――I am the bone of my sword.


俺は精神を統一する。心にこれから鍛える剣を思い浮かべ、その理念を、骨子を確認する。

目の前には赤く燃える炉。
すでに鋼は積み重ねを終え、鍛打にそなえ赤く熟している。


――Steel is my body,and fire is my blood.

炉からてこ棒に付けられた鋼を取り出し、鍛床の上に据える。鉄槌を手に取り心と魔力を込め、握る拳に力をいれる。
鉄槌も鍛床もただの鍛治具ではない。どちらも俺から流れ出す魔力を、鍛錬する刀身に伝える一種の魔具だ。
魔剣鍛ちと言っても方法は一つではない。鋼そのものに魔力を込める方法、出来上がった剣に魔術で付加する方法、魔術そのもので剣を削りだす方法。そんな中で俺に一番合った方法はこれだった。
実際に剣を鍛ちつつ、その各過程で魔力を付加する。ある意味、俺の投影に最も近い方法。それがこの鍛ち方だ。
俺は真っ赤な鋼を前にイメージを固める。さあ、鍛打の開始だ。


――I have created over a thousand blades.

何度も何度も打ち下ろす、不純物を叩き出し、純度を増す鋼に魔力を通す。鉄に染み渡った鉱物としての過去を一旦たたき出し、今、新たに剣の概念を叩き込む。
心を、思いを、鍛られた道に通し、叩き、鋼全体に染み渡らす。
俺は一心に打つ。何度も鍛打し、鋼を刃に近づける。俺の頭の中にあるイメージを重ね、鍛ち、溶かし、固める。


――Unaware of loss.

素延べ、打ち出し、形を整える。“剣”となった鋼に指向性を与え、魔剣としての骨子を刻むのだ。魔力を一つに重ね合わせ、剣と一体とするのだ。


――Nor aware of gain.

今一度、低温の炉で焼く、そして今度は繊細に慎重に小槌で打ち出す。刀身を整え、理念に添わす。剣としての最後の仕上げ。


――Withstood pain to create many weapons.

そして焼入れ。俺の血を透かしこんだ水に刀身を浸け、染み込ますと共に硬化させる。
悲鳴を上げる鉄が、痛みと共に幻想を結び現実と繋げる。

出来た。

水から上がった刀身を天にかざす。
いまだ刀身は黒々と濁っているが、その内側には光り輝く”剣”が確かに見える。
理念は骨子と結び、幻想は現実に鍛え上げられた。
生まれたばかりの幼い姿。未だ敵を撃つ刃も無く、心を躍らす輝きも無い。
だが間違いなく、今ここに一本の剣が誕生したのだ。





おうさまのけん
「剣の匠」 −King Aruthoria− 第四話 前編
Saber





「あ、そうそう。士郎くん、注文の品物が完成しましたよ」

それは二日前、お茶会の席でのことだった。
この日のお茶会はボルタックスミーナさんのお店。珈琲と紅茶、ザッハトルテとバウムクーヘンという、ちょっと独逸な午後だった。

「士郎、なんかミーナに頼んでたの?」
「シェロ、何をお願いしたのかしら?」

遠坂とルヴィア嬢が、仲良く小首をかしげて顔を見合す。

「ああ、あれが出来上がったのですね」

こくこくと、幸せそうにザッハトルテを口に運んでいたセイバーが、これまた嬉しそうにこくこくと頷く。ああ、セイバーは覚えててくれたんだな。

「見てのお楽しみです。それじゃあ、いま持ってきますね」

遠坂とルヴィア嬢に、にへらっと微笑みかけてミーナさんは鍛冶場に引っ込んだ。
残ったお二方は、自分たちだけ分らないのが些か不満のようで、恨みがましい眼で俺をジトッと見てやがる。

「む、睨んだって教えてやらないぞ。お楽しみって言うんだから少しは待てよ」

別に教えても良いのだが、最近二人揃ってちょっと我侭だ。よって俺も臍を曲げてやった。む、睨み返してきたぞ。こいつら普段は優等生なくせに、こういう時にはすぐ拗ねる。全く、少しは我慢することを覚えなさいってんだ。
ここで引くと付け上がるので、俺も負けずに睨みかえした。

「……」
「……」
「……」

しばしの睨み合い。セイバーが呆れたように溜息を付いたちょうどその時、ミーナさんが戻ってきた。手には小ぶりのスーツケース、なんか思った以上に大仰な仕掛けだ。

「お待たせしました」

こちらの空気に我関せずと、にっこり笑ってケースをテーブルに置くミーナさん。続いて、俺に向かってケースの蓋を開ける。おお、流石ミーナさん、注文どおりだ。

「――へぇ……」
「あら?」

さっきまでの不機嫌はどこへやら、お二方とも目を輝かせてケースの中身に見入っている。

「これ干将・莫耶じゃない、本物?」

ケースの中身は、きっちりと緩衝材に収められた二本の刀だった。干将・莫耶、俺が最も得意とする二本の小剣。遠坂さんは目を丸くしている。

「いいえ、レプリカになりますか」

俺にちょっと目配せしてミーナさん。うん、確かにレプリカみたいなものだな。

「カタナ……ですの? 二本って決闘用みたいですわね」

「中国刀ですから、カタナの仲間ですね。でも、決闘用じゃありませんよ、夫婦剣といって二本一組なんです」

そんな解説をよそに、俺は干将を手に取った。ああ、良いバランスだ。俺は軽く一振りして感触を確かめた。

「シロウ、どうですか?」

こっそりと興味津々なセイバーさん。何気に目が輝いている。

「うん、ぴったりだ。バランスも感触も俺の奴と変わりない」

無論、俺が投影した干将の持つ経験は存在しない。だが練習用としてはこちらの方が適しているだろう。練習に借り物の技術は必要ない。

「あ、刃はついてないんだ。模擬刀? そんなわけ無いわね」

遠坂が莫耶のほうを手にとって、矯めす眇めつしている。む、いつの間に。

「魔力を感じますわね、スイッチは……柄かしら、緩衝の魔術ですの?」

遠坂の手から剣をもぎ取って、今度はルヴィア嬢が刃を撫でる様に指を走らせている。

「前に話したことあったろ? 練習用の剣だ」

頃合と思い俺はそう言って、干将で軽く手を打つ。

―― 端!――

……へ? ぱん?

「あ、それが一番苦労したんですよ。わざわざ竹刀の音をサンプリングして、音を出せるようにしたんです」

……なにかミーナさんがとても妙なことを仰った。竹刀の音? サンプリング?
そんな俺の表情に、ミーナさんが不審そうに尋ねてきた。

「あの、士郎くん言いましたよね? 『竹刀と同じ効果がある剣が欲しい』って?」

――あ。そりゃ、言いましたよ、言いましたとも。でも一体誰が音まで再現すると思います? 道理で時間が掛かったわけだ。

「あら、面白い」

ルヴィアさんがテーブルの角を莫耶で叩いて喜んでいる。パンパン景気の良いことだな。遠坂は……あ、必死で笑いを堪えてる。ははは、確かにこれはなぁ……はぁ。

「なんか間違えちゃいました?」

よほど呆けた顔をしていたのだろう、ミーナさんが小さくなりながら恐る恐る聞いてきた。

「あ、いや、そんなこと無いですよ。いいな、竹刀の音。うん、やっぱり音がしなくちゃね。これで張り合いもあるってもんです」

自分でも何を言っているかわからない。

「シロウ、その慰めは些か無理があります」

溜息交じりのセイバーの声。うわぁ、遠坂やルヴィアさんは呆れ顔だし、ミーナさんは萎みきってる。
さぞ情けない顔をしているだろう俺から剣を受け取り、セイバーは苦笑しながらも先を続ける。

「しかし、ヴィルヘルミナ。鍛錬用の剣としては全く問題が無い。いや、剣単体としても見事なものです。かの名刀を良くぞここまで仕上げたものです」

「はあ、そう言って貰えると嬉しいです」

剣聖の確かな言葉に、ミーナさんもちょっとばかり持ち直したようだ。

「でも確かに面白い魔具ですわね、実用品では無いようですけど」

「そうでもないんですよ、麻痺弾用の技術に流用できましたし。あっちは使いきりなんでかなり楽でしたよ」

へぇ、色々考えてるんだな。流石は商売人。

「でもこれさ、かなり良い品よね?」

遠坂さんがほんの少し怯えたような視線で尋ねる。何を危惧しているかだいたい見当は付く。でもな遠坂、お前が常日頃使い切る宝石よりは安いぞ。それに、こいつは――

「ああ、お代の心配はしないでください。これのお代には、士郎くんの初物頂いちゃいましたから」





――ちょっと待て――!!


世界が凍ってる。遠坂もルヴィア嬢も、セイバーまで固まってる。俺も固まったぞ。そりゃ初物といや初物だけど……ミーナさん言い方考えてください!

「な! なに言ってるのよ! 士郎の初物はわ……じゃなくて! どういう意味よ、全然わかんないわよ!」

遠坂が壊れかけた。あ、危ないとこだった……

「……士郎くんの処女作を貰ったんですけど……なにか?」

きょとんとした顔のミーナさん。そう、俺が初めて鍛った剣を贈ったんだ。練習剣のお代はそれで良いっていうから。

「わたくしとしては、ミストオサカが言い掛けた内容のほうが気になりますわ。まぁ、過去は過去、未来ではありませんから。ちっとも気にしていませんけど。ね、シェロ」

にっこりと微笑みながら、俺を蕩けるように見詰めるルヴィア嬢。でも瞳が燃えてるんです、怖いんですけど。

「……ああ、剣ね。そっか。でも、士郎、そんなのいつ間に造ったの?」

遠坂さんは、どうやら自分が何を口走りかけたか、自覚が無いようだ。ほっと息をついて尋ねてくる。よかった、ルヴィア嬢の科白にも気がついてないようだ。

「いつの間にって、そりゃミーナさんのとこへ修行に行くようになってからだ、かれこれ三月ほど前かな?」

その後、ランス召喚用に一本鍛った。あれに関してはちょっと急ぎすぎたと思っている。もっときちんとつくりたかったなぁ。

「シロウが鍛えた剣ですか? どのような剣なのでしょう」

セイバーが今度はあからさまに興味津々で尋ねてきた。

「あ、お見せしましょうか? これが中々良い出来なんですよ」

満面の笑みを浮かべて応えるミーナさん。セイバーだけでなく、遠坂やルヴィア嬢も、思い切り興味深そうな顔をしている。
うわぁ、なんかもの凄く恥ずかしいぞ。「王様の剣」の時のミーナさんの気持ちがわかる。

「ひ、人様に見せるほどのものじゃ……」

俺は慌てて立ち上がってミーナさんを止めようとした。が、次の瞬間、両脇から遠坂とルヴィア嬢にがっきと掴まれる。肘から両手首まで極められ、そのまますとんと椅子に引き戻されてしまった。

「衛宮くん、なにを慌てているのかしら? 師としては、貴方の最初の作品を見せてもらうのは当然だと思うんだけど?」
「ええ、シェロ。貴方の最初の作品ですものね。主としては見て置かなくてはなりませんわ」

何故かとっても息が合うお二方。共に実に意地悪く、嫣然と微笑まれている。舌舐めずりせんばかりの、とっても嬉しそうなお顔だ。
しまった、恥ずかしがったりせずに平然としてりゃ、付け込まれなかったかも。
がっくりと肩を落とし、俺はセイバーに助けを求めようとした……が、駄目だ。ほんのりと頬を染め、ドキドキわくわくと目を輝かせながら剣の登場を待ってる。
なんか、こう。裸に剥かれて、俎板に縛り付けられているような気分だ。うう、ますます恥ずかしくなってきた。

「それでは、皆様お待たせしました。御開帳ですよ」

「うわぁぁぁ」

そんな俺の悲鳴を一顧だにせず、ミーナさんは芝居っ気たっぷりに微笑みながら剣を取り出した。
十分に油を染み込ませたシースから俺が鍛った剣を抜き、宝飾品でも差し出すように、そっと手を添えて皆に指し示す。
俺はと言えば、思わず目と瞑ってしまう。多分、今、俺は恥ずかしさで耳まで真っ赤になっているだろう。

…………

ん? 反応が無い。笑われたり揶揄からかわれたりと覚悟していたのだが、こう静かになられると不安のほうが増してくる。俺は恐る恐る目を開いた。

剣はミーナさんの手から、遠坂、ルヴィア嬢を廻ってセイバーの手に移っている様だ。
我ながら無骨な剣だと思う。宝具は疎か、ミーナさんの鍛った魔剣にも遠く及ばない。刃渡り五十センチほどの両刃の小剣で、底光りする刃こそ、そこそこだと思うが、鮫革の柄も、銀のガードも、俺が頭の中に描いたイメージの一割にも届いていない。だが、

「ちょっと地味だけど……良い出来ね」

「華やかさはありませんけど……丁寧な仕上げですわ」

遠坂もルヴィアさんも、なんか、こうちょっと悔しそうに褒めてくれる。で、何故かミーナさんにうらやましそうな視線を向ける。ミーナさんはといえば、なんか凄く得意そうだ。

「そうなんですよ、刀身だって、魔力はほんのちょっとしか篭っていないんですけど、もう、可愛らしいくらいに真っ直ぐな刃なんです」

なんだか、騙されてるんじゃないかってくらいの好評さだ。意外だなぁ。

「大したものじゃないぞ、力はともかく、仕上げだって細工だって全然半端だ」

だって、俺の知っている剣というのは、もっと気品があって繊細で、それでいて力に溢れる物のはずなのだ。

「そんな事はありません。良い剣です」

セイバーが俺の剣をしばらく見つめたのち、ミーナさんに剣を返しながら言った。

「初めてシロウに会ったときを思い出させます。不器用で、力不足ではありますが、真っ直ぐで遠いところを見詰めている。そんな剣です」

じっと俺を見詰めて微笑むセイバーの表情に嘘は無い。こと剣に関してセイバーは、妙な気遣いや遠慮は決してしない。そんなセイバーにまで、こんなふうに言われると、物凄くこそばゆい。

「士郎、もしかして貴方、宝具とかと比べてるでしょ?」

そんな俺に遠坂さんがジト目で聞いてきた。

「――うっ」

図星だ。というか、考えてみりゃ俺のよく知ってる剣って宝具クラスか、ミーナさんの剣クラスばっかりだな。博物館めぐりもしたが、そんな所にあるのは当然、名剣名刀の類だったし。

「なるほど、ミーナも一流の刀工ですものね、シェロは剣の基準が高すぎますわ」

ルヴィア嬢が溜息混じりに非難の視線を向けてきた。せっかく期待してたのに、なんでもっと面白いものを造ってくれていないのか、そんな感じだ。いや、別に芸人じゃないんだから。

「比べる相手が悪いわよ、初めてでしょ? これって大したものよ。うん、凄く綺麗よ。やっぱり士郎は“創る人”なのね」

遠坂が珍しく素直な賞賛をくれた。優しい眼で嬉しそうに笑いかけてくれる。こう、ぐっと来る。

「これがシェロの才ですのよ。初めてでこの出来ですもの。やはりシェロは“剣”を極める魔術師になれますわ」

ルヴィア嬢も一転、そっと掌を重ねながら俺に笑いかけてくれる。視線で抱きしめてくれる、そんな眼差しだ。

「レディルヴィアゼリッタ。“わたしの弟子”を賞賛していただいて有難うございます」

なんか、この二人には怒られてばかりだったからな、こうして褒められると実に良い気持ちだ。

「ミストオサカ、貴女こそ、“わたくしの従者”の教育にご助力していただけて、感謝の言葉もありませんわ」

特に自分の作品って、子供みたいなものだし。やっぱり他の人からも愛されて欲しいしな。

「ええ、“彼の師”としてこれからもしっかり導いて参りますので、全く心配なさらなくて結構です」

こうやって物を作ってみると、ミーナさんの気持ちも判るな。愛され使われてこその道具だよな。

「心配なんてしていませんわ。わたくしが“彼の主”ですのよ? 彼のことは任せていただきますわ」

折角、俺がこうやって幸せな気持ちで居るって言うのに……
お前ら、俺の目の前で火花散らしてるんじゃない!




「士郎くん有難う。大事に使いますからね」

そんな喧騒をよそにミーナさんは俺の剣をシースに仕舞い、そっと胸に抱き寄せるようにして、俺に笑いかけてくれた。ええ、そりゃあもう、ミーナさんに使ってもらえるなら、何の文句もありませんよ。

「あの、不束者ですがよろしくお願いします」

眼前のにらめっこをきっぱり無視して、俺はミーナさんに一礼した。ちょっと意味不明な言葉だったが、ミーナさんは俺の意図を汲んでくれたようだ。一つ頷いて、きゅっと剣を抱きしめてくれた。ミーナさんの胸の中か、いいなぁ……
そんな事をしていたら、眼前のお二方の空気が変わった。ミーナさんの胸元を、妙に羨ましそうに見ている。女性でもあの胸は羨ましいのかな?
で、これまた二人揃って俺を見る。なんか妙に恥ずかしそうで、それでいて期待の篭った目だ。御強請おねだりされている、そんな感じだ。俺には胸は無いぞ?

「そういえば、二本目の剣でランスを呼んだのでしたね?」

そんな妙に緊張した空気の中、セイバーが何か思いついたように聞いてきた。

「ああ、ちょっと急ぎだったんで短剣を鍛ったんだ。全部使い切っちゃったけどな」

なんだろう? 遠坂とルヴィア嬢が凄く残念そうな顔をした。

「では、シロウ。そろそろ三本目を鍛る頃合ではないのですか?」

「おう、俺もそろそろって思ってたんだ」

今度は、二人揃ってぱっと明るくなった。なんでさ?

「一本目は習作、二本目は召喚用ですから、三本目はいよいよ本腰ですよね」

ミーナさんがさり気に言う。その言葉にそこのお二方は、何故かピクンと飛び跳ねるように反応なさっている。

「士郎、その、どんな剣を鍛るのかなって思ったりするんだけど?」

遠坂が妙に遠慮がちに聞いてきた。もぞもぞと、なんからしくない。はてな、と視線で尋ねたが、ちょっと赤くなって目を逸らした。可愛らしいんだが、ますますらしくはない。妙な空気だ、ルヴィア嬢も遠坂と同じようにそわそわしてる。
ふと周りを見渡すと、ミーナさんは興味津々、セイバーは小さく溜息を付いていたりする。

「まだ決めてないぞ、材料だって今から用意しなきゃならないし」

簿妙な空気に途惑いながらも、俺は正直に言った。次を作らなきゃとは思っているが、まだ初っ端の理念さえ造り上げていない。

「それなら短剣などはいかがかしら?」

何処から取り出したのだろう、瀟洒な短剣を玩びながら、さらりとルヴィア嬢が仰る。
随分変わった形だ、そりゃライダーの杭みたいなのや、キャスターの前衛芸術みたいな短剣と違って、ちゃんと刀身は短剣の形をしているが、妙な形であることに違いはない。
二十センチほど刃渡りのの小ぶりの短剣。頭、柄の中央、ガードの部分に装飾されたリングが埋め込まれ、ガードと刀身の間に大きな宝石が埋め込まれている。俺は無意識のうちに解析をしていた。ああ、なるほど。

「へぇ収束具フォーカスなんだ」

呪を紡ぐときの精神集中の核となり、詠唱の補助をする恒久の補呪具。俺の見立てでは、埋め込まれた宝石の属性に連動しているようだ。
ルヴィア嬢は俺のそんな呟きに、にっこりと応えてくれた。

「ええ、これ自体は五本でセットなんですのよ、五貴石を利用して五大元素に通じてますの」

うん、収束具フォーカスに関してはそうだ、でもこいつはそれだけじゃないだろ?

「一種の暗器ですね」
「一種の暗器じゃない」

ミーナさんの何故か嬉しそうな声に、遠坂のいかにも胡散臭そうな声が重なる。そう、柄の各所のはめ込まれたリングは、順手、逆手に持ち替える為だけでなく、リングに指や紐を通して、手の内や袖口から素早く出し入れし振り回す為のものだ。

「あら? 貴婦人の嗜みですわ」

ルヴィア嬢はそんな遠坂の眼差しをさらりと流して、手の中でダガーを素早く取り回す。へえ、見事なものだ、小さいとはいえ刃渡り二十センチの短剣なんて、そう簡単に取りまわせるものじゃない。

「まったく……何が“魔術を使わぬなら肉体のみで応えます”よ。きっちりこんな道具仕込んでるんじゃない」

「あら? レスリングでは五秒以内なら暗器攻撃は許されていますわ」

ルヴィアさん、それを言うなら凶器攻撃です……っていうか、ルヴィア嬢はストロングスタイルじゃなかったのか? それに許されるったって、反則は反則だぞ。

「でも、こんは収束具フォーカスは俺にはまだ造れないぞ」

まぁその辺りの事は、ルヴィア嬢と遠坂の間できっちり話をつけてもらうとして、俺は話を剣の方に戻した。

収束具フォーカスは要りませんわ、ですが、シェロなら短剣として、これよりもっと使いまわしの良い品が作れませんこと?」

そう言われると。そうだな、リングじゃなくもっと柄の形自体で取り回しやすいものは作れるな。ガードの形を工夫して、柄ももっと手の形に添わせて……

「短剣じゃ面白みに欠けるわね」

遠坂がルヴィア嬢を一睨みして模擬刀を手に取った。

「士郎は、これが一番馴染んでるんでしょ、だったらこういった小剣か刀を作るべきよ。そのほうが意味があるわ」

今度は遠坂がそう言いながら立ち上がる。と、数歩下がって構えを取った。
まずは右手で刀を持ち起立する。次に左手を間合いを取るように前に突き出し一旦停止。それから右足を一歩前に出し左手を引くと同時に剣を振り上げ、そのまま斜めに切りおろして半身に構え直す。最後に剣を脇に一旦引き、左手の反動を利用し更に一歩踏み込みつつ切りまわす。

「――へぇ」

軽い演舞だが、よどみない流れるような動きだ、そういえば遠坂は中国拳法を齧ってたな。それでか、あれにはこういった剣や刀の扱いも入ってたはずだ。
遠坂はどうだとばかりにルヴィア嬢を見下ろして、俺にはちょっとはにかんだ様に微笑みかけてきた。

「どうかな? 士郎だって自分が使いやすいほうが良いんじゃない?」

それは確かに一理ある。
とはいえ、ここまでくれば鈍い俺でも流石にわかる。つまり、お二方は次に俺が鍛る剣を自分の為に鍛ってくれないかな、と、暗に御強請りしているわけだ。先程の、もじもじやそわそわも、それだろう。そんなにミーナさんが羨ましかったのか?
まぁ、日ごろお世話になっているのも確かだし、二人ともそんなことで喜んでくれるなら、それも良いかという気持はもある。でもな――

「あらミストオサカ。やっぱり短剣ですわ。シェロには無骨な鉄の板切れよりも、もっと繊細な細工の方が似合いますもの」

「でもね、レディルヴィアゼリッタ。そんな根性の曲がった暗器なんかより、こういった真っ直ぐな武具のほうが、よっぽど士郎らしいと思いますわ」

――そうやって俺のことを無視して睨みあうってのはどうよ? というか、その二つのうちのどっちかに決定? む、ちょっと反撃したくなってきたぞ。

「やっぱり次は実用的の長剣にしようかな、余り奇をてうのは……」

ちょっと待て! お前らなんだ、その捨てられた子犬のような目は。二人揃って目に涙を溜めてうるうると俺を見詰めやがる。うわぁ、睨まれたり、微笑みかけられたりするより利くぞ。新手の邪眼ですか?

「シロウ、その二つのうちのどちらかにするのは、どうやら決定です」

そんな俺の狼狽を見て、セイバーが溜息混じりに断定してくれた。なんかちょっと残念そうなのは気のせいだろうか?

「流石に、二ついっぺんは無理ですもんね」

ミーナさんも朗らかに言って下さる。汚い奴らめ、この二人が味方だと知ったとたん露骨に嬉しそうな顔しやがる。

「シェロ、短剣が良いですわよね」
「士郎、刀よね」

きらきらしたお目々で、ここぞとばかりにずいっと迫ってくるお二方。うう、どっち選んでも俺は不幸になりそうだ。

「それじゃあ、ここは公平にいきましょう」

そんな様子を、しばし顎に指を添えて考えていたミーナさんが、一つ頷くと二人に告げる。他の皆がはて、という顔で注目してきたのを確認して更に話を続けた。

「凛さんとルヴィアさんが試合をして、勝ったほうが士郎くんの次の剣を貰う。これならどちらも文句は無いですよね」

にっこりと朗らかに怖いことを提案なさった。ん? ちょっと待った。“貰う”ですか? 決定ですか?

「ちょっと待て、そりゃいくらなんでも乱暴じゃないか?」

「試合ってことは魔術じゃないわね」

「ええ、勿論。得意の得物での格闘戦になりますね」

俺の意見はスルーですか? あ、いや、それは別にして、それじゃあ遠坂は良いとしてルヴィアさんが……

「文句はありませんわ、ミストオサカとは一度決着をつけないと、と思っていましたもの」

「そうね、レディルヴィアゼリッタ。前回は引き分けでしたものね」

……問題無しですか、そうですか。お二方ともやる気満々でバチバチと視線で火花を散らしあっている。俺の知らないところで、お前らなにやってたんだよ。

「おぉい、喧嘩は良くないぞぉ」

「では審判は不肖、私が勤めさせて頂きます。場所はうちの道場、時間は一週間後でいいですね? あ、セイバーさんには立会人をしてもらいたいんですけど、良いですよね?」

「……あ、はい。私でよろしければ」

ミーナさんの場違いなほど明るい声に、成り行きに呆気に取られていたセイバーが反射的に応えている。やっぱり俺の意見はスルーですか。

とまあ、こんなわけで、なし崩しに遠坂とルヴィア嬢は、俺の次の剣を賭けて試合をすることになった。結局、俺の意見は終始スルーされてしまった。
当事者としてはなんか空しい。昔話なんかでよく試合の賞品にされるお姫様とかって、こんな気持ちだったんだろうな。
まあ、別に良いんだが。普通逆じゃないのか? こういうのって?


士郎くん剣を鍛つの話。
士郎くんの作る物は技術や仕上がりはともかく、とても気持ちの良いもんが出来るんじゃないかと。
取敢えず久々に掛け合いを書きたくなって書いた作品です。
それでは後編にご期待ください。

By dain

2004/5/19 初稿
2005/11/7 改稿

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