皮を剥き、切りそろえた材料を色が変わるくらいまで炒め、鍋にぶち込む。
そこに昨日、数種類の肉を煮込んで作った出汁を流し込み、火にかけ一旦沸騰させてから中火に戻す。
さらに、セージを始め数種類の香草でアクセントをつけ、半分くらいになるまで煮込み続ける。

続いて肉の下ごしらえ。適当な大きさに切り、それに塩壺の中身を摺り込む。そして更に香味草と赤ワインにしばらく浸け、十分に染み込ませるのだ。

それからしばらくの間、時間を潰す。肉に香味が染み渡って柔らかくなった頃、先ず肉の処理。軽く炙って、焦げ目をつける。炙った肉は、鍋の中身が半分くらいになったら、そのまま鍋に入れ出汁と一緒に小一時間煮込む。

さて、ちょうど良い頃合だ。

俺は塩壺を取り出し、中身を数つまみ鍋の中に落とす、あとは蓋をして最後まで煮込むだけだ。

「ただいま。って、士郎、何してんの?」

時計塔がくいんから帰ってきた遠坂が、鼻を引くつかせながら厨房に入ってきた。

「おお、おかえり、遠坂。夕飯はもうちょっと掛かるぞ」

俺はオーブンに中に突っ込んだパイを指差し、遠坂に伝える。

「ふうん、わかった、それは良いんだけどさあ」

遠坂は苦い顔で鍋を覗き込むと、ぴしりと俺を指差しジト目で睨みつけてきた。

「魔術薬の調剤を台所でやらない!」

さらに俎板の上の蛙や蝙蝠の残骸、ダシをとった後の蜥蜴と山椒魚の干物を胡散臭そうに見据え、最後に眉を顰めて塩壺を手に取った。

「それと、マンドラゴラの粉末を余ってるからって調味料の空き瓶に入れない! 間違ったらどうするの!?」

がぁ――っとばかりに捲くし立てられた。でもさ、遠坂。台所って便利なんだよ道具揃ってるし……





きんのけもの
「金色の魔王」  −Rubyaselitta− 第六話 前編
Lucifer





厨房は戦場だった。

「遠坂、蒸し器あがったぞ」

「了解、中の蒸篭せいろそのまま持ってっちゃって」

「凛、この大皿は出来上がりなのですか?」

「あ、待って。そっちは、もう一手入れる。――はい、こっちが出来上がり」

「確かに、それでは食堂の方へ運んでおきます」

「お願い、セイバー。で、これでラストっと」

激戦場もかくやといった騒動を終え、最後の料理の盛り付けを終えると、遠坂はそのままエプロンを外し食堂へ持っていく。

「おい、ちょっと待ってくれ」

慌てて蒸し器から取り出した蒸篭せいろを重ね、俺も二人の後に続いた。
本日、遠坂家の夕食は、食堂の中央にどでかい回転台付きの円形テーブルを設え、お客様を招いての中華パーティである。
きっかけはこのテーブル、数日前にセイバーが見つけてきた。行きつけの中華料理店で改装があり、お古を安く譲ってもらえたのだそうだ。
セイバーには珍しい無駄使いだが、きらきら光る瞳で“円卓です!”といわれた日には否はいえない。
何時も苦労かけてばっかりだし、俺と遠坂は二人で苦笑いしながら、どうせだがらお披露目をということで、今日のパーティと相成ったわけだ。

「うわあ、凄いですね。これ全部、凛さんが作ったんですか?」

お箸を手に、目を輝かせてテーブルを見詰めているのはヴィルヘルミナ嬢。本日一人目のお客さんである。

「まあね、下拵えとか士郎やセイバーにも手伝ってもらったけど、仕上げは全部わたし」

この日の為に、わざわざ買った赤のチャイナで胸を張る遠坂さん。無駄使いである。ちなみにセイバーはお揃いで青のチャイナを着せられている。ご苦労様。まあ、俺にとっては実に良い眼の保養ではあるんだけど。

「……な、中々ですわね」

次々と運び込まれる大皿に気圧されているのはルヴィア嬢。本日二人目のお客様。中華は慣れていないのかな? ちょっと及び腰だ。

「なに? ルヴィア中華だめだっけ?」

「そんなこと有りませんわ。ちょっと量に驚いただけ。お箸だってシェロに教わって使えますもの」

遠坂の不審そうな問いに、何故か慌てて答えるルヴィア嬢。そんな多いかな? たしかに西洋料理と違って大皿盛りだけど。あ、もしかして。

「これ一人分じゃないぞ、大皿から取り分けてみんなで食べるんだ」

「……シェロ、流石にわたくしだってそれ位は知っていますわ。ただ、まさか個人の御宅で、これだけ並べられると思っていなかっただけですのよ」

と、ここではっと気がついて悔しそうに唇をかむ。はて、と思っていると、俺の隣で遠坂がにんまりと微笑んでいらっしゃった。ああ、なるほど。

「レディルヴィアゼリッタ。お褒めに預かり光栄ですわ」

どんなもんだいざまを見ろと遠坂さん。

「ええ、とても素晴らしい装飾ですわね、ミストオサカ」

食べてみなきゃ判らないわよ、とルヴィア嬢。でもこの勝負は悪いけどルヴィア嬢の負けだな。遠坂の中華は半端じゃない。
ゆったりと六脚の椅子に囲まれたテーブルの上には、青椒牛肉、乾焼蝦仁、軟酢子鶏、腰果鶏丁の定番メニューから、 東坡肉、大蒜干貝、青蒸牛肉と凝ったものまで並んでいる。さらには、焼売、餃子、春巻などの点心各種もずらりと取り揃えられている。確かにこれだけの料理を一人で作って、しかも冷まさないで揃って仕上げるなんて、並みの腕じゃない。でもさ。お前ら、食事くらい仲良く食えよ。

「それじゃあ、皆さん、遠慮無く食べてちょうだい」

見てらっしゃいとばかりに、遠坂が満面の笑みで挨拶する。俺たちは頂きますと手を合わせ、有難く頂くことにした。




見掛けは良いですけどお味の方はいかがかしらと、といかにもな微笑みを浮かべながら箸をつけたルヴィア嬢。一箸、口をつけると顔色が変わった。

「お味の方はいかがかしら?」

それに待ってましたとばかりの遠坂が声を掛ける。

「……お、美味しいですわ」

いかにも悔しげに、搾り出すように応えている。悔しい、悔しいけど美味しいと。味覚の素直さと、ままにならない矜持の高さに苦悶しているといったところだ。
それでも、きちんと美味しいと言ってしまうのが育ちの良さだろう。食べる姿も見事なものだ、なれない箸の筈なのに、先端だけを使って綺麗に食されている。流石お嬢様。遠坂だってミーナさんだってそこそこのお嬢様なんだが、ルヴィア嬢はやっぱり一頭地抜きん出ている。
ただ、その行儀のよさが百面相と対比をなしていて、結構面白い。崩しきれない品のよさが仇になって、却って落差がでかいのだ。それを遠坂のチェシ猫笑いが拍車をかける。悪循環である。

「ああ、やはり凛の料理は美味しい」

一段落着いたのか、はむはむこくこく黙々と料理を口に運んでいたセイバーが、幸せそうに嘆息している。ああ、よく見ると一通り食い終わってる。いつもながら見事な食いっぷりだ。

「見事です、まったりとして癖が無い。良い仕事してますね」

その隣でミーナさんがどこぞの評論家のように舌鼓を打つ。こっちも中々見事な食いっぷり。この二人並べて料理番組にでも作りたいくらいだ。かなり良い視聴率が取れるぞ。

「ほら、士郎もしっかり食べなさい。遠慮しなくて良いんだから」

そう言いながら俺の皿に料理を盛ってくれているのが遠坂。ルヴィア嬢を一蹴した為か、今日はえらく機嫌が良い。自分のお皿は、どうやら細かくカロリー計算しているらしく、美味しいものをちょっとづつといった感じだ。

「ちゃんと食べてるぞ。やっぱり中華は遠坂が絶品だな。俺じゃ到底敵わない」

「当たり前でしょ、年季が違うわ。十年やってるんだから」

ふふんと可愛らしい胸を張り、点心を一山、俺に渡してくれた。十年か、一昔だな。でも一体誰に……怖い考えになりそうだな、考えるのは止めておこう。

「――Crow」

そんなことを考えていたら、俺の隣でランスが鳴いた。主よ我にもそのちんじゃおろうすを取り分けてくれるな、と言っている。六脚目の椅子の主がこいつだ。雑食のせいで何時の間にやら食卓の一員になってしまっている。なにせ専用の食器まである。

「ああ、ごめん。今、取ってやる」

考えてみりゃ、こいつもセイバーと一緒で、本当は別に食う必要は無いんだけどな。などと考えつつ、俺はランスに料理を取り分けてやった。
まあ、ルヴィア嬢が少々剥れてはいるが、なんのかの言って、いつもの一人の夕食よりはずっと楽しそうだ。他の皆も、心から楽しそうにご飯を食べている。やっぱり食事は大勢で食べるのが一番だな。俺はこんな遠坂家の食卓の情景に、ささやかな幸せを感じていた。




「ご馳走様でした。はあ、本当に凛さんはお料理が上手なんですね」

「色々な味を味わうことが出来きました。中華はやはり良い」

感に耐えないという顔つきのミーナさんと、口直しのジャスミンティーを飲みながら、はふぅとばかりに溜息をついておられるセイバーさん。二人ともお腹一杯幸せ一杯といった顔つきだ。

「ご馳走様。……美味しかったですわ」

結局、美味しさに釣られて一通り食べてしまったルヴィア嬢。美味しかったけどなんか悔しい、そんな顔で俺をむぅ――と睨みつけながら仰った。なんとなく気持ちはわかるんだが、なんで俺なのさ?

「ああ、凄く美味かったぞ」

同じ料理人として口惜しくもあるが、やっぱり遠坂が褒められるのを見ると嬉しい。勿論、料理も美味かったし。
俺の隣でも、ランスの奴が満足そうに羽繕いをしている。いやいや、王が現世に残った理由も宜なるかな、なんて言っている。流石にそれが理由じゃないと思うぞ…………多分。

「ふふう、そうやって喜んでもらえると、作った甲斐があったってもんだわ」

頬杖を付いて、皆の満足そうな顔をこれまた満足そうに眺めているのは遠坂さん。結局一番食べた量は少ない。まあ、元々一番小食だもんな。

「でもちょっと意外でした。今までずっとご飯といえば士郎くんだったですよね?」

食後のお茶で、ジャスミンティーを楽しみながらミーナさんの一言。なんかルヴィア嬢も同じような顔をしている。はて、そういえばと、俺と遠坂は顔を見合した。

「弁当が俺の担当だったからかな?」

「ミーナやルヴィアに洋食出しても意味無いしね。そういえば、皆にわたしの料理を振る舞ったのは今日が初めてだっけ」

「そういえば、そうだったかもな」

記憶をまさぐる、やっぱりそうみたいだ。遠坂の料理はこっちに来てから俺たちだけしか食べていない。

「ちょっと、もったいない事したかな。洋食と中華は遠坂の方が段違だし。総合的に見たって、俺より遠坂の方が料理の腕はずっと上だぞ」

悔しいが、これが今現在の俺の評価。セイバーも遠坂も、俺が作った料理を楽しんでくれてはいるが、やはり遠坂には敵わない。

「そんなこと無いわ。和食じゃ出汁の取り方一つだって、士郎の方が全然上じゃない。昆布と鰹の使い分けなんてわたしじゃ良く分からないし、士郎の出汁巻卵は絶品なんだから」

なんか妙に照れながら、遠坂が返してきた。とはいえ日本に居た頃は、味噌汁一つ造れなかった遠坂だったが、今では和食も中々のものだ。

「シロウも凛も、共に料理はとても上手です」

そんな俺たちを楽しげに見ていたセイバーが、にっこりと間に入る。

「それに、ヴィルヘルミナの料理もなかなかでした。多少荒いところはありますが、雑ではない。野にして粗だが卑では無いといったところでしょうか」

セイバーは、こくこくと何かを思い出すように話を続けた。

「へえ、セイバー。何処でご馳走になったの?」

遠坂が興味深そうに尋ねた。ちょっと知りたいな。俺だってミーナさんの手料理なんて食べたことは無い。

「仕事で泊めて頂いた時にご馳走になりました。レンズマメのスープとソーセージは特に素晴らしかった」

セイバー、ご飯食べ終わったばっかりなんだから、そう涎を溢さんばかりの顔で記憶を反芻するのは止めなさい。

「でも、私の場合は料理というより調理なんですよね」

いきなり話題を振られたミーナさんは些か狼狽気味だ。

「何処が違うんだ?」

「私の場合は、こう大人数分をばぁーって作っちゃう奴なんですよ。スープとかシチューとか」

ああ、なるほど美綴型ってやつだ。あいつのカレーなんかも荒っぽかったが雑じゃなかった。

「ソーセージって手作り?」

一方、遠坂も興味深々で聞いている。

「はい、牛や豚を捌いた時ついでに。一緒にやっちゃった方が効率良いんですよね」

さらっと仰った。捌く? 牛や豚? ミーナさんが?

「シロウ、何を驚いているのです? 家畜を捌くなど当たり前のこと。私でもできることです」

しばし呆然の俺と遠坂に、セイバーさんが何を驚いている、とばかりに声をかけてきた。恐るべし狩猟民族。農耕土着な俺たちにはちょっと想像付かない。っていうか、セイバー牛捌けるのか? ちょっと待て遠坂、じゃあ家でもソーセージやハムが作れるかなって、真剣に考えるな!

「あ、あとキャンプ料理はちょっと得意ですよ。ダッチ・オーブンの使い方に一家言あるんです」

「確かに、あのチキンは見事でした。オレンジで蒸した甘く柔らかい鶏肉、その皮と身の間の脂身の甘露な事。一緒に蒸した野菜の味がこれも又、格別で……」

ミーナさんの言葉にうっとりと宙を見詰めるセイバー。今日はあっちの世界に行くことが多いな。

「今度ご馳走しますね。気候も良くなってきたし、キャンプなんかも良いですよ」

キャンプか、悪くないな。魔術師って言ったって篭りっきりってのは身体に良くない。たまにはお日様の元、ほっつき廻るのも良いかもしれない。

「ま、キャンプは置いておいて」

遠坂さんがにやりと仕切る。ん? 妙に嬉しそうに微笑んでいるな。あれはいじめっ子な笑顔だ。はて、俺、何かしたかな?

「話に加わらない人が居るんだけど。何でかしら? レディルヴィアゼリッタ」

ぴくり、視界の隅で金色の影がなびいた。ルヴィア嬢である。そういや、さっきから嫌に大人しいな。

「べ、別に理由なんてありませんわ。ただお茶を楽しんでいただけですのよ」

視線を泳がせて、わざとらしくカップに口をつけている。なんか怪しい。

「ルヴィアゼリッタの得意な料理はなんなのでしょう? クッキーやタルトは頂いたことがありました。あれはシュフラン殿の仕込みですね。同じ味でした」

セイバーが期待に満ちた眼差しで切り込む。食べ物の話には実に食いつきが良い。

「お菓子なら得意ですわ。クッキーやタルトのように軽いものの方が好きですわ」

「ああ、確かにあの可愛らしいお菓子はルヴィアゼリッタに似合っています。それではケーキとかパイはどうなのでしょう? シュフラン殿のそれは実に素晴らしい、彼の仕込みであるならルヴィアゼリッタのケーキもきっと素晴らしいものなのでしょう」

うっとりと夢見るようなセイバーさん。シュフランさん、あんまりセイバーを甘やかさないでほしいなぁ。レベル上げると下げられなくなるんだから。
と、一方ルヴィア嬢。何故かここでごにょごにょと言葉を濁らせてお茶に口をつけている。はて? 俺は遠坂の顔を見る。うん、相変わらずのチェシ猫笑いだ。もしかして

「あ、そういえば。昼のサンドウィッチご馳走になったことあったぞ」

俺は助け舟を出すことにした。ルヴィア嬢はほっとしたように口を開く。

「そうでしたわね。あれもシュフランに教わったんですのよ」

「うん、あれは美味かった」

「サンドイッチをまずく作るのって一種の才能でしょ? ルヴィアだってそんなものまで持っちゃいないわよ」

だのに、遠坂さんは容赦しない。これってやっぱり……

「あのう……」

ここでミーナさんが微妙に言いにくそうに口を開いた。

「もしかしてルヴィアさん、料理はあまり得意じゃないんですか?」

あ〜あ、言っちゃったよ。皆そろそろ気がついていたが、あえて明言しなかったことを。

「そうなのですか?」

あ、セイバーは気がついてなかったか。

「わ、悪かったですわね。必要ありませんもの」

ぐっと詰まったルヴィア嬢、ここでついに開き直った。確かに、ルヴィア嬢ほどのお嬢様となれば、ちょっとしたお菓子やサンドウィッチくらい作れれば問題は無いか。

「ま、予想は付いていたけどね」

ふふんと鼻で笑いながら遠坂さん。む、あれはまだ隠し玉を持っている顔だ。俺には良くわかる。随分と慣れたからなぁ。

「ルヴィア湿潤法だけは不得手でしょ」

にんまり笑って止めを差す。ああ、全ての謎は解けた。全部これに持って来る為の布石だったのか。
この湿潤法というのは、乾式法と対を成すもので、生物魔術の基礎の一つだ。簡単に言えば童話などの魔女の大釜、あれを想像してもらえば良い。
大釜で蝙蝠の羽や蝦蟇の油、マンドラゴラの根やジキタリスの粉末を煮詰めて魔術薬や触媒を作成する。それが湿潤法だ。

「ああ、なるほど。あれって手順やら段取りなんかは料理に似てるからな」

俺は納得して頷いた、確かに湿潤法の基本は料理と相似している。おかげで俺もこいつの成績はそう悪くない。
一方乾式法は、同じ素材をすり鉢や擂り粉木で粉末にして、混ぜたり炒ったり坩堝で溶かし合わせたりすることで、薬や触媒を作成する方法だ。こっちは料理というより薬剤師の調薬や治金の仕事に近い感じだろう。

「別に不便ではありませんのよ、大抵のことは乾式法で間に合いますわ」

ちょっと膨れて恨みがましく言い訳をするルヴィア嬢。

「手間が掛かりすぎ、お金も掛かりすぎ、時間だって掛かりすぎ。最短の手順があるのにわざわざ遠回りなんて、魔術師のやることじゃない」

それを遠坂さんは、またも一刀両断にしてくれる。

「元々湿潤式は”魔女の秘術ウィッチ・クラフト”ですもんね、植物系や鉱物系の術式はともかく動物系の術式には乾式法では無理がありますね」

ミーナさんまで追い討ちをかけてくる。どっちも正論だ、さすがのルヴィア嬢もぐぐっと詰まる。なんか、ちょっと前の俺を見ているようだ。

「でも、全然って訳でもないんだろ? ほらルヴィアさん菓子造りだって出来るんだし」

ちょっと可哀相だったので、援護射撃をしてみた。

「そ、そうですわ煮物と焼き物と揚げ物が、ちょっと不得意なだけですもの」

駄目駄目じゃん……。

「あら、レディルヴィアゼリッタ。わたし達は湿潤式の製法に付いて話していたんですのよ。焼き物? 揚げ物? それってお料理じゃないんですの?」

うわあ、遠坂さん勝ち誇ったような突っ込みです。俺もちょっとそっちじゃないかなって思ったけど、容赦ないなあ。
ルヴィア嬢はと見れば、畳み掛けてくる連続攻撃に、肩を震わせ俯いて耐えている。流石にこのままではルヴィア嬢がかわいそうだ。俺は慰めようとそちらに目をやった。


ぶちっ


あ、なんか切れた。

「ええ、判りましたわ。よっく判りました。わたくしだって魔術師ですのよ、弱点をこのままにはして置けませんわ」

がたんと立ち上がりすっくと前を見据えるルヴィア嬢。当然その視線の先は、頬杖付いてにやりと笑う遠坂さん。

「つまり、レディルヴィアゼリッタ。早急に料理の腕をお上げになる。そう仰りたいんですのね」

微動だにせず遠坂さんは、今まさに獲物が罠に掛かった時の笑みを浮かべられた。うわあ……

「……も! 勿論ですわ。そうですわね、来月。わたくし手自らのお料理で昼食会を催します。よろしいですわね」

一瞬、瞳にしまったと影がよぎったルヴィア嬢だが、ここまで来て引き下がるようではルヴィア嬢ではない。ぐっと力を入れなおして言い放ち。とうとう御自身の退路を断ってしまわれた。あ〜あ。

「あら、それは楽しみ。勿論、サンドウィッチでお茶を濁すようなまねはなさりませんわよね」

だってのに、更に遠坂さんは搦め手をも封じてしまう。

「当たり前です! ディナーとは申しませんが、きちんとコースの昼食を用意致しますわ」

どめだ。どうあってもこれでルヴィア嬢は、きちんとした手料理を供さなければならなくなった。別にそんな無理してやることじゃないんだがなぁ。俺はめらめらと燃え上がる二人をよそに、溜息を付いて立ち上がった。

「なに?」
「なんですの?」

なんか文句ある、とばかりに二人揃ってこちらを向かれた。いや、それに付いては諦めてる。勿論、取り返しの付かない事になりそうだったら止めるけど。

「デザートの杏仁豆腐取ってくる。食べるんだろ?」

「食べるわ」
「頂きますわ」

そのまま、すとんと座られたルヴィア嬢は、結局、この日はきっちりデザートを平らげてから帰られた。なんというか、タフですね。




「遠坂、今日はちょっと言いすぎじゃなかったのか?」

あらあらの後片付けを終え、俺は遠坂に少しばかり苦言を呈した。

「ルヴィアのこと? 良いのよあいつはあのくらいで」

残り物のフォーチューンクッキーを齧りながら遠坂さん。なんかげっ歯類っぽい。

「私も些か意地が悪いのではと思いましたが?」

厨房でお皿を拭いているセイバーの声。ああ、セイバーもちゃんと聞いてたんだな。

「だから気にしなくって良いの。大体、あいつが料理下手だってのは最初の頃から知ってたわ」

へえ、なんか奥の深そうな話だな。俺は改めて腰を下ろし、遠坂の言葉を待った。

「料理って湿潤式にもろ響くでしょ? だってのにあいつ、事これに関しては何のかのと有耶無耶にしててさ、ちっとも解決に乗り出そうとしない。ちょっと気に入らなかったんで、今日のは最後通牒ってわけ」

遠坂は、これでルヴィアも本格的に料理始めなきゃいけなくなったわけ、とけけけと小気味よく笑う。なんだ、そういう事か。

「遠坂、お前の友達甲斐って判り難いな……」
「凛、貴女の友情は些か判り辛い」

「なによそれ」

俺とセイバーの突っ込みにむぅ――っと膨れる遠坂。だいいち友情って何よ、とばかりにふんとそっぽを向く。
まったく、俺はセイバーと顔を見合わせた。ま、遠坂がこういう奴だから俺たちがここにいるわけだけどな。




「おはようございます。って、どうしたんですか? シュフランさん」

翌日、俺がエーデルフェルト邸に到着すると、シュフランさんが腕組みしてテーブルと睨めっこをしていた。

「やあ、衛宮君か。さて、どうしたものかと思っていてね」

難しい顔でシュフランさんは溜息をついた。いつもは寸分変わらぬ姿勢を崩さないこの人としては大変珍しい事だ。
テーブルの上にはルヴィア嬢の昼食だろうか? 銀のトレイの上には、サンドウィッチとスープの保温器が載せられている。

「どういうことなんでしょうか?」

とにかくシュフランさんの悩みの種がわからなければ、どうしようもない。

「ああ、お嬢様が朝から料理のご研究をされているのだ。昼食もご自分で作られるといってね、とはいえ些か不安はある。だがら、こうやって用意を整えたのだが、こんなことは初めてだからね。どう言って持って行って良いのやら……」

なるほど、ルヴィア嬢はプライド高いからな。自分で料理が出来ていても失敗していても、後のフォローが大変だ。

「およそ失敗などには縁の無いお方だったので、こういった場合の対処に困るわけなんだよ」

目頭を一揉みし、再び腕組みして唸るシュフランさん。難儀な話だ、でもまあ、ここは一つ。

「それじゃあ、俺が持って行きますよ。怒られるのは慣れているし、拗ねられても何とかします」

「すまない、それでは頼まれてくれ」

シュフランさんも苦笑いしながら俺にトレイを渡してくれた。

「で、場所は何処なんです? 厨房ですか、工房ですか?」

「いや、庭の東屋だ。そこを改造してね」

わざわざそこまでしたのか……本気だなルヴィア嬢。俺は少しばかり呆れながら、その東屋とやらに食事を運びに向かった。




「――へえ……」

俺は少しばかり感心してしまった。
庭の一角、ちょっとした灌木の林の入口に、その東屋はあった。レンガと漆喰造りの可愛らしい建物で、これまたレンガの煙突から、かすかに煙が出ている。なんというか、童話に出てくる森の小屋といった風情で、今にも熊の親子か、七匹の子山羊が出てきそうな家だ。

「ええと……あけておくれルヴィアさん。お母さんが素敵なものをたくさん持って戻ったよ」

あんまりにも童話なんで、ちょっと洒落てみた。

「わたくし子山羊じゃありませんのよ、だれがお母さんですのよ……シェロですわね。鍵は掛かっておりませんわ、よろしくてよ」

ふむ、あまりご機嫌はよろしくないようだ。ちょっと沈んだ声、いつもの転がす鈴が少しばかりさび付いている感じだ。

「それじゃ、おじゃまします」

中に入ると、この小屋は一部屋だけの構造で、ちょうど丸々ダイニングキッチンといったところだった。その竃の前で、淡青のエプロンドレス姿のルヴィア嬢が渋い顔をして佇んでいる。

「昼飯持ってきたんだけど。その顔じゃやっぱり必要だったんだな」

「ちゃんと出来ましたのよ! でもお味の方が、その……」

俺が、テーブルの上にシュフランさん謹製サンドウィッチのトレイを置きながら聞くと、ルヴィア嬢はごにょごにょと言葉を濁しながら応る。俯き加減で人差し指を口に当て、えらく可愛らしい。そういえばテーブルの上に、スープ皿とパイみたいなものが置いてあるな。どれどれ……

「――うっ」

こ、これは……スープ皿には真っ赤な謎の液体、所々で小さな赤白く歪んだ物体が浮かんでいる。ちょっとだけ舐めてみたが、やっぱり味がしない。なんといかトマトと大豆をそのまま、ただ、ただ煮込んで煮込んで、煮込み続けた成れの果てといった按配だ。
続いて恐る恐るパイに目をやる。
多分、ミートパイと称するなにかなのだろう。パイ生地は良い、これは良い出来だ。しかし中身が……。
これをポテトというのは何かに対する冒涜のような気がする。でんぷん糊になるまでとことん煮詰めたジャガイモを、これでもかといった調子で磨り潰し、その上にただ単にひき肉を煮詰めただけの物体をぶっ掛けてある。勿論どっちも下拵えのしの字も無い。素材の味を徹底的にぶっ壊しそのままぽんと放り出すという、実に素晴らしい調理法だ。
とはいえ、俺は知っている。ルヴィア嬢は決して間違っていない。これは失敗してこうなったわけではない。

「ベイクド・ビーンズとパイ・マッシュか……」

そう、恐ろしいことに、これはこの状態でれっきとした英国料理なのだ。俺の脳裏には、セイバーの「…………雑でした」の言葉が走馬灯のように駆け抜けていった。

「そうなんですのよ、ちゃんと本の通りに作ったのに……」

打ちひしがれているルヴィア嬢の手には一冊の本。

「ルヴィアさん、それちょっと貸して」

しおしおと差し出された本の表紙には、堂々とした文字で「英国家庭料理―基礎編―」と書いてある。俺はそのまま無造作に、本を竃に放り込んだ。

「ああ! シェロ、なんて事をするんですの!」

慌てて本の救出に走るルヴィア嬢。俺はそれを無慈悲にもさえぎった。

「ルヴィアさん諦めてくれ、あれは駄目だ」

「ど、どうしてですの? あの本は英国料理のベストセラーですのよ」

くらっ

ちょっと料理人の魂が心臓発作を起こしかけた。そうか、この国はあれを量産しているわけか。一瞬、この国に飢えたセイバーを解き放ってやろうかという誘惑に駆られる。……いかんいかん。俺は慌てて頭を振って邪悪な野望を追い出した。

「ともかく、あれは駄目だ。ルヴィアさん、英国料理なんか作るもんじゃないぞ」

「あら、でもシェロは英国に料理のお勉強に来たのでしょう?」

遠坂、俺は今までこれほどお前を憎んだことは無いぞ、よりによってあんな履歴書作りやがって。お前絶対わかっててやったろ!

「それは建前、俺だって時計塔の学生だぞ」

「そうなんですの? わたくし両方ともだと思っていましたわ。だってシェロはお料理も上手でしょう?」

小首をかしげ、はてな、とルヴィア嬢。マジですか? この人、時々本当に世間知らずなお嬢様になるな。

「料理は独学だって、それに上手といってもあくまで素人だぞ、プロには敵わない」

「でも、わたくしはシェロの料理が好きですわ」

にっこりと嬉しいことを言ってくださる。ルヴィア嬢は舌が肥えてる、紅茶だってかなり自信があったが、最初の頃は何度か駄目を出されたほどだ。その人にこう言って貰えると、やはり頬が緩む。

「そう言ってもらえると嬉しい。で、料理だけど。俺が教えようか?」

本も燃やしちゃったし、洋食でも基本的なものは俺にだって教えられる。遠坂だってルヴィア嬢に、三ツ星レストラン級の料理を期待してる訳じゃない。それなら何とかなるだろう。

「駄目です。リンの鼻をあかすのにシェロの助けを借りては本末転倒ですもの」

だが、ルヴィア嬢は、嬉しいですけどと一言断ってからぴしゃりと仰った。む、なにもこんなことに意地張らなくても良いのに。
とはいえ、放っては置けない。ここのコックは通いだし、シュフランさんやメイド達も軽食ならともかく、一応のコースとなると教えるのは難しい。
とはいえ、健気に頑張るルヴィア嬢をなんとか手助けをしてあげたい。
ううむ……どうしたもんだろう。


今日はお料理の日、なお話。でもお料理といっても一般的なものばかりではなし……
湿潤法、乾式法は実際の錬金術の物とは違った物に変えて有ります。
一方、英国料理は実際あるものだそうで……いやはや。
ともかく、ルヴィア嬢のお料理修行。どうなりますやら。


By dain

2004/6/9 初稿脱稿
2005/11/8 改稿

index   next

inserted by FC2 system