双剣を構え、俺はセイバーに対峙する。

流石、セイバーには一分の隙もない。
随分慣れたとはいえ、竹刀はセイバーにとって自分の得物ではない。本来、セイバーの得物は幅広の西洋剣、握りも力の込め具合も全く違うはずだ。
それなのに、今、胴着姿で正眼に構えるセイバーは、どんな高段位の剣士よりも様になっている。

だが、俺だって射すくめられてばかりではない。ちらりと見渡して、脇に脇にと回り込む。必ず隙はある。
無論、セイバーが全力でないのは判っている。俺のレベルに合わせて手加減はしている。ただ容赦がないだけだ。

見えた。じりじりと回り込むこちらの動きにあわせて、切っ先を向けてくるセイバーに半分はんぶの隙。板目に合わせた為だろう、ほんの指一本分遅れた。
いける。一瞬だけ視線を巡らし、俺は躊躇なく飛び込んだ。

有無を言わせぬ突進。今の俺のあらん限りの速度と質量を以って、セイバーにぶち当たる。
両刀とはいえ相手はセイバー、攻めに二の太刀はない。一刀に全てを込めて叩き込む。

「――――は!」

それをセイバーはこともなげに受けきった。体格差も突進力も関係はない。一歩も引かず平然と受けきった。いや、本来なら更に前進して俺を弾き飛ばすことさえ出来たろう。
が、セイバーはそれをしなかった。理由は――

「――ちっ!」

俺は、セイバーの剣に捕らえられた干渉に莫耶を添え、押し出す力で一気に下がる。

やはり。

下がらせて貰えない。鍔迫り合いの姿勢のままセイバーは速度をあわせ更に迫る。

――つまり、
技もへったくれもない。セイバーはこのまま一気に俺を押し切るつもりだ。さっきの隙もわざとだ。俺を誘い込み、力ずくで押しつぶす。

これはあれだな――
じっとりと冷や汗をかきながら、俺の心はかえって冷静だった。

――最近、そこそこ使えるようになった俺への警句だな。
多少の技など大きな実力差の前には泡沫の意味も無い。そのことを俺に叩き込むつもりなのだろう。確かに、生半可な実力や自信は、生死を掛けた戦いの場では、かえって害になりかねない。
ギリギリとセイバーの竹刀は俺の双剣を押しつぶす。あ、駄目だこりゃ……

「ま、まいった」

なのにセイバーは引いてくれない。更にぐいっと押し込むと、今度は逆に素早く引いて俺を泳がす。

「――うわっ!」
――― 端!―――

泳いだ俺の腰と頭に強かな竹刀の連撃。そのまま俺はつぶされた蛙よろしく、床板を抱擁することになった。

「ひ、酷いぞ。セイバー」

降参したって言うのに、俺は情けないとは知りつつもセイバーに抗議する。

「酷いではありません。前々から言っていたはずです。小さな隙は、細かい動きで崩しから突破口を開けと。それをなんですか! いきなり大技とは? 一体誰に良い格好をしようとしたのですか!?」

セイバーが冷ややかな目で容赦なく責めつける。うう、図星を付かれた……





おうさまのけん
「剣の匠」 −King Aruthoria− 第四話 後編
Saber





「駄目じゃない、よそ見しちゃ」

なにしてるの? とばかりに小首を傾げる遠坂さん。相変わらず全然判ってくださらない。

「シェロ、気に病む事はありませんのよ、セイバーにシェロが勝つなどと誰も思っていませんもの」

慰めているようで、ちっとも慰めていないのがルヴィア嬢。こちらも繊細な男心をわかってくれない。

「一体何処見ていたんでしょうね?」

にっこりとミーナさん。この人も時々、何処までが本心かわからなくなるな。

「――――Cow――」

最後にランス。そんなもの決まっているではないか、と冷ややかに一声。更に未熟者めがと、ふっと笑いやがった。ああ、畜生。どうせ俺はお前みたいに色武両道じゃない。

「ところで衛宮くん?」

床に這い蹲ってどつぼには待っている俺のところに、楽しげにやってくる遠坂さん。ラブリーな笑みが非常に心臓に悪い。

「誰に良い格好したかったのかな?」

予想通りのご質問。小首を可愛らしく傾げ、見透かすような視線で微笑みかけてくれやがります。お前だよ、お前! 口に出せない悔しさを視線に込めて、恨みがましく睨んでやった。ちょっと情けないけど。

「シェロ、無理をしてはいけませんわ。わたくしそのままのシェロで十分ですのよ」

遠坂に続いてルヴィアさんまでやってきた。優しく笑いかけてそっと抱き起こそうとしてくださる。
――のは良いんだが、お前らそこで睨み合うな。うわぁ、なんか地の底から地響きが聞こえてくるんですが。
そういや、象の戦争に巻き込まれた蟻なんてたとえ話があったなぁ。実感してるぞ、たった今ライブで。

「凛、ルヴィアゼリッタ。まだわたしとシロウの試合は終わっていません、あまり遊ばないで頂きたい。だいいち今日は、貴女方の試合の為に集まったはず、ご自分の準備はよろしいのですか? それとも、もう既に始まっているとでも言うのですか」

そんなニトロな俺たちに向かって、セイバーさんは獅子竹刀でばんと床を突き、ジロリと一睨みする。
いや見事、一喝でライオンさんは象さんの戦争を止めてしまわれた。俺が不甲斐なかった所為か、今日のセイバーはちょっとご機嫌がよろしくない。

「シロウ、貴方も床に這いつくばってにやけて居ないで欲しい。まだ礼が終わっていません。さあ立ち上がって」

しぶしぶ下がる二人を確認してから、セイバーは一転、俺をにらみつけてきた。俺は電気にでも打たれたように、慌てて立ち上がって一礼をする。触らぬ獅子に祟りなしだ。とはいえ、にやけてたってのは無いよな。




「ご苦労様でした」

礼を終え戻ってきた俺たちに、ミーナさんがタオルを渡してくれる。俺はともかくセイバーは汗らしい汗をかいていなかったが、それでもタオルを受け取った。
ああ、セイバーのほうだけは濡タオルなんだな。汗はかいていなくとも多少は火照っていたのか、心地よさげに頬に当てている。そんな様子をそっと見ていたら。セイバーはようやく俺に微笑みかけてくれた。よかった、機嫌は直ったようだ。

ここは倫敦郊外、シュトラウス工房の訓練場。半分は板敷の道場形式だが、半分はつき固められた土の広場になっている。セイバーと俺が演舞と言う名目で試合をしていたのは、板敷きの道場のほうだ。
勿論、今日ここに集まったのは、俺とセイバーの試合の為ではない。
俺の鍛つ剣を賭けた、遠坂とルヴィア嬢の試合の為だ。今もセイバーに一喝された二人が、道場のほうで柔軟体操をしている。

今日は二人が二人とも、ちょっと珍しい格好をしている。
遠坂は、何処から引っ張り出してきたのか、真っ赤な巧夫胴着を着て、髪をチャイナシニョンに纏めてアップしている。こっちに来てから、ずっと髪を下ろして大人っぽくなったと思っていたのだが、こうして髪を纏めていると、ずっと幼く見える。なにか憧れていた日本での学生時代を思い出して、ちょっとどきりとした。

ルヴィア嬢は、きっちりした濃蒼のパンツに白い編み上げの長靴、上はゆったりしたシャツに胴だけ革の胴衣できっちり固めている。どちらも見た目より伸縮性が高いのだろう、動きは阻害されていないようだ。髪も後ろで一つにまとめシニョンにしている。なんかセイバーとよく似た髪形だ。こうやってみると、やっぱり普段より幼く見える。男の子の格好をした男装の麗人といったところだ。中々風情がある。

「―――Crew」

と、その時ランスが一声。各地の名花が揃ったようだが、主はどれを押すかな? と聞いてきた。あ、なるほど、剣道着のセイバー、チャイナの遠坂、洋風のルヴィア嬢か、なるほど和洋中そろってるな。
うん、どれもそれぞれ味があって良いと思うぞ、あ、ミーナさんのつなぎ姿も捨てがたいなぁ……

「士郎くん」

そんなことを考えていたら、ミーナさんに肩を叩かれた。あ、ドリンクですか。すみません。
会釈をして受け取ると、悪戯っぽい笑顔で、こっそりと耳打ちしてきた。はい?

「今日は凛さんやルヴィアさんに集中しておいたほうが良いですよ」

後が大変ですからね、やっぱり切嗣さんにそっくり、と笑顔で嬉しそうにミーナさん。ははははは……、こら! ランス。他人の顔をするな。お前が振った話だろうが!

「シロウ、なにをしているのですか?」

セイバーまでちょっと小難しい顔で迫ってきた。いや、待て、君たちがそうやって寄ってくるとだな、肝心のお二方が……

「にやけてるわね……」
「にやけてますわね……」

手遅れだった。じっとりと不機嫌な顔で俺を睨みつけている。

「いや、その。二人とも可愛いなって……」

とりあえず誤魔化してみる。おや? 誤魔化すんじゃないと怒鳴られるかと思っていたが、なんか二人とも妙に照れて縮こまっている。

「昔のだし、ちょっときついかなって思ったけど。案外着れたのよね、その、でもちょっと子供っぽくないかな?」

「動きやすいものですから、昔はこういった服装のほうが好きでしたのよ。でも、その、男の子みたいなので、止めなさいと言われてしまいましたの。御淑やかにしなさいと。シェロはどう思います?」

二人揃ってちょっと上目使いで聞いてくる。大変可愛らしい。でも遠坂はともかくルヴィアさんも昔はおてんばだったみたいだな、ちょっと意外……でもないか。
だって、ほら……

「あら、ミストオサカ。お似合いですわ。本当、まるで男の子みたいですわね」

「まぁレディルヴィアゼリッタ。大丈夫ですわ、それじゃあ、とても男の子には見えませんもの」

互いの視線は胸と腰。お互い真っ赤になって睨みあう。こらこら、お前らそういう話題はやめなさい。健全な青年としてはちょっと恥ずかしいぞ。

「ええと、そろそろ準備は良いですか?」

そんな俺たちに、見事なほど場の空気を考えないミーナさんの声が掛かる。遠坂とルヴィア嬢は互いに互いを睨みつけながら、フンとばかりに肩を怒らせて試合場に向かっていった。
俺とセイバーの時と違って、二人の試合は土の試合場を使うようだ。中央にミーナさんが立ち、二人にルールを説明する。

「では、使用するのは身体の一部と身に付けた剣だけですからね」

「つまり宝石や他の魔具は使うなと言うことですわね」

ルヴィア嬢だ。それはそうだろう、剣を賭けた武術の試合で魔術使ったってしょうがない。

「防具は胸当てだけで良いわ、思いっきり殴れなきゃ意味が無いから」

「ですわね」

遠坂さんの物騒なお言葉にルヴィア嬢も平然と頷く。おおい、喧嘩じゃなくて試合なんだぞぉ。

「はい、それでは得物はどうします? 一応一通り用意しましたけど」

「あてがあるから良いわ」
「あてがありますの、けっこうですわ」

と、ここで二人は俺に向かってずんずんと歩いてきた。ちょっと怖いぞ、あの、なんでしょう?

「士郎、借りるわよ」
「シェロ、お借りしますわ」

そのまま有無を言わさず、俺の手から干将・莫耶のレプリカを奪い取っていった。ちなみに遠坂が干将でルヴィア嬢が莫耶だ。

「えっと、別に良いんだが、それで良いのか?」

なんか、勢いとしては実剣でやりかねなかったんだが。いや、勿論、そうなったら絶対止めてるけど。

「いいわ、これって元々中国刀でしょ? わたしが一番使いやすいタイプだもの」

「大丈夫ですわ。わたくしも、この位の小剣が一番馴染んでますのよ」

それに、これなら思いっきりぶん殴れるしね、っと二人揃って視線で笑いかけてくる。怖いぞ、マジだな二人とも……

二人は俺の前で互いを一睨みして、そのまま試合場の中央に戻っていく。

「大事に至らなければ良いのですが」

二人が去った後、一歩引いていたセイバーが俺の脇に並んで溜息をついた。ずっと見てたんだな、わかるぞその心配。あの二人、普段は冷静すぎるほどなんだが、二人揃うと暴走するからな。

「いざとなったら頼むぞ、セイバー。俺一人じゃ心もとない」

保険をかけておく。なにせ、得物を持っていかれている。喧嘩を止めるのに実剣を使うわけにも行かない、行くなら竹刀で行くしかない。流石に暴走したあの二人を竹刀一本で止める自信は無い。

「わかりました、いざという時は私に任せていただきたい」

セイバーは力強く頷いてくれた。こういう事なら、やっぱりセイバーが一番頼りになる。俺は一安心して、遠坂とルヴィア嬢の試合に集中することにした。




「三本勝負で、二本取った方が勝ちですよ」

「レディルヴィアゼリッタ。お祈りは済ませたかしら?」

「あら、ミストオサカ。そちらこそ命乞いをなさる、心の準備は出来ていますの?」

思いっきり剣呑なご挨拶をなさっておいでだ。だから喧嘩じゃないんだぞぉ。

「それでは、はじめ!」

開始の合図と同時に、一気に間合いが開く。
二人とも右手に剣を持っての構えだ。遠坂は順手の剣を持ち、左手の掌を前に出し間合いを取る。ルヴィア嬢は逆手の剣を持ち、腰を落とした前傾姿勢で遠坂と同じように左手を前に出して間合いを計っている。

「意外だな」

俺の感想。遠坂は中国拳法だから良いとして、ルヴィア嬢はフェンシングのような刺剣の構えであろうと思っていた。

「そうでもありません」

セイバーが俺の呟きに応えてくれた。

「ルヴィアゼリッタの今手にしている得物は小剣。ならば間合いは短距離、だとすれば剣術よりも格闘レスリングの構えになるのは当然です。彼女の普段の身のこなしもそれを表していました」

ううむ、さすがセイバーさん。普段の身のこなしまで見ていたのか。
まぁルヴィア嬢は普段のあの格好でも、袖を落としてレスリングをなさるお方だ。噂では遠坂との抗争の中には、バックドロップでKOしたって武勇伝もあるくらいなのだ。そう考えれば、今のスタイルも不思議ではない。

最初に動いたのは遠坂、一気に間合いをつめ剣の刺突。これはルヴィア嬢が剣で受ける。が、遠坂はそのまま、右に半回転し、左肘をルヴィア嬢の側頭部に見舞う。
ルヴィア嬢は、それを素早くかがんで避けた。続いてかがんだ姿勢のまま左の肘で遠坂の膝の裏に足払いをかける。
と、遠坂はその前に一気にバク転、下から切り上げてくる剣をもギリギリで躱す。更に着地と同時にもう一度後転し、素早く間合いを開けた。

「剣術っていうより格闘技だな」

「あの二人の場合仕方が無いでしょう、剣はあくまでも手足の延長、そういった戦い方です」

それにしても二人ともいい動きだ。部屋に篭りっきりと魔術師とは思えない。いや、訂正。あの二人が部屋に篭りっきりの訳が無いか。なんとなくだが、本当はこの二人、こうやって思いっきり動き回るのが大好きなんじゃないかな。


さて試合だ、今度はルヴィア嬢が動いた。低い姿勢のまま一気に間合いをタックルの要領で駆け抜け、そのまま腰より下のラインで剣を横薙ぎする。
だが、遠坂はそれに意外な形で対応した。目の前に剣を突き立て、それを足場に右に身を躍らせたのだ。
流石にルヴィア嬢もこれには反応が遅れた。自分の回転モーメントと真逆の右後ろに回りこまれ、さらに、前は遠坂が突き立てた剣に塞がれている。遠坂の後ろからの回し蹴りを右肘でガードするのが精一杯。しかもその衝撃で剣を取り落としてしまう。

だが、そのおかげでルヴィア嬢は、左回転が可能になった。素早く左手で遠坂が地に突き立てた干将を順手に引き抜くと、左回転して横なぎに切りつける。
しかし、遠坂はもうそこに居ない。前転しながら、ルヴィア嬢の落とした莫耶を逆手に握ると、半回転してそのまま起き上がりざま下から切り上げる。
そして、そのまま回転を続けたルヴィア嬢の干将とガッキと組み合うことになった。
お互い鍔迫り合いのまま、ギリギリと刃を鳴らしながら立ち上がる。

「ミストオサカ、それはわたくしがシェロから借りた剣ですわ」

「レディルヴィアゼリッタ、それを言うなら貴女のもっている剣こそ、私が士郎から借りた剣ですのよ」

二人ともここへ来ても尚、口喧嘩は止めないか。流石だなお前ら。

そこから二人は一気に剣戟に入る。
剣を持ち替えている閑は無い、お互い不得手のままの握りのままだ
縦回転と横回転、そして上と下。幾重にも打ち合う赤と金。
一合、二合、五合、十合。お互い譲らず剣を打ち合う。
だが不得手な握りのままとはいえ、そうなると利き腕でない左に剣を握ったルヴィア嬢のほうが不利だ。徐々に押されて来る。

「――くっ!」

「甘い!」

ついにルヴィア嬢の左手の剣が弾き飛ばされた。最後の勝機とでも思ったか、遠坂の胸元に繰り出した右の拳も、半身になって躱され届かない。

「終わり!」

遠坂はその隙に逆手の莫耶を純手に持ち替え上段から切り下ろ――

「チェック」

――す直前、遠坂の左胸ギリギリで、届いていなかったルヴィア嬢の右の拳が裏返った。

―― 漸!――

カタリと音を立てて遠坂の胸当てが落ちる、そして遠坂の心臓に突きつけられているのは、袖口から拳に入りクルリと返った短剣の切っ先。

「うわぁ汚ぇ……」

俺は思わず呟いた。暗器かよ、これってありなのか?

「ミーナ! こんなの反則でしょ!」

遠坂が食って掛かる、気持ちはわかるぞ。

「あら、わたくしこの短剣を始めっから身につけておりましたわよ、ルールでは『使用するのは身体の一部と身に付けた剣だけ』ではなくて? 反則ではありませんわ」

「ええと、これは……ルールには触れていませんね、一応ですけど」

うわぁ屁理屈。ミーナさんもさすがに言いよどむ。

「――Caw――」

なに? これは油断をしたほうが悪かろう、果し合いの席にこの程度の策はつき物。ってランス、これは試合であって果し合いじゃないぞ。
一方遠坂は、莫耶を片手にぶるぶると震えながら俯いている。

「そう……ありなの……こゆのあり?……『使用するのは身体の一部と身に付けた剣だけ』ね……そう、よっくわかった」

「――と、遠坂?」

遠坂は、ゆらりと顔を上げる、口元に引きつった笑いを浮かべ、目は完全に座っている。
が、一度目を閉じて深呼吸すると、いつもの顔に戻ってさらりと仰った。

「ま、いいわ。ルールはルールだから。ミーナ、さっさと二本目行きましょ」

「わかりました、それじゃルヴィアさんの一本先行で」

当事者が承認したんじゃしかたが無い。でも、

「いいのか? 遠坂」

ちょっと心配になって聞いてみる。

「大丈夫よ、士郎。二本目を楽しみに見ていて」

にっこり微笑む遠坂。が、


ゾクリ


今、一瞬だけとんでもないものを見た気がする。そう、なんというか、一瞬だけ瞳の奥に金ピカ野郎の『あいつ殺す』の光が宿ったと言うか、あの聖杯の中身がチラッと映ったと言うか、ともかく俺は見てはいけないものを見てしまったようだ。




「それじゃ、二本目。はじめ」

ミーナさんの声で俺は我に返った。構えは一本目と同じ――え?

遠坂がいきなり剣を捨てたのだ。一瞬何かの罠かと疑ったようなルヴィア嬢だったが、薄く笑うと同じように剣を捨てた。

「うわぁ……」

そして始まった戦いは、一回戦とは全く異質の物だった。
歩法と体裁きで的確に相手の死角に飛び込み、必殺の拳を、肘を叩き込まんとする遠坂。そして、腰を落とした低い前傾姿勢から、まるで地を這う蛇のように流れるステップワークでそれを避け、逆にその肘を手首を捕え、圧し折らんと伸びるルヴィア嬢の掌。
中国拳法ストライカーレスリンググラップラー
もう、そこには剣のけの字も無い。それは純粋な格闘戦だった。

「全く……剣を求めている癖に、お二人ともこちらのほうがずっと得意そうですね」

そんな二人の戦いを、セイバーが呆れたように論評する。
まぁ確かに。とはいえ俺の心に一抹の不安が過ぎった。格闘では打撃より関節技のほうが有利とされている。遠坂の怪しい笑みの正体が無手での格闘戦を挑むだけなんて事だとは到底思えない。きっとまだ裏がある……

そうこうしている内に案の定、ジリジリと遠坂が追い詰められていく。軽量級のため一発の打撃がどうしても軽い遠坂は、腕を捕えられるのを恐れどうしても踏み込みが甘くなるのだ。
そして、ついに遠坂がルヴィア嬢につかまった。渾身の肘撃ちを躱され、斜め後ろに滑り込んだルヴィア嬢が遠坂の腰にするすると腕を回す。これは……

「貰いましたわ!」

こいつは関節技じゃない、バックドロップだ。かつて遠坂がノックアウトされたと言う、ルヴィア嬢の最も得意とする臍で投げるテーズ式のバックドロップ必殺技だ。

「甘い!」

―― 爆!――

だが直後、今まさに遠坂を投げ飛ばさんとしたルヴィア嬢が、逆に十メートル近く真後ろに弾き飛ばされた。同時に、何故か焦げ臭いと臭いと共に、仰向けに倒れたルヴィア嬢の胸当てが落ちる。
そして、軽く口の端を歪めてルヴィア嬢に向き直った遠坂の左腕には、淡く輝く魔術刻印が煌いていた。

「うわぁ汚ぇ……」

俺は思わず呟いた。今度はガンドかよ、しかも物理力化してやがる。二人ともマジで容赦がない。

「あら、わたしの魔術刻印は始めっから身体の一部ですわ、ルールは『使用するのは身体の一部と身に付けた剣だけ』じゃありませんでした? 反則ではないとおもいますわ」

「――Crw……」

なるほど、一理あるなって。いや確かにさっきのルヴィアさん認めた以上、こっちをなしってのは厳しいけどさ。

「ええと……ルールには触れていませんが……」

ミーナさん今度もちょっと良い淀む。気持ちは判るぞ、でも、もうどっちも引きはしないだろう。笑ってるが遠坂も目が据わりきってるし。

一方胸元を焦がされたルヴィア嬢は、さっきの遠坂同様にぶるぶると震えながら俯いている。
そして、ゆらりと顔を上げる。口元に引きつった笑いを浮かべ、目は完全に座リきっている。うわぁ、今度はルヴィアさんの番かよ

「そうでしたわね……、ええ、ええ、そうでしたわね……『使用するのは身体の一部と身に付けた剣だけ』ですものね。わたくしちっともかまいませんわ。さ、とっとと三本目を始めてくださいません?」

その目で確信した。駄目だ、二人とも手段が目的化している。三本目は『なんでもあり』になっちまう。

「ミストオサカ。わたくしね、そろそろ決着を付けたいと思っていたところですのよ」

「あら、奇遇ですわね、レディルヴィアゼリッタ。わたしも同じことを考えていましたわ」

「あの、凛さん、ルヴィアさん。ちょっと休け……」

「さぁ、フラウヴィルヘルミナ。さっさと三本目の声をかけてくださらない」

「それと、声をかけたらしばらく離れていたほうが良いかも、怪我はしたくないでしょ?」

「はぁ、では私も覚悟を決めます。三本目。はじめ」


一瞬にして空気が変わったが、もう二人とも得物なんぞ持っちゃ居ない。じっとりとにらみ合い、魔術刻印を煌かせながら互いの隙を伺う。
駄目だ、もはや二人の刻印は、ガンドなんてレベルを遥かに通り越したところまで登ろうとしている。まったく限度を知らないのかお前らは……


「――――Anfangセット!」

「――――En Garandレディ!」



「―――Cow……」

とはいえ、このままで居るわけにも行かない。ランスも些か調子に乗りすぎてしまったな、と諦めたように声をかけてくる。わかった、二人で止めよう。怪我ですみゃめっけもんだな。俺はランスと頷き合うと、決意を込めて腰を浮かす。




が、立ち上がった俺の肩はセイバーにそっと押し止められた。




「――――Wenn tausend Blitze flammen千の雷 光煌く時,――Wir sturzen vom Himmel und schlagen zu.我ら 天空より 来たり 撃つ!」

「――――Argentin brasier,braise creusee銀炎よ  内なる力よ――Front s,evaporer les soleils全ての陽を 蒸かし尽くせ!」



いい感じで盛り上がったお二方、ほぼ同時に魔術の閃光を解き放つ。が、二つの魔弾が重なる刹那、そこに神速の蒼い電光が割り込み、膨れ上がった二つの魔術を一閃で弾き飛ばした。


「いいかげんに……しなさ―――――い!!」

――― 発!発!―――


「ふえ!」
「ひゃい!」

続いて、ほぼ同時に電光の打ち込みが二人の頭を襲う。いや、良い音だ。

「い、痛いじゃないセイバー」
「セイバー。何をなさるの!」

「痛いでも、何をでもありません! 貴女方は、一体何をやるつもりだったのですか! ここを吹き飛ばすつもりですか!!」

うわぁ、この二人そこまでとんでもない魔術編んでやがったのか? そりゃ、凄まじく剣呑な詠唱だったけど。

「そ、そんな強い魔術じゃないわよ。ちょっと焦げて穴があく程度で……」

「そ、それにシールドだって万全ですわ、少し火傷くらいはするかもしれませんけど……」

「それの何処が、ちょっとで万全なのですか!! そこに座りなさい!」

セイバー雷鳴第二弾。ううむ、容赦が無い。さらにセイバーさん抜け目も無い。こっそり退散しようとするミーナさんを目ざとく見つけて一睨みする

「ヴィルヘルミナ。貴女は何処に行こうとしているのです?」

「あの、いえ……お邪魔かなって……」

「ほほう、このお二方をここまで焚き付けておいて、張本人がここで逃げ出そうというのですか?」

え? そうだったのか?

「あうう……」

ミーナさん顔面蒼白。そうだったんだ……

「ヴィルヘルミナ。貴女にもたっぷり話を聞いていただきます。さぁ、こちらに来て一緒に座っていただけますか?」

ミーナさんも、しおしおと二人に並んで正座する。やあい、怒られたとばかりにミーナさんへ視線を向ける正座組が約二名。が、セイバーに一睨みされると、途端に肩をすくめて小さく畏まった。

「今日はとことん言わせていただきます。いいですね!」

さて、セイバーさんのお説教が始まった。日頃の鬱憤まで晴らさんばかりの凄まじい勢いだ。溜まってたんだなぁ。
俺は惨事にならなかったことと、今回は俺が埒外なことに、ほっとしながらランスと顔をあわせる。
王の説教は長いぞ、終わった後の宴席の用意でもしておくべきではないかな、っとランス。そうだな、それじゃ今のうちに準備でもしておこう。
俺は苦笑しながら立ち上がり、セイバーの怒声を背に給湯室へ向かった。

さて、皆の機嫌が直るように、ひとつ美味しいお茶でも入れてますか。






「あの、本当に私で良いのですか?」

セイバーは些か心苦しさを感じながら士郎に尋ねた。

「いいんだぞ、だって最初に言ってたろ? 『二本とった人が勝ち』だって」

士郎は少しばかり意地の悪い笑みを浮かべながら、凛とルヴィアゼリッタに視線を送る。確かに最後にあの騒動を止めるため、凛とルヴィアゼリッタの頭を一発づつ叩くことになったが、果たしてそれで二本取ったといえるのだろうか?

セイバーは済まなそうに二人に目をやった。二人とも不機嫌だ。いや違う、拗ねているのか。
膨れっ面で恨めしそうにセイバーと士郎を見ているが、この決定に異議を挟もうとはしていない。あの時のことを自分なりに反省し、このことを自分たちに対する罰として、受け入れている。そんな顔だ。

ヴィルヘルミナも同じように恨めしげに見ているが、こちらは原因が違う。今回の剣について、材料から一切の持ち出しをヴィルヘルミナが負う事になったのだ。
さり気に凛とルヴィアゼリッタを焚きつけた罰。そう告げると彼女はしぶしぶではあるが持ち出しに同意した。彼女も自分なりに反省をしているのだろう。つまりはそういう事だ。
この手の悪戯には、一度釘を刺しておいたほうが良い。今回は良い機会であったと思う。

「さ、セイバー。受け取ってくれ」

士郎がセイバーに剣を差し出した。
長剣。決して目を見張るほどの名剣でも、洗練された名刀でもない。魔剣としても初歩といったところだ。
だが、真っ直ぐで気持ちの良いくらい素直な剣だ。

ああ、

剣を受け取って、セイバーはまたそれを感じた。以前、士郎が初めて鍛った剣を手にしたときと同じ感触。そこに士郎がそこにいるという感覚。いや、士郎だけでない。凛もルヴィアゼリッタもヴィルヘルミナも、そしてセイバー自身もそこに居た。

これは“今”の士郎の剣なのだ。

「その、気に入ってもらえたかな? セイバー」

「はい、シロウと同じ素直な良い剣です」

自然に頬がほころんだ。士郎は確実に前に進んでいる。かの赤い騎士と並びうるべく力を蓄えつつ、かの赤い騎士とは別の道を歩もうとしている。
でなければ、士郎が鍛つ剣にこれだけの人々が篭っているわけは無い。

それはセイバーにとっても喜ばしいことだった。

それを確かめえたならば、いつの日にか還るであろう、あの丘で自分は悔いの無い決断を下せる。どんな結果が待っていようが満足して前に進める。そう確信できるのだから。

END


おうさまのけん とはいっても話そのものの主役は今回はルヴィア嬢と凛様でした。
最後にセイバーが美味しいところを持っていったゆえの おおさまのけん。
士郎くんの鍛治仕事と皆が元気に飛び回る話が書きたくて、書いた作品でした。

By dain

2004/5/19 初稿
2005/11/7 改稿

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