白銀の騎士が王の前に跪いた。
美々しい顔を厳粛に引き締め、胸の傷を微塵も感じさせずに王に向かい合う。
王もまた厳粛に応じる。若々しい白皙の顔に微塵の揺らぎも無い。
たとえ腰に王権の剣は無くとも王はあくまで王だった。
敗れた騎士はそれでもまるで勝者のように王に献示する。


王よ貴女の行いは正しいが間違っていたのです。

正しいが故に勝てた。

だが、間違った正しさ故に剣が折れたのです。

故に王よ、私は王に仕えしましょう。

以後、王が正しく間違えられますように。


傲慢ともいえる口上もこの騎士が言えば謙虚にも聞こえる。
王の口の端が微かに歪む。
剣を折られたゆえの自嘲か、あくまで傲慢な騎士に対する苦笑か、それは判らない。
ただ騎士より差し出された剣の柄を握り、王者の言葉を伝えるのみ。

ならばこれより、貴殿が私のチャンピオンだ。





おうさまのけん
「剣の王」 −King Aruthoria− 第三話 中編
Saber





「士郎、起きなさい。着いたわよ」

「……は?」

遠坂の声で、俺は夢から覚めた。日はかなり低くなったが暮れてはいない。どうやら居眠りをしてしまったようだ。

「あ、セイバーごめん」

運転をまかせっきりにしていたセイバーに謝っておこう。結局半分以上運転させてしまった。

「気にしないでもらいたい。シロウは本当に気持ちよさそうに寝ていました」

セイバーが柔らかく笑いかけてくれる。昼間の重さは見えない。良かった、なんと言っても俺たちの中でセイバーが一番落ち着いている。そのセイバーが揺れると本当に不安になる。
でもいつまでもこれじゃ拙いよな。俺がもう少ししっかりしないと。

「ほら、とっとと荷物降ろして、チェックインするわよ」
「――Caw――」

遠坂とランスが仲良く不機嫌そうに俺を急かす。居眠りしたのは悪いと思うが、もう少し人の心を斟酌して欲しいぞ。

「で、どうする? 日のあるうちに一度、現場にいっておくのか?」

山のような荷物を抱えながら、俺は先頭を進む遠坂に尋ねた。

「ん〜、長距離ドライブの直後じゃ流石に無理。一旦部屋で休んで、早めに夕食取りながら打ち合わせして、その後で良いんじゃない? 夜になるけど元々わたし達って夜行性だし」

肩をこきこき鳴らしながら、疲れた疲れたと遠坂さん。とても助手席で踏ん反り返っていただけには見えない。

「じゃランスは置いてくんだな、あいつ鳥目だし」

俺の代わりに、セイバーに持ってもらっている鳥篭を顎で指し聞いてみる。梟にでも襲われたら可哀相だ。

「あ、それなんだけど、そいつって本当に鳥目?」

不審そうに遠坂が聞いてくる。なんでさ? 鴉って鳥目だろ?

「だって、そいつ召喚したの夜だったでしょ? それに使い魔って特殊だから、そいつ位なら梟ほどじゃなくても夜目利くんじゃないかって、どうなの?」

「どうなのって、俺に聞かれても困るぞ」

遠坂さんはこめかみに指を添えて渋い顔をなさっている。はて?

「あんたねぇ……そいつは士郎の使い魔でしょうが! パス通じてるんだし視界くらい共有できるでしょ! 試したこと無いって言うの!?」

あ、ああ。そういや試したことない。というか使い魔だって自覚自体薄い。こら遠坂に怒られても仕方ないな。しかたないついでに本人に聞いてみた。

「お前、夜目利くのか?」

「――Cow―Caw」

あ、月明かりがあれば何とかなるのか、へぇ、お前結構使えるんだな。

「そこ! 自己完結しない!」

遠坂に怒られた。どうもこいつとの意思の疎通が俺しか出来ないことを忘れがちだ。セイバーはなんとなく判ってるみたいだし、遠坂だって悪口は理解するし。

「月があれば大丈夫だってさ」

「まったく……今更なの! もう、最近施術なんかは、結構やるじゃないって思うことあるのに、どうしてそう心構えが普通の人なの! 能天気なの! へっぽこなの!」

がぁ――っと怒鳴られた。むっ、良いじゃないか皆に好かれる、明るく陽気な魔術師目指したって。

「凛、シロウのこの性格はもはや直しようがない。私達でフォローするしかないと思うが」

あ、セイバーまで諦め声だ。さり気に酷いこと言われてるような気もする。そんなに俺って能天気かな?

「わかってる、わかってるけど悔しいじゃない。全然へっぽこならまだ諦めつくんだけど」

今度はむぅ――っと膨れられている遠坂さん。なんか百面相見てるみたいで可愛いな。て、こんなこと思うことが能天気だってことなのかな?

「と・に・か・く、スケジュールは以上。さっさとチェックイン済ますの」

ぷんぷん怒って行ってしまわれた。しまった、こんなことなら煽てて荷物の一つも持ってもらえばよかった。俺は慌てて遠坂の後に付いていった。




「あ、セイバーどうだった?」

遠坂が恐る恐るセイバーに尋ねる。

「悪くはありませんでした。ただ、やはりシロウや凛に比べると手の入れ方が一つ足りない。些か雑です。しかしこれは贅沢と言うものでしょう、仕方ありません」

俺も遠坂も一様にほっとする。こちらに来てから外食時は神経を使う。
俺たちだとちょっとあれだね? 程度でもセイバーさんはすこぶる点数が辛い。点数が辛いだけなら良いが、美味しくない、というより不味い物を食べた後は半日は機嫌が悪い。暴れるとかそういうことではないし、本人もあまり自覚は無いようなのだが、堪え性がなくなると言うか、加減をしなくなると言うか……はっきり言って怖い。
この宿の料理は合格点をもらえたようだ。いや、本当。これで安心して仕事にかかれる。

「じゃ、始めましょうか。まず現場ね」

遠坂がテーブルに地図を広げてブリーフィングを始めた。

「場所はここ。ハドリアヌス城壁の東のはずれにあるヴェンドヴィキウム要塞跡。ローマ時代に第六軍団の基地があったとこ。でも出る幽霊は目撃証言によるとローマ兵じゃないわ、もっと後の時代の兵士みたい」

「私の時代にはペドリン・フォートと呼ばれていました」

セイバーが唐突に呟いた。

「――へ?」

遠坂の間抜け声。大変珍しい。

「ちょと待てセイバー。もしかしてそこって昼間話してた……」

一瞬遅れて流石の俺も気がついた。

「はい、ペリノア王の居城です。ローマ時代の駐屯地を城壁の石材で補強し居城としていました」

遠坂がうわぁっとばかりに頭を抱える。気持ちはわかるぞ、ちょっと今更だよな。

「てことは、なに? もしかしてローマ以後の中世風の兵士の幽霊って」

「多分……ペリノア王の家臣の霊ではないかと」

遠坂が大きく溜息をつく。

「どうしてもう少し早く話してくれなかったの?」

「申し訳ない、凛。どうにもきっかけが掴めなくて……」

まあ、あの内容じゃ、そう簡単に切り出せる話じゃないよな。なるほど昼間の時、思い切って話をしたわけだ。

「分かった。終わったことは仕方が無い。でもセイバー、反省してね。同じ間違いの繰り返しだけは許さないから」

厳しい声で遠坂が叱責する。マスターの顔だ、セイバーもこの叱責を厳粛に受け入れる。

「凛、貴女の叱責に対して謝罪します。以後、このような失策を犯さぬよう努めることを約束しましょう」

今この場で剣は無いが、セイバーは剣の誓いの形を作った。遠坂も一つ頷いて了承する。

「ま、わたしも失念してたから。コーンウォールやウェールズってことなら、即セイバー関連疑ったんだけど、ハドリアヌス城壁は盲点だったわね」

アーサー王伝説に詳しいだけに陥った盲点だそうだ。もっとも全然知らない俺なんかには、どっちにせよ分からないこと事なんだが。

「じゃ、セイバーの知ってる事と現状の情報を突き合せましょ。私からも聞くけどセイバーも気付いたことは遠慮せず言って頂戴」

「はい、凛。シロウ、貴方もたとえ分からなくともきちんと聞いていてください」

ぼけっとしてた俺はしっかりと釘を刺された。むっ、でも聞けばちゃんと分かるぞ。
そのまま遠坂を中心にディスカッションが続いた。

「目撃例からすると、完全な幽体らしいわね。見えはするけど物理的な影響は与えられないみたい。ラップ現象の観測も最近一・二例ある程度」

「でも拝み屋じゃ除霊できなかったんだろ?」

「それミーナも言ってたでしょ? 除霊はできるのよ」

遠坂が難しい顔をする。

「除霊しても、次の日おんなじ霊が現れるって言うんだから、完全にデタラメ」

「場所に憑いたのではないでしょうか? 強引な戦いでしたのでかなりの激戦でした。それに、ブリトンのために必要な戦いだったとはいえ、殺された彼らにとっては理不尽な死であったかと、強く恨まれることも覚悟していました」

セイバーが沈鬱な面持ちで搾り出すように言う。むぅ、やっぱり吹っ切れてるわけではないんだな。

「それでもちょっと変。激戦ならローマ時代でもあったでしょ? それに最初の目撃例は二年ほど前、それまでは幽霊のうわさ話さえ無かったらしいわ」

俺たちは顔を見合す。不自然だ、何もかも不自然だ。

「つまり、何者かが死者の恨みを利用していると?」

セイバーが呻くように言う、怒りの篭った声音だ。恨みは覚悟の上だといった。しかし、それでも出来るなら安らかに眠っていて欲しいだろう。それなのにその眠りを妨げ利用するものがいるという、怒らないわけが無い。

「わたしもそれが順当だと思うわ。でもそれもちょっとおかしな所がある。二年もただ幽霊を見せるだけ、何が目的なのかさっぱり判らないわ」

あ、確かに。じゃあ……

「何か仕掛けて途中で止めたとか、止めざるを得なかったとか、そういうのは有りかな?」

「その線もありね、途中でほっぽらかすような半端な魔術師ってそう居ない……あ、居るかも……」

誰か心当たりでも居たのだろう、遠坂さんは途中で考え込んでしまわれた。

「誰かや、何かの手によるものなら、早々に眠りにつかせてやりたい。そう思います」

セイバーが決意の篭った瞳で俺たちに告げる。その気持ちはわかる。俺としてもそんな非道は許せないし、事故ならばきちんと解決して死者を安眠させたい。

「だったら後は現地調査じゃないのか? 何かや誰かが原因だとしたら手がかりがある筈だし、幽霊も幽体ってだけならそう問題でもないだろ?」

「そうね、もし邪魔なら除霊しちゃえば良いだけだし、一辺追い払うと一晩は邪魔されないみたいだし」

俺と遠坂の意見は一致した。セイバーも無言で一つ頷いている。
方針は決定した。俺たちは準備を整えて現場に向かうことにした。




ここからペリノア王の居城跡までの距離は二マイル、約三Kmだ。車は置いて徒歩でこっそり向かうことになった。
月は十四夜、俺たちには十分な明かりだ。ランスを空に放ち上空から警戒させ、俺たち三人は夜の丘陵を静々と進んだ。

セイバーを先頭に俺と遠坂が並んで後に続く、セイバーも遠坂もずっと静かだ。セイバーの静かなのはいつものことだが、遠坂はちょっと違う。
最初は色々とこれからの事を喋っていたのだ、途中、あっと小さく呟くとそのまま黙って考え込んでしまった。何か重要なことを思いつき、それに付いて思いを巡らせているのだろう。

「何か気がついた事あったのか?」

俺は遠坂の考えが一段落ついた頃に声を掛けた。実は遠坂は頭の回転が速いだけに頭の中だけで考え込むと、果てしなく暴走する傾向がある。途中、俺やセイバーに話させて思考を一旦切った方が、かえって良い結論が出やすかったりするのだ。

「ん? ああ、幽霊の原因なんだけど、もう一個思いついたの」

「どんなんだ?」

「うん、誰かが無意識のうちに、呼び出してるんじゃないかってやつ」

ああ、なるほど。そのケースがあったな。
魔術や超能力に目覚めたばかりの子供や、強力な術者のふっとした気の緩みなどで起こる事例だ。魔術師の巣窟たる倫敦でも時々起こっていたりする。

「ここに強力な術者が居るって話は聞かないから、もしそうなら子供だなって」

遠坂が難しい顔で話を続ける。確かに難しい話だ。突然目覚めるような子供は当然魔術師の子供ではない。大抵ごく普通の家庭の子供だ。協会の場合こういう子供を見つけた時の対処は二つだけだ。親元から引き離して教育するか、抹殺するか。
どちらにせよ不幸なことに変わりは無い。俺としてはどちらの道も選ぶ気は無い。

「……遠坂」

「わかってる。もしそうならわたし達で処理しましょ」

俺たちは無言で頷きあった。遠坂が言う処理は第三の方法だ。子供の魔術能力を封印する。魔術師の系統でない子供の能力は大抵大人になると消える。だからそれまで封印してしまおうというものだ。不完全だし、さっきの二つの方法同様に不幸でないとは言い切れない。だが一番穏便で「今」を崩さない方法だ。俺たちに出来る精一杯の事でもある。

「凛、シロウ。見えてきました」

セイバーの声がかかる。ちょうど尾根を一つ越えたあたりだ。視界の先、月明かりに照らし出された半ば崩れた古城跡が望める。

「どう? なんか感じる」

遠坂が俺に尋ねる。

「いや、別に変わったところは感じないな、まだ距離もあるし歪みとかは近くに行かないと。そっちはどうなんだ?」

尋ね返してみる。魔力の細かな動きとかは、遠坂のほうが遥かに良く分かる。

「うん、こっちもあんまり。蜃気楼みたいな魔力の微かな揺らぎはあるんだけど……核がないっていうか漠然としすぎてるのよね」

やっぱり乗り込まなきゃ駄目か。セイバーも同じらしい、厳しい顔で一つ頷いた。

「よし、じゃあ向こうに着いたらとっとと除霊しちゃうから、それが終わったら調査よ。士郎、セイバー良いわね」

今度は遠坂が先頭に立ってずんずん進みだした。おいおい、一人で先行しちゃ拙いぞ。

「――Caw――」

上空のランスが困った魔女だとでも言いたげに一声鳴くと遠坂の真上で弧を描いた。よしよし気が利くぞ。俺とセイバーは慌てて遠坂の後を追った。




「うわぁ……確かにこりゃ『出る』ぞ」

夜の古城についた途端、俺は全身で『それ』を感じた。瘴気とか悪寒とかではない、もっと純粋に『向こう側』の空気なのだ。

「あ〜もう、なにこれ? 霊脈もへったくれも無いじゃない」

遠坂がぶう垂れる。全体に均一に薄い霊界なのだそうだ。核が無い。つまりこの空気を発しているポイントが特定できないのだ。

「確かに異様です。濃いわけでも恐ろしいわけでもない。単にこの古城自体が異界であるような、そんな感じです」

セイバーが不審げに言う。セイバーにしてもこのような経験は初めてだそうだ。

「――Caw……」

ランスが一声叫び城壁に向かって飛ぶ。

「遠坂、あれ」

俺はランスの向かった城壁に人影を認めた。薄く透けた中世初期の兵士? 歩哨をしているように城壁を左右に歩いている。

「セイバー、どう?」

「……間違いありません、あのお仕着せ。ペリノア王の兵士です」

遠坂の問いにセイバーが厳粛な面持ちで応えた。

「うわぁ!」

俺の驚きの声。いきなり一人の兵士が俺の身体を透いて通った。

「――へ?」

遠坂の間抜けな声。ぽかんと口を開け、顔まで可愛らしいくらいに間抜けだ。

「凛、シロウ!」

セイバーの厳しい声。『剣鍛の剣ノイエカリバー』を構え、身は既に完全武装に変えている。

唖然とする三人の周囲は、いつの間にか兵士に満ちていた。出陣の用意だろうか、整列し、歩哨が立ち、旗を掲げている。
しかし、俺たちには誰も注意しない。まるで見えていないようだ。恐怖も敵意も殺気も無い。二つの世界が同じ場所で、互いに干渉することなく交じり合っている。そんな感じだ。

「なんか無視されるって気持ちよくない」

遠坂がむぅ――っと兵士たちを睨みつけている。無駄だぞ。だいいち大人気ない。

「どうする?」

そんな遠坂に尋ねる。無害のようだが、こいつらはあまりに掴み所が無い。

「とりあえず除霊する。そうすりゃ何か見えてくるでしょ」

思いっきり不機嫌な遠坂さんは、怖いもの知らずにも幽霊たちのど真ん中に乗り出し、除霊の仕度をされだした。

「お、おい! 一人じゃ危ないって。セイバーいくぞ」

「はい、シロウ」

俺たちは慌てて遠坂の両脇まで進む。まったく、この間それで死に掛けたってのに。
あの時、俺がどんな気持ちだったかお前わかってないだろ。

「――――Anfangセット――」

遠坂さんはとっとと仕事をお初めになられている。そんなに無視されたのが気に食わないんですか? ちょっとだけ幽霊に同情した。

「――――Ein KOrper迷うことなく進むべし ist ein KOrper土は 土に―――」

遠坂ほどの魔術師になると、この程度の除霊は魔術刻印の一部の起動と簡単な呪文だけでこなしてしまう。
数は多くても、現界に影響できない泡沫うたかたのような霊など一発で消し飛ばした。

「ふん、わたしを無視した罰なんだから」

ぷんぷん怒りながら胸を張る遠坂さん。やっぱりそれが原因でしたか……
まぁ、とにかく何事もなく良かった。でも、その妙に無防備なとこ直したほうが良いぞ。
ほらセイバーだって呆れて……あれ?

「セイバー?」

俺は明後日の方向を見つめて呆けているセイバーに声を掛けた。

「…………ペリノア王…………」

セイバーの呻くような呟き。セイバーの視線を追う。この城の本丸跡の入口だ。え?



そこには幽鬼が立っていた。

玄銀の鎧に黄金の王冠を被った厳粛な面持ちの幽鬼。

ただその二つの眼窩は深い闇の如くぽっかりと開いた孔。

足を引きずり、それでもなお勇壮と立っている。



「うそ……除霊は完璧よ。一晩は出ないんじゃなかったの?」

初めて遠坂の声が震える。俺にだってわかる。こいつは先刻までの泡沫うたかたじゃない。確実に現界を犯せる幽鬼だ。

「――Caw!――」

ランスが切羽詰った鳴き声で俺たちの立つ高さまで降りてくる、ぐるりと弧を描き俺たちの周囲を指し示す。

「……げっ」

遠坂がとても品の無いうめき声を上げた。でも気持ちはわかる。俺たちはいつの間にか囲まれていた。

無数の赤い光、犬の瞳だ。一頭や二頭ではない何十頭もの犬に囲まれていた。しかも野犬などではない、人ほどもある漆黒の猟犬。とてもこの世のものとは思えない。いや、間違いなくこいつらは『あの世のもの』だ。

「――投影開始トレース・オン
「――士郎!」

遠坂の叫びにかまわず、俺は躊躇無く一対の剣を投影した。干将・莫耶。かつてアーチャーの手にあった名刀。俺に手に一番なじむ剣。

「……士郎」

もう一度遠坂が俺を呼ぶ。俺は軽い笑顔で応えた。大丈夫、今の俺ならこの程度はなんでもない。

「それより、どうなってるんだ? こいつら間違いなく実体があるぞ」

「わかんないわ、こんな事例の報告無いから」

そうだろうな、初体験って奴だ。だが始まった以上どうにかするしかない。

「セイバー! 切り抜けるぞ、一旦引こう」

俺はセイバーに……え?

「セイバー?」

セイバーは『剣鍛の剣ノイエカリバー』を手に立ちすくんでいた。呆然とした面持ちで、そのままふらふらと幽鬼に吸い込まれるように近づいていく。

幽鬼が剣を抜きそんなセイバーに正対する。――! 馬鹿な……

「うそ……あれって……」

「『選定の剣カリバーン』……」

俺たちは揃って息を呑んだ。幽鬼の手にセイバーの失われた王剣。『選定の剣カリバーン』が燦然と輝いていたのだ。

セイバーと幽鬼はそのまま、まるで演舞のように剣を合わせる。

―― 琴! ――

わずか一合、セイバーの手から剣が弾き飛ばされる。セイバーはそのまま力尽きたようにばったりと崩折れた。

「くっ!……セイバー!」

遠坂が慌ててセイバーに駆け寄ろうとする。

「遠坂! 危ない!」

俺はそんな遠坂の脇に駆け寄る、猟犬が牙をむいて遠坂に踊りかかって来たのだ。

「――チィ!」

容赦なく切り捨てる。手ごたえは十分。が、反対側から更に一頭。

「――Craw!」

ランスが急降下して踊りかかる。ナイスだ。倒せはしないものの猟犬の牙を弾き飛ばした。その隙に遠坂が倒れたセイバーに駆け寄る。

「遠坂!」

俺もそちらに向かって駆ける。猟犬が次々に襲いかかってくるが、両手の剣で切り、突き、殴る。ランスもだ、急上昇と急降下を繰り返し、猟犬の目を鼻を切り裂きえぐる。

「セイバー! 遠坂!」

遠坂は必死の形相でセイバーを担ぎ上げ、幽鬼を睨みつけている。が、幽鬼は遠坂を相手にしない。俺たちを襲うのは犬に任せ、自分は王剣カリバーンを掲げただ佇むのみ。

「士郎、逃げるわよ。逃げ切れるかどうかわかんないけど」

幽鬼を睨みつけたまま遠坂が後ずさる。猟犬は俺とランスが蹴散らす。が、数は減らない。倒された猟犬はそのまま消え、新たな猟犬が闇から浮かび上がってくる。

「わかった、セイバーは任せる。大丈夫だよな?」

「大丈夫、あれだけ食べてるのに、何処に消えたかって位軽いから」

「よし、ランス! 俺とお前で血路開くぞ!」
「――Caw!」

気持ち良い鳴き声であいつも応える。うん、行けそうだ。
俺とランスは遠坂の左右に別れ、次々に襲い掛かってくる猟犬を弾き返す。

久々に手にした両刀は、笑い出したくなるほど手に馴染んでいる。こんな猟犬、葛木先生やアーチャーの攻めに比べれば何のことは無い。切り裂き、ねじ伏せ前に進む。
ランスも同じだ。自分より大きな猟犬を、速度と運動性で凌駕する。まさに馬上騎士の長槍ランスだ。的確に急所を突き猟犬を遠坂に近づけない。
猟犬の檻を、俺たちはオリンピック記録そこのけの速度で走りぬける。

「追って来ないわね……」

一足早く城壁を跳び越えたところで遠坂が呟く。そのまま呪を紡ぎ後手に何かを投げつける。ちょっと待て! 俺とランスはまだ中なんだぞ!

噛み付いてくる猟犬を蹴り飛ばし、俺は大慌てで城壁を跳び越えた。隣でランスもわき目も振らず一直線に飛びすさる。

―― 轟!――

爆音一つ。ぎりぎりだ、後ろ髪がちょっと焦げた。あ、ランスの奴もちょっと煙吹いてる。

「とととと、遠坂!」
「――Crow!!」

俺とランスが同時に遠坂に食って掛かる。

「良いじゃない助かったんだし、それより早く逃げるわよ。追ってこないとは思うけど」

「なんか確証あるのか?」

さすがの俺も今のは腹が立ったぞ。ほら、ランスだって怒ってる。

「そういう訳じゃないけど、あいつ動かなかったでしょ。それにここまで異界は広がってないから」

「あ、本当だ……」

それで気がついた。城から一歩出ただけであの違和感がまったく無い。
完全にあの城限定の異界のようだ。

「――Crw―Cow?」

ランスがセイバーを心配そうに見て一声鳴く。

「そうね、いまはセイバーが大事、撤退よ」

「わかった。殿しんがりは俺がやろう」

俺たちは城を睨みつけながら早々に退散した。あれ? 今、遠坂とランス会話してなかったか?

「この借りは十倍くらいじゃ済まないんだから!」

「――Cow―Craow!」

遠坂とランスが城に向かって何か叫んでいる。多分同じような内容なんだろう。
とにかく一回戦は俺たちの惨敗だった。だが遠坂じゃないがこのまま済ますつもりは無い。
これは俺たち三人の共通の思いだった。


セイバー破れる。というより倒れるの話。
お話は佳境、第一回目の遭遇話。セイバーは倒れ、敵は強大。
前編同様、前半のほほんとしていたわりに後半シビアになって行きました。
とりあえずまだ途中なのでネタバレなし。そのまま後編をお楽しみください。


By dain

2004/4/14初稿

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