”時計塔”の学院。本科の学生と、専科の学生の仲はあまりよろしくない。
一概には言い切れるものでないが、学者と技術者、探求者と実践者、そういった微妙な対立関係にある。
英国の階級社会を映すかのように、ホワイトカラーとブルカラー的な部分も有るのだろう。例外は多々有るものの、専科で本科の学生は気取った半可通視されているし、本科で専科の学生は偏った半端者扱いされるところがある。

だから俺なんかが、倫敦大学での本科の講義を受けるときなどは、気にはしないもののやはり居心地は悪い。遠坂やルヴィア嬢くらいになると、何処に行こうが何処に居ようが気にもししないだろうが、俺程度ではどうしても足早になってしまう。
もっともあの二人の場合、何処に居ようが何処に行こうが恐れられている、と言えなくもないんだけど。

だからこの日、声をかけられたときはえらく驚いた。

「君」

唐突かつ一方的に、ただ一言で呼び止められた。

「俺?」

こっちも一言、呼び止めたのは若い男の魔術師だった。若いといっても俺よりは少し年上だろう。はて? 誰だっけ?

「そう、君だ。君は士郎・衛宮ではないかな?」

「そうだけど、どちらさんでしたか?」

あ、むっとした。知り合いだったのかな? 悪いことをしたかな。とはいえ覚えがない相手だ。

「カーティス・ブランドールだ。先日、君に助けられたものだ」

轟然と胸を張り、誇るが如く言い放った。……助けられたって威張ることなのかな?
ん? 俺が助けた? ……ああ、思い出した。この人、機像ゴーレム使いの『真鍮ブラス』氏だ。

「別に当然のことをしただけだぞ。お礼ならミーナさんや遠坂に言って欲しい」

あ、益々渋い顔のなった。ううん、判るような気はするが、判りたくないなぁ。

「あの二人には相応の賠償を済ませた。魔術は等価交換。それが折り合えば、詫も礼も必要ない。が、」

一転、俺を見据えて、微かに口の端を吊り上げた。多分微笑んでいるのだろう。判りにくい人だ。

「君は違う。私の命を助けたのに、代価を要求しない。それどころか、礼すらせびらん。稀有のことだ」

非常に判りにくいが、この人俺のことを褒めてるんだ。俺はちょっとだけ『真鍮ブラス』氏への認識を改めた。
魔術師は独善と唯我独尊で出来ている。己の価値観に厳しく、それに外れるものはどんな美徳でも歯牙にもかけない。普通の魔術師なら、何らかの奉仕に対して、礼すら求めない行為は軽蔑こそすれ、賞賛はしないだろう。

「いや、本当に大したことしたわけじゃないから」

ただ俺としてはかなりこそばゆい。

「それでは私の気がすまない。借りなら良いが、君の場合貸しと認識しているかすら怪しい」

あ、それは言える。そのあたりでいつも遠坂にしかられてるし。

「よって、これを進呈しよう」

真鍮ブラス』氏はうやうやしく、ブローチのようなものを取り出した。
凝った造りの装飾で中央に青い石が嵌っている。護符だろうか?

「君が護符のコレクションをしていると聞いてね。これは我が家の宝物の一つだが、なかなか力のある護符だ、ミラノのギーブル石だと伝えられている。カーバンクルという奴だな、南米でも取れるそうだが」

自慢げに語りだす『真鍮ブラス』氏。いや、別にコレクションしてるわけじゃないんだけど。慌てて否定しようとしたが、『真鍮ブラス』氏はこっちをまったく無視して滔々と語り続ける。

「なに大した物ではない。私自ら幾許か手を加えても居るが、我が家にはこの程度の品いくらでもある。わが命の代価としては些か気が引けるのだが、君のコレクションの一角として決して恥ずかしくないものだ。さ、遠慮せず受け取りたまえ」

真鍮ブラス』氏はこちらの反応を全く意に介せず護符を渡すと、かかと笑って去っていった。
なんというか、やっぱり非常に判りにくい人だ。





せいぎのみかた
「最強の魔術使い」  −Emiya Family− 第二話 前編
Heroic Phantasm





「――投影開始トレース・オン

意識を自分の奥へ奥へと伸ばす。
俺の魔術は“外”にあるものじゃない。“中”にあるものを取り出す。それこそが俺の投影だ。だから剣以外の“中”に無いものの投影はあまり上手くいかない。
だが、今から行う投影はすでに“中”にある剣の投影だ、まるで言葉を紡ぐように、息をするように易々と進んでいく。
鑑定し、想定し、複製し、模倣する、後は幻想を結ぶだけ。こいつの場合三つの工程は省ける……

「――投影完了トレース・オフ

俺の手には、装飾を省いた実用本位の両手剣が投影されていた。

「お見事です、シロウ」
「――Cow――」

セイバーと、ランスの賞賛の声。ちょっと自慢だ。

「ヴィルヘルミナの所にあった剣ですね」

しげしげと剣を見つめてセイバーが言う。その通り、こいつはあの時、機像ゴーレム相手にセイバーが振るった剣の一本だ。
新鍛のこいつに、成長の過程も蓄積された年月もないし、凌駕すべき工程も無い。今の俺は見てくれはともかく、この程度の魔剣なら現実でも鍛てる。

「宝具と違って、こいつくらいなら無理せず投影できるんだ」

俺はセイバーに両手剣を渡した。セイバーはその剣を手に軽く演舞する。身長に比して長すぎる剣ではあるが流石はセイバー、難なく操る。

「ええ、間違い有りません。あの時の剣です。ヴィルヘルミナの剣らしく癖の無い、使い勝手のよい剣です」

そういってセイバーは俺に剣を返した。俺は手に取った剣を解呪する。
こいつも最近覚えた施術だ。俺の投影は、放っておくとガワだけとはいえ永続してしまう。
遠坂に言わせるとこいつは“投影”という魔術の異端の極だ。脳をホルマリン漬けにされかねないという。よって投影したものは、使い終わったら素早く解呪する術を教わった。
イメージを意図的にずらして現実との矛盾を広げるのだ。それで幻想は現実に負け剣は消失する。
……なにか忘れている気もするが、とりあえず問題は起こってないので大丈夫だろう。

「あの、シロウ。一つ質問しても良いでしょうか?」

セイバーが遠慮がちに聞いてきた。言いにくいというか恥ずかしがってるというか、年相応の少女に見えて大変可愛らしい。

「なんだ? 俺で応えられることなら何でも聞いてくれ」

「先日の剣なのですが、あれも投影できるのでしょうか?」

ああ、『王者の剣EX・カリバーン』か。あれは特別だ。

「あれは駄目なんだ。まだ投影できない」

「『まだ』とは?」

「あれってまだ完成してないんだ。イメージだけで」

そう、あれは今だ未完成の剣だ。俺の中にあるといっても今はまだ固まっていない。イメージはある。だが、骨子も技術も工程も定まっていない、揺れ動いているのだ。その為か見るたびに微妙に違っている。
だからこそ剣鍛してもすぐに消えてしまう。固着した部分だけ『新鍛の剣ノイエカリバー』に反映するに止まっている。

「でも必ず完成させるぞ、たとえ一生掛かっても、あれだけは完成させて見せる」

「はい、楽しみにしています」

「――Cow――」

見詰め合う俺とセイバー、そこにランスが水を差す。
無粋であるがとでも言いたげな表情で、さっと右翼だけを上げて居間のほうを指し示す。器用だな。
あ、なるほど電話が鳴ってるのか。
俺はランスに礼を言って、居間の電話を取った。

「あ、シュフランさん。いつもお世話になってます。何かあったんですか?」

電話は、ルヴィア嬢のところの執事さんからだった。今日はバイトの日じゃ無かったはずなんだが。

「いや、衛宮くん。すなまいが力を貸してくれないかな?」

これでピンと来た。またルヴィア嬢がやらかしたんだろう。俺は、向こうに聞こえないように小さく溜息をついた。

「判りました、遠坂に連絡してそっちに向かいます」

今日はここに遠坂は居ない。研究のため学院に泊まりこんでいるはずだ。バイト以外でルヴィア嬢のところへ行くときは連絡を入れるべし、と最近になって、釘を刺されたのだ。

「ああ、衛宮君その必要は無いと思う」

「はい?」

「今回は、ミストオサカも一緒なんだよ」

皆まで言われなくともわかる。俺は今度こそ大きく溜息をついてセイバーを呼んだ。




「まったく、なにやってんだよ。あいつらは」

俺はセイバーを助手席に乗せ、エーデルフェルト邸への道を急いだ。二人とも普段は超がつくくらい一流の魔術師の癖に、お互いのことが絡むと子供の喧嘩レベルの判断力に成り下がる。

「パスに関して問題を感じませんから、命に別状は無いと思われます」

セイバーがそう言って俺を宥めてくれる。ちなみにランスはお留守番だ。貴婦人の危機に騎士として云々と言ったところで、セイバーが有無を言わさず籠に押し込めた。
なんでも女性がらみでランスを連れて行くのは、火事場に爆弾を持ち込むようなものなのだそうだ。奥が深い話だ。

「また飯も食わずに篭りっきりで没頭してたんだろう、せめて食いもん持って篭れってんだ」

まったく学習能力にかけた連中だ。俺はいつも自分が言われることをここぞとばかりに思ってやった。今回は食材の用意はしていない。ルヴィア嬢の家だし、そのあたり問題は無い。すでに電話で執事さんには食事と風呂の用意は頼んである。

「しかし、凛が研究にと家を出たのは昨日。食事にしては早すぎないでしょうか?」

「そう言われればそうだな。あいつら、本当になにやったんだ?」

とにかく向こうに着くのが先決だ。俺は車を走らせた。




「煙?」

「そうなのだ衛宮君。今朝、工房の隙間から煙が立ち昇ってきた。量はわずかだが中からの応えも無い」

いつもと寸分変わらぬ執事さんの物腰。でも明らかに心配している。瞳が凍るほど冷静だ。
危機が募るほど頭が冷える。この人はそのタイプだ。

「わかりました。扉は?」

だから俺も無駄口は叩かない、事実を確認し対策を講じる。

「普段の魔錠は開けられる。ただ、なにかの実験をしていたようで結界を強化されているのだ」

「セイバー頼む」

俺は一つ頷くとセイバーと共に書斎へ向かった。セイバーはすでに剣を取り出している。あの二人の結界だ、俺なんかが悠長に解呪してたら日が暮れる。セイバーの一撃でこじ開けるのみだ。

「シロウ、シュフラン殿。下がってください」

書斎の結界を確認したのち、俺はセイバーに場所を譲る。強力な結界だがセイバーなら破れるだろう。マスターの所在不明で魔力の供給に些か問題があるとはいえ、一撃なら問題は無い。

――― 禁!―――

一閃、ただの素振りに見えるがそうではない、刃先に魔力を込め、結界に向かって叩きつけたのだ。眼前の光景が一瞬、鏡が割れたようにずれ、歪む。
直後、一塊の煙が隠し扉のあたりから書斎に流れ込んでくる。

「俺たちが行きます。シュフランさんはここで」

「お任せします。お嬢様をお願いします」

執事さんに緊急時の備えをお願いし、俺はセイバーと共に隠し階段に飛び込む。
幸い、煙は地上部分に集中していた。何か燃えたにしろ、もう炎は無いようだ。壁一面、煤がこびり付いてはいるが熱も感じない。ほっと一安心して俺たちは下へ、ルヴィア嬢の工房へと向かう。

「シロウ、人の気配はあります。二人とも息はあるようです」

セイバーの声。真っ暗だがセイバーには気配でわかるようだ。
俺は慌てて“灯り”の呪を編む。初歩の簡単な魔術なのだが、俺は苦労した。なにせ剣からの繋がりがつかめない。“光剣ライト・セイバー”の概念を思いついたときは躍り上がりたい気持ちだった。こんなもんを魔術に持ち込んだのは、多分俺が初めてだろう。

「あれ?」

さぞや悲惨なことだろうと思っていたのだが、照らし出された工房は思ったより綺麗だった。いや、綺麗といっても整理されているというわけではない。そっちは相変わらずだ。なにか爆発や火事があったにしては綺麗だったという事だ。

「シロウ! あそこに」

セイバーが指し示す方向に目をやる。居た。中央のかなり開けたスペース、流石にそこでは爆発でもあったのだろう、粉々になった魔具、炭になった小物、そこかしこに焼け焦げがある。そしてそのスペースの両脇に、突っ伏すように倒れる二人の女性の姿。

「遠坂! ルヴィアさん」

俺はそこいらのガラクタを掻き分けそちらに向かう。よし、煤だらけだし衣服も焦げ跡もあるが心音も大丈夫だし、呼吸も……って、おい……

「シロウ……」

セイバーも気がついたようだ。実に気持ちよさそうな寝息だ。お二方ともぐっすっりと御休みになられているようだ。すやすやと本当にとっても気持ちよさそうだ。
そんな二人を見てセイバーも微笑む。勿論、なんて微笑ましいなんて理由で笑ってるわけじゃない。多分俺も今、微笑ってるぞ。

「セイバー、上に行ってバケツに水汲んできてくれ」

「判りましたシロウ、大至急いってきます」

本当に気持ち良い返事を残して、セイバーが上に向かう。気持ちはわかるぞ、こいつら、こっちの心配も知らないで……
セイバーはバケツを持って帰ってくると、俺に何も告げぬまま二人に水をぶっ掛けた。うんうん、それでいいんだ。

「――ふはっ! なに!」
「――きゃ! なんですの!?」

仲良く悲鳴がこだまする。寝ぼけ眼でびしょ濡れで、仲良く俺とセイバーの顔を交互に見て、はてなと言う顔をする。で当然、俺だけを睨むわけだな君たちは……

「文句はあとだ、セイバーやっちまえ」

「了解しました、シロウ」

有無を言わさず二人を担ぎ上げる。をを、流石に英霊、軽々と担ぎ上げて微動だにしない。

「な、なにすんのよ!」

セイバーの肩の上で遠坂さんが吼える。が、セイバーさんそんなことで動じやしない。

「お風呂です。準備は整っていますから、さっさと目を覚ましていただきます」

「自分で歩けますわ、きゃ!……ん……あん」

「お二方ともご安心を。ご婦人の扱いに慣れています」

「セイバー! あんた、どこ!……っ……や」

セイバーがものすごい事を極上の笑顔で言いながらずんずんと上に向かう。何故かどんどん二人は大人しくなっていく。今のはちょっと度肝抜かれたな。




小一時間ほどのち、女性陣お三方はご入浴と身だしなみを終えて食堂に入ってきた。風呂上りのせいか妙に顔が赤い。
その間、俺は執事さんと一緒に食事の用意である。午後二時過ぎと食事にしては些か半端な時間であるがやむをえない。そういや俺も昼飯食ってないな。
あ、セイバーも結局昼飯食い損ねてた。だからか……

昼食は俺もご相伴に預かったが味は覚えていない。
いい具合に茹で上がっていたお三方は終始無言でお食事なさっていた。約二名真っ赤に茹で上がりながら俺を睨んでおられたが、俺が一番怖かったのはセイバーの笑顔だ。食後、笑顔の質が変わってたときは心底ほっとした。

「俺たちに言うことあるだろ?」

セイバーがこっち陣営だというのを確認し後、俺は強気で言ってやった。
まったく、お前ら不用意すぎるぞ。必死で救出してみたら、呑気に眠ってたってんだ。こっちの身にもなってほしい。

「わかってる。一応助けてもらったんだから。ごめん」

「わたくし達が不注意だったのは確かですわ。シェロ、苦労をかけました」

不承不承であるが謝罪してくれた。二人揃ってシュフランさんにもきちんと謝っている。よしよし。
……いつもこんなに素直ならいいんだけどなぁ。

「でも不満がある」

いきなり向き直って、遠坂が俺を睨む。なにをさ?

「なんでわたしだけこの服なのよ!」

遠坂さんがテーブルを叩いて激昂なさっている。行儀悪いぞ。
ちなみに何故遠坂さんが激昂なさっているかというと、多分自分だけメイド服を着せられているからだろう。

先ほどバケツの水をぶっ掛けたことからも想定されるように、セイバーさんはあのまま二人を浴槽にぶち込んだらしい。そんな事をしたのだから当然セイバーもびしょ濡れだ。
そんな訳でルヴィアさんは当然として、遠坂もセイバーもこの屋敷にある着替えを貸してもらった。セイバーの服はルヴィアさんの数年前のものらしい、いかにもお嬢様で大変可愛らしい。で、遠坂なのだが……

「だって、わたくしの服ではミストオサカに合うサイズがありませんもの」

鈴を転がすような声音でルヴィア嬢が微笑う。視線は遠坂の胸。つまりはそういう訳だ。
で、今着ているメイド服は先日、遠坂が働いたときのものだ。

「良いじゃないか、服はメイドでもメイド扱いされてるわけじゃないんだから」

ちゃんと扱いはお客さんなんだし。そんな俺を遠坂がむぅ――と睨む。ルヴィア嬢が涼しい顔で笑うもんだから益々膨れる。

「さて、凛、ルヴィアゼリッタ。なにがあったのか、そろそろ聞かせてもらえますか?」

そんな喧騒をよそに、セイバーが歌うように聞く。両肘をテーブルにつき、組んだ両手に顎を乗せて嫣然と微笑む。流石のお二方もぐっと詰まられた。いやセイバー。それ、すげぇ怖いぞ。

「前に話したことあったでしょ? 遠坂家の家伝の実験。いろいろあってルヴィアと共同研究してるわけ」

「前回、学院での実験は失敗でしたわ、そこで今回はわたくしの工房で、資材の内容を変えてアプローチしたわけですの」

失敗したのが応えているのか些か元気が無い。しかし、

「一体どんな実験なんだ? 遠坂とルヴィアさんが揃っていて、二度も続けて失敗なんて」

魔法でもやろうっていうのか?

「うん、大師父の宿題って言ったでしょ? 第二魔法の限定作用についての実験」

うわぁ、本当に魔法かよ!

「とはいっても先は長いですわ。限定作用とはいえその完成が自動車なら、わたくし達が行おうとした実験なんて、そのエンジン部分の、そのまた歯車のひとつを作ろうとした程度ですもの」

それでも失敗続きですか。そりゃそうか、魔法なんて魔術師の最終目標『根源』へ連なる道だもんな、そう簡単にいかないのは当然か。

「凛、ではまた宝石が……」

セイバーが、地の底から響いてくるような暗い声で尋ねた。うわぁ顔に縦線が入ってる。気持ちはわかるぞ。

「あ、それ大丈夫。今回はルヴィアもちだから」

「そうであっても、あまり簡単に言って欲しくないものですわ。集めるのに一体どれだけ苦労した事か……。しかも、結果がでない浪費なんて許される物ではありませんわ」

へらへら笑う遠坂に、ルヴィア嬢がむっとした顔で言う。そりゃそうだろう。でもルヴィア嬢でも集めるのに苦労する宝石か、あまり想像したくないな。遠坂がこの間、塵にしちまった宝石だって総額は……考えるのは止めよう。

「結局、核の宝石が問題かぁ」

溜息まじりに遠坂が呟く。失敗続きとはいえ、らしくないな。えらく弱気だ。

「前回は翠柘榴石ウバロバイト、今回はアレクサンドライトで失敗。やはり代換物では無理ですのね」

「とはいえ『蒼紅玉ブルーカーバンクル』なんて今日日、手に入らないわよ」

「十九世紀まではかなりの数が出回っていましたのよ、倫敦でもモルカー伯爵家でしたかしら? かなり大粒の『蒼紅玉ブルーカーバンクル』を所有していましたわ。今は大英博物館ですけど」

「協会がガメ済みってわけ、ヴィーヴルは十八世紀に絶滅、カーバンクルは石以外は今のところ未確認。これじゃ供給も期待できないわ」

なんかまた判らない話になってきた。知らない固有名詞の羅列だ、十八世紀や十九世紀といわれても俺にはピンと来ない。
セイバーのほうは取敢えず財政上の問題にはならないと、ほっとしているんで他のことは気にしていないようだ。

「ヴィーヴルとかカーバンクルってなんだ? それと『蒼紅玉ブルーカーバンクル』ってのも知らないぞ」

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。それだけじゃなくここで聞いておかないと、この二人はこっちが判らなくても、言ったものは全てわかってるという前提の元で動きやがる。しらばっくれて後でえらい目にあうのはこっちだ。慣れたけど。

「しょうがないわね。まぁ、士郎は宝石魔術は専門外だからしかたないか」

遠坂がブツブツ言いながらも説明してくれた。
まず、カーバンクルというのはルビーや柘榴石のような赤い宝石の総称だそうだ。だから『紅玉』。で、その中でも、青い色に染まった石が存在するらしい。無論、自然なものではない。何らかの神秘に染まり青くなったものなのだそうだ。

ヴィーヴルとかカーバンクルというのはその神秘に属する魔獣だ。ヴィーヴルはイタリアに生息していた半人半蛇の魔獣、カーバンクルは南米に居ると伝えられている謎の魔獣だ。どちらも額に魔力の篭った『紅玉』を持っている。年を経たこれらの魔獣は、その神秘ゆえに本来紅いはずの『紅玉』が青く染まるのだそうだ。
ちなみに遠坂が言っていたように、ヴィーヴルは既に絶滅種、カーバンクルは石という形では確認されているが、本体はいまだ確認されていない謎の生物なのだそうだ。

「へぇ、珍しいもんなんだな」

ちょっとピンとはこないが、それだけは判る。

「なにを呑気な。一体どれだけ苦労してると思ってるのよ! なに聞いてたの!」

で、怒られた。

「だから一番蒼に近い翠柘榴石ウバロバイトや、紅翠妖眼ヘテロクロミアのアレクサンドライトを使ってみたわけですのよ、結局届きませんでしたけど」

「もうちょっとだったんだけど。うう、やっぱり大師父の書斎、漁りなおさなきゃ駄目かな」

頭を抱える遠坂。つまり今度、日本へ帰った時に調べなおしということだ。

「それでは、夏まで保留ですの? ちょっと気に入りませんわ」

不満そうなルヴィア嬢。そうだろうな。ルヴィア嬢も遠坂と一緒で、人任せや先送りってのに我慢がならないタイプだ。

「仕方ないわよ。戻るだけなら今すぐにでも帰れるけど、大師父の書斎を漁るなら、最低一月は篭らなきゃ意味無いもの」

「ですわね、仕方ありませんわ。では続きは、夏に日本でということで」

ん? あれ?

「その言い方だと、まるでルヴィアさんも日本へ来るみたいだな」

「来るわよ」
「行きますわよ」

なんで、そんな当たり前のことを聞くの? と不思議そうなお二方。はい?

「今回の共同研究は、わたしが情報、ルヴィアが資金と資材の持ち寄りだもの」

「大師父の書斎の閲覧も条件に入っていますのよ」

いかにも何気ない口調のお二人。だが俺は表情を改めた。

「ルヴィアさん。良いのか?」

俺や遠坂と付き合うようになってからかなり薄まったとはいえ、ルヴィア嬢の持つ日本人、日本に対して持っているおかしな感慨は結構根が深い。。
その理由について、俺は流石にルヴィア嬢から直接ではないが、シュフランさんからあらましを聞いていたのだ。
“聖杯戦争”
それが遠因であると言う。あの忌まわしい戦いは、俺たちだけではなくルヴィア嬢に対しても影を落としていたのだ。
第三回というから俺たちの戦いの二つ前、ルヴィア嬢の祖先はそれに関わっていたと言う。そしてエーデルフェルト家は、なんでもその魂の半分を失うという程の惨敗をきっしたらしく、それ以来“日本には決して足を踏み入れない”と言うまでの家訓さえ立てたという。
詳細はわからないが、ルヴィア嬢はこれを幼い頃から叩き込まれてきらしいのだ。
それなのに、こうも簡単に日本に……しかもその聖杯戦争の当地である冬木に来るというのだ。これは並大抵の事ではない。

「シェロやリンと知り合ったと言う縁もありますもの。わたくし、今回の事はこれを期にもう一度友好を深めるべき、という神託と捉えていますの」

だが、ルヴィア嬢は平然と言い切って見せた。遠坂に、何処か挑戦的な視線を向けたのが些か気になったが。それでも、俺はルヴィア嬢の態度に感心してしまった。三代に渡る因習をこうも簡単に……しかも、俺も微力ながらその決断にあずかっていると言ってくれている。なんだか誇らしい気持ちにもなる。
となるとだ……うわぁ、つまり今年の里帰りはルヴィアさんも一緒ってことか、賑やかと言うか騒がしいことになるぞ。どうせこの二人のことだ、書斎に篭りっきりってこともないだろうしな。
あ、客間足りてるかな? ルヴィアさんの荷物は多いだろうし、執事さんも来るのかな? うう、藤ねぇや桜になんと説明しよう……

「士郎、あんたまた馬鹿なこと考えてるでしょ?」

遠坂がそんな俺をジト目で睨んできた。

「馬鹿なことじゃないぞ、お客様を迎えるなら、それなりの用意をしなきゃいけないじゃないか」

「ルヴィアはわたしの家に来るの。誰が士郎の家に行かすもんですか」

いや、でもな遠坂。

「あら、ミストオサカ。宿のことまで心配なさらなくても結構ですわ、わたくしシェロの世話になりますもの」

「レディルヴィアゼリッタ。大師父の書斎はわたしの家にありますの、当然、お客様を無碍に扱ったりはしませんわ。家に御泊まりなさい」

優雅に睨み合いが始まってしまった。でもな遠坂、結局ルヴィア嬢は俺の家に来ることになるぞ。

「まず、凛からしてシロウの家に入りびたりでしょう。そうなればルヴィアゼリッタが黙っているわけがない」

溜息混じりにセイバーさんが解説してくれた。その通りだよな。
ともかく、今年の夏は賑やかな事になりそうだ。


皆様お待ちかねの『真鍮』くん再登場の回。
凛様の宝石消費の原因はこの実験でしたというお話。
相変わらずお二方とも後先考えずに、お篭りなさるようです。
前半は相変わらず苦労しました。

By dain

2004/4/21初稿
2005/11/06改稿

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