眉目秀麗、羞月閉花。才色兼備にして文武両道な完璧超人。遠坂凛。
だが、そんな彼女にも弱点はある。

遠坂凛は朝に弱い。

とにかく弱い、目いっぱい弱い、思いっきり弱い、能う限り弱い。
どのくらい弱いかというと、このくらい弱い。

「士郎〜〜 ……おはよ……」

どんより濁った目、ふらつく足元、髪の艶だってかなり怪しい。まるで半分透けた幽鬼のようなお姿である。
猫をかぶった完璧超人とも、猫を脱ぎ去った「あかいあくま」とも違う、無防備でボケボケでヘロヘロなお姿。ま、いつもの事なんだが。

「おはよ、遠坂。もう少しで朝飯だぞ」

俺は朝食の支度をしながら挨拶をする。それを聞いているのかいないのか、ずるずると引きずるような足取りで俺の背中にくっつく遠坂さん。やわらかい感触が背中に心地よい……じゃなくて!

「士郎〜〜 ミルク頂戴……」

「馬鹿! くっつくな。火、使ってるんだぞ!」

実際危ない。ほら、手元がくるって目玉焼きが片目になっちまった。しかたない、オムレツにしてやれ。

「みるく〜〜〜」

だってのに、遠坂はそのまま俺の背中に顔を埋めて大きく息をつく。非常にこそばゆい。

「冷蔵庫に入ってる! 自分で出して飲め」

ダイニングに陣取るセイバー達の冷たい視線を意識しつつ、俺は突き放すように言い放つ。健康な青少年としては涙を流して喜びたいのは山々なんだが。いや、まずいって遠坂。

「冷たいの、や。あったかいのがいい」

こっちの気持ちなど一切無視して甘えた声で俺に抱きついてくる遠坂さん。前は不機嫌なだけだった朝の儀式だが、このところどうも甘え癖がついてきた。なかなか良い――じゃなくて、矯正してやりたい。出来ないけど……

「だから自分でやれっての!」

だが、今日は負けていられない、俺は心を鬼にして必死で抵抗する。
だってのに……

「や〜、士郎のがいい。士郎のあったかいミルクが欲しい」

えらく艶っぽい声で言ってのけやがります……頭に血が上り耳まで真っ赤になっていくのが判る。ところで遠坂さん、自分がなに言っているかわかってます?
うっ、ついに卵はスクランブルエッグになってしまった。

「わ、判った! 判ったからその台詞はよせ!」

ダイニングからの呆れたような冷たい視線にさらされながら、俺はしかたなしにミルクを温め、遠坂に渡した。

「へへへへへ、士郎のミルク。あったかい」

両手でマグカップを抱え、まだ眠そうな声で嬉しげに囁く遠坂凛嬢。くそ、可愛いじゃないか。
そのまま軽い足取りでダイニングに向かう。でもな、その台詞やめなさい。それから事前に言っておくけど、俺はもう知らないからな……

「おはよう、凛。相変わらずですね」

セイバーの呆れたような少々怒ったような声。

「あ、セイバー。おはよう」

「いつもですの? 困ったものですわね…… おはよう、ミストオサカ」

「おはよう、レディル……え"っ?………」

空気が固まった。続いてマグカップの落ちる音。そして遠坂の悲鳴。足に熱いミルクがかかったらしい。
俺は知らないって言ったからな……




きんのけもの
「金色の魔王」  −Rubyaselitta− 第四話 前編
Lucifer




「朝っぱらからとっても楽しそうですのね、ミストオサカ」

カリカリに焼いた薄いトーストにマーマレードを載せて、可愛らしく食されているルヴィア嬢。鈴を転がすような声で、凍りつくような雰囲気をかもし出されている。眩しい笑顔が目に痛い。

「そう怒らないで欲しい、ルヴィアゼリッタ。凛には私から良く言い聞かせておく」

なんとか取り成そうとセイバーさんの声。でもかなり硬い、というかセイバー、君も怒ってない?

「あら? 怒っているように見えまして?」

軽やかにころころと微笑むルヴィア嬢。柔らな視線がかえって怖い。ところで何故俺を睨むんですか?

「すまない、そのように見える。だが許してやって欲しい、今後このようなことが起こらぬよう、剣に掛けて誠心誠意努力する」

セイバーは穏やかな物言いで怖いことを仰る。やっぱり怒ってるのか……

「別に怒ってはいませんわ。ただ呆れているだけですの。まさか、あの“ミストオサカ”がここまで色ボケかますとは思ってもいませんでしたもの」

言葉使いがかなり危険レベルまで上がってますよ、ルヴィアさん。落ち着いて落ち着いて……
一方我らが遠坂さんは、頭を抱えて肩を震わせている。流石に目は覚めているようだ。

「あ、ルヴィアさん。ほらボケはボケでも遠坂の場合、朝が弱いからそっちのボケで……」

剣呑な雰囲気を出来るだけ和らげようとボケてみる。遠坂、俺は止めたんだぞ。

「慎みをなくす程、理性が飛んでしまったのですわね」

じろりと睨らまれ後を受けられてしまった。いかん、セイバーも敵に回っているし、このままでは……

「だぁ―――! どうせ色ボケよ! ボケボケよ! 慎みないわ! お下劣よ!」

ほら逆切れした。真っ赤になって涙目でがぁ――とばかりに怒鳴り散らす。それから最後のは誰も言ってないぞ。

「ふん! こいつはわたしのなんだから! 何言ったって甘えたって良いんだから!!」

理屈もへったくれも無い。でもな遠坂やめとけ、相手が悪い。逆切れくらいでどうにかなるルヴィアさんじゃないぞ。

「ミストオサカ。わたくしは悪いなんて一言も言ってはいませんわ」

煌くばかりの笑顔でルヴィア嬢が仰った。瞳には苛虐の光が宿り、唇が弑虐の形に歪むという、それはそれは晴れがましい微笑みだ。鬼の首を取ったというのはこういう表情を指すのだろう。

「ただ驚いただけ、呆れただけ。それとちょっと妬ましいだけですわ」

ね、そうでしょ? とセイバーにも視線を送る。心から嬉しげな笑みなのに背筋が凍った。あ、セイバーの顔色も変わった。直感したんだ。このあと何かとんでもなく恐ろしいことが起こるって。流石セイバー。俺も感じるぞ

「だって……」

ルヴィア嬢は遠坂でなく俺を見つめて言葉を続けた。幼さを感じるほど邪気のない声音で、まるで妖精の囁きのように澄んだ思いを乗せて、にっこり微笑って仰った。

「わたくしだってシェロの温かいミルクが欲しいですもの」

勘弁してください……




昨晩、ルヴィア嬢が遠坂家に泊まったのは何も遊びに来たわけじゃない。協会から依頼された仕事の打ち合わせのためだ。
なんでも二月ほど音沙汰なしで行方不明となった魔術師の捜査だそうだ。具体的には工房に対する進入調査だという。
魔術師が行方不明になること事態は珍しくない。月単位どころか年単位で行方知れずになったあげく、ふらりと戻ってくる事も珍しくは無い。
だが協会の総本部たる、ここ倫敦では些か事情が違う。基本的に魔術師は自分の所在を報告することが義務付けされている。
そういう理由もあってか、名の知れた魔術師でここに本工房を置くものはあまり居ないそうだ。

今回行方不明になった魔術師もこれまでは欠かさず報告をしていた人だそうだ。それが突然なくなった為に早期の調査が可能になったという。
魔術師としては並程度だが、遠坂達と同じ宝石魔術を専門にしていたため、お鉢が回ってきたらしい。
主席を争っているような二人への、実践研究 兼 腕試しには丁度良いというわけだ。

とはいえ魔術師の工房というものは、いわば魔術の要塞だ。本人が居なくとも、いや居ないからこそ各種のトラップや隠匿は念の入ったものだろう。いきなり乗り込むような不注意な真似が、出来るはずもない。
その為、遠坂とルヴィア嬢は昨夜遅くまでここ遠坂家で、協会から渡された資料を調べながら対策と進入計画の立案をしていたのだ。
遠坂の今朝の醜態も、ただでさえ朝の弱いのに加えての寝不足が原因だろう。気の抜け具合から察するに計画と対策の立案は終わったらしい。遠坂もそのあたりはしっかりしている。

「今日の午後に実地調査を行います。セイバー、シェロ。貴方達も一緒ですのよ? よろしくて?」

ルヴィア嬢が落ち着いた声で俺たちに指示を出す。横でセイバーが計画書をエディタで清書している。セイバーのタイピングは、遠坂やルヴィアさんはおろか俺より速く正確だ。なにか釈然としないものを感じるが、事実は動かしようがない。ちなみに遠坂はいまだ復活してきていない。

「セイバーは判るけど、俺もか? 役に立つのかな」

魔術の影響を受けやすいわりに、俺の魔力感知はいまだ未熟だ。そりゃ昔ほどではないが一人前とは言いがたい。

「シェロ。謙遜は確かに美徳ですけれど、己を知らないのはただ愚かなだけですわ」

ルヴィア嬢に怒られた。セイバーまで溜息をついている。遠坂は……ただのしかばねのようだ。

「貴方の構造解析能力は、わたくしやリンが及ぶところでは無いのですのよ? 確かに魔力感知ならわたくし達の方が上ですけれど、工房の構造や魔具の解析ならシェロに敵うものはそう居ませんわ。違いまして?」

ぴしゃりと叱られた。こういう時の言い方はルヴィア嬢のほうが容赦が無い。それでいて良いところは持ち上げてくれている。このあたりは流石お貴族様、人の上に立つ育ちなのだろうか。

「おう、そういう事なら了解した。目いっぱい協力するぞ」

だから元気に応えた。頼まれて否はない。そのうえ期待してもらっているのだ、頑張らないわけには行かない。

「それでは、わたくしは一旦屋敷の戻って用意をしてきますわ。集合場所は件の工房の前。よろしくてね?」

にっこり笑って俺たちに告げる。俺とセイバーは一つ頷いて応えた。遠坂も……一応聞いているみたいだな、片手を上げて応えている。俺はヘタレ切った遠坂をセイバーに任せて、ルヴィアさんを玄関まで送って行った。

「ごめんな、ルヴィアさん。いつもはそうでもないんだけど」

さすがに遠坂のことは気まずい、フォローついでに謝っておいた。

「シェロの謝ることでなくてよ?」

ふん、と拗ねたようにルヴィア嬢が睨む。そのままそっと手を伸ばし、俺の頬に触れると思いっきり抓られた。

「いひゃいよ、るひぃやひゃん……」

まことに情けない。

「我慢なさい、男の子なんでしょ。それと先ほども言ったように、わたくし怒ってなんかいませんわ。ちょっと呆れて、少し悔しいだけ」

ルヴィア嬢は手を離すと、そのまま俺の頬に手を添えたまま言った。瞳に少しばかり寂しげな光が宿る。

「わたくし、まだシェロにあんな風に甘えられませんもの」

穏やかな微笑みで仰られた。どこか儚げでえらく可憐な笑顔だった。

「それでは、シェロお昼に。お弁当楽しみにしていますわ」

優雅にくるりと回ってお帰りになっていく。お弁当か……少しばかり奮発してみるか。




正午ちょっと前、俺たちは遠坂家を出発し、件の魔術師工房へと向かった。
遠坂が無言でずんずん進むため、俺とセイバーは手に弁当と各種道具を収めたバックを持って。遠坂のあとを追う形になっている。
平日とはいえ倫敦の街並みは喧騒にあふれている。かなり目立つとはいえ、遠坂を見失わないようするのも結構骨だ。
ちなみに俺は完全武装だ。シャツの下には先日ミーナさんから貰った革鎧を装け、クリスナイフ、遠坂の護符を身につけている。ポケットには蒼眼鏡グラス・オブ・OZの準備も怠りない。
なにせ、見ず知らずの魔術師の工房だ。どんな罠が待っているか判らない。

遠坂やセイバーも動きやすく、機能性とデザインを両立させたパンツスーツだ。遠坂は女性らしくないと嫌っているようだが、俺から見たらこれはこれで凛々しくて良い感じだと思う。
周囲の目も俺と同意見のようだ、振りかえったり見詰めたりする視線も多々ある。ただしコナは掛けてこない。だって今の遠坂怖いもんな。
遠坂はこっちに来てからあまり足を見せなくなった。他人に見られるのは悔しいから、それでも良いとは思うんだがやっぱり少し寂しい。男心はかくも複雑なのである。

「なあ、そろそろ機嫌直せ」

俺はずんずん進む遠坂に声をかける。流石にこのままじゃまずいだろ? 仕事の前までには心を落ち着けて欲しい。

「別に不機嫌ってわけじゃないんだけど」

遠坂がようやく口を開いてくれた。ちょっと妙な声音だ。耳元が桜色に染まっている。
ああ、そうか。俺はようやく気がついた。遠坂は不機嫌なわけじゃない、恥ずかしがっているんだ。ちょっとばかり新鮮だ。こういう時の遠坂は本当に可愛らしい。

「ただ、自分に腹を立てているだけ。最近気が緩みすぎかなって」

「凛、自分の城で気が緩むのは別にかまわないと思う」

セイバーが落ち着いた声で諭す。こっちの機嫌はすっかり直っているようだ。

「そういってもらえると助かるけど、いいのセイバーは?」

迷惑掛けるわよ、と苦笑しながら遠坂が言う。

「私はかまわない。ただ……その、同居者にもう少し気を使って欲しい。目の前で、目のやり場に困ることをされては流石にかなわない……」

今度は少々恥ずかしそうに諌言される。あ、いや……そう言われるといささか思い当たるふしが……

「ふぅん、じゃセイバーも混ざれば?」

いきなり復活しやがりましたよ、遠坂さんは。自分がどんなに弱っても人の弱みは見逃しませんね、流石です。でもね遠坂、近頃のセイバーを甘く見ないほうが良いぞ。

「良いのですか? 凛」

目をすっと細め、空恐ろしいほどの艶っぽさで俺に流し目をくれるセイバー。
うわぁ、最近は耐性ついてきたとはいえこれは結構応えるぞ。俺は顔が血が上り赤く染まるのを実感した。ほら見ろ! 遠坂お前だって固まってるじゃないか。

「シロウ、凛が許してくれるのなら、私は遠慮するつもりはありません」

そのまま俺にしな垂れかかっていらっしゃいます。
ああ、固まった遠坂がどんどん赤くなる。目が怖い、ぷるぷる震えだした。こらまた怒鳴られるかな?

「だ、駄目! こいつは駄目!」

驚いたことに遠坂は、真っ赤になって俺にしがみつき、恥も外聞もなく叫びだした。この反応はちょっと意外。あ、いや、真昼間、街のど真ん中ででそれはまずいぞ。ほら、ますます視線が集まってくる。うっ、何故か俺を睨む視線が多い。まて待て、皆さん勘違いですって!
そんな遠坂に、当のセイバーはくすりと笑って、諭すように告げる。

「凛、自分で出来ないようなことを口にするものではない」

そして本当に楽しそうに俺たちに言った。

「凛、シロウ。貴方がたは本当に楽しい」

遠坂は涙目で、そんなセイバーをむぅ――っと睨みつけている。でもな、お前が悪いぞ。喧嘩は勝てる相手に売りなさい。

「セイバ〜」

それでも俺は遠坂の味方をしてみる。今日はこいつ朝っぱらからへこんでるんだから、あまりいじめるなよ。

「やはりシロウは凛に甘い」

ちょっとだけ恨みがましい目で俺を見てセイバーが笑った。

「しかし、これくらいのお返しは私にも許されると思う。ルヴィアゼリッタも居たのだから、あれはあまりに不注意だ」

「うっ……反省してる」

俺の腕に隠れるように掴まりながら遠坂が謝る。今日はこれくらいで勘弁してやろうよ。
本当にシロウは凛に甘い、と言い放つとセイバーは踊るように歩みだす。こんどはセイバー先頭、後ろに俺と遠坂が続く形だ。
ふと思った。俺が先頭に立てる日は来るのだろうか? 彼女たちは強い。でも俺は二人の脆さも知っている。
今は支えるほうであるが、いつかは引っ張っていけるようになりたい。俺は胸の中でそう誓った。




さて、それから小一時間ほどメトロとバスを乗り継いで、俺たちは現場に到着した。すでにルヴィア嬢のリムジンが待っている。軽く挨拶をして、最終確認の為に三人揃って車に乗り込んだ。結局、ここで昼飯を食いながら作戦会議をすることになった。
リムジンの中は結構広い空間で、バーから湯沸しまである。向かい合わせの座席の中央に簡易テーブルがあり、俺はそこに弁当を広げた。

「結局、どんな魔術師なんだ?」

魔法瓶の味噌汁を配りながら聞く。ワカメだから箸も添える、ルヴィア嬢だけフォークだ。今朝の騒動のせいで、具体的な話はまだ聞いていない。概略だけでも掴んでおきたい。

「一応宝石魔術を専門といってるけど、資料見る限りは儀式魔術フォーマルクラフトのほうがメインっぽいわね」

から揚げをつまみながら遠坂さん。手でつままないで箸を使え、箸を。

「回路や魔力は並ですもの。少しでも大きな事をしたいなら儀式魔術フォーマルクラフトを主にするのは理解できますわ」

しゃけのお握りを頬張っているはルヴィア嬢。なんかすっかり日本食になじんでいらっしゃる。

「ううん、特に変わった事してるわけじゃないわね。悪魔でも呼び出して飲まれたんじゃない?」

「それなら外からでもわかりますわ。セイバー、シェロ。どうです?」

へ? 俺?

「ここから大きな魔力は感じない、結界も並なので悪魔のような存在は居ないでしょう」

セイバーが手持ちのおかかのお握りを、きちんと食べ切ってからお行儀よく口を開く。セイバーはわりと細かい魔力にも敏感だ。

「士郎……応えなさいよ。空間の歪みとかはわたしより良くわかるでしょ?」

遠坂が恥をかかすんじゃないとばかりに睨む。ああ、そういうことか。俺は車窓越しに建物を見上げた。

「うん、歪みは感じないな。こないだの洋館みたいな妙な感じもしない。ただの工房だと思うぞ」

俺は観察を終えて窓を閉じる。と、ゆっくりと閉まる窓をすり抜けるように何か小さな緑色の物が飛び込んできた。

「ああ、帰ってきましたわ」

ルヴィア嬢がそう言って手を差し出すと、その翠色のものが行儀よく指に止まった。どうやら小鳥のようだ、よく見ると宝石で出来ている。ルヴィアさんの使い魔ウォッチャーだな。
しばらく唇を小鳥の嘴に重ね、何事か囁くような仕草で意思を通わせる。なにかちょっと色っぽい仕草だ。

「やはり中は覗けませんわね。結局、入ってみないことには判らないということですわ」

「一通りの護符や宝石は用意出来てるし、よほどの事が無い限り大丈夫だと思うしね」

最後の玉子焼きがセイバーのお腹に収まる頃には行動方針は決定していた。
まず、全員で一通り中をまわったのち、安全を確認しつつ二手に分かれて詳細を調べる。
無難な選択だが相手は並とはいえ魔術師の工房、使い魔ウォッチャー遠視スクライングもさほど効果的ではない。




「結界はどうする? 解呪するのか?」

玄関先で俺が口を開く。物理的な鍵は協会から合鍵を用意されているが、結界そのものの“鍵”は持っていない。

「中に何があるかわからないし、穴あけるだけで良いんじゃない? おかしなもの外に出すわけにいかないし」

そのまま遠坂とルヴィア嬢は、一切の打ち合わせなしで玄関先の解呪をさらりと済ませた。俺とセイバーは感心しながら顔を見合す。相変わらずなんとも見事なコンビネーションだ。

「セイバー、お願い」

そんな俺たちに遠坂から声がかかる。第一陣はセイバーだ。魔力を絞っても最大級の対魔力は有効で、ここの誰よりも魔力に強い。更に言えば物理的な力に付いても人間相手なら無敵クラスだろう。なんの躊躇も無く進んでいるように見えるが、警戒に怠りは無い。

「大丈夫です、特に危険はないと思われます」

玄関ホールで周囲を見渡して、セイバーが応えた。俺たちは警戒しながらも中に入る。うん、ちょっと埃っぽいけど確かにおかしなとこはない。

「少しばかり拍子抜けですわね」

「まぁ、おかしな事ばっかりじゃ、やってけないし」

お二方とも特に危険は感じていないようだ。ただやっぱり埃は気に入らないのか、揃ってむっと嫌な顔をしている。

「まず住居部分からまわりましょ。士郎、眼鏡かけときなさい」

遠坂はそう言うとセイバーを先導に先に進みだした。俺は遠坂に促されるままに装備を固めてあとに続く。目の前に敵が居ない状況はあまり気持ちの良いものではない、気持ちの問題なのだろうが少し気味が悪い。



結局、住居部分に特別不審な点はなかった。変わったところといえば、やたら埃っぽいところと、鶏小屋が破られ庭中を鶏が走り回っていたことくらいだ。

「全部、黒の雄鶏というのは余りに露骨ですわね……」

ルヴィア嬢がちょっと眉を顰める。つまりは儀式の生贄用というわけだ。

「魔具や石も全部工房ね。こっちには硝子玉や蝋燭さえ置いてないわ。士郎、建物の構造は?」

妙に不機嫌な遠坂。まさか宝石が無いからってわけじゃないだろうな……

「おかしなところは無いぞ。地下のワインセラーの奥に隠し扉があったけど、そこは工房だろ?」

「あ、そうなんだ。わたしは寝室の奥だと思ってた」

遠坂、寝室は二階だぞ。隠し階段付きなら素人でも分かる。

「そっちはトイレに通じてるだけだ」

「あら? それでは鶏小屋の落し戸は? 何処に繋がってるのかしら?」

ルヴィアさん、工房に向かうのに鶏の糞まみれになるのはちょっと遠慮したくありません?

「そっちは物置、ほら傍に井戸のある。ちなみに井戸の奥の通路はワインセラーまで続いてるぞ」

遠坂とルヴィア嬢が感心したような目で俺を見る。なんか気持ち良いぞ、鼻高々な気分だ。

「相変わらず凄いわね、士郎。良い泥棒になれるわ」

「シェロには、やっぱり間諜としての才能がありますわ。一度試してみませんこと?」

あの、お二人さん。もう少し人聞きの良い褒め方は無いのでしょうか? 泥棒だスパイだと言われても余り嬉しくないぞ。なぁセイバー……ってあれ?

「どうしたんだ、セイバー? おかしなところでもあるのか?」

俺たちの喧騒をよそに、セイバ−一人が厳しい顔で周囲を見渡している。

「いえ、具体的におかしい所を感じたわけではありません」

自分の感覚に些か不満げな表情でセイバーが言う。なにか、喉の奥に魚の小骨でも刺さってでもいるような顔だ。

「ただ、どうも嫌な気分なのです。後ろ髪がチリチリするというか……漠然とした感触で申し訳ない」

むぅ――っと眉を顰める。具体的な危険が分かったわけではないが、セイバーの直感は驚くほど鋭い。直接戦闘時になるとほとんど未来予知レベルだ。

「となるとやっぱり地下の工房ね」

「ここまで住居部分を普通に過ごしているのですもの、地下の集中度は推して知るべしですわね」

俺たちは気を引き締めなおして、地下のワインセラーへと向かった。


甘ったれ凛ちゃんを書きたくて書き始めた作品です。
でも今回の主役はルヴィア嬢。凛派の皆様御免なさい。
四人揃っての冒険話も書いてみたかったお話。

by dain

2004/4/7初稿
2005/11/5改稿

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