時も凍るほどに澄んだ空気の中、二つの人影が対峙していた。
一つは蒼と銀、もう一方は褐色。
距離は2間、一刀一足には些か遠い。互いに隙を伺う距離。

蒼銀の影はセイバー。剣精にして騎士王。かつてのそして未来の王アーサー。
手に持つ得物こそ至上の聖剣ではないが、銀の鎧と蒼の胴着は完全武装。白皙の顔に一部の隙も無く、切っ先には必殺の意思がこもる。

褐色の影に鎧は無い。急所こそ黒光りする革帯で保護されているが、あくまで軽装。受けるより避ける、守りの固さより動きやすさを優先した装具だ。
手に持つ得物は短槍。いや槍ともいえない。一mばかりの不恰好な棍棒の先に穂先をつけたような異様な得物。
石突は台尻、柄からは銃把と弾倉が生え、銃身の先にナイフ。

銃剣。

穂先となったナイフと同じ名を持つ兵士用の格闘戦短槍。褐色の男の得物はそれだった。
構えは銃剣を盾とも槍とも使えるように斜めに構える基本姿勢。じりじりと間合いを詰めてくる。

ぎりぎりの間合いまで近づいたところでセイバーの口の端が嬉しげに歪む。すばやく踏み込み漸撃の型を作る。誘いの踏み込みだ、確かに早いが英霊の速度ではない。男は素早く一歩飛びのく……

と、男は着地と同時に身を斜めに滑らし電光の踏み込みを見せた。誘いのタイミングをずらし自分の間にした上で誘いに乗ったのだ。踏み込みと同時に刺突が走る。
セイバーは軽く弾く。刺突はさらに続く。斬る、薙ぐ、突く。息もつかせぬ連撃が続く。

だがそれも人の速度、セイバーは難なく捌き弾く。しかし攻撃には転じない。あくまで相手の力量を探るように捌きに徹する。
男の連撃はことごとく阻まれ、焦燥か疲れかその速度は徐々に落ちていく。
頃合、ついにセイバーが反撃に転じる。刺突する銃剣を斜めに叩き落し、返す刃での漸撃。
が、男は待っていたかのよう鋭く踏み込む。人外の速度。人を超えた反応で漸撃をしのいだ。

近接距離。剣の間合いの内側、無論、槍の間合いでもない。だが銃剣は槍であると同時に打撃武器。台尻で、銃把で、弾倉で殴る。
殴る。殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

今度は速度が落ちない。人外の速度はさらに増し、人間の目では捉えきれない速さにまで加速していく。

しかしそれでもセイバーには届かない。己の間合いでもないこの打撃を、剣元で、鍔で、柄で、手甲で弾く。
弾く。弾く、弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く。

ついにこれまで変わらなかった男の表情が歪む。届かない、わずか数センチの隙、コンマ数秒の差。だが決して届かない現実。だが男はあきらめない。速度と手数で届かぬならば、無尽の数で届かせようと。

セイバーが莞爾と微笑む。届かぬ敵にそれでも手を伸ばす男の意気や良しとばかりに微笑む。
そしてその意気に、雷光の速度と怒涛の質量で応えた。

台尻の打撃を掻い潜り、セイバーの肩が男の胸に食い込む。男とて只者でない、一瞬早く飛びのいていた。
が、それが不幸。セイバーの踏み込みはなおも続く。男は空中で更に捉えられる。
最悪。どんな鍛えようと足場の無い空中では、翼を持たぬ人間が堪えきることなど出来るはずも無い。男の胸に腹に鳩尾に、セイバーの肩が肘が拳が剣の柄が、次々に叩き込まれる。
ついに男は一方の際まで弾き跳ばされ、音を立てて壁に叩きつけられた。

壁際に崩折れる男にセイバーはゆっくり近づく。まだ意識はあるようだ。だから油断はしない。意識がある限り、相手が敗北を認めぬ限り勝負は続くのだ。
途中、男の落とした銃剣を蹴り飛ばす。先ほどの攻防でも見るとおり、決して油断のならない相手。

セイバーはゆっくりと切っ先を男の胸に……

と、男の袖口から二挺の拳銃。

―― 弩! ――

続いて二つの銃声が響く。





「惜しかったな。今の奇襲は見事だった、魔術師メイガス

男の喉元に竹刀の切っ先が突きつけられている。
二挺の拳銃は撃ち出す直前に、足で、竹刀で叩き落され道場の隅まで跳ばされていた。

「……参った……」

黒髪のどこかとぼけた魔術師は両手を上げて降参した。





せいぎのみかた
「最強の魔術使い」  −Emiya Family− 第一話 序編
Heroic Phantasm






「いや〜〜〜お強い! めっぽう強い、べらぼうに強い」

セイバーの皿にパスタをてんこ盛りしながら、男の賞賛が続く。
こいつの名はジュリオ・エルヴィーノ。俺とセイバーの鍛錬の為に借りることになった道場の主だ。俺とセイバー、と言ったことから分かるように一般人ではない。彼も学院の魔術師だ。
専科で俺の同期、で俺と同じく強化、その中でも自己の肉体強化に特化した魔術師だ。魔術師としては二代目で父親がマーシャルアーツの教官をしながら魔術に目覚めたらしい。この道場も一門のロンドン支部なのだそうだ。
武道から魔術に至る道というのがあるとは聞いていたが、実用一点張りなマーシャルアーツからというのは特異な話だ。どうやら俺の周りには変わり者が集まるらしい。
先ほどの勝負もその延長だ。俺とセイバーの鍛錬を見ていて、僕にもやらせろと挑んできた。変わり者の上にかなりの物好きだ。

「そうでもない、ジュリオ。最初に想定していたレベルで戦い続けていれば危なかった。ただ途中で貴方に隠し札があることに気が付いただけだ」

山盛りのパスタを満足そうに眺めながらセイバーが応える。俺との練習のときよりも嬉しそうなのは、パスタのせいだけでもない様だ。なんか悔しい。

「それが気づかれちゃった時点で、僕の修行不足。麗下に勝てるとは思っていなかったけど、油断を誘えば一太刀くらい届くかなってね。ま、甘かったわけ。いやもう綺麗で可憐でお強い。流れるような剣、煌くような体裁き。流石は麗しのセイバー殿。いや〜惚れ直しました」

大仰な身振り手振りで一礼し、開けっぴろげな笑顔でジュリオの賞賛が続く。イタリア人だけに女性への賛辞は最後に決まって口説き文句で締める。そういえば最初にセイバーに会った時も口説こうとしてたな。英霊で使い魔だと知った上でセイバーを口説いたのは、後にも先にもこいつ一人だけだ。

「ジュリオ、武人が美しいとか綺麗だとか言われても、さほど嬉しいものではない」

「いえいえ、そうとばかりは限りませんよ、麗下。理にかなった太刀筋とは極めて美しいもの。人ってのは極めれば極めるほど綺麗になるんですからね」

セイバーの受け太刀に歯の浮くような台詞で畳み掛ける。流石だなイタリア人。なんのかんの言ってちょっと嬉しそうなセイバー。むっ、なんか不愉快。

「それよりさっきからなんだ? 麗下って?」

だから話の腰を折ってやった。うっ、些か情けない気分。

「ああ、“麗しき剣の君”で麗下ユア・ビューティ。似合ってるだろ?」

真顔でさらっと言ってのけた。うわぁい臆面もねぇ。

「ジュリオ、私をからかっているのですか!?」

一瞬固まってセイバーが叫ぶ。セイバーは真面目なだけにこういった事に耐性が低い。

「? 良い呼び名だとおもうんですけど? 強さと美しさって十分両立するんですよ。なぁシロー」

いきなり俺に振ってくる。セイバーも矛先をこっちに変えた。うっ、ジュリオのやつ汚ねぇ。

「シロウも私をからかうのですか?」

むぅ――っとおれを睨みつけてくるセイバー。言葉に詰まっているとジュリオの奴が、まぁまぁ正直に言ってやりなよ、自分を偽っちゃいけないなぁっとばかりに肩を叩いてくる。すっかり共犯者にされてしまった。
いや、まぁ。“麗下”か……確かに似合ってはいるんだよな。

「その、別に良いんじゃないか? 呼び名くらいなんでも」

と、当たり障りの無いことを言って誤魔化してみる。

「もう……シロウもジュリオももっと真面目になって欲しい」

セイバー麗下は剥れながら俺を睨みつけ、脱力したように腰掛けた。そのまま山盛りのパスタをがっつき出す。
ジュリオの奴は、まぁしかたないよなっと肩をすくめて俺に視線を投げかけてくる。だから俺は共犯者じゃない!
結局、山盛りのパスタ程度では効果なく、帰るまでセイバーのご機嫌は斜めだった。でも、まぁ。楽しそうだったから良いか。




帰り道。俺はセイバーにちょっと思ったことを聞いてみた。

「あいつって強いのか?」

「あいつ? ああジュリオですか。強いです。反射加速の魔術を使ってきましたが、それなしでも相当の使い手です」

「俺より?」

聞かずもがなの事を聞いてみる。やっぱりちょっと悔しさがある。

「シロウ……」

セイバーがお姉さんの笑みを浮かべる。諭すような、それでいてどこか嬉しげ口調だ。

「技術的に言えばジュリオの方が数段上です。実戦でも……恐らく。彼はああ見えて血を浴びた経験があるのでしょう。私はそれを感じました。ですがシロウも決して捨てたものではありません。まだ発展途上ですし、実戦で高みを知っている。何より目標がはっきりしている」

セイバーのきっぱり断言した。俺への信頼と自分の見る目の確かさを確信した物言い。俺はさっき感じた焼餅が情けなくなってしまった。

「シロウは、今まで身近な強者と競い合うことが無かった。大河も確かに強かったが、シロウが目指すものとは質が違う。彼はシロウのよき練習相手となるでしょう。特にあの汚さは見事なものでした」

「確かに汚いよな、あいつ」

この場合、“汚い”は褒め言葉だ。銃剣という特殊な武器の選択、自分の手札を最良の瞬間まで伏せる手口、そして最後の狸寝入り。実に汚い。

「シロウが汚くなれとは言いませんが、あのような術がある事を知っておくのは悪いことではない。そこから自分なりの闘い方を学んでいけば良い」

頷きながらセイバーが言う。戦上手、あの赤い騎士が言われていた事だ。そういやあいつも結構汚かったなぁ。




「それにしても、セイバーはよくあんな武器に対応できたな」

俺はもう一つの疑問を聞いてみた。セイバーの時代あんな武器は無かったはずだ。

「銃剣ですか?」

「それもだけど、最後の拳銃も」

「ああ……」

セイバーが少しだけ言いよどんだ。

「切嗣が使っていましたから……」

言いよどんだ理由はそれか。確かにセイバーにとっては言いにくい話題だろう。俺は親父に思いをはせた。

衛宮切嗣。俺の養父。俺の命を救い、俺を衛宮士郎にしてくれた人。
そして空っぽの俺の中に「正義の味方」という理想を刻んでくれた人。
アーチャーはただの紛い物だといった。綺麗だから憧れ、救ったそして救われた人の思いだから借りてきた理想だと言った。
だけど間違ってはいない。それが美しいそして正しい理想だという事だけは決して間違ってはいない。だからこそ、俺はこれからもその道を歩み続けると誓ったのだ。

そしてもう一つの顔。あの聖杯戦争の後、セイバーが語ってくれた衛宮切嗣。
一つ前の聖杯戦争でのセイバーのマスター。勝つために手段を選ばない冷たい戦闘機械。最強の対魔術師戦闘家。九を生かすため率先して一を殲滅してきた男。
そしてセイバーが一番心苦しそうに言った事実。最後の最後にセイバーの力で聖杯を毀ち、あの地獄のような災害の原因を作った男。だがそれでも俺はかまわなかった。

「私はあの時、聖杯を私の手で毀させた切嗣を恨みました。しかし今は違う。切嗣は聖杯があのような物であったと、いち早く気がついたのでしょう」

セイバーの言葉だ。俺にも同じ聖杯戦争を闘った者として、聖杯を毀した親父の気持ちも分かる。あれは親父にとって一を犠牲にして九を救う行為だったのだろう。
俺の知っている子供のような暖かい切嗣と、セイバーの語る冷たい切嗣のどちらが本当の切嗣かなんて今では知りようが無い。
だが、親父はそれでも犠牲にした一の中から俺を救い出してくれた。それがたとえ自分が救われたいが為の行為であっても、俺はかまわないと思った。
あのアーチャーとの戦いの中で、それでもあの輝きは、あの美しさは紛れも無く正しいことだと、間違ってなんかいないと信じたのだから。

「シロウ……」

「セイバー、俺は大丈夫だよ。親父はなにがあっても親父なんだから」

俺は心配そうに見つめるセイバーに笑いかけた。セイバーが心配することは無い。切嗣のことは俺の中でもう整理が付いたことだ。俺は切嗣の後を追う、アーチャーの背中を追う。その道は間違っていない。もし間違えそうになってもセイバーが、そして……

「さ、早く帰ろう。留守番してるお姫様がへそを曲げないうちにさ」

「そうですね、凛は最近一人にしておくと寂しがるようになった」

「弱くなったのかな?」

「いいえ、多分強くなったのでしょう。自分の脆さに気がついたのですから」

俺たちは家路に着いた。傲岸不遜で才色兼備、強くて脆いもう一人の相棒。そして俺の心の羅針盤である最愛の人。遠坂凛の待つ我が家に向かって。


今回は三部構成。この部分だけ独立してたんで分けてみました。
士郎くんのお話なんで色気はありません。ちょっと硬く感じるかも。
またもオリキャラ出しました。じつは単にセイバーの戦闘シーンが書きたかっただけ(笑)
いつぞやに話しのあった士郎くんと同年齢の男性です。

2004/3/31初稿

by dain

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