シュトラウスという魔術師の系譜はドイツのシュバルツワルトに端を発している。
元々は鍛冶屋。ただ技術だけで魔剣を鍛った刀鍛治が元祖らしい。
ボルタックスやここの工房のような“創る人”の源流がそれだ。
だがシュトラウスはそれだけでない。創った武器や道具を使いこなして戦う兵士。文字通り”闘争”こそが彼らのもう一つの顔なのだ。
魔力や魔術回路の特出した魔術師を輩出したわけでもなく、魔術刻印もさほど高度ではない。かといって強力な秘蹟を所有しているわけでもない。
しかし、それでもなおシュトラウス家は魔術師の名門であり、その一門は魔術協会の中で重きを担っている。
その訳こそが戦闘術なのである。こと魔術戦闘に関しては、シュトラウス一門はまさに不敗の名に値する実績を築き上げてきた。
純粋な魔力のぶつけあいでなら、彼らの上を行く系譜はいくらでもある。単体の戦闘力でも、武闘派の魔術師には化け物じみた連中がいくらでもいる。だが魔術の「諸兵科連合
魔術を組み合わせその魔力を加算でなく乗算で引き出すその秘術。魔力で勝てなくても戦闘で勝利し、戦闘で勝てなくても戦術で凌駕する。戦術で勝てなくても戦略で最終目的を達成する。
それこそが『魔術師最強の魔術使い』と称されるシュトラウス家なのだ。
職人、そして商人にして兵士。個でなく集団として魔術師であること。それが、魔術師として凡庸なこの一門が選んだ生き残りの戦略だったというわけだ。
妙に開放的な工房もそのためらしい。
なにせ最大の秘術は魔術の効率的な組み合わせ方なのだから、込み入った特殊な技法や術式などはあまり必要とされない。
それよりも手ごろで使いやすく普遍的な術式や道具が多ければ多いほどいい。
そういった術式は普通の魔術師が追い求める術式が美術品ならば工芸品のようなものだ。
ならば一人の天才がこつこつ積み上げるより、多くの職人を集めて試行錯誤をしながらでも練り上げたほうが効率がいい。
出来上がったものも単体では使い勝手は良いが、さほど高度なものではないため公開しても問題ない。いや、公開してそれで利益を上げ、さらに研鑽されてより使い勝手がよくなったほうが都合がいいほどだ。
だからこそシュトラウス家の工房は魔術師の研究施設
以上がミーナさんによるシュトラウス講座。俺は珈琲片手に感心しながら聞いていた。
せいぎのみかた | |
「最強の魔術使い」 | −Emiya Family− 第一話 後編 |
Heroic Phantasm |
「と、これが私共の概略。わかったかな? 士郎くん」
プロジェクターとホワイトボードを駆使したこの説明は、ミーナさんの私室で行われた。説明そのものは分かりやすいものだったが、場所が場所だ。いかにも女性のお部屋なので落ち着かないことおびただしい。
「ええと、もしかしてミーナさんも兵隊なのかな?」
とりあえず、気になったことを聞いてみた。
「そうよ、協会に供出している”シュトラウス戦闘団
にっこり微笑って、えっへんと胸を張る。
「とは言っても、ロンドンに居るのは学生ばかり。事実上は教育部隊だから予備役みたいなものだけど」
そうは見えない。と言いたいところだけど、以前からの言動を見ていると、やっぱりそれも似合ってるように思える。見かけも銀髪碧眼のもろにゲルマン直系だけに、軍服姿なんてのも様になるのだろう。そういう格好、遠坂やルヴィア嬢も似合いそうなところが怖いが。
「他には?」
「あ、っと何故私室なんですか?」
なもんで、えらく落ち着かないんですけど……
「もう、士郎くん。関係の無いことばかり聞いてない?」
珍しくミーナさんが剥れた。ぐっと迫ってくるんだが……いや、だから困るんだって。狭い部屋で二人っきりって落ち着きません!
「誰にも邪魔してほしくなかったら、士郎くんと二人っきりになりたかったから……じゃだめ?」
そのまま俺の耳元で艶やかな声音が響いた。いつもの柔らかな笑みでなく、もっと色っぽい笑みを浮かべながらのミーナさんの囁き。ゾクリと来た。が、同時に瞳の奥で悪戯っぽくちらつく影も見つけてしまった。いや、こういうのに慣れてきたのだろうか? 言葉通りの意味じゃないんだろうな。このあいだ男として意識してないって言われたし……
遠坂やルヴィア嬢にさんざん弄ばれている俺は、こんな穿った見方をしてしまうことを少しばかり恥じながら彼女に問い返した。ああ、純真無垢だった俺はどこに行っちゃったんだろう…
「それってどういう意味に取ったら良いのかな?」
「あら、残念」
それを聞くと、彼女は小さくため息をついて俺に謝った。
「ごめんなさいね、ちょっと凛さんやルヴィアさんの真似をしようとしてみたんだけど……」
そしてやっぱり私なんかじゃ無理なのねっと小さく呟いた。
「あ、いや! そんなこと無いですよ」
なにかそのさまが、あまりに可憐で寂しげだったので俺は思わずさけんでしまった。
「ほら! ミーナさん十分美人ですって。聞いた瞬間は俺だってドキッとしましたよ、本当に。でも俺、さんざん遠坂やルヴィアさんに遊ばれてるんで、そういうこと言われると条件反射的に穿っちゃうというか……構えちゃって。だってあいつら酷いんだ。何かって言うと人の弱みに付け込んで……ああ! 俺なに言ってるんだろう!」
謝った。頭の隅で、あかいあくま と きんのけもの が物質化した邪眼で睨んでる様な気がしたが、気にしないでおく。
「こちらこそごめんなさい。結局からかったことになったみたい。でも士郎くんは本当にまっすぐなのね」
俺の剣幕が余りにすごかったのか、彼女はくすくすと笑いながら逆に慰めてくれた。
ああ、ミーナさん貴女だって十分いい人ですよ。俺は頭の隅の邪眼もちどもに、君達もこの心映えを少しは見習ったらどうだいとばかりにジト目を送ってやった。本人たちを目の前にそれが出来そうも無いのがちと情けないが……
「あ、でも衛宮士郎にずっと昔から興味を持っていたのは事実ですよ」
よし、今なら言えるぞ。それって光栄です…… は? 『ずっと昔から』??
ちょっと待て、俺はミーナさんと知り合ってまだ二ヶ月ばかりしか……それどころかロンドンに来てからだって半年ほどしか経ってないぞ。
そんな疑問が顔に出たのだろうか、ミーナさんは姿勢を正して俺に正対した。
「二人っきりになりたかったと言うのも本当。士郎くんだけに、お話して置かなければならないことがあったからです」
表情もすっかり改まった彼女に対して、こちらも背筋を伸ばして話の続きを待った。
「私共は衛宮切嗣さんを存じています」
え?
「切嗣さんは私の師の一人でした。7年前に亡くなられる前までは、年に一度は私共の元に訪れてもおりました」
このとき俺は随分と間抜けな顔をしていたのだろうと思う。切嗣
セイバーから聞いた切嗣の姿。魔術師としての実力以上の戦闘上手、対魔術師に特化しているかのような戦い方、魔術師というより魔術使いなその生き方。それは今まで聞いていたシュトラウスの印象と十分重なる。シュトラウスが、フリーの魔術師達と太いパイプを持っている事からも。切嗣がここから何らかの影響を受けたことは察しがつく。
だがミーナさんの顔つきと口ぶりには、それ以上の関係を伺わせるものがあった。
それに、ミーナさんが切嗣
「それって、切嗣
「いいえ、残念だけど切嗣さんは最後まで私共の一門にはなってくれなかったの。一時関係を絶ってもいたし。でも切嗣さんがシュトラウス流の戦闘術の奥義を窮めたのは事実。その代償に切嗣さんは自分の半分を私共に売り渡したわ」
切嗣
ここでは良くあることだそうだ。シュトラウスは職人の系譜だ。その為、血筋よりも技術を買う。当主に養子を迎えることも度々だったそうだ。そのせいで魔術刻印や魔術回路が伸びないという欠点を抱えるが、それ以上に人の広がりを持つことを選んだのだそうだ。
だから、親を早く失い魔術の継承が未完な子供や、魔術の才能を持った一般の孤児なども迎え入れる。たとえ大成しなくとも一門の魔術師の数を増やすことを生存本能のように行う。
その中には切嗣
だが切嗣
「切嗣さんは魔術師としては抜きん出ていたわけじゃなかったわ。でも魔術戦闘家としては特出したの。あの人は文字通り『魔術師最強の魔術使い』だった」
二十歳になる頃には対魔術師では右に出るものが居ないくらいだったそうだ。
「だから私共は切嗣さんを一門に迎え入れようとしたわ。でも切嗣さんは断った。一時は当主になんて話まであった程なのに」
それでも切嗣
「昔、一度だけ聞いたことがあったわ。どうしてって、私共が嫌いなの? って。そしたら切嗣さんはこう応えたの『シュトラウスが嫌いなわけじゃない、ただシュトラウスになったら正義の味方になれないからね』って」
ああ、そうか。
俺は納得した。正義の味方って言うのは九を助けるために一を捨てなきゃいけない。切嗣
「ミーナさんはその時に切嗣
「いえ、そのときは私まだ生まれてないもの、私が切嗣さんからいろいろ教わったのはもっと後、だって切嗣さん別の魔術師のところへ行っちゃったから」
それが聖杯戦争に繋がる話だ。聖杯戦争の為に強力な魔術戦闘家を欲したとある魔術師の一族。彼らはシュトラウスから切嗣の権利を買った。シュトラウスとしては売りたくは無かったらしい、だがその魔術師はシュトラウスがどうしても欲しいものを持っていた。シュトラウスはそれと引き換えに切嗣の権利を売った。切嗣
「聖杯戦争までの間、切嗣さんの戦闘スキルを突き詰める事も契約に入っていたから。文字通りシュトラウスの全てを切嗣さんに注ぎ込んだと聞いているわ」
ミーナさんが切嗣
「聖杯戦争が勝者なしで終わったと聞いて、切嗣さんも亡くなったと思ってた。それが戦後一年ほどしてひょっこり顔を出した時はお化けが出たんじゃないかと思ったくらいよ」
聖杯戦争が終わって、当の魔術師とすっかり縁が切れた切嗣
だがミーナさんには、胸にぽっかり穴が開いて、そこに得体の知れない何かが満たされて苦しんでいる、そんな風に見えたらしい。
「でもね士郎くん。切嗣さんは、自分が拾った子供のことを話すときだけは、以前と同じ切嗣さんだったの」
「それって、もしかして俺の話?」
「うん、年に一度くらいだったけど、いっぱい聞いてますよ。士郎くんがいつ零点を取ったとか、いつまでおねしょしてたとか」
輝くばかりの朗らかさで話してくれるミーナさん。切嗣
「だから、初めて士郎くんに会ったときはすごく嬉しかった。倫敦に来ていたことは知っていたし、凛さんやルヴィアさんから話は聞いていたけど、会えるなんて思ってもいなかったから」
「なんでさ、知ってたのなら会いに来てくれても良かったのに。そういう事なら俺だって会いたかったぞ」
そう、これが不思議だ。知っていたのなら会うくらいいつでも出来たはずだ。それに、今までミーナさんはそんな素振りも見せなかった。恨み言を言うつもりは無いが疑問ではある。
「切嗣さんとの約束だったの。切嗣さんが士郎くんを魔術師にしたくなかったのは知ってるわね?」
「ああ、知ってる。俺が無理やり頼み込んで教えてもらったんだ」
「だからなの。士郎くんがもし、私共に気付いて自分から近づくなら手助けして欲しいって。でも、決して私共から士郎くんには近づかないでくれ。そう言われていたの」
そう言ってミーナさんは俺のほほにそっと手を伸ばした。
「ごめんね、士郎くん」
不思議な感触だった。こんな美人さんがこんな優しい顔で触れてくれているのに、頭に血が上ることも無ければ顔が火照ることも無かった。昔、切嗣
あまりの暖かさに俺は思わずミーナさんに手を伸ばし……
「さて」
空振りした。
うんと一つ頷くとミーナさんはすっかりいつものミーナさんだった。相変わらず切り替えが早いですね。
「そういう訳で私共は切嗣さんに借りがあるの。だから士郎くんには大した物は無いけれど、私共の全てを叩き込んであげる。覚悟してね」
「借りなのかな?」
話だけを聞くとそうは思えなかった。等価交換。フィフティ・フィフティ。いや、切嗣
「借りよ。切嗣さんは間違いなく『魔術師最強の魔術使い』だったもの。シュトラウスが鍛えた最強の剣。彼こそが私共のお題目が、決して絵空事でないことを証明し続けてくれたんだから」
やっぱりこっちの借りだと思うぞ。俺は心の中で思った。ミーナさんの言葉の端々に、ミーナさんたちが切嗣
「有難う」
だから感謝した。切嗣
「士郎くん……」
顔を上げるとミーナさんがなんとも言いようの無い顔で俺を見ていた。嬉しいような悲しいような、泣いて良いのか笑って良いのか、それが判らないとでも言ったような表情だ。
「こちらこそ有難う。切嗣さんを好きでいてくれて、切嗣さんの息子になってくれて有難う」
ミーナさんは、まるで泣き顔を隠すかのように深々と頭を下げた。
「ああ、もう湿っぽくなっちゃった。折角、士郎くんの入学式だからっておめかししたのに」
再びにこやかに顔を上げたミーナさん。にゅ、入学式って……俺は小学生ですか?
「とにかく、気を取り直して」
ぐっと力を入れなおして、クリップボードとペンを手に俺に向かい合う。
「まず、切嗣さんから教わったことを、一から全部、詳しく話して。それがわからないと、何処から始めて良いかわからないから」
「切嗣
俺は切嗣
少しばかり恥ずかしかった。遠坂に言わせると、これは到底まともな魔術師のすることじゃないという事だ。
ミーナさんも最初は唖然と、そして徐々にとてつもなく厳しい表情にかわって聞いていた。
「八年間?」
「そう、八年間」
「ずっと毎日?」
「うん、ずっと毎日」
「3000回も…」
「多分それくらい……」
どんどん不安になっていく。
ミーナさんはそんな俺の顔をじっと見つめ。
「脱いで」
と言った。
俺は脱兎のごとく飛びのいた。
「何処行くの? 士郎くん」
「何処ってなにさ? っていうか脱いでってなに!?」
すっかりパニックしてる俺をミーナさんはきょとんと眺めている。小首をかしげ、はてっという顔。そのうちみるみる真っ赤になっていく。あ、なんか面白い。
「あ、いやぁね。士郎くん。そういう意味じゃないのよ。えっち……」
えっちって……脱げといったのはミーナさんなんですが?
「そうは言ってもいきなり脱げなんて」
「あ、御免なさい。士郎くんの魔術回路を調べたいの。この間ちょっと見せてもらってそうかな? って思ったことを確かめたいから」
「なにかあるのかな?」
「うん、きちんと確かめたら話すわ」
まだちょっと顔は赤いが表情は真剣だ。なにか大切なことなのだろう。俺は素直に言うことを聞いた。
「士郎くん! 上だけで良いの、上だけで!」
それは最初に言ってもらいたかったぞ。
上半身裸になると俺は言われるままに背を向けた。ミーナさんの手が背筋をそっとなでる。微弱な魔力を流されているのだろうか、暖かいようなこそばゆいような簿妙な感覚が脊椎に沿って進む。だがその感覚とは裏腹に、肌を滑る手の動きに従いどんどん心が澄んでいく。
まるで自分が一本の剣になっていくような感覚。ミーナさんの手も女性の柔らかな手であるよりも一人の刀工の手。その手が他の刀工が鍛った、俺という剣の出来具合を確かめているような、そんな感覚だ。
「……『回路剣錬』」
「……え?」
聴きなれない言葉だ。
「切嗣さんは『回路鍛打』
その言葉はなにかゾクリと来るものがあった。
ミーナさんは俺の回路に掌を滑らせながらぽつぽつと説明してくれた。魔術回路を身体に通し、そして塞ぐ。その行為をスイッチに切り替える事無く毎日毎日、まるで心鉄を皮鉄で作り込むように続け、魔術回路をより強固なものに鍛錬する。それが『回路鍛打』
「でも、それって魔術師なら誰にでも出来ることじゃないのかな?」
「そうね、確かにこの鍛錬は魔術師なら誰でも出来るかもしれない。でもこれを続けることは誰にでも出来ることじゃないの」
つまり、才能がある魔術師は回路の作成を一度すればすぐにもスイッチを作りつけることが出来てしまうそうだ。しかもこの鍛錬が効果を発揮するのは最低三ヶ月、約百回は繰り返さなければならない。普通それまでには、多少才能が足りなくても身体が危険を感じて自然とスイッチを作ってしまうのだそうだ。
シュトラウスの魔術師は意識的にスイッチを作らないようにしてこの鍛錬をするらしい、それでも最低の三ヶ月、長くとも一年もすれば自然とスイッチを構成してしまうらしい。
あれ? じゃあこれを八年も繰り返して、ようやくまともなスイッチを作りえた俺って……
「あの……それってつまり俺は思いっきり魔術師としての才能が無かったって事じゃ……」
ミーナさんの掌がピタリと止まり沈黙が続く。あの、何かしゃべって欲しいぞ。
「そ、そういう見方も出来るけど……やっぱり稀有の才能だと思うわ。うん、これだけ才能無いのに魔術回路は人並み以上って凄い才能よ。絶対」
慰めになっていないような気もする、自慢して良いのか恥じるべきなのか判断に困る才能だな。
「それで、どういう効果があるのかな?」
「一つは回路の許容量があがるわ」
普通の魔術回路が鋳造の剣だとしたら、『回路鍛打』
「そして、もう一つ。重ねを焼ききる事を覚悟すれば通常の二・三倍まで魔力の過負荷に耐えられるの。これこそがシュトラウスという平凡な魔術師のたった一枚の切り札なの」
自分の許容量以上の魔力の過負荷は魔術師の禁忌だ。もし魔術回路が焼ききれたらそれはもう回復しない。魔術師が魔術師でなくなってしまう。だが打ち重ねられた回路は、そのコーティングした部分だけを焼ききる事で、通常の数倍の過負荷に耐えられる。しかも心鉄の部分さえ残っていれば魔術回路はある程度までなら回復する。
「他の魔術師はこの事を知らない。剣の試合で打ち込みの瞬間に、剣が二倍に伸びるようなものなの」
「それって結構ずるくないかな?」
「ずるいわよ、だからこれはイカサマ。格上の魔術師に勝つための切り札なんて、イカサマ以外にあるわけ無いでしょ?」
だからこそ秘術。これだけは、シュトラウスで唯一門外不出の秘儀なのだそうだ。
「でも士郎くんの場合どこまで出来るかよくわからないわ、八年間の鍛打
ミーナさんは判らないだろう。だが俺はこれでわかった。何故俺がこうまで特化した魔術回路なのか、何故才能も無いのに究極の魔術を行使できるか。
俺は何も生まれつきこんな能力を持っていたわけじゃなかったんだ。
生まれつきは剣であってもただのなまくら。それこそ真鉄
空っぽの俺が何かであったはずが無い。切嗣
俺は切嗣
「でもこれだけは判るわ。魔術刻印は継いでいなくても……士郎くんは切嗣さんの一番重要な魔術は継いでいた……」
ミーナさんの声が染み入るように響く。
「よかった。もう何処にも、何も残ってないと思ってたの。でもここにあったんだ……」
俺に伝えるというよりも自分に言い聞かせるような呟きだ。背中にミーナさんの手だけでなくもっと重い感触がこつんと触れる。髪の毛だろうか? こそばゆいような流れ。続いて暖かくそして冷たい何かが背筋を通って滴る。
「ミーナさん?」
「ごめん、士郎くん。ちょっとだけこっちを向かないで……」
微かな嗚咽を背中に感じながら、俺はただ黙って背中を預けるしかなかった。
「…………切嗣叔父様
切嗣
「ごめんなさい、士郎くん。迷惑掛けちゃったわね。もう今日は全然駄目、情緒不安定で」
しばらくしてすっかり元に戻ったミーナさんが明るく元気にへこんでいる。
「そんな事無いですよ。ミーナさんの新鮮なとこ見れて得した気分」
ちょっと調子に乗ってみた。
「士郎くん、上手なんだから。でもね、本命以外の女の子に気楽にそんなこと言ったら駄目よ。そんなとこまで切嗣さんに似なくて良いのよ」
切嗣
凛さんも苦労するわねなんて言ってる。俺の方も苦労してるんですよ、あいつの相手は。
「それじゃ、もう服着て良いですよね?」
俺は溜息でもつきたい気持ちで服を着ようとして、止められた。なんでさ?
「ちょっと立ってみて。うん、ぐっと胸を張って」
「?」
言われた通りにしてみる。まじまじと見つめられてえらく恥ずかしい。
「あの、なにかな?」
「うん、目測通り。これなら大丈夫ね。 はい、これ入学祝」
ミーナさんはリボンで飾られた一抱えありそうな包みを俺に手渡してくれた。
「俺に?」
「そう、士郎くんに」
俺は期待に満ちた眼差しに促されるように包みを開ける。そこには一領の革胸甲があった。
「この間、失敗しちゃったでしょ? だから今日の為に新調したの。それぞれ別の魔力を付加した四枚の薄革で三枚のメッシュを挟み込んだ複合装甲製の胴着よ、身体にフィットするから服の下に装けられるわ」
促されるままに俺は胴着を着てみた。深く吸い込まれるような玄革のパーツを鈍銀の稜線で縁取りされた革胴着。銀の縁取り部分が伸縮性の素材なのか、ピタリと身体に密着する。それでいて不快感は無い、通風もよさそうだ。何らかの魔術加工が施されているのだろう。
「とにかく心臓だけでも守らなくちゃと思ったの。どう? それなら普段でも装けていられるでしょ?」
部屋の隅から姿見を運んできて俺の前に設えてくれた。俺はそんなミーナさんに返事もせずに、鏡の中の自分の姿に見入っていた。
「……どうしたの?」
沈黙の長さに心配そうな声がかかる。だが俺はまだ口も聞けず、視線も鏡から離せないままでいた。
鏡の中の鎧はえらく懐かしいものだった。細部は多少違う。まだ俺はあいつほど逞しくない。その分、悔しいが貧相だ。だが鎧そのものは俺が知っているものだ。
これはアーチャーの革鎧。赤い外套の下、あの逞しい胸を、背中を覆っていた玄い革鎧。
「……士郎くん」
「あ、ごめん。見惚れてた。これ、今の俺には勿体無いくらいの鎧だ」
ようやく俺はミーナさんに応えることが出来た。そうか、あいつもここに来たんだな。俺は一つ頷いた。
不思議ではない。あいつも切嗣
俺たちは二人とも衛宮切嗣の息子なんだから。
「気に入ってくれた?」
「うん、これ以上ないくらいに気に入った。この鎧に負けないように、俺も頑張ろうって気になる」
俺が今進んでいる道は、切嗣
俺はそのことを教えてくれたミーナさんに心から感謝した。
「有難う」
冷たい水と温かいお湯のシャワーを交互に浴びたあと、ミーナは浴槽に身を沈めた。
そのまま自慢の銀髪を浴槽の頭部にしつらえた槽に浸す。
槽には暖めた純水に、ミーナの血を混ぜた溶液が満たされている。そのまま目を閉じて口の中で呪を紡ぐ。
「―――― Ich heisse LEGION
溶液が髪と同色の鈍い銀に染まり、そのまま吸い込まれるように彩を失う。
ミーナは凛やルヴィアと違い、流動の魔術が余り得意ではない。彼女達のように宝石に魔力を保持するようなことは出来ない。いつも使っているルーン石や魔具も、あくまで付加であって魔力のストックにはならない。
その代わりにこうして自分の髪に魔力を溜めておく。純粋な魔術回路や魔力は少なくとも、ミーナの身体そのものは魔力を保持しやすい。士郎とは違う意味でミーナも魔術的な特異体質なのだ。
「ふぅ……」
こんなに寛いだのは久しぶりだ。衛宮士郎。大好きだった切嗣叔父様
「日本か……」
衛宮士郎の故郷、日本では夏の盛りに死者の霊が懐かしい人々の下に戻るという。だとすれば、今のミーナにも会う権利があるだろう。あの国には懐かしい、そして大切だった人が眠っている。
「うん、今年は行こう。これでようやくお墓参りにいける」
彼と父と銀髪の少女。最後に全員が揃ったのは全て遠い日のことだ。もう二度とあの日には戻れない。だからせめて今生きている自分が皆に参ろう、皆を迎えよう。
ミーナは、そう心に決めた。
END
でました俺設定。
士郎くんのあの鍛錬、切嗣存命中でもずっと続けてたんですよね。
安全を考えたらスイッチ教えたほうが良かったはず。そんな所から意味を出してみました。
凡人が只ひたすら努力することで得る力。士郎くんはあくまでも「無駄な努力の人」であって欲しいものです。
切嗣設定も俺設定「フリーの魔術師」と「協会のヒットマン」を両立することを考えてみました。
前々のお話からも判るとおり、ミーナさんとセイバーは色々と情報交換してました。
ともかく おうさまのけん 以上の問題作。ミーナさんについても書くべきことは、ほぼ書き終えました。
2004/3/31 初稿
by dain