「――くっ……」

月光に照らし出されたセイバーの秀麗な顔が歪む。
額には玉の汗が浮かび、唇は血が出るほどに噛み締められている。
俺たちの戦いは終わろうとしていた。もはや俺たちに手は残されていない。
セイバーの、いや俺たちの考えられる限りの手は既に尽くされた。その全てが弾かれ、毀たれ、叩き伏せられた。

もはやこの敵に勝てる術は無いのだろうか? いや、そんなはずは無い。絶対突破口は開けるはずだ。
諦めない限り、たとえ敵が神霊級の英霊であろうとも、たとえ無尽の宝具を持つ英雄王であろうとも、たとえ世界の法則であろうと打ち倒すことが出来る。挫けない限り負けることは無い。

そう信じて俺たちは、あの聖杯戦争を勝ち残ってきたはずじゃないのか?
なのに……そのはずなのに……

「凛、シロウ……もはやこれまでです……」

「セイバー……もうだめなの?」

セイバーがついに折れた。遠坂の悲鳴にも似た諦めの声が響く。
ついに挫けてしまった。ついに折れてしまった。俺たちはついに負けたのだ。

「凛、期限までに返済は不可能です。諦めてください」

俺たちは借金に負けた。





おうさまのけん
「剣の王」 −King Aruthoria− 第三話 前編
Saber





「どうしよう……」

「どうしようじゃないぞ! 遠坂、お前が溜め込んだツケだろう」

流石に俺だって怒鳴るぞ。そんな可愛い瞳したって駄目なんだからな。

「先月まではさほどでは無かったはずです。この大量の宝石はどうしたのですか? まさか使い切ったとも思えないのですが?」

請求書の束を事細かに調べながらセイバーが言う。なんだ? その大量の宝石って?

「うう……実験が失敗しなけりゃ石だけでも回収できたんだけど……」

「何の実験したんだ? これ、半端な量じゃないぞ?」

頭を抱える遠坂に聞く。

「うん、家伝の魔術カレイドスコープの実験。大師父の宿題なんだけど、とてもじゃないけど一気にいけるようなもんじゃないの。だから、第一段階としてちょっとした実験したんだけど……」

「――Caw――」

ランスが、なるほど失敗したわけだなっと言葉を継ぐ。

「むっ、こいつに言われるのだけは無性に腹が立つ……」

意味は通じたようだ。流石だな遠坂、悪口はわかるか。

「そういう理由なら怒るわけにはいきませんね」

セイバーが諦めたように溜息をつく。そうだな、喧嘩で物壊したってわけじゃないんだし。魔術の、しかも遠坂家家伝の魔術実験ということならしかたないか。

「債権崩す?」

遠坂の鳴きそうな声。ああ、我が家の最後の切り札が。

「解約しても額面割れで届きません」

セイバーの応え。かくも現実は厳しい。

「お話は纏まりましたか?」

頭を抱える俺たちに、忌々しいほどに朗らかなミーナさんの声の声が掛かる。彼女が何でここにいるかというと、その、つまり。債権者である。

「うう、ミーナ。もうちょっと待ってくれない?」

遠坂が恥も外聞も無く拝む。いつもの威勢の良さはまったく無い、今なら靴でも舐めそうだ。

「今までも十分待ちましたよ、それに全部返せといっている訳じゃありませんし」

あくまでも朗らかなミーナさん。靴を舐めてもらったって一文の得にもなりませんからね無駄ですよってくらいの朗らかさだ。って、ちょっと待て。遠坂、借金はこれで全部じゃないのか?

「私の分は待てます。でもこっちは私共シュトラウスの債権なんですよね。待てません」

どきっぱり言ってくれます。ううむ、にこやかな笑顔ではあるが“おんどれら! 払えんなら肝臓の一つも売ってこいや!”とでも言い出しかねないほど素敵な笑顔だ。

「いっそルヴィアさんに…「駄目!」」

俺の提案に遠坂の声が重なる。なんでさ?

「ルヴィアだけは駄目。先月までなら良いけど今からは絶対駄目。借りは作れない」

なんかものすごい剣幕で否定された。そりゃルヴィアさんに借りを作りたくない気持ちは分かるが、なんでそこまで必死なんだ?

「そう、ルヴィアゼリッタは確かにまずい。彼女はそろそろ本気になってきています」

うんうんと肯くセイバー。本当に俺の知らないところで何事があったのだろう?

「――Caw……」

むっ、ランスまで駄目を出してきた。俺だけか? わからないの?
はてなマークを顔の出していたら、ミーナさんを含めて全員から困ったもんだという顔で睨まれた。なんでさ?

「ま、こいつのことは置いておいて。ミーナ、なんかあるんでしょ?」

むぅ――っと不機嫌な顔で遠坂が債権者代表を睨む。なんかってなにさ? 開き直りはあまり見目良くないぞ。

「あ、判ります?」

おや?

「そりゃね、貴女が何も用意せずに、わざわざここまで足を運ぶなんて考えられないし」

どうせ碌でもないことだろうけど、ってな顔で不貞腐れている遠坂さん。ミーナさんは信用できると思うんだが。いや、俺の姉弟子だからってわけじゃないけど、ほら良い人だし。

「ちょっと困った件を受けちゃたんですよね、本来なら正規の魔術師がやる仕事じゃないんですけど」

そんな朗らかに困られてもこっちが困るんですが。遠坂なんか、ものすごく胡散臭そうな顔してる。

「なにやらせようって言うの? 流石にあんまりおかしなことは出来ないわよ」

「除霊です。拝み屋さんとかフリーの方が何組か行かれたんですけど、うまくいかなくて。かといって正規きょうかいの魔術師で、こんなことやって貰える人は居ないんですよね」

「そりゃ、そんなインチキくさい仕事。普通は請けないわよね」

遠坂やミーナさんが言っているように、除霊なんて仕事は協会の正規の魔術師はやらない。先ずインチキが多い。気のせいや精神的な幻覚をさも霊のせいに思わせ、除霊したということで安心させて謝礼を取る。そういった事例が大半だ。
実際に霊や神秘にかかわる事例があっても、依頼を受ける形での除霊はしない。なぜならその場合は魔術師で無い一般人と係わり合いが生じてしまうからだ。本物の魔術師が有名になるわけにはいかない。
協会の魔術師はまず神秘の隠匿を旨とする。よって普通の世間に対して目立つことはしないし出来ない、下手に有名になったらそれこそ消されかねない。
だから、よほど大きく重要な神秘以外では協会の魔術師は動かない。動く場合も除霊といった依頼を受ける形でなく、秘密裏に行動し始末する。

ミーナさんのところは一般人やフリーとの渉外交流が仕事だけあって、こういったグレーゾーンの話がよく来るらしい。普通なら、先ほど言った拝み屋と称されるフリーの専門家を使って事なきを得る。その為にシュトラウスはフリーを飼っているわけだ。だが、この事例はそれで済まなくなっているのようだ。

「なにそれ? どゆこと?」

「霊が居るのは確からしいんです、でも普通の霊じゃないみたいなんですよ。霊本体じゃなくて何かに縛り付けられてるらしくって、いくら追い払っても戻ってきちゃうって事なんです」

「あ、そっか。その縛り付けてる何かが問題なわけ」

「ええ、拝み屋さんたちはそういった事例には対応できないんですよね」

つまりなにか神秘な物、あるいは事が霊を招き寄せているということだ。除霊は専門外でも神秘は魔術師の仕事の範疇だ。それを見つけ出して回収するならば正規の魔術師が相応しいだろう。あ、そういうことか。

「つまり、最初が除霊で始まったから動けなくなっちゃたんだな」

「士郎、なかなか鋭いじゃない。そゆことよね」

「ええ、そんなわけで私共も困ってたんです。で、引き受けてもらえるなら」

「借金チャラにしてくれるって事?」

「解決したならばチャラって事です」

微妙に違う気がする。笑顔で見詰め合う美女二人、お互い一歩も引く気は無いようだ。

「ちょっとくらい色つかないわけ?」

「利子分と思えば安いものですよね」

「経費くらい別枠にならない?」

「成果に付いて折半なんてどうです?」

「え〜成果は切り取り自由でしょ、普通」

なかなか激しい攻防だ。
結局、経費別、成果折半で折り合いがついた。金使いは荒いが交渉は上手いんだな遠坂。
こうして俺たち――いや遠坂のか――の借金は勤労奉仕で支払うことになった。




「まさか、スコットランドくんだりまで、行かされる事になるとは思わなかったわね」

遠坂さんはちょっとご不満の体である。倫敦を出てヨークを経由し、ニューカッスルへ約五百Km、車でほぼ一日の行程だ。目的地のチュラフォードはここから更に二十Kmほど西に進んだハドリアヌス城壁沿いの所にある。

中古のミニでの車旅。セイバーや遠坂はともかく俺には少し狭い。
聖杯戦争後、俺は急に背が伸びだした。成長期もほぼ終わりのはずなのにこの二年で十cm以上伸びて六尺六フィートに届きそうな勢いだ。
ミーナさんの説によると『回路鍛打』をやめたことの影響だろうという。これまでは身体の成長に向かうはずだったエネルギーが鍛錬をしている間は、無理をした身体の補修に使われていた。それを止めた事で、ようやく今になって身体の成長に向かい出したのだろうというわけだ。服を悉く買い換えることになったが、それでも俺にとってはちょっとばかり嬉しい事だ。

「いいじゃないか、遠坂は運転しないんだから」

「しないんじゃないわよ、出来ないだけなんだから」

三人で車の免許を持っていないのは遠坂だけである。セイバーも免許を取っている。戸籍は協会が用意してくれたもので、英連邦の小国の物だ。こっちはかなりいかがわしい物であるが、免許は本物を取った。馬に乗れる事は予想がついていたが、機械的な乗り物一般にも才能があるらしい。今回のような事があると、本当にありがたい。運転手一人での長距離ドライブは勘弁して欲しい。

「凛、ハドリアヌス城壁はまだイングランドです、スコットランドはその北になる」

ハンドルを握っていたセイバーがポツリと呟く。ブリトン王だけにこういう地理には細かい。今回の仕事の詳細を聞いてから、妙に大人しいのが心配だが、今の声音から見るところ別に悩み事があるわけではないようだ。英国の地方に行くのは初めてなので、なにか昔のことに思いをはせているのだろう。

「――Cow」

荷物の山に囲まれた鳥篭の中で、ランスが不満そうに一声ほえる。
荷馬車に揺られるのは慣れているが、行き先が分かっているならば飛んでいく方が楽だ。さっさと自由にさせろ、と先ほどからせっついている。
気持ちは分かるが、一般人の目が多いところで使い魔はペットとして扱うほうが無難だ。我慢しろと黙らせた。

「わたし等だって籠の鳥みたいなもんなんだから、ペットの癖に生意気よ」

遠坂さんが文句をたれる。前後でランスと言葉の通じない言い争いをしていて、実に姦しい。でもな、助手席のお前が一番広い場所とってるんだぞ、俺なんか後部座席で荷物に囲まれて、ランス以上に窮屈なんだからな。

そんな車内の喧騒とは裏腹に、車窓に映る風景はのどかなものだ。車はなだらかな丘陵と灌木の疎林を縫うように進んでいく。午後になったばかりの暖かな日差しが眠気さえ誘う。仕事でなくピクニックかなにかで来たかったような景色だ。

そんな車窓の風景を眺めていると、急に車が止まった。不審に思い辺りを見渡したが、別に何があるわけでもない。一面のヒースに覆われた丘陵、まばらな灌木、行く手に小さな石造りの橋の掛かった川。何処にでもあるような北部英国の風景だ。

「凛、シロウ。我侭を言って済まない。ここで休息をとるわけにはいかないでしょうか?」

セイバーが懐かしむような哀しむような、そんな微妙な表情で俺たちに話しかけてきた。あまり見たことの無い表情だ。俺と遠坂は顔を見合わせて、もう一度周りの景色を見わたした。
やっぱり特に変わったところは無い。まぁ、弁当を食べるには良い所かも知れない、時刻も頃合、天気も良い。

「ま、良いんじゃない?」

「そうだな、ランスも羽を伸ばせるし」

ちょっと不審ではあったが、都合も良い。俺たちは車を降りて、ここで昼食をとることにした。
車から弁当とコンロを降ろし、手ごろな場所でヒースの野にシートを広げる。ランスを籠から出すと、待っていたとばかりに空に舞い上がる。高々と実に気持ちよさそうな飛翔だ。

「あれ? セイバーは?」

準備が終わって車に戻ると遠坂が一人、車の屋根に肘をついてヒースの丘を眺めている。

「あそこよ」

遠坂が顎で丘の上を指し示す。俺はその視線の先を追ってみた。

そこにセイバーが立っていた。


ヒースの丘の上、北を望み、風に髪をなびかせてセイバーが立っていた。

はじめて見る風景なのに、何故か懐かしい。

ああ、そうか。

唐突に思い出した。

あれは昼間で無く夜明け前だったか。

あの時のセイバーは鎧を着込み『選定の剣カリバーン』を持っていた。

今そのどちらも身につけては居ないが、あの時のセイバーだ。

空高く舞い上がったランスが一声鳴く。

それを見上げるセイバーの顔は王様の顔だった。



セイバーが何故ここで立ち止まったのか理由が分かった。

かつてセイバーはここに立っていたんだな。

「セイバー、昼飯にしよう」

少しばかり名残惜しかったが、俺はそんなセイバーに声を掛けた。
セイバーは元気に丘を駆け下りてくる。凄く楽しそうだ。お腹が減ってたのかな?




昼飯が終わった後も、俺たちはしばらくお茶を入れて休むことにした。流石に車で五百km近く休みなしではお尻が痛い。幸い川の水は綺麗だし、川原に下りてお茶を沸かした。

「セイバーはここに来たことがあったのね」

水辺に足を浸して寛いでいた遠坂がセイバーに尋ねた。

「ええ、ここで戦ったことがありました。実は……あまり良い思い出では無いのですが」

少しばかり寂しそうに苦笑しながらセイバーが応えた。視線を石橋に向ける。

「あの頃はこのような立派な石橋でなく木の橋でしたが、私はここでカリバーンを失ったのです。そう、ちょうどペリノア王の領土に攻め込む途中のことでした」

おいおい、それは良いどころじゃない、逆に悪い思い出じゃないのか?

「あれ? ペリノア王との戦いってコーンウォールじゃなかったっけ?」

「凛、それは伝承です。確かにコーンウォールは私の故郷であり、最後を迎えた土地でもある。エクスカリバーもあの地で手に入れた。だが忘れないで欲しい。私が敵としたのは北のピクトと東のサクソン。故に戦場はブリトンの北部と東部だ。最後の戦いまで故郷を戦場にしなかった事は、私のささやかな誇りでもあったのです」

「あ、それでハドリアヌスの城壁なわけ」

「よく分からないんだが、関係があるのか?」

俺は遠坂に聞いてみた。あ、露骨に呆れてる。セイバーもなにかむっ―とした顔で睨んでいるしてる。なんでさ?

「あんたねぇ、セイバーはアーサー王なんだから、伝説の一通りくらい覚えておきなさいよ。失礼よ」

そんな事いわれてもだなぁ、今まで魔術の勉強に忙しくて……御免なさい、これからは勉強します。
俺は二人の冷たい視線に負けた。あ、畜生! ランス、お前までそんな目で見ることないじゃないか!

「じゃ、じゃあ今から勉強するぞ。丁度良い、そのペリノア王ってのから教えてくれ」

うん、良い機会だ。そこからはじめよう。って あれ?
俺がそう言った途端、遠坂が渋い顔をした。セイバーも複雑な表情だ。なんでさ?

「いいわ、最初の講義にはちょっとハードだけど私が……」

意を決したような遠坂の声を、セイバーの落ち着いた声がさえぎった。

「いいえ、凛。私から話しましょう。凛の知っている内容は、多分事実とは些か違っていると思われます」

「良いの?」

ちょっと心配そうな遠坂の声。なんか聞いてはいけないことだったのかな?

「あ、無理に話さなくて良いぞ。言いにくい話だったら別に聞かなくたって」

「いいえ、これは話しておかねばならない事です。私のただ一度の敗北であり、ただ一度の不義の戦だったのですから」

セイバーは息を一つつくと話を始めた。

ペリノア王というのは今俺たちが居る場所――ノーサンバーランドと言うらしい―― 一帯を支配する領主だったらしい。北のハドリアヌス城壁の半ばまでを版図に持つ、ブリトンの北守の要とも言うべき地方の王というわけだ。彼は、セイバーつまりアーサー王にとって部下でなく同盟者だったらしいのだが、人が良いことが取柄の力の弱い王でもあったそうだ。その為、常にピクトの脅威にさらされており、セイバーにとって悩みの種であったらしい。

だからセイバーはあえて同盟を破り、この地方の直接平定に乗り出した。
義の上でペリノア王に一片の落ち度も無かった。ただ乱世において弱いことが罪だったのだ。九を救うために生贄となるべき一。それがペリノア王だったわけだ。

「あれ? セイバーの剣ってペリノア王と一騎討ちで折られたんじゃなかったの?」

遠坂が途中で話の腰を折る。一般的な伝説ではそういうことなのだそうだ。俺は知らなかったけど。

「それは無い。ペリノア王の異名は”漁夫の王”つまり馬に乗れない怪我をしていました。そんな身体で私と一騎打ちは出来ない。そうでなくともあまり強い戦士ではなかった。私の前に立ちふさがったのは彼の代理戦士チャンピオンでした」

遠坂は納得したようだ。むぅ、やっぱり一度真剣にアーサー王伝説を勉強しよう。

セイバーの話は続く。
そして、丁度ここでセイバーはその代理戦士チャンピオンと一騎討ちを行い、『選定の剣カリバーン』を折られた。不義の戦ゆえの敗北だと言う。

「セイバーが……負けたんだ……」

ショックだった。遠坂の話を聞くとセイバーは現役時代のほうが強いということだ。そのセイバーを倒す騎士だなんて。

「はい、試合には勝ちました。彼は強かった、まともに戦えば負けてたでしょう。だが私はこの勝負、どうしても勝たなければならなかった。私はこの時、本来使ってはいけなかった剣の力を使い勝利した。その代償に剣が折れたのです」

セイバーは遠くを見据えながら語った。俺たちで無いほかの誰かを見つめる瞳だ。



白銀の騎士が二騎、橋を挟んで対峙する。片や黒髪の美丈夫、片や金髪の少年王。

「王よお聞き願いたい。王の行いはペリノア王の権を犯すもの。お引きください」

「黙れ、これは正義の戦。否、例えそうでなくともペリノアを放っておけばブリトンの平和は守れぬ」

「ならば私を破った上でお進みください。私は不敗の騎士。百戦百勝の戦士」

「傲慢な。騎士の謙虚を知らぬのか」

「傲慢ではありません、敗北を知らぬはただ事実カースです」

「ならば事実を変えるまでだ」

選定の剣が抜かれ、勝利と共に砕かれる。




セイバーは更に話を続けた。代理戦士チャンピオンを破ったのち、更にセイバーは軍を進めペリノア王を滅ぼした。臣従では意味が無かったからだ。ピクトに備える為、サクソンへ兵を向ける為、もっと強い権力と戦力をハドリアヌスの城壁に置く必要があったからだ。

「話はこれで終わりです。私は間違っていたとは思わない。だが正しかったとも言いきれない」

セイバーは複雑な表情のまま話を終えた。懐かしいような哀しいような、自己の決断に対する信念と後悔、正しい行いをしたという確信と迷い。全てがない交ぜになった表情だ。
多分、セイバーの中でこのことはいまだ終わっていないのだろう。
もしかしてセイバーにとって、カリバーンはエクスカリバーより重い剣だったのかもしれない。

「――Cow」

空を舞っていたランスが俺の肩に降り立った。話は終わったか? ならば今は先に進まん。そう語っているかのようだ。

「さ、じゃ出発よ。とっとと仕事片付けましょ」

遠坂が明るく言い放った。そうだな、昔は昔、今は今だ。ただ一つだけ聞いておこう。

「セイバー、その代理戦士チャンピオンってやつだけど。死んだのかな?」

セイバーはどこか微妙な笑顔で俺の問いに応えてくれた。

「彼ですか? いいえ、彼はあの後、私に仕えました。私の代理戦士チャンピオンとして」

代理戦士チャンピオン? セイバーが代理立てたのか?」

「彼は間違いなく私より強く優れた騎士でしたから。些か問題のある性格でしたが、騎士として尊敬もしていました」

なにか複雑な話だ。セイバーの顔を見ているとそいつとの確執は無かったようにも思える。どこか懐かしむような楽しむような、それでいて困ったような。例の魔術師メイガスに付いて話すときと同じような表情だ。

「なるほど、そういうことね」

遠坂は納得しているようだ。何故かランスを見ながら意地の悪い笑みを浮かべている。ううん。わからないのはやっぱり俺だけですか?

まぁともかく、セイバーも話してすっきりしたのだろう。先ほどまでの重い表情ではなくなっている。

「よし、じゃ出発するぞ。日が暮れるまでに宿に入りたいからな」

俺たちは、セイバーの思い出が眠るヒースの丘を後にした。



カリバーン喪失の顛末。
アーサー王伝説+映画「エクスカリバー(81)」で創作しました。
ペリノア王の話も色々な説の折衷です。ペレス王と混合されている説もあります。
パーシヴァルのお父さん、これだとお母さん息子を森に隠すわな。
あと、アーサー王とかの騎士の対決シーンも「エクスカリバー」を参考にしました。


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