは一つ掛けてみなさいよ」

お約束通り、中でも一番ごつくてかちっとしたフレームの眼鏡を手に、ひらひらと促す遠坂。お前……絶対狙ってるだろ。
とはいえ何時までも躊躇しているわけにはいかない。俺はルヴィア嬢の期待と、遠坂のまた別の種類の期待に応えるべく思い切って眼鏡を掛けてみた。

「………プ」
「………………クッ」
「……???」
「…………
ハァ……

四者四様の反応、特に遠坂とルヴィア嬢は笑いをこらえるのに必死だ。最初から狙っていた遠坂はともかく、ルヴィアさん……酷いぞ。

「あ――っもう、だから眼鏡は嫌だったんだ。どうせ俺は童顔だよ!」

俺はお前たちの玩具じゃないぞ! …………多分。

「いやぁ、久しぶりに見るとやっぱり新鮮。でも結構背も伸びたし、お坊ちゃまというよりクラーク・ケント?」

遠坂はげらげら笑っていやがる。それを聞いてミーナさんがぽんと手を打つ。

「あ、そうそう。さっきから思い出そうとしてたんですよ。クラーク・ケント、それですね! ……あ、士郎くんそんな顔しないで、ほら、クラーク・ケントといえば正義の味方ですよ!」

なんかすっかり立ち直っていらっしゃる。いや元気になったのなら良いんですよ、それとフォローになってませんって、それ。
ルヴィアさん、貴女も肩を震わせて我慢しなくて良いんですよ。ほらもう笑ってやってください……
セイバー……頼む、哀れむのだけはやめてくれ。

その後、とっかえひっかえ眼鏡を掛けかえさせられた。しまいには服から髪型から全部ひっくるめていぢり倒される始末。俺は着せ替え人形ですか? 最後にはセイバーまで恐る恐る楽しみだしていた。女の子って本当にお人形遊びが好きなんだな。

「こら、それよりも肝心なこと忘れてるぞ」

オールバックに固められ、何処から引っ張り出して来たのかタキシードなぞを着せられた俺は、本題に戻すべく叫んだ。
それで、それまで白が良いとかグレーでとか、いいえオーソドックスに黒のままでなんて話していた女性陣が、はてっと止まった。いったい何の相談をしていたのだろうか……

「あ、忘れてた」

さらっと流してくれますね遠坂さん。何の話でしたっけってミーナさん、貴女さっきの落ち込みは何処に行ったんです?

「それでは確認いたしますわね」

こほんと一つ咳払いをしてルヴィア嬢が「栄光の薔薇」を取り出す。セイバー以外の皆がすばやく遮魔眼鏡をかけると、魔石に向かいコマンドを唱えた。赤い薔薇はわずかに輝き、一瞬遅れて炎の幻想が浮かび上がった。

「いかがです? シェロ」

「ああ、大丈夫だぞ、ピンシャンしてる」

俺は手足を動かしながら答えた。うん、影響は受けてないな。

「魔力の進入は? 士郎の場合、洗浄が比較的楽だけど、やっぱり厄介じゃない」

遠坂が心配そうに聞く。俺は魔術回路を起動して体内をトレースした。一切の魔力進入の痕跡は無い。

「そっちも大丈夫だ、うん」

「当然ですわ。完全遮蔽ですもの、苦労しましたのよ」

ルヴィア嬢が胸を張る。普通、遮魔眼鏡というのは魔力の完全な遮断はできない。サングラスと一緒だ、あくまで過剰な魔力を軽減させ抵抗可能な値まで下げるのが目的だ。
しかしこの眼鏡は完全遮蔽可能らしい、しかも可視光は通すのだから大したものだ。
俺はルヴィア嬢の技量に心底関心しながら薔薇を眺めていた。……あれ?

俺はもう一度、薔薇に神経を集中する……あ、やっぱり。

「ルヴィアさんこれダメだ」

「な、なんですって!? いったいどういう事ですの?」

ルヴィア嬢がむっとした顔で迫ってくる。さっきまで天狗さんだったぶん圧力が強い。でもダメなものはだめだしな。はっきり言おう。

「これかけてると解析が出来ない」

俺の応えに一瞬あっけにとられたルヴィア嬢。と、口に手を当ててむぅ――っと唸って考え込んでしまった。

「ああ、そういうことでしたの……シェロの解析能力は視覚への依存度が大きいものでしたわね。内部神経の通りの良いわけもこの為ですし……それでは、完全遮蔽では解析能力が……ああ、仕挫りましたわ……」

ジロリと睨まれた。俺のせいじゃないと思うんだが。

「ルヴィアゼリッタ。結局のところどういうことなのでしょう?」

邪気のないセイバーの問い。邪気のない分ルヴィア嬢には堪えるだろうな。

「うっ……失敗ですわ」

やっぱり。ぷいっと顔をそらして膨れるルヴィア嬢。その視線の先で遠坂がにたりと意地の悪い笑みを浮かべている。あ、ルヴィアさんキレた。

「そういうリンはどうなんですの! 貴女が作った魔具は見当たりませんわよ!」

「あ、わたし?」

きょとんとした顔で皆を見渡す遠坂。で……

「わたしは無いわよ、出来なかったから」



……はい?



瞬間、空気が固形化した。

「遠坂! それちょっと酷いぞ」

俺は一瞬唖然とした後、遠坂に食って掛かった。これは余りに遠坂らしくない。こいつは確かに傲岸不遜で傍若無人なところはあるが、こういった無責任な遊びをするやつじゃないはずだ。

「リン! ちょっとお待ちになって! それは余りに無責任じゃなくて!?」

俺の怒声に合わせて、ルヴィア嬢が激昂する。それはそうだろう、ミーナさんも不満そうだ。

「ごめん、それについては謝るわ」

しかし遠坂は動じない。先ほどの人の悪い笑みは納め、真剣な表情にはなっているが悪びれはしていない。
俺は遠坂の表情に何かを感じて一旦黙ることにした。

「最初はなんとかしようと考えていた。でも今ルヴィアやミーナが気づいた事に、割と早い段階で思い至ったの」

そこで一旦切って二人の顔をじっと見つめる。

「ここまで言えば分かるでしょ。この問題は一週間ばかりの研究で解決できる事じゃないわ。難解ではないけれど特殊すぎるもの、もっとじっくり腰を落ち着けて月単位、年単位で研究する問題じゃない?
そりゃわたしだって簡単な護符くらいは作ったわ。でもこういう形で発表するようなものじゃない」

「確かに、特定の魔力だけ透過させない遮蔽なんて特殊すぎますわ……でも、わたくしたちの今までの努力はなんですの? 無駄でしたの?」

理解は出来たが納得できない。ルヴィアさんの気持ちを一言で言えばこうだろう。

「確かに、この会合の前に言っておくべきことだったかもしれない。それは認めるわ。でも、これは違うでしょ? 無駄じゃないわ」

遠坂はそれにも冷静に応える。

「ミーナの鎧はメッシュやチェインに加工すれば応用範囲は広いわ、そういったこと得意でしょ? ルヴィアの眼鏡だって同じ、完全遮蔽のレンズなんて逆用すればアオザキクラスの『魔眼殺し』じゃない。無駄じゃないわ。それに……」

ここで意地の悪い笑みを一つ。

「これだけを持って来たわけじゃないでしょ? 護符クラスの隠し札くらい用意しているはずよ、貴女達は」

魔術師は理性の生き物だ。こうまできちんと説明されては納得するしかない。それに二人ともやっぱり隠し札は用意していたようだ。溜息一つついてテーブルにそれぞれ一つの魔具をコトリと置いた。

ミーナさんが持ってきたのは、美しい彫金がなされた隕鉄製の波刃のナイフ。

「クリス・ナイフです。抗魔でない対魔の護符ですけど、士郎くんは剣属性だから、他の人が持つより効果はあると思いますよ」

ルヴィア嬢が置いたのは、蒼いレンズに白金で象嵌されたフレームを持つ遮魔眼鏡だ。

蒼眼鏡グラス・オブ・OZですわ。エメラルドと護符の効果で邪気を弾きますの。完全遮蔽には程遠いのですけれど」

こんな二人にほらっとばかり笑いかけ、遠坂は真剣な顔に戻ると深々と一礼した。

「本日はわたしの不肖な弟子のため、これほどの時間と技術を投じていただけたことを心より感謝します。御免なさい迷惑かけて……でも、ルヴィア、ミーナ、本当にありがとう」

余りに真正面な、余りに素直な遠坂の言葉に二人は一瞬あっけに取られた。で、その後の反応は実にそれぞれらしい個性が出ていた。

ルヴィア嬢は、ぷいっとそっぽを向いて頬を染め、シェロのためですものなどとぶつぶつ呟いている。素直じゃないが照れているんだろう、なんのかの言ってルヴィア嬢も遠坂同様お人よしなところがある。
ミーナさんは満面の笑みでどういたしまして、こちらこそ勉強になりましたと応えた。最近ちょっと人の悪いところがあると気がついたが、それでもこの人は基本的に良い人だ。

「それじゃ、お詫びとお礼を兼ねて今日は士郎の手料理をご馳走するわ」

にっこりと二人に告げる遠坂さん。ああ、もう結局俺にお鉢回しやがった。おい、聞いてないぞ! そんな話は。

「ほら! とっとと厨房行きなさい。材料は買ってあるわよ、わたしも手伝ってあげるから」

遠坂さんに蹴飛ばされながら、俺は厨房へと引きずられて行った。
俺としては今ひとつ納得できないものがあるが……まぁ、良いか。残りは後でゆっくり聞かせて貰えるだろう……





散々大騒ぎして後片付けの終わった居間は寂しいくらい静かだった。
いい気になって日本酒まで出したのがいけなかったのか、ルヴィアもミーナも呑みまくり、酔っ払いどもの大騒ぎになってしまった。まぁわたしもちょっと酔っちゃったけど、それでも後片付けを考えてセーブした。
ルヴィアは執事さんを呼んで連れ戻してもらったし、ミーナはセイバーが送って行った。最初は士郎が送るなんて言い出したのだが、セイバーがミーナともう少し話したいことがあるとか言ったので、彼女に任すことにした。ちなみにセイバーはうわばみだった、一番呑んでた癖に顔色一つ変わっちゃいない。
で、士郎はというと、今わたしの膝枕で酔いを醒ましているところだ。

「……ん?」

「あ、目が覚めた?」

「ん、俺、寝ちゃってた? ……うわぁ!」

わたしが膝枕していることに気がついて士郎があわてて飛び起きようとする。でもだめ、わたしはあいつの頭をガッキとつかんで押し戻した。

「と、遠坂……?」

「ミーナの膝枕は良くて、わたしのは駄目ってわけ?」

ふん、まだ根に持ってるんだから、睨みつけてやると大人しくなった。真っ赤になって可愛いものだ。
だってのに……

「膨れっ面も可愛いけど、やっぱり笑ってほしいぞ」

とんでもないことをいきなり言いやがる。今度はこっちが赤くなる。
そんなわたしを見ると士郎は幸せそうに目を瞑る。くそ、なんか最近負けが多い。

「なあ、遠坂……」

目を閉じたままポツリと呟く。

「今日はどうしたんだ? うまく言い訳してたけど、なんか遠坂らしくなかったぞ」

わたしは小さく溜息をつく。やっぱり士郎はだませない。

「途中で気がついたのは本当。でもあの二人に言える事じゃなかったから」

「なんでさ、無理なら無理ってはっきり言うだろ? 遠坂なら」

そう言われてもやっぱり素直に話せない。理由が理由だから。

「ねえ、士郎。アーチャーの外套覚えてる?」

「ん? ああ、忘れるわけ無いだろ」

「あれってね聖骸布製だったの」

「へぇ……はい!?」

士郎がまたも飛び起きそうになる。わたしは今度も押し戻した。

「そう、聖骸布。一級品の概念武装よね。で、それを着て自分の中身を外界から守ってた」

「えっと、つまり、それなしだと……」

「そ、守りは駄々漏れって事。本当に士郎らしい話」

わたしはころころと笑ってやった。士郎は何か不貞腐れている。面と向かえば文句を言うくせに、人が悪く言うと不貞腐れる。本当にあんた達は面白い。

「つまりそういう事。本気で士郎の抗魔力をなんとかするには聖骸布クラスの魔具が必要。流石に今のわたし達じゃまだ届かない」

「前途多難だな……」

「ま、気長に待ってなさい。いずれわたしが縫ってあげるから」

「ああ、待ってる」

士郎は目を開けてわたしを真っ直ぐ見る。その目が遠坂が言うなら確実だなって笑っている。結構プレッシャーなんだけど、でも頑張る力にもなっている。

「で、それまでの繋ぎ。はい」

わたしは士郎の胸に、鎖に繋がれた紅い石を落とす。

「……え? おい! これって」

流石に今度こそ起き上がらせてやった。士郎は手に取った石をまじまじと見ている。
古臭い意匠の三角の赤い石のペンダント。お父様の形見。士郎であったアーチャーを救い、アーチャーの手からわたしの手に戻った紅い石。

「……手を入れたんだ……良いのか?」

士郎が息を飲む。

「良いのよ。わたしは昔の思い出より未来をとる。わかってるでしょ?」

ちょっと強がりも入っているがそれがわたし。遠坂凛は振り返らない。
士郎は小さく溜息をついた。むっ、微妙に呆れの声音が入ってる。ちょっと気に入らない。

「ルヴィアさんに見せないわけが分かった……」

ちっ、士郎のやつ気づきやがった……

「そうよ、悪かったわね。宝石に呪刻を刻んで陣を組むのはルヴィアの十八番。そんなの見せたらまたデカイ面されるに決まってるじゃない」

士郎はわがままだぞ、と一睨みしてから呆れたように苦笑した。確かにあの石に抗魔陣を刻んで剣の意匠を追加した。だけどそれだけじゃないんだから。

「それにはわたしだけじゃなくてセイバーの魔力も篭めてあるんだから。大変だったのよ、セイバーの血が霧散する前に固着させるのは! あの娘の血は特別よ、並みの護符じゃないんだから」

がぁ――っと捲くし立ててやった。あいつはそんなわたしを目を丸くして見ていたが、にっこりと笑ってしっかりと言った。

「有難う。遠坂とセイバーの心、確かに貰ったから」

なんかまた顔が赤くなる。なんでこいつはこんな顔で笑えるんだろう……

「でもそれはそれ、これはこれだぞ、みんな一応納得はしてくれてたみたいだけど、今日のことで悪いのは遠坂なんだからな」

一転して厳しい顔で士郎が叱責する。こいつはこういうところでは決して妥協しない。自分に対する甘えはすらっと受け入れてくれるが、他人に対する事となるとすごく真摯だ。

「うっ……わかった。ちゃんと二人に借りは返すから」

わたしの精一杯の意地っぱり。だって謝ったし。

「本当に意地っ張りだな、遠坂は」

苦笑しながらもわたしの応えに納得してくれた。こういうところを分かってくれるのも士郎だ。俺にとっても借りだなちゃんと返さないと、なんて言っている。

「ああ、そうだ」

あいつは何か思いついたのか、上着のポケットから何か取り出してわたしの首に掛けた。

「これは返す。それは遠坂にしか似合わない」

うっ、まずい、不意打ち食らった。これは二つあるんだから、こういった状況は考えておくべきだった。
だったんだけど……全然考えて無かったわよ! なによ! ばか! 何も言えないじゃない! 
頭に血が上って顔だって真っ赤だ。だってのに……あいつの顔が迫ってくる。


……ん……





その晩、わたし達二人はとっても仲良くなった。

END


伏線を張りつつますます士郎君をヘタレにしてしまいました。
士郎君のよわよわ設定はオリジナルですが、アーチャーが護符、防具関係なんかえらい物ばかり持っているので
このように想像してみました。そのわりに対魔力Dだし。
本当は士郎の強化だったはずなんですが……
まぁそれでもきっちり釘を刺すところが彼の良いところ。
とりあえずミーナさん再登場とほのぼの凛×士郎話でした。
今回はルヴィア嬢とセイバーがちょっと割り食っちゃいました。
話題の「凛嫉妬」にも挑戦っと(笑

by dain

2004/3/18初稿
2005/11/4改稿

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