深夜。時計の針はまもなく一時。
もう少し早く始めたたかったが、なんのかのと準備に時間をとられてしまった。
が、刻はまだ十分余裕がある。大丈夫。俺は心を落ち着け、最後の準備に取り掛かった。

――This sword is the bone of me.

鉄粉を取り出し魔法陣を描く。丸二日掛けて俺の手ずから鍛ち、血で焼入れをした短剣。それを削って作った鉄粉だ。
本来は血のような自分の一部を使うらしい、遠坂などは自分の魔力を込めた宝石を溶かして使うそうだ。
そういう意味で俺は“剣”を選んだ。俺自身を構成する一番重要な部分。或る意味、血よりも濃い“俺自身”

場所は俺の私室。日本間で言えば十二畳ほどの部屋。半分は畳を敷いて純粋な私室にしている。
残り半分、ガラクタだらけの板の間がいわば俺の「工房」だ。
遠坂は自分の工房を使えといったが、これは俺の施術だ、やはり自分の工房で行うのが筋だろう。

陣を描き終えると中央に梟の亡骸を置き、周囲に残りの鉄粉を撒く。
亡骸といっても外傷も内傷も無い、命以外は全て直してある。これらを寄り代に使い魔を”呼ぶコンジュリング”のだ。

完成した陣を前に心を研ぎ澄ます。まだ魔術回路は開かない。


「来たれ 駆け抜けしもの 十字路を支配するもの
 汝 夜を旅するもの わが同胞にして同伴者よ」



心の中から何かが伸びていく。


「遠吠えを恐れず 血を恐れず 影を恐れぬもの
 あまたの恐怖を抱かざしりものよ」



何かが別の何かに触れた。



「――召喚開始トレース・オン)」



ここで初めて魔術回路を開く。神経が反転し魔術を流す回路に切り替わる。
満たされると同時に、全てが失われるような感覚。


「夜の闇と 月の庇護の下
 我と契約を結ばん」



最後の詠唱が終わる。と、同時に風が舞う、肌で感じるほどのエーテルの流れ。
双方から伸ばされた手が互いに掴む……と、その瞬間。部屋全体の空気が揺れた。

――― 破瑠!――

窓ガラスの割れる音、繋がりかけた手が弾かれる。

「――くっ!」

魔術が破れる感覚。胸が裂けるほどの吐き気と苦痛。
部屋中に風が舞う、嵐のように激しく巻き上げるような風。しまった、仕挫ったか、なんとか立て直さないと……

「――Caw!――」

と、何かが一声叫んだ。とたん風が止む。俺の中で弾かれたはずの手が、がっちり握りなおされる。俺は安堵と脱力で床に崩折れてしまった。

しばらく息を整え、目を開く。魔法陣が消えている。少なくとも全て”消費”されてしまったようだ。寄り代は――

あれ? 残ってる? なんだ、結局失敗か……。溜息をついて、俺はようやく顔を上げた。



そこにそいつが居た。



冷たい夜気のなか、浮かび上がる二つの赤い光。
壁に立てかけられた革鎧、その上に闇が浮かび上がる。黒い、とても黒い闇。そこに真っ赤に光る二つの眼。
そいつはまるで自分の姿を俺に見せつけるように翼を広げた。

夜の闇に染まるような漆黒の羽。窓から差す月光に、それはまるで黒く輝いているように見える。
漆黒の羽と同じように玄く光る革鎧の上から、そいつは威風堂々と俺を見下ろしていた。

「――Craw……」

再び、一声だけそいつが鳴いた。
本来耳障りなはずの鴉の声。だが俺の耳にはそれが恐ろしく厳粛に響いた。


「――問おう。貴方が、私のマスターか」


人の言葉ではなくとも、その声は紛れも無くそう告げていた。





おうさまのけん
「剣の王」 −King Aruthoria− 第三話 序編
Saber





「士郎、使い魔呼びなさい」

「使い魔?」

いきなりの遠坂さんのお言葉、一瞬何を言われたか分からなかった。

「使い魔は使い魔よ、知らないわけじゃないでしょ?」

「むっ、流石に使い魔は知っているぞ。俺が聞きたいのはそんなことじゃない」

使い魔とは魔術師にとって一つのステイタスだ。
普通はお手伝い的なもので、犬や猫のような小動物をベースに自分の一部を与えて召喚する。
だが、強力な魔術師になると話が違ってくる。魔獣や、キメラのような人造生命まで使って召喚する連中も居る。普通の魔術師がこんな存在を使い魔にしたらそれこそ自分の魔力の大半を維持の為に持っていかれる。そうなったならば本末転倒だ。

そんな本末転倒にならずに強力な使い魔を行使する。それこそ強力な魔術師の証なのだ。そういう意味で遠坂は超一流と目されてしかるべきだろう。
なにせ遠坂の使い魔はセイバーだ。魔獣や幻獣どころかかつての英雄、英霊なのだ。もうこれ以上の使い魔は存在しないだろう。もっともセイバーが純粋な使い魔かというと些か疑問なところはある。
だって、ほら……

「凛、折角満期になった定期預金に手を出しましたね」

「うっ、良いじゃない。解約したわけじゃないんだから」

冷ややかな笑みを浮かべ遠坂に迫るセイバー。遠坂、お前またやったな。

「それに、先日の協会からの仕事の報酬が、いまだ振り込まれていないようですが?」

「あれ? おかしいなぁ 遅いわね……」

「今日銀行で確認してきました。入金と同時に出金されていました。凛。貴女の名前で」

「わ、わたしが稼いだお金じゃない! 使っ……「先日、三人で決めましたね? これは貯金にしようと? 忘れたのですか?」」

なんとか誤魔化そうとする遠坂さんに、容赦なく畳み掛けるセイバーさん。調べは既についているといった所だ。

「あうぅ……」

「さて、凛。言い訳を聞かせてもらいましょう」

にっこりとマスター遠坂を睨みつける使い魔セイバー。とても使い魔とマスターの会話には見えない。

「あ――っ! もう。今はそんな話してるんじゃないの。士郎の使い魔の話してるんだから!」

遠坂、使い魔相手に逆切れはみっともないぞ。ほら、セイバーが呆れてる。いつも済まないねぇ。

「わかりました。ではこの話はのちほどじっくり致します。凛、よろしいですね?」

「うっ……わかった」

やっぱり使い魔とマスターには見えない。でも一応協会では、セイバーは使い魔ってことになってるんだよな。

「と、とにかく! 話し戻すわよ。使い魔、士郎もう呼べるコンジュリングでしょ?」

呼べるコンジュリングって事は、その辺の犬猫に髪の毛や血を埋めて、目や耳代わりにするやつじゃないんだな?」

「そ、そういうやつなら私の宝石使った人形ゴーレムで十分でしょ? もっと恒久的なやつのこと」

使い魔ファミリアは大別して二種類ある。一つは使い魔ウォッチャー、血や髪等で簡単なパスを通し、言わばリモコン式のカメラや盗聴器として使う簡易タイプ。こちらは遠坂が言ったように人形ゴーレムやそこらにいる犬猫などを使役するタイプだ。
もう一つはサーヴァントのような姿を究極とする恒久的な使い魔アレイ。こちらは魔術師が”組み上げるコンジュリング”。

先ほど言ったような魔獣や幻獣、あるいは特殊な器を用意し、自分の一部などを与えて繋がりと魔術回路を形成する。そこに中身として、残留思念のような人格を召喚し”組み上げる”のだ。
これらは魔術師から魔力の供給をうけ、恒久的なパスを形成し、どちらかが死ぬ、あるいは壊れるまで関係が続く。このタイプは、ある意味マスターの分身だ。かわりに戦ったり、使い魔を通しての魔術や、使い魔自身の魔術の行使さえも可能だ。
自分と同じ判断能力と知性を持ち、自分に代わって外界で活動する他人格の分身。究極の使い魔アレイとはそういった存在だ。

もちろん、こちらのタイプでも普通の動物の身体を使ってかまわない。というより魔獣などを利用する使い魔が例外的だ。普通といっても簡易型と違い、本当に普通なわけでない。外見はともかく中身は魔術回路を持っているし、知能も並みの人間以上に高い。人語を理解するのは当たり前で人語をしゃべるものも居る。それゆえこのタイプの使い魔は一人前の魔術師の証でもある。
遠坂が俺に”呼べ"と言ったのはこのタイプの使い魔のことだ。

「そういえば何で遠坂は呼ばないんだ? 遠坂なら十匹やそこいら呼べるだろ?」

当然の疑問を口にしてみる。遠坂の魔術師としてのキャパシティは桁外れだ。聖杯戦争のときは身近にほかの魔術師が居なかったから、凄いことは分かっても具体的なイメージがわかなかった。
しかし、倫敦に来てみて痛感した。遠坂ほどの魔術師は本当に稀なのだ。”普通の魔術師”と言うのは遠坂と比べれば、ある意味俺とたいして変わらない存在だ。

「あんたねぇ……」

心底呆れたような遠坂さん。なんでさ?

「セイバーが居るでしょうが! あのねセイバーは英霊なの、わたしだってセイバー一人でいっぱいいっぱいなんだから!」

怒鳴られた。そりゃそうだ、ご尤も。

「でもやっぱり使い魔いないと不便なのよね、セイバーだとちょっとした用事言いつけられないでしょ?」

そうだな、逆にしかられたりするし。あれ? おい、ちょっと待て。

「おい、その言い方だと俺が呼んだ使い魔を遠坂が使うつもりか?」

むっ、遠坂のやつ露骨にしまったと言う顔。こいつ……はなからそのつもりだったのか?

「そ、そんなこと無いわよ、ちょっと貸してもらおうかな? とかは考えてたけど」

睨みつけてやると視線を合わそうとしない。いつまでも甘い顔はしてやらないぞ。

「うう……。でも、士郎が使い魔呼ぶってのは悪いことじゃないわ。そろそろ一人前かな? っていうのもあるし」

上目遣いで呼ばない? と訴える。ちょっと可愛い。まぁ、そこまで言うのなら……いや、駄目だ! ここで甘やかしちゃ駄目だ!

「やり方はわかるわよね? それとも呼ぶ自信ない?」

「むっ、そこまで半端な修行はしてないぞ」

使い魔を呼ぶ自信はある。その為の知識も技術も修めているし、パスの通し方も普通と違う我流ではあるが、手馴れてきたと思っている。補呪具なしでイメージだけも、随分とバイパスを通せるようになってきた。それに使い魔というのは術者と共に成長する、うん、確かに一つの区切りとしては使い魔召喚っていうのは良いかもしれないな。

「じゃ、決まりね。梟がいいな。犬や猫だと飛べないし、わたしたちの活動って基本的に夜でしょ? だったらやっぱり梟よね」

にこやかに仕切る遠坂さん。なし崩しに決まってしまった気もするが、遠坂のこういう笑顔ってめったに見られないからな。まぁ、良いか。

「やはりシロウは凛に甘い」

横で眺めていたセイバーが諦めたような溜息をついている。

「そ、そうかな?」

ちょっとだけ自覚はある。

「そうです、まぁ、美しい女性に弱いというのは、なにもシロウにはじまった事ではありません。それについてとやかく言うつもりは無いのですが……」

セイバー様は遠い目をしていらっしゃる。なにか昔の苦労を思い返すような、そんな目だ。……そっとしておこう。
魔術師やら騎士やらの愚痴は、最近良く聞くからなぁ。それだけセイバーが俺たちになじんだって事だと思うが、王様って大変だったんだな。

そんなわけで俺は使い魔を召喚することにした。
遠坂が言うとおり梟が使い勝手がよさそうだったので、わざわざその為に三日がかりで用意をして事に挑んだ。

そしてその結果が……




「――Caw!――」




「で、こいつが呼ばれたってわけ」

止まり木の上で轟然と頭を聳やかした鴉が、礼儀正しく舞い降り、ルヴィア嬢とミーナさんに恭しく一礼して回っていく。もう、呆れるほど見事な容儀だ。

「あら? なかなか良く出来た子ですわね」

差し出した右手に、恭しく嘴を添えられたルヴィア嬢。ご満悦の体である。

「ご丁寧に痛み入ります。ミーナです、こちらこそよろしくお願いしますね」

いえいえ、美しいご婦人に礼節を尽くすのは私にとっては大いなる喜びに他なりません、とばかりにわざわざ片足を一歩引いて頭を下げる鴉。いや、何故わかるかって。ほら、こいつ俺の使い魔だし。

「ほんっと、外面ばっかり良いのよね。こいつ」

遠坂さんはご不満の体。なんでか知らないが、こいつ遠坂とはえらく相性が悪い。
元々梟を呼び出すつもりで来たのが鴉という時点で、遠坂はご機嫌斜めだった。それに加えてこの鴉えらく気位が高い。何事も第一印象が大切だと言うわけだ。

「それで? 名前はなんと言うのです?」

ルヴィア嬢のお言葉。本来ならこの子に名乗らせたいのですが、といった感じだ。さすがに鴉は名乗れない。いや、こちらの言葉は分かっている。こいつ多少大仰だが、中身は下手な人間以上に頭が良い。なにせ正式に召喚コンジュリングした使い魔なのだ。あ、鴉だから教え込めば喋れるようになるかも。

「ランスと」

それにセイバーがわが子を紹介でもするような口調で応えた。

「セイバーさんが名付け親なんですか?」

ミーナさんだ。ちょっと不思議そうな響き。無理も無い、こいつは俺の使い魔なのだから、本来なら名前は俺が与えるべきものなのだろう。

「そ、こいつセイバーの親戚みたいなもんだし」

ランスを睨みつけながら遠坂嬢。ランスのほうも、この魔女何を言うとばかりに睨み返している。

「あ、ああ。なるほど。ランスくんベニハシカラスですもんね。納得しました」

「普通のベニハシカラスはもっと小ぶりですものね。これだけ毛並みが良くて立派なベニハシカラスは、めったに見ませんわ」

お客様はお二方とも納得の体だ。ランスも小粋に首をもたげ賞賛に一礼を以って応えている。
二人がランスがセイバーの親戚だという事に納得した理由は、英国のカラスに付いての伝承にある。
曰く、アーサー王の魂は死後ベニハシカラスに、あるいは大鴉に宿った。と言うものだ。
倫敦塔の大鴉が姿を消せば英国は滅びる。という伝承もここから来たものだろう。
だからでかくて立派なベニハシカラスのランスは、セイバーと親戚であるかどうかはともかく、縁が深い生き物だと言うことになる

このあたりは、カラスの癖に夜の召喚に応じるなんて非常識極まりない、とか言っていた遠坂も納得している。セイバーも親近感があったのだろう、話を振られて即座にランスと名をつけた。俺の“剣”に対する“ランス”って事だろうか?

「でも、こいつ使い魔としてはかなり半端よ、士郎と一緒で」

やっぱりご不満の体の遠坂さん。

「むっ、ちゃんとパスだって通ってるぞ」

なんのかの言ってランスは俺の使い魔だ。俺のへっぽこはともかく、こいつを悪く言われるとやっぱり腹が立つ。

「そんなの当たり前でしょうが! あんた飼い主なんだからしっかり躾なさい。こいつ自分の都合の良い時にしか、言うこと聞かないんだから!」

がぁ――っとばかりに捲くし立てられた。

「なんでさ? そんなこと無いだろ」

うん、こいつはきちんと言うことを聞く。毎晩ちゃんと用意した鳥篭で寝るし、おかしな所で糞をするわけでもない、餌だってこっちが出したものに、質量共に満足しているようで、夜中に勝手に冷蔵庫を開けたりもしない。

「……何処の世界に、勝手に冷蔵庫を開けるカラスが居るのよ……」

勝手に冷蔵庫を開ける虎なら居たぞ。獅子もちょっと危ないかも。

「シロウ……私はそんなことはしない」

いや、獅子って別にセイバーのことじゃ……御免なさいもう言いません。

「いや、ともかくこいつはちゃんと言うこと聞くぞ? 別に不満は無い」

「それは、あんたが何も言いつけないからでしょ。こないだ連絡便クーリエたのんだときは大変だったんだから」

「え? そんなことあったんだ」

「そ、こないだそいつが暇そうにしてたからちょっと頼んだの、そしたら昼までに十分間に合うはずが、着いたのは夕方よ! 夕方!」

ぷんぷん怒る遠坂さん。本当か? おれはランスに尋ねた。


「――Cow―Caw!!」

人語を喋れないとはいえ、ランスは俺の使い魔だ。マスターとの間なら意思の疎通は十分に出来る。なになに……

魔女の言いつけを聞くは業腹ではあったが、仮にも我が主の師、聞かぬわけにもいかない。言いつけどおり飛び立った。
が、その途上、小鳥を襲うカラスの群れに出くわしてしまった。それが食するための狩りならば何も言わない。
しかしそれ明らかに遊び、戯れに命を弄ぶ行為はたとえ同族といえ見過ごすことは出来ない。
義を見てせざるは勇なきなり。高らかに名乗りをあげならず者どもの中に殴りこみをかけた。
群がる敵をばったばったと蹴散らして、見事敵の大将を討ち果たした。


と言うことだそうだ。俺はランスの代わりに皆に説明してやった。

「流石ですランス。それでこそ騎士です」

セイバーさん。ランスは騎士だったんですか?

「本当に、シェロの使い魔なのですね、主にそっくりですわ」

ルヴィアさん。いや、俺はここまで勇ましくありませんって。

「ランスくんも正義の味方なんですね!」

ぐぐっと感動するミーナさん。誰の影響とは言わないけど、貴女も正義の味方が好きなんですね。

「ただのお節介でしょ! おかげでお昼ごはん食べ損なったじゃない、こっちの身にもなって欲しいわ!」

これは遠坂さん。ちょっと待て、言いつけた用事って弁当の宅配かよ!?

ランスが、ご照覧あれどちらが大切かなどは言うまでも無い、とばかりに胸を張り冷たい視線を遠坂に送る。わたしのお弁当のほうが大切に決まってるっでしょ! と逆に睨み返す遠坂さん。実に大人げが無い。

「凛、弟子とはいえ他の魔術師の使い魔にお弁当を運ばせると言うのはどうかと思う」

すっかりあきれ返った皆の気持ちを、代弁するようにセイバーが切り出す。ランスはそら見たことかとさらに胸をそり返している。

「ランス、貴方もです。貴方ほどの剛の者が、たかがカラスの群れを追い散らすのに、昼から夕方までかかったなどとは到底肯けません」

続いてセイバーがじろりとランスを睨む。あ、ランスのヤツいきなり挙動不審になったぞ。

「貴方のことだ、その後どこぞで見目の良い雌鴉にでも誘われたのでしょう、違いますか?」

セイバーが冷たい目で畳み掛ける。むっ、ランスのやつ明後日の方向を向いて意味も無く喉を鳴らしてやがる。
そうなのか? 俺がそのことに付いて聞こうとすると、こいついきなり思考を閉ざしやがった、図星だな。

「ほら見なさい。こんな使い魔どこに居るのよ」

こら、遠坂。お前も怒られたんだぞ。

「シェロの使い魔ですものね……」
「士郎くんの使い魔ですから……」

妙に納得されているお客様方。ちょっとまて! 俺もですか!?

「こら! 話が違ってきてるぞ」
「――Cow――」

俺とランスの声が重なる。まてまて、ランス。なんだ、その御婦人の誘いを断るようなそんな非礼なまねは出来ませんってのは? 火に油を注ぐな!

「士郎、なに慌ててんの?」

遠坂がきょとんとした顔で尋ねてくる。あ、そうかランスの言ってることは俺にしかわからないんだった。

「想像はつきます」

セイバーが呆れたように大きな溜息をついた。

「セイバーはお分かりなの? どういうことなのかしら?」

ランスを手招きしてケーキを取り分けるルヴィア嬢。こら、そこでひょいひょい着いて行くからこんなこと言われるんだぞ。

「多分ランスは、ご婦人の誘いを断るような非礼は出来ない。とでも言ったのでしょう」

そんなランスの様子を諦めたように見ながらセイバーさん。はい、仰るとおりです。

「わぁ、ますます士郎くんと似たもの主従ですね」

こっちはこっちでクッキーでのお誘い。ランスはこれまた、いやいや申し訳ないと頭を下げてつつきに行く。ミーナさん、俺はここまで節操無しじゃ無いぞ。

「ふん、あんた達、なにへらへらしてんのよ」

そんな俺たちを、遠坂がむぅ――っと膨れてジト目で睨む。いや、俺はへらへらなんかしてないぞ……多分。

「士郎くんも女の子には甘いですからね」

ミーナさんがとっても嬉しそうに仰った。ミーナさん、もしかして貴女、俺を通して切嗣おやじ見てません? 俺、その方面で切嗣おやじの跡を継ぐ意思は無いんですが。

「仕方ありませんわ、シェロですもの。うちのメイドなんか全員シェロのファンですのよ、いつの間に手懐けたのだか……」

ジロリと俺を睨むルヴィアさん。いや、その。そら力仕事手伝ったり、壊れもの直したりしたけど。頼まれて出来ることなのに断るわけにもいかないし。それに普通、困ってたら手助けくらいしますって。

「――Cow――」

ほら、ランスだってご婦人の手助けは紳士の義務だって言ってるし。

「シロウ、あなたならきっと立派な騎士になれます……」

セイバー、そう言ってくれるのは嬉しいけど、なぜそんな吐き捨てるような口調で仰るんですか?




「はぁ、今日は散々だったな」

お茶会の後片付けをしながら俺は溜息をついた。なんのかんの言われながらも、結局ランスは御婦人二人を上空直衛しながら送って行った。実にまめなヤツである、ここまで徹底しているといっそ清々しいほどだ。

「本当にとんでもない使い魔ね、あいつは」

憎々しげな科白だが口調はどこか楽しげだ。相性は悪いが遠坂もランスを嫌っているわけではない。あいつも魔女だなんのと言いながらも、ちゃんと遠坂の言うことを聞いているし、主の師として立ててもいる。
弁当の件は……多分、嫌がらせ半分の悪戯だろう。よくよく聞いてみると、あれだけの立ち回りをしながら、弁当そのものには傷一つついていなかったそうだ。

「それでもあれは得がたい存在でしょう。些か性格に問題はあるものの、忠の何たるか、義の何たるかを知るものです」

こちらはセイバー。色々と言われて来ただけに、こうやって褒められると俺も嬉しい。

「あいつのこと随分買ってくれてるんだな」

「ええ、初めて見たときから感じるものがありました。そう……昔の知り合いによく似た個性を持っていましたから」

「昔の? もしかして騎士とか?」

遠坂の興味深そうな声。そういやあいつ妙に時代掛かったところあるもんな。

「はい、よく似た騎士が居りました。剣を取れば天下無敵、槍を取っては生涯不敗、無手になっても剛力無双。騎士としては信を重んじ忠にして義、ただ……」

セイバーは困ったような笑顔で言葉を継いだ。

「女性にだけはとことん甘かった。本当にどうしようもないくらい弱かった」

「なんか苦労させられてたみたいね」

遠坂が同情したような声で微笑みかける。ところでなんで俺を見るんですか?

「私にとって最も頼りになる味方であり、もっとも困った相手でもありました。あらゆる意味で、かの魔術師メイガスと並び私にとって両輪とも言える存在でした」

どこか懐かしそうな響きだ。セイバーは王様時代の過去をあまり語らない。漏れ聞く話もどちらかといえば辛い話が多い。多分、この思い出は魔術師メイガスの話同様に例外なのだろう。

「だから、凛。あまり彼を厭わないで欲しい」

「そりゃあいつの心がけ次第よ、わたし悪くないもん」

相変わらずですね遠坂さん。セイバーも苦笑している。

「仕方が無いことかもしれません。彼の騎士も、主に近しい魔女とは折り合いが悪かった」

「わたしはモルガン・ル・フェイほど性悪じゃないわ」

むぅ――っと遠坂がセイバーを睨む。でもな、遠坂。その魔女も遠坂見たら同じこと言うかもしれないぞ。

「を、帰ってきた」

庭先で黒い影が舞った。黒々とした翼を広げ空に弧を描く。猛禽にすら負けまい、惚れ惚れするぐらい堂々とした飛翔だ。

「ふん、格好だけは一人前ね」

遠坂の憎まれ口。ただ見惚れてはいるようだ、口調に賞賛が伺われる。

「おかえり、ランス」

庭先に出たセイバーの手にランスが止まる。むっ、俺だって一緒に居るのになんでセイバーなんだ? マスターとしてはちょっと不満だぞ。

「食い扶持分くらいはちゃんと働いてよね」

憎まれ口を利きながらも、遠坂も笑顔でランスを迎える。こうしてこの日から、遠坂家にもう一人家族が加わった。


おうさまのけん セイバー話ですが、まずは「士郎くん使い魔を呼ぶ」
全然 おうさまのけん に見えない話ですが おうさまのけん です。
序章なのであとがきはここまで。

ps.「歌月十夜」で使い魔の設定が判明したため。使い魔関連の記述を変更しました。

By dain

2004/4/14 初稿
2004/4/15 第二稿 使い魔関連の変更

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