埠頭沿いの倉庫、中から微かな閃光が洩れる。が、音はしない。そうなっているのだ。
しばらくして数人の人影が倉庫から現れた。全員が武装している。
手に違った得物は全てが異相、全てが異形。銃とも剣ともいえない槍、闇よりも黒々とした影にしか見えない銃、どう見ても生きている様にしか見えない、うねうねと脈打つ剣。どれ一つとっても同じものはない。
次々と倉庫から異形を現し、男たちは倉庫脇に止められたバンの前に静かに整列する。
と、一人の男だけ一歩前に出た。

ほぼ同時にバンからも人影が降り立つ。人影はそのまま、整列した男たちを無視するように、倉庫の入口まで進んだ。
ただ一人、一歩前に進んだ男だけがそれに続く。

「詳細は結構です、結論だけを」

目標ファイルJの逃亡を許しました」

情報データの回収は?」

「そちらは完全に、一時消去デリートも完了しました。目標ファイルJは身一つで逃亡した可能性が九十%以上です」

「それは完全コンプリートではありませんね」

「は、申し訳ありません」

先行した人影は、先ほどまで男たちが居た倉庫の中を見渡す。「情報データ」と称されたものは文字通りの物ではない。各種の器具や資材、はては生き物の死体、人間の死体、人間だったものの死体。それらを含めて全てが「情報データ」なのだ。
先ほどの男の言葉から、少なくともここにあったものは全て一時消去完了こわし、ころしたということだろう。

「ここは?」

「倉庫ごと物理的消去ディスラプトします」

人影は倉庫の惨状に顔色一つ変えず、男に向き直った。

目標ファイルJ行動予測ゴートゥーを」

「取得した情報を総合し、外挿にて推測した結果、九十二.七四%で倫敦へ向かったと」

男はここで始めて若干の感情を表した。

「些か厄介です」

「そうですね、私の計算でも倫敦の可能性が一番高いと出ました。直ちに協会本部に連絡し回収班サブストラクターを移送する手配を」

「は、既に着手しておきました。百時間±五時間で渡英完了の予定です」

資源リソースのレベルを一つ上げることを許可します。八十四時間以内に渡英が完了するよう努力してください」

「は、」

男は一礼し足早に去っていく。

「倫敦、魔術協会本部。確かに厄介ですね」

小さく呟く。が、彼女の美しい人形のような顔には、些かも厄介だという感情は表れていなかった。





ぎんのおに
「白銀の戦鬼」  −Wilhelmina− 第一話 前編
Legion





「セイバーを貸して欲しい?」

腕を組みふんぞり返っているのが遠坂さん。声が思いっきり胡散臭そうだ。

「はい、お願いできませんか?」

そんな遠坂の声音を全く意に介さず、朗らかなまでのミーナさんの声。流石ですね。
だがいつもとは少しばかり様子が違う。腰が低い、今にも靴だろうがなんだろうが舐めさせていただきます、といった風情だ。
遠坂だって同じ。靴をなめてもらったって一文の得にもならないから、でもそれって結構気持ちよさそうだから、舐めたいってんなら舐めさせてやっても良いわよ、といった風情だ。性格でてるなぁ。
そんな両雄の攻防を、俺とセイバーはただ呆然と見つめていた。


ここは倫敦郊外、シュトラウス工房の迎賓室。
魔術協会で渉外を担当するシュトラウスのこと、場合によっては各国の閣僚や、教会の枢機卿クラスが使用することさえある部屋だ。王様なセイバーや、何処でも女王様な遠坂はともかく、俺にはとても居心地が悪い。
もっとも、最初ここに通されたときは遠坂もびびっていた。なにせ遠坂さんは大口債務者だ。いつもなら裏口から第七銀行しちやよろしくへこへこ通う場所に、正面から堂々とお迎えつきで迎賓室だ。びびらない方がおかしい。

だが、そこはそれ遠坂さんである。借金の催促でなく、何かのお願いであるとわかった途端、今の態度だ。ころっと掌を返された。ここまで来ると見事としか言い様がない。


「犬や猫じゃないんだから、貸せと言われて、はいそうですかってわけには行かないわ」

「もちろんです、きちんと事情は説明しますし、報酬だって出しますよ」

「そゆことなら、条件だけなら聞いてやっても良いかもね」

「ではお貸しいただけるということで……」

「話が先だって言ってるでしょうが!」

前々から思っていたのだがこの二人、微妙に話がかみ合っていない。お互い言いたいことを言ってるし、相手の話も聞いてるのだが、互いに微妙に話をずらして主導権を握ろうとする。
ルヴィアさんと遠坂の勝負がインファイトの殴り合いだとすると、ミーナさんと遠坂のそれは、フェイントと牽制を駆使したアウトスタイルのボクシングだ。

とはいえ、このままでは本題に入るまで長引きそうだ。俺は意を決して割り込んだ。

「どうしてセイバーなんだ? ミーナさんとこは言わば軍隊だろ、一個人の力はそう重要じゃないんじゃないのか?」

うわぁ、二人してえらく機嫌の悪い顔になった。なんだか凄く居心地が悪い。女の子のおままごとで泥の料理を見て、「なんだよ泥じゃないか」と言ってしまった男の子、と言ったところだろうか。

「それでは、セイバーさんをお借りしたい理由から説明しますね」

大きく溜息をついてミーナさん。遠坂が俺をじろりと睨む。判らないこともないが、納得できん!

「先日アトラス院から本部に連絡が入りました。破戒トキシック錬金術師が倫敦に逃げ込んだらしいので、早急に回収班を送り込みたいということなんです」

「うわ、それって迷惑な話ね」

遠坂が露骨に顔をしかめる。アトラス院? 錬金術師? 聞いたことはあるんだが良く覚えていないな。

「士郎、あんた判ってないでしょ?」

よほど間抜け面をしていたのだろう、遠坂さんは呆れ顔でお尋ねになられた。はい、仰るとおり。ちっとも判りません。
まったくしょうがないわね、と顔をしかめて遠坂が説明をしてくれた。

蓄積と計測の院、アトラス学院。そこは魔術教会の三大部門の一つにして最大の異端なのだそうだ。
まず、ここが行っていることは他の魔術師のような魔術を行使しての『根源』への道ではない。
元々が魔術回路の少なかったアトラスの術者は、秘蹟と科学の融合、錬金術に活路を見出した。特に彼らが力を入れたのは自分自身。己の“頭脳”を最大限に生かすことにより、未来を設計することなのだそうだ。

俺にはピンと来ないことだが、現実の事跡や情報を総合し計算することで未来を予測し、変数を調整することで未来を確定するという。それを突き詰めることで『根源』に至る、ということなのだろう。

だが、現在のアトラス院は、何故かこの道を進んでいないそうだ。それぞれの錬金術師が、それぞれ至高と思う事物を組み上げ、作ろうとしている。つまりは秘蹟と科学の融合による、至高の武器造りだ。

ただ、それらを一切、外には出さない。それどころか錬金術師の仲間内でも、自分の研究を明かすのは、タブーどころか重大な戒律違反なのだそうだ。
秘密の漏洩は即、抹殺対象。だからアトラスの秘技術は謎に包まれている。
この間、ミーナさんが激昂してたのがそれだ、ミーナさんは使ってこその道具派だもんな。

それでも、ここ二・三年は開放傾向にあって、ほんの少しではあるがアトラスの技術も、公式に外に出るようになったと言う。
なんでも後継者騒動の余波なのだそうだが、それでも尚、アトラスの技術は秘密であり、それを漏らすものは抹殺される。この大前提は崩されていないらしい。


「本部は、回収班の派遣に付いて許可する方向ですが、非公式という形で独自班を動かすことになったんです」

「それでシュトラウスってわけ」

遠坂が後を継ぐ。でも、それだけだとセイバーが必要な理由にならないんじゃないか? シュトラウスって強いんだろ?

「倫敦に居るのは教育部隊なんで、実戦力は低いんですよ」

あ、そういやそれはこの間、聞いたな。

「本来なら独逸から援軍を呼ぶんですが……」

「非公式な上に、アトラスの回収班ね、いつ来るの?」

「七十二時間後には来ちゃいますね」

「とんびに油揚げさらわれちゃ、敵わないってわけね」

「ええ、そういう事です」

なんか二人の顔が、越後屋と悪代官っぽくなってきた。正義の味方としてはあまり嬉しくないぞ。

「凛、ヴィルヘルミナ。命じられれば、戦うことはやぶさかでないが、私闘は余り好ましいとは思えない」

ほら、セイバーさんも渋い顔だ。なんか、こう。いかにも傭兵じみた話で余り面白くないぞ。

「御免なさい、ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたいですね」

ミーナさんは小さく肩をすくめて謝った。遠坂のほうは……あ、開き直ってやがる。魔術師なんてそんなもんじゃない、といわんばかりな顔で踏ん反り返りやがった。まったく、どうしてお前はそうへそ曲がりなんだ?

「はん、なに言ってるの。相手はアトラスからトンズラこいた逸れ錬金術師よ。アトラスの連中だって碌なもんじゃない。そんな奴らをわたし達のお膝元で、三日も野放しになんかしてらんないんだから」

遠坂ががぁ――と捲くし立てる。む、確かにそれも一理あるな。

「そうであっても、あくまで監視と警戒にとどめるべきでは? それくらいならヴィルヘルミナの手兵で出来るかと。実行部隊が三日後に来て解決するということなら、それで十分なはずです」

こっちはセイバー。ううむ、これも正論。どっちかって言うと、こっちのほうが穏便に済みそうだ。

「普通ならそれで済ますものなんですが……」

ミーナさんがしぶしぶと言った感じで、資料の束を取り出した。

「問題は、その逃亡錬金術師の持つ秘技術なんです」

非可逆性肉体強化剤Potion of HYDE』資料の表紙にはそう書かれていた。

「げっ、まさかカミカゼ・ドラッグ?」

さっと資料に目を通した遠坂が、えらく苦い口調で眉を顰める。なんだ? そのカミカゼって?

「薬によって、魔術回路を一時的に増幅・活性化させるんです、それで自己の肉体を限界を越えて強化するわけですよ」

ミーナさんは既に読み終わって、頭に入っているのだろう。必死で資料を読み解く俺たちに、難しい顔で応えてくれた。

「魔術師が使う分にはちょっと副作用が怖いけど、覚悟の上ならそう問題でもないわ」

ぶつぶつと資料を読み進む遠坂。どんどん顔つきが険しくなる。

「でも、この人の薬の場合一般人も使えちゃうんですよ」

ちょっと待て。それってとんでもない事じゃないのか?

「強制的に普通の神経を魔術回路代わりに!? 洒落になんないわね。そんなことして使った人間がただで済むはず無いじゃない」

「良くて廃人。普通は薬の力で暴れまわった後は死んでしまいますね」

視界が狭まる。俺は大急ぎで資料に目を通した。……なんてこった、こいつ正気かよ!?

「冗談じゃないぞ! こいつそんなもん使うつもりなのか?」

「資料を読む限りじゃ、こいつアトラスの時に人体実験しまくったみたいね。表の連中とも関わって大々的にやり過ぎて逃げ出すことになったみたい」

遠坂が表情を落ち着けて、淡々と言う。俺は背筋が凍った。そんなやつただの殺人鬼なんかより、よっぽどたちが悪いじゃないか。

「理性を保ったまま狂うと言ってきています。肉体的に限定すればインスタント死徒みたいなものですね。魔術師が使った場合は更に効果が上がります。勿論、これはアトラス院から送られてきた情報だけですので、実態は不鮮明なんですけど」

つまり、薬を使った場合。特に魔術師がその薬を使った場合の実戦力がわからないってことだ。

「だからセイバーさんの力を借りたいんです。三日以内に彼が動き出した場合、私共で対処できるように」

ミーナさんが真摯な表情で俺たちを見渡す。そういった理由ならわかる。というより、そんな奴三日も野放しになんかして置けない。セイバーも同じ思いだろう、表情が引き締まり戦士の、王の顔になっている。

そんな俺とセイバーの顔を見て遠坂が溜息をついた。なんでさ?

「はぁ、やっぱりこうなるのよね。判ったわミーナ」

「あ、セイバーさん貸していただけるんですか?」

「セイバーだけじゃないわ。そこの馬鹿もやる気満々だし。勿論わたしも加わるわ。それが条件」

ミーナさんが目を見開いて、遠坂と俺を見る。いや、遠坂のときはそれほどでもないんだが、俺を見るときの、露骨に心配そうな顔はちょっと傷ついたぞ。

「大丈夫よ、ミーナ。わたしも士郎も、聖杯戦争でいやってほど修羅場経験したんだから。あいつなんて、英霊相手に真っ向勝負挑もうかってくらいの馬鹿なんだから。安心して」

いや、遠坂。それはかえって心配されそうだぞ。ほら、セイバーが心配そうな顔になった。

「そうでしたね、御免なさい。忘れてました」

にっこりとミーナさん。今ので安心しちゃったんですか? なんか、ちょっと複雑な気分だな。

「じゃ、現状から説明して頂戴。どうせ、もう網は張ってるんでしょ?」

「はい、では詳しい説明は発令所で」

遠坂に促されてミーナさんは立ち上がった。どうやら、シュトラウスとしてはもう動き始めているらしい。俺たちはミーナさんの後に続いていった。
と、その前に。ミーナさんにひとつだけ、聞いておかなきゃならないことがあったな。

「ミーナさん。話を戻して悪いんだけど、一つ聞いておきたい」

「なんですか? 士郎くん」

「その薬なんだけど、ミーナさん手に入れるつもりなのかな?」

一瞬だけミーナさんが息を飲む。何気ない口調で言ったつもりだが、俺の真意を理解してくれたのだろう。
俺としてはそんな薬、根絶やしにしてやりたい。だがミーナさんや遠坂は魔術師だ。魔術師にとり秘術に善悪は無い。悪があるとすればそれは秘術を握りつぶすことのほうだろう。

「可能な限り手に入れたい。それが本音ですね」

きっぱりと俺の目を見て言い切った。冷たい魔術師の目。こんな場面では余り見たくない顔だ。

「ミーナさんの気持ちは理解できる。でも納得できない。だから俺は可能な限り潰す。いいよな?」

だから俺もきっぱりと言う。俺は魔術師になりたいわけじゃないんだから。

「判っていますよ、士郎くんがそう言わなかったら、かえって残念なくらいですからね」

ミーナさんは笑顔で応えてくれた。寂しいけれど、俺が俺である事を喜んでくれている。そんな笑顔だ。だったらもう何も言うことは無い。俺は俺、ミーナさんはミーナさんでやるべき事をするだけだ。
どんな結果もお互い恨みっこ無し。うん、それで良いんだ。




案内された発令所は、まさに発令所だった。小さな体育館ほどのスペースで、周囲にキャットウォークが張り巡らされている。中央の作戦卓には倫敦の大きなミニチュア、周囲にワークステーションとオペレーター。まるで映画のワンシーンだ。

「元々は映画のセットですから」

まんまだったらしい。違うところといえば、ワークステーションに混ざって置かれた水晶球や、倫敦マップの上で実際に動いている小さな人形たちくらいだろう。

「思ったより地味ね、人数も少ないし」

遠坂が少しだけ不満の口ぶりだ。確かにオペレーターのお姉さんも五六人しかいない、連絡員や補助員を含めて全部で十人くらいだろうか。

「協会の方針が、基本的にアトラス任せと決まっていますから。非公式ってことで、あくまで私共シュトラウス独自の行動という建前なんです。予算と人員が限られているんですよね」

残念そうなミーナさん。作戦要員は既に総出で街に繰り出しているらしい。まぁ、だからセイバーを助っ人に呼んだわけなんだろうけど。

「倫敦主要部は除外されているようですが、捜査は完了しているのですか?」

すっかり最高司令官おうさまの顔で、状況を一瞥したセイバーが尋ねる。流石だな、もうそこまで見てたのか。

「主要部は協会の既存網でカバーできますから。流石に、そちらに入り込んだ形跡はありません。倫敦侵入は海からとの情報もありますし、サウスエンドも除外されています」

ミーナさんが、説明というより報告の口調でセイバーに向かい合う。つまりテームズ河沿いのイーストエンドかウェストエンドに潜伏しているというわけだ。

「ねぇ、あのピカピカ光ってる車はなに?」

手近かな水晶球で、倫敦散策を楽しんでいた遠坂が顔を上げて指差す。中央のマップに目をやると、なんかバンみたいな車が蛍光色に点滅しながら街のそこかしこを走り回っている。

「簡易結界車です。人払いと防音の結界を即座に発動できるよう周回させているんです。ピンクの点滅は結界車で、ブルーの点滅は移動指揮車でもあるんですよ」

外装は放送局の中継車だそうだ。実際に策戦するときは映画のロケという名目で行うらしい。なるほど、手回しが良いな。遠坂さんも感心しておられる。

「準備万端ってわけね。納得したわ」

うんうんと腕組みしたまま頷いて、なにやら楽しそうな遠坂さん。ここは地味目でも、外は思いのほか派手目な演出だったので満足されたようだ。本当、お前派手好きだなぁ。

「それでは、目標の発見までは待機していてください。状況開始が決まり次第連絡しますから」

説明が一段落して、ミーナさんはそう言ってくれた。とはいえ、この状況で落ち着いて待機なんかしてられない。俺は――

「待ってミーナ。わたし達も動くわ」

――遠坂に先を越された。

「だいいち士郎が黙って待っているわけ無いでしょ? こいつ馬鹿だし正義の味方なんだから」

「私もついています。シロウのことは任せてもらいたい」

二人して人のことを、駄々をこねる子供ように扱ってくれやがります。ミーナさんも妙に納得してるし。

「むっ、なんだよ俺だって自分の身くらい守れるぞ」

「この状況であんたが自分の身を守れるわけ無いでしょ! 絶対誰かを助けようとするんだから」

「その時にシロウを守る人が必要なのです。シロウにそれをするなとはもう言いません」

非常に息のあったマスター&サーヴァント。むぅ、反論できない。

「判りました、それではウェストエンドの巡回をお願いしますね。今マップを用意させますから」

ミーナさんは、オペレータのお姉さんを呼んで、巡回ルートの地図を持ってこさせた。更に、ポケットから呪刻された石を取り出すと、指先を切り血を一適垂らして起動する。

「地図と通信石です。これで丸一日持ちますから」

「へぇ、ミーナは血を直接使うのね」

「ええ、私は凛さんやルヴィアさんみたいに、転換や流動を上手く扱えないんです。その代わり、血の魔力は普通より強いし、長持ちするんですよ」

石と地図を受け取った遠坂は、なるほどねぇと石をかざして眺めている。へぇ、双子座相互連絡水星使者の呪刻なんだな。

「ああ、そうだ。ミーナさん、こっちからはランスを預けとく」

「ランスくんですか?」

「うん、新月近いし天気も悪いから、今のランスは夜には動けないんだ。どうせ策戦は夜だろ? だったらミーナさんに預けて、ここから全般の状況を伝えてもらう方が役に立つ」

「あ、士郎。珍しく鋭いじゃない」

遠坂さんのむごいお言葉。ほっとけ。

「あ、そうでしたね。ランスくんが使い魔だってすっかり忘れてました」

あの、ミーナさん。じゃランスのことなんだと思ってたんです?

「ランスには私からよく言い聞かせておきます。ご迷惑はおかけしないと思います」

あの、セイバーさん。ランスは俺の使い魔なんだけど……いえ、いいんですけどね。
なにか今ひとつ釈然としないが、行動の方針は決定した。この夜から俺たちも行動を開始することとなった。




その夜、街頭に照らされた街並みを、俺たち三人は夜の散歩という風情で巡回した。場所はウェストエンド。イーストエンドが下町なら、郊外の住宅地に当たる。
キングスロード沿いのショッピング街、一歩奥には入ればしゃれた住宅やアパートメントという、どうにも潜伏という言葉に不似合いな一角だ。本部や中継車と連絡を取り合い、深夜まで巡回したが、初日は収穫が無かった。
ただイーストエンドの方では、何か手がかりがつかめたらしい。次の日の巡回は、イーストエンドが主力になるらしい。


「歯がゆいな……」

俺としては納得できなかった。

「我慢しなさい。わたし達はいわば遊撃班なんだから」

「初手はヴィルヘルミナに任せましょう。彼女はプロフェッショナルです」

遠坂とセイバーが俺を宥めてくれる。つまり、今日も俺たちだけは、ウエストエンドを巡回することになった。
ミーナさんはいざと言うときのための保険だというが、どうも後ろに廻されるというのは気に入らない。遠坂だってそういう性格の癖に、俺が苛ついているからか、妙に落ち着いている。セイバーにいたってはちっとも気にした風がない。

「セイバーは良いのか? 昔はいつも先陣だったんだろ?」

ちょっと意地の悪い質問をしてみる。良く我慢できるな。

「それは人が居なかったからです。魔術師メイガスは騎士を率いることは出来ない。ラーンスロットも優れた騎士ではあったのですが、それ故に指揮官としては些か問題があった。ですが今回はヴィルヘルミナが居る。その点安心できます」

つまりミーナさんを信用してるってわけか。……俺は信用し切れてないんだろうか、ちょっと気が沈む。

「士郎の場合、性格よ。つまりは心配なんでしょ? あっちに行ってる連中が」

ぐっ、図星だ。そりゃ向こうに行ってるのが、いわば軍人さんであることはわかっている。だが、だからと言って心配しないで済むわけでもない。ミーナさんだって居るんだし。

「まったく、そんな心配かえって失礼なんだから。こっちはこっちでしっかりやれば良いの。第一こっちが安全と決まったわけじゃないんだから」

とうとう遠坂さんは怒ってしまわれた。肩を怒らせながらとっとと先に進む。ああもう、今度はこっちの方が心配になってきた。俺が慌てて後を追うと、セイバーが微笑ましげについてくる。笑い事じゃないんだぞ。

遠坂さんは惚れ惚れするくらいさっさと先に立って進んでいかれる。俺たちは、そんな遠坂を先頭にキングスロードから、テームズ河沿いのチェイウォークに進む。昼間は良い散歩道なのだが、こんな時間だ、さすがに寂しい。

ふとセイバーが立ち止まり、川面に視線を送っている。なんだろう?

「どうしたんだ? セイバー」

「いえ、ヴィルヘルミナの説明で、船を使ったと聞きましたので」

ああ、そういえば海から上がったっていてたな。船か……ミーナさんに後で聞いておこう。
ただ、セイバーの視線はそれだけじゃなさそうだった。何か懐かしげな、思い出すような風情がある。
そんな俺の視線に気がついたのか、セイバーがわずかに口元を緩めて説明してくれた。

「前々回の聖杯戦争で、切嗣がエクスカリバーを使うときの断衝材として、船を使ったことがあったのです。川原からエクスカリバーを放ち、船を盾に街を守りました」

「あ、あの廃船その時のだったのね」

遠坂がぽんっと手を打つ。そういえば冬木の川にそんなものが有ったな。

「ちょうど、あのくらいの船でした」

セイバーが川に浮かぶ古い船を指差した。19世紀くらいのものだろうか? 蒸気船だ。古いわりに小奇麗に整備されて川岸に固定されている、レストランにでもするつもりなのだろう。




「うわぁ!」

その時だ、いきなり俺の頭にヴィジョンが飛び込んできた。ミーナさんのふくよかな胸。とっても驚いた。顔に血が昇る。

「ちょっと、どうしたって言うの?」

何か感じたのだろう、遠坂がむぅ――っとした顔で俺を睨む。ちょ、ちょっと待て。俺だってなにがなにやら。

「士郎くん、わかります?」

あ、ビジョンが上がって顔に変わった。そうか、ランスの視界だったんだな。お前って奴は……

「はい、何かあったんですか?」

一つ咳払いをして落ち着いてから、俺はランスを通してミーナさんに声を送る。といっても鴉の声だ、わかるのかな?

「目標が特定できました。ホワイトチャペル、ヴァランスロードの貸しビルです。すぐ車を廻します」

俺はランスとのラインを維持したまま、遠坂とセイバーに説明した。

「了解、こっちのコムにも車から連絡はいってる。一分で来るって」

「先行します。私は走ったほうが速い」

「判った、ランスに誘導させる」

俺はランスのヴィジョンをセイバーに譲る、なんのかの言ってこの二人も相性は良い。セイバーが飛び出すのと車が到着するのは、ほぼ同時だった。

「さぁて、暴れますか」

遠坂が嬉々として呟いた。まったく、どっちが能天気かってんだよ。




「ここか」

現場は少し寂れたホワイトチャペルの住宅街だった。一ブロックほど先の店舗兼用の貸しビル。そこが目標だ。周囲には目立たないように結界車が止まっている。俺たちを乗せた車は、その中の一回り大きな指令車の前で止まった。

「シロウ、凛。避難と結界の敷設は終わったとのことです」

車の前には先行したセイバーが待っていた。いつもの鎧装束の上に、暗色のマントを羽織り目立たぬようにしている。

「ミーナは?」

車から降りざま遠坂が聞く。

「こちらの準備も終わりました」

それに呼応するように指令車の戸が開き、ミーナさんが降りてきた。

度肝を抜かれた。

ミーナさんの姿は異相だった。
その身を包むのは、銀のルーンで縁取りされた黒いデニムの戦闘服パンツァージャケット、肩からは黒革のコートをマントのように羽織り、腰にはえらくごつい大型拳銃モーゼル。頭には阿弥陀に被った34年型の野戦帽、いつもは編みこんでいる銀髪は解かれて腰まで流されている。

なんと言っていいか。普段の姿からは全然想像がつかないくせに、異様なほど似合っていた。

闇を背負った『白銀の戦鬼ぎんのおに

ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。

「『魔具師デアボリスト』の正装ってとこね」

そんなミーナさんを、遠坂がにやりと笑って迎える。
なるほど、よくよく見れば縁取りのルーンは全て生きている魔具だ。コートにしても内張りに無数のポケットが縫いこまれている。その全てにルーン石や魔具が仕舞われているのだろう。拳銃もそうだ。銃身からなにから、全て細かな象嵌に覆われている。呪刻だろうか? ただの銃じゃない。

「有難うございます」

ミーナさんはにっこりと、こればかりはいつもの笑顔を浮かべて遠坂に応えた。続いて、

「包囲は完了しています。セイバーさんには正面から殴りこんでいただきます」

さらりと、とんでもない事を仰った。だってのに、セイバーはこくんと頷いてマントを脱ぐ。

「ちょ、ちょっと待った。いいのか、それで?」

もっと工夫というか作戦というか、そういったものは無いのか?

「いや、シロウ。それがベストだ。私なら大抵の物理攻撃や魔術攻撃は無効化できる。いわば破城槌。その隙に裏と上から別班が突入するのだろう」

「はい、その通りです。セイバーさんの衝撃力を利用して、その隙に制圧を完了させます。セイバーさんに対しての細かな対応やバックアップは士郎くんと凛さんにお願いします。よろしいですか?」

理屈はわかるんだが、何か釈然としない。もっと俺たちに出来ることがあるんじゃないかな?

「凛、シロウ。私としてはあなた方のほうが心配だ。無茶や無理は決してしないで欲しい」

そんな感情が顔に出たのだろうか、セイバーに釘を刺された。遠坂もちょっと不満らしい、口を尖らせている。とはいえ、ここは戦闘のプロに逆らえない。俺たちはしぶしぶといった感じで頷いた。

「それでは、状況開始は三分後。セイバーさんの突入を以って開始します」

俺は一つ頬をたたいて気を引き締めなおした。ただいまこの瞬間から、街は戦場に変わったのだ。


一部の皆様お待たせしました。ミーナさんの晴れ舞台です。
とはいっても、いつものお惚けミーナでなく ぎんのおに
黒と銀の軍服に身を包んだミーナさんをお楽しみください。
あと、某キャラもちらっと顔出ししてみました。
今回のテーマは「錬金術師 VS 贋金造り」、それでは後編をお楽しみください。

By dain

2004/4/28 初稿脱稿

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