「お〜い、シロー。たまには僕と遊ばないかい」

いつものごとく道場でセイバーと日課の鍛錬をしていた時のことだ。ぶらりと銃剣を引っさげたジュリオが入ってきた。

「俺は男だぞ」

ほとんどナンパな口調のあいつに、俺は嫌味半分で応えてやった。

「いや、僕も女の子の方が良いんだけど、のされるのに飽きた」

つまり俺ならのせるって言うのか? このやろう……身も蓋も無いこと言いやがる。最近一回はセイバーにのされるのがこいつの日課だからって。

「むっ、俺だってそう簡単にはのされないぞ。返り討ちにしてやる」

「を、乗ってくれる? 良いね良いね。じゃ始めよう」

スチャッとばかりに銃剣を構えるジュリオ。……ちょ、ちょっと待て!

「ば、馬鹿野郎。こっちは竹刀だぞ、セイバーじゃあるまいしそんな物騒なもの相手に出来るか!」

俺は慌てて後ずさった。が、いつの間にか後ろに回っていたセイバーに止められてしまう。
あの、セイバーさん? 俺の両手を極めて何をしようというんです?

「今のは聞き捨てなりませんね、シロウ。私なら良いのですか?」

「だってセイバーなら当たらないじゃないか! 俺だとびしばし当たるんだぞ! 第一あれって剥き身の刃物じゃないか!」

「ジュリオは何時だってやる気満々です。私とて気を抜けばいつかは当たってしまうかもしれない」

にっこり微笑むセイバーさん。し、信頼の証じゃないか、そう怒らないでほしいぞ。

「さぁ、ジュリオ。すっぱりお願いします。最近シロウは増長気味なので一度痛い目にあったほうが良い」

「シロー、お前悪い奴だなぁ、女の子の恨みを買っちゃいけないよぉ」

嬉々として迫って来るジュリオ。ちょっと待て! 女の子の恨みなら絶対お前のほうが買ってる!
へらへらと笑いながら、ジュリオは何の躊躇も無く俺の胸に銃剣を突きたてた。





せいぎのみかた
「最強の魔術使い」  −Emiya Family− 第一話 前編
Heroic Phantasm





「うわぁ――――っ! て………あれ?」

視線を落とすと、銃剣は俺の胸の上で止まっていた。圧力は感じる、普通ならブッスリ刺さる位の圧力だ。突きの速度も十分だったはず。俺は銃剣の解析をしてみる。

「……え?」

「を、気づいた? こいつ練習用なんだ」

ジュリオは俺の胸から銃剣を放すとくるりと回して構えなおした。

「魔具なんだ、それ」

俺が驚いていると、ジュリオは玩具を見せびらかす子供の目になって説明してくれた。
銃剣には竹刀のような便利な練習具はない。実銃を使っての寸止めか、たんぽ槍のような木製の模擬銃で練習するしかない。ジュリオはそれが不満だったらしい。そこで実銃と同じ重さ、同じバランスで、衝撃だけを竹刀なみにまで殺せるこの魔具を手に入れたということだ。
ちなみに先回の試合でセイバーはこのことに気がついていたそうだ。最近セイバーはこういった冗談を仕掛けてくることがある。……セイバーだけは純粋なままでいて欲しかったぞ。

「でも、どうやって手に入れたんだ? お前こんな技術無いだろ?」

「うわぁ、失礼な奴だな。事実だけど」

ジュリオは大袈裟に傷つく身振りをしながら笑って応えてくれた。本当に芝居っけの多い奴だ。

「ボルタックスの姫親方プリンセス・マイスターのとこで造ってもらったんだ。時計塔広しといえど、こういった意味の無い面白グッズ作ってくれる所なんか、あそこくらいしか無いからな」

あ、成るほど、ミーナさんのところか。妙に納得できる。しかし、これ良いな。実物と同じ重さとバランスで打撃だけ竹刀並みの練習用か。こういうのちょっと欲しい。

「んじゃ、はじめようか。のされる準備はOK?」

「むっ、そっちこそ覚悟できてるんだろうな? お祈りはすませたのか?」

この後、俺はジュリオを一本のすことに成功した。お返しに三本ばかりのされたけど。




こんなことがあったからなのか、俺は今後の自分の進路に付いて考えるようになった。思い返せばここ二年、そっちはすっかり遠坂に任せっきりにしていた気がする。我が事ながら少しばかり情けない。
黙っていたら遠坂がそれなりの道筋をつけてくれると思うが、それではあまりに主体性が無い。ていうか絶対それはまずいだろ、いろんな意味で。

何度も言っているようだが、俺の目標は一流の魔術師になることじゃない。切嗣おやじの跡を継ぎ、アーチャーの背中を追いかけ、『正義の味方』を張ることだ。
とんでもなく難しいことだ。十の全て助けることなんてただの理想、届くはずも無い。だから結局、自分も目の届く範囲の人たちが笑っていられるようにするのがせいぜいだろう。いや、それすら困難極まることだ。
一を犠牲に九を助けてる正義の味方。親父がアーチャーがたどった道。そこまで辿り着けるかさえ怪しい。
それでも俺は進んでいくつもりだ。結局一を切り捨てることになっても、全てを守る為に最後まで足掻いていきたい。どんなにみっともなくても情けなくてもあがき続けて行きたい。俺はそう思っている。

俺は凡夫だ。遠坂やルヴィア嬢、セイバーのような天賦の才はない。だったらジュリオのように汚くても、ミーナさんのように形振り構わなくても力を付けて行きたい。能力スペックで届かないなら技術スキルで勝負する。
アーチャーがそうであったように、俺のような凡人にはただ、ただ愚直に努力していくしかない。

だとすれば……そうだな、このことは遠坂にも相談しよう。




「つまり、ミーナにも弟子入りしたいってわけ?」

遠坂さんはとってもお怒りになられた。

「いや、別に弟子ってわけじゃないぞ、いろいろと教えを請いたいんだ。あそこはそういう事してるんだろ?」

とりあえず抵抗してみる。シュトラウスの魔術戦闘術は、武闘派の魔術師にとって一般教養的なところがある。結構開かれていて中級くらいまでは一門以外にも公開されている。

「それと“も”ってなんだ、“も”って? 俺の師匠は遠坂だけだぞ?」

遠坂さんはこめかみに手を当てて溜息を付かれた。なんでさ?

「そう言ってくれるのはすごく嬉しいけど。ルヴィアが聞いたら呪われるわよ、死なない程度に」

う、それはありえそう……って何時から俺はルヴィアさんの弟子になったんだ??

「そうだったのか?」

「あんたねぇ、あれだけあいつの工房に入り浸ってて、弟子じゃないなんて通じないわよ。普通」

遠坂がジト眼を向けてくる。でもな、入り浸るったってあれは仕事だぞ。そりゃ工房に出入り自由のしてもらってるし、いろいろ教えてもらったり、手伝ったりもしてるが……あれ? こういうのを弟子って言うのか?
そんなことを考えていたら、遠坂がまるでこっちの心を読んだかのような、そら見なさいって顔で睨みつけてきた。

「そういう意味なら、すでにシロウはヴィルヘルミナにも弟子入りしているのかもしれません。あそこにはシロウの茶道具までありますから」

こちらはセイバー。涼しい顔で仰る。それはミーナさんの工房には珈琲しかないのに、君たちがお茶を飲みたがるからであって、俺が望んで置いているわけじゃないぞ……

「それに……私も、シロウの剣での師だと思っていたのですが。違っていたのですね?」

セイバーがすごく爽やかな笑みを浮かべられた。わぁい、怖いぞ。

「ち、違わないぞ、セイバーは俺の師匠だ。だけど今、話しているのは魔術の師匠の話でだな」

「シロウ、ではヴィルヘルミナに注文した、二振りの練習用小剣干将・莫耶はいったいなんなのでしょう?」

ギクッ……何処でそれを……

「へぇ、そうなんだぁ。衛宮くんってば、そういう事してるんだぁ」

小鳥をいたぶる猫のような遠坂の声が重なる。セイバーがふっと寂しげに視線を伏せる。

「セ、セイバーだってアーチャーの流儀が俺に合ってるって言ったじゃないか」

「セイバー聞いた? やっぱり本命はアーチャーだって」

「凛……結局シロウは私の身体だけが目的だったようだ……」

「そうね、わたし達二人とも士郎に使い捨てにされるのね」

遠坂がセイバーの崩折れる肩を抱くようにして俺に非難の視線を向ける。っておい! それはなんですか!?

「だ――っ! ちょっと待て! なんの話だいったい!?」

っていうかセイバー、何処でそんな台詞覚えてきたんだ?

「なんの話って、士郎に捨てられた美女二人が慰め合ってるんじゃない」

美人であるのは認めるが自分で言うか? それに捨てるって何さ?

「俺が遠坂やセイバーを捨てられるか。捨てられて困るのは俺のほうだぞ」

そう、そんなこととんでもない話だ。そんな事になったら、

「今、二人に捨てられたら。俺は何処に立ってるかも、何処に進んで良いかも分からなくなるんだからな」

二人に会うまでの俺は違っていた。一人でがむしゃらに親父の後を追っていけばそれで良いと思っていた。
しかし、今は違う。今の俺は自分がとんでもなく歪んだ人間だとわかってしまった。空っぽの俺は舵も羅針盤もない船だ。真っ直ぐ突き進んでいるつもりでも、本当は何処に向かって進んでいるかわかったものじゃない。
遠坂やセイバーという星を見ながらでなくては、俺は正しい道を進んでいる確信がもてなくなってしまった。
これは俺の弱点だ、間違ったことかもしれない。だが情けないことではないと思っている。
本当に情けないのは、自分を知らず弱点を理解せずにがむしゃらに間違ったほうへ突っ走ることのほうだ。
だから、俺はこのことが間違っているが正しいことだと思う。

「そんなこと真面目な顔して言わないでよ、こっちが照れちゃうじゃない」

「シロウ、気持ちは分かるがもう少し婉曲に言って欲しい」

なにか俺の台詞が二人のつぼに嵌ったらしい。二人とも妙に嬉しそうに照れている。

「士郎に頼られるのは嬉しいことよね。それだけじゃなくてちゃんと自分でも考えているようだし」

さっきとは打って変わって、嬉しそうに語る遠坂さん。

「自分でって、ミーナさんとこ行く話しか?」

「そ、自分が足りないところを補うために考えたんでしょ? 魔術の師匠としてはちょっと悔しいけど」

遠坂は、うんっと一つ頷いてにっこりと笑う。さっきの怒った笑いとは違う、ストレートに感情を表す笑顔だ。

「なんだよ、さっきは怒ったじゃないか」

とはいえ、からかわれてばかりだと悔しいから、突っ込んでみる。どうせなら最初から同意して欲しかったぞ。

「そりゃそうよ、別の女の所に行くなんて言われりゃ怒るわよ。うんと怒る」

当たり前じゃないとばかりに呆れたように応える。

「なんか筋が通ってないぞ」

「通ってるわよ? だってわたし女だし」

なんで分かんないの? とばかりに眉を顰めて剥れる遠坂。あ、益々わけが分からなくなって来た……
セイバーに助けを求めようとそちらに向くと、セイバーもうんうんと納得してる。わからないのは俺だけですか?

「士郎はいいのよ、わからなくて。ただ納得してれば良いの」

どんどん深みに嵌っていく気がする。きっとこれが男と女の間にある深くて速い川なんだろう。

「前置きは置いといて、士郎がミーナのとこで鍛錬するのは賛成。っていうより元々ミーナに紹介したのはその為だもの。あんたが足折っちゃったりしたんで有耶無耶になっちゃったけど」

「そうだったんだ、初めて聞いたぞ」

「あんたねぇ……ルヴィアのとこで話したでしょ? 士郎の長所、“剣”の属性伸ばすのにシュトラウスの力借りるって」

をを、なるほど。そういわれてみればそんなこと話してたな。

「前にも言ったけど、わたし投影できないし。士郎は「固有結界」は別として“創る人”でしょ? あそこで学べることは多いはずよ」

「うん、それは感じてた」

「それに、士郎は『正義の味方』張るんだから。だったら戦闘技術もいるじゃない。わたしって戦闘向きじゃないし」

「……はい?」
「――え?」

「なによ、文句ある?」

呆気にとられている俺たちに、遠坂がむぅ――っと膨れて睨みつけてくる。
文句って、遠坂。お前、その性格で戦闘向きでないって詐欺だぞ? それに戦闘向きじゃない人が教室ふっとばすか?

「向いてないの! 戦闘向けってのはもっとバンバン直接攻撃魔術を編むんだから。宝石魔術なんて札束叩きつけてるようなものなの! コスト掛かりすぎなのっ」

遠坂が泣きそうな顔で叫ぶ。だったらバンバン宝石使うなよ……

「本当は、わたしもちょっとシュトラウス齧ってみたかったのよね。でも今忙しいし……」

ちょっと寂しそうに声を落とす。忙しいというのは学院での研究のことだ。最近、遠坂はルヴィア嬢と共同研究を始めたらしい。普段はいがみ合っているくせに、重要な問題が起こると真っ先に歩調をあわせる。なんとも複雑な関係だ。もっとも今のところはぶつかり合いの方が多いようだ。多分、拳で語り合っているのだろう。

「ま、ミーナには話通しとくから。士郎からも連絡入れときなさい。それと、正式に就学するんだから元取んなさいよ」

「おう、って授業料とかもかかるのか?」

「当たり前じゃない、魔術は等価交換。そりゃミーナのとこはツケが利くけど、何時までも溜めとくわけにいかないでしょ」

それを聞いたセイバーが溜息をついている。……ツケ、溜まってるんだな。

「安心してくれ、きちんと元は取るから」

セイバーにも声を掛ける。財政問題では苦労かけっ放しだ。せめて俺だけでもしっかりしないと。

「シロウがそのことを心配することはありません」

セイバーは苦笑しながら応えてくれた。そして真剣にじっと俺の目を見つめる。

「ヴィルヘルミナの言葉はシロウにとって、とても重要なことなるでしょう。しっかりと受け取って来てください」

「ああ、頑張ってくるぞ」

セイバーの言葉は良くは分からなかった。が、ちょっと気圧される程の重みのある言葉だったので、俺は素直に頷いた。
紆余曲折はあったものの、こうして俺はシュトラウスで学ぶことになった。




そんなこんなでミーナさんに話を通した数日後、俺はロンドン郊外のシュトラウス工房に赴いた。正式にということなので学生工房でなく、こちらの本工房の方が良いだろうということになったのだ。

正門から望む眺めは多彩だった。中世の城と摩天楼、近未来の草臥れたネオンが並んでいる。道行く人も、多種多彩。あらゆる人種があらゆる時代、あらゆる世界の扮装で歩き回っている。

「……撮影所?」

まるで映画か何かの撮影所だ。いや、そのものずばりらしい。正面に「Strauss Hermetic Academy Division Of Works london studio」と看板がかかっている。奥手にはいくつものかまぼこ型の屋内セット。大道具、小道具の倉庫、スタジオや事務所が立ち並んでいる。

「あ、士郎くん。こっちこっち」

正門で受付を済ませ。呆然と眺めていると、しばらくしてミーナさんがカートに乗ってやってきた。
藍色のジャケットに白のフレアスカート、上着と同色の帽子を手で押さえ笑いかけてくれる。今日はかなりお洒落だ。

「ミーナさん、おはよう」

俺はいつもとは勝手の違う様子に、少しばかりどぎまぎしながらミーナさんのカートに同乗した。その際、写真入のIDカードを渡され胸に着ける。どうやら俺は小道具係という事らしい。ミーナさんのカードには、なんとかオフィサーとかいう何だかえらそうな肩書きが付いていた。

「ここがミーナさんとこの工房なんですか?」

まず真っ先に疑問を聞いてみた。少なくともここはとても魔術師の工房には見えない。

「ここ? ええ、正確にはここの下に施設を持っているんですよ。上は本物の撮影所ってわけですね」

ミーナさんが説明をしてくれた。地上の設備はシュトラウスが表の顔として持っている企業の経営だそうだ。特殊撮影が専門なので、ちょっとした事故とか魔術の漏洩も「映画の撮影」で誤魔化せて大変便利なのだそうだ。いいのか? 
確かにここならサーヴァント達が、そのまま歩いていても誰も不審に思わないだろう……あ、バーサーカーは無理か。

カートはそのまま撮影所を駆け抜け、あまり使われてなさそうな奥の古い倉庫に乗り入れた。

「ちょっと揺れるから気をつけてね」

ミーナさんが俺にそう言ってカートを止めると、床が軽い駆動音と共に降りだした。どうやらリフトになっているらしい。

「うわぁ、まるで秘密基地だ」

「秘密基地? あ、それ良い響きね。うちは機械化進んでるから、秘密基地ってあながち間違いじゃないかも。もともと魔術師の工房って秘密基地みたいなものだし」

俺のつぶやきにミーナさんが楽しそうな声で応えてくれる。三フロア分くらい降りただろうか? リフトが止まり、正面のシャッターが開く。

そこは、確かに秘密基地だった。

リフトの正面から真っ直ぐ廊下が伸びており、その両側にかなり広いフロアが見渡せる。
右手は事務のフロアだろう。ワークステーションが並び、いかにも事務らしい人影が忙しげに立ち働いている。もっとも、仕切りの中の魔法陣や、煙を吹くフラスコやビーカーは普通の事務所では見かけない物だろう。
そして左手は三階分ほどぶち抜きの体育館くらいのフロアだ。整備と実験場らしく、つなぎやローブ姿の人影が忙しげに行き来している。
手前には魔法陣に固定されたゴーレムが立ち並び。中ほどには射撃場だろうか? 銃を仕込んだ義手をとっかえ引っかえしている女性や、奇妙な形の銃を持って怪しい踊りを踊っている男達がいる。
さらに奥ではクリップボード片手に各種の魔具を起動しては、なにやら書き付けている一団がいる。

「ようこそ、シュトラウス ワークスへ。どう? 士郎くん。ご感想は」

「圧倒されてる」

まず魔術師の集団というのに圧倒された。学院で魔術師は随分見ていたが、みなばらばらで纏まりに欠けていた。ただ、ここにいる魔術師はどちらかというと魔術使い系の人達らしい、職人風や技術者風がほとんどのようだ。
もっとも中には一部にはかなりパンクな人や、危ない空気をかもし出す一団もいる。協会ではあまり見ないタイプだ。

「ああ、フリーの人たちね」

ミーナさんが俺の視線に気づいて話してくれた。

「フリー? 協会外の? それって良いのかな?」

シュトラウス家は地味ながら協会の評議会にも席を持つ、つまり体制側の魔術師だ。

「あぁ、本当は余り良くないわ。でも、道具や戦術の実績証明するにはフリーの人たちの方が適任なの。実戦経験も豊富だし。それに協会もなにかとフリーの人の手を借りることがあったりするのよ……そういう繋ぎの為にもね、いろいろと便宜を図るのも私共の仕事なの」

ちょっと語尾を濁す。大人の事情というやつだろうか。理屈は分かる。つまりは渉外と情報収集だ。秘密主義で神秘の隠匿を主目的とする協会といえど窓口は持っていたほうが良い。というより、そういった部門を持たなければ隠匿もへったくれもない。
神秘はなにも協会だけの独占事項ではない。大きくは聖堂教会や中東圏に大陸圏、小は日本の退魔組織まで大小さまざまな組織がある。それぞれが対立や協調関係にある以上、完全な没交渉ではやってはいけない。
無論、正面からの外交関係はあるだろうが、渉外関係というのは正門だけでは片手落ちだ。裏口や抜け道が必要になる。シュトラウスのフリーとの繋がりはそういった物にあたるのだろう。

「私共って、ほら、便利屋さんでしょ? 持っている物は魔術の知識というより技術なの。だから盗まれるようなものでもないし、それに教えるって教わるってことなのよ」

考えてみれば、俺だって学院生でありながら協会員ではない。遠坂やルヴィア嬢と付きあっているとそう感じないが、こうやって他の魔術師の所にひょいひょい出入りするのも異例中の異例なのだろう。方向は真逆でもミーナさんとこと似たようなものかもしれない。こういうやり方も妙になじむし。

「それじゃ、まず私の部屋に来てくれる? いろいろ話しておかなきゃならないことがあるから。見学はその後で良いでしょ?」

俺はミーナさんの先導で先に進むことにした。と、その時、正面の扉が開き数人の人影がどやどやと入ってきた。魔剣鍛治の人たちだろうか? 数振りの剣を抱え、小柄な女性となにやら話しながら実験場に向かっていく。

「……あれ?」
「……え?」

なにげにその女性と目が合った。見慣れぬブルーの作業着フィールドジャケットを着ていても、幼さを残しながらも凛とした表情、金糸を編んだような髪、清翠の瞳は紛れもなく……

「セイバー?」

「シロウ? しまった……今日だったのですか」

露骨にしくじったという顔のセイバーさん。胸のIDカードには写真入で”剣製部門特別検査官”などと仰々しい肩書きが書いてある。日付も随分と前からだ。

「なにやってるんだ?」

「いえ、何といわれても……その……大したことではないのですが」

明後日の方向を見ながら何とか誤魔化そうとしている。えらく挙動不審だ。

「どうしたんですか? あ、セイバーさんお疲れ様」

ミーナさんは何事もないようにセイバーに挨拶をしている。ここは彼女に聞いてみよう。

「セイバーがなにを?」

「バイトですよ。新鍛の魔剣なんかの使い勝手や細かなチェックをしてもらってるんです」

慌てるセイバーを尻目にミーナさんがさらっと言ってのける。

「知らなかったんですか?」

不思議そうに聞いてくる。ええ、ええ知りませんでしたよ。

「セイバ〜〜」

最近、妙にミーナさんと仲良くやっていると思ったらこんな事してたのか。そりゃここならあまり問題はないと思うけど、黙ってバイトするってのはどうよ?

「ああ、シロウ。黙っていたのは謝ります。しかし、シロウはあまり秘密を守るのに向いていない」

「なにをさ? 秘密にしておく理由はないだろ? 遠坂だってここでのバイトなら許してくれると思うぞ」

「いえ、凛に秘密にしておきたかった理由は別なのです……」

いかにも心苦しげなセイバー。あ……なるほど。

「そうか、遠坂が知ると……」

「そうなのですシロウ。少しでも蓄えをしておきたいと……」

へそくりなわけだな。確かに遠坂に知られると根こそぎ使われてしまう。セイバーと二人して思わず溜息を付いてしまった。

「でも、いつかばれるぞ。遠坂は結構目ざといし」

「それまでにどれだけ貯められるかが勝負なのです」

ぐぐっと力説するセイバー。本当に苦労かけるね。

「じゃあ給与明細分けましょうか? 基本給と特別給に。セイバーブランドは人気も出てきてますし、特別給は結構な額になりますよ」

ミーナさんが我が家の財政事情に助け舟を出してくれた。ちょっと汚い手だが背に腹は代えられない。

「ああ、ヴィルヘルミナそうしてもらえると助かる」

「それが良い。細かいところなら誤魔化せるな。家計簿をPCに入れてからは遠坂ノータッチだし」

妙にこそこそと悪巧みをする俺たち。遠坂許せ、お前の金使いの荒さが悪いんだ。

「それじゃどうする? 遠坂には俺から伝えておこうか?」

「いいえ、凛には私からヴィルヘルミナの所で働きたいと言いましょう。ローンの話をすれば凛も否は言えない筈です」

ほっとした様に語るセイバー。それではしっかりとヴィルヘルミナの言うことを聞いて頑張ってください、とまるで保護者のような事を言ってくれる。いや、最近どんどん保護者じみてきているのは確かだけど。一応、俺たちのほうが保護者っていうか、管理者のはずなんだよな。
そのまま、ミーナさんにシロウをよろしくと声をかけ、鍛治屋さんたちに囲まれて仕事場に向かって行った。なんというか、セイバーえらく馴染んでるな。

別れ際、ミーナさんとセイバーが目配せをしたことが、ちょっと気になることだったが、俺は改めてミーナさんに先導されて奥へと向かった。


今回セイバーも凛様もこれだけ。
うちにセイバーさん交友関係広いです。老若男女に親しまれる王様目指してます。
ミーナさん家も結構お金持ち。というか魔術師ってそれなりに金持ちじゃないとやってけないのじゃないかと。
今回、重いんでくすぐりは結構入れてます。判ってくれると嬉しいところ。


2004/3/31 初稿

by dain

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