学生。一般の社会から切り離された、特殊な社会空間を作り出す集団。
不完全ながらも独立して運営されるその集団は、外部からの介入を拒絶する空気を持つ。
それに魔術師の最高学府“時計塔がくいん”でも例外ではない。学院の学生は自治組織を運営し、学院内部の事故や事件は独自に解決し、魔術協会本部や教授陣からの介入すら暗に拒絶するところがある。

人間は社会を営む動物。それは独善的で唯我独尊の魔術師でも変わらないようだ。一旦、魔術協会という組織、学院という組織に加わると、どうしても組織内の派閥抗争や組織防御の動きが出てきてしまうという事なのだろう。

そういうわけで我が愛しの遠坂凛嬢も、敬愛するルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトお嬢様も学院の自治組織に加わらざるを得ない。
ことに彼女たちは平学徒ではない。本科のそれも頂点に位置する、工房を与えられた魔術師、いわばマスター修士コースやドクター博士コースに位置する学徒だ。遠坂にいたっては、セイバーなんていう最高級の美味しい使い魔まで引き連れている。

よって学生工房の管理委員なんて雑事を勤めさせられてしまっている。
どこかの大きな派閥にでも加われば、そんな雑事からは解放されるのだそうだが、何せこの二人そろいも揃って頂点を極めた唯我独尊さんでお山の大将である。誰かの下に付くなんてもっての外、群れるのも嫌いだから、派閥作りなんて冗談ではないという方々なのだ。
もっとも、最近ではこの二人にミーナさんを含めて“時計塔三巨魁”などと名づけられ、派閥扱いされているらしいのだが。





せいぎのみかた
「最強の魔術使い」  −Emiya Family− 第三話 前編
Heroic Phantasm





「ばい゛。遠坂でず……」

夜中に叩き起こされたせいか、何時もの三倍ましに機嫌の悪い遠坂さん。幽鬼のような声で電話に応えている。

「なんだ、ルヴィアじゃない。え?……わかった、直ぐ行く」

が、話の内容でとたんに目が覚めたらしい。電話の相手はルヴィアさんか、そういや今月の月番だったな。

「なにかあったのか?」

俺は、難しい顔でベットサイドの電話を置いた遠坂に声をかける。こんな時間に、学院の月番管理者のルヴィアさんから電話ってことは、何か事故か事件があったってことだ。

「うん、そうみたい。仕度してるから、セイバー起こしてきてくれない?」

「判った。俺も行くぞ」

どれだけ役に立てるかは判らないが、こんな時に家で待ってるなんて出来るわけがない。俺は遠坂にそう返事をして、セイバーを起こす為に部屋を出た。




「お待たせ、状況は?」

俺たちが学院に付いた時、既にルヴィア嬢は全ての手配を終えていたようだ。俺たち同様に召集された魔術師達に加え、シュトラウスの黒軍服までも詰めている。こりゃ結構大事だな。

「第十二実験工房で第ニ種魔術災害マジカル・ハザードの発生、というところ。工房の閉鎖封印までは終わっていますわ」

「二種ってことは召喚物関係でしょ? 第十二は鉱物学科の工房じゃない。何やってたのよ」

遠坂が眉を顰める。鉱物学科だからって召喚をしないわけじゃないが、事故災害が起こるようなきわどい施術を行うってのは、ちょっとばかり不自然だ。

「担当教授を叩き起こして分捕ってきた資料ですわ。目を通しておいてくださる」

遠坂同様、不機嫌そうなルヴィア嬢は、ファイルホルダーを取り出して渡してくれた。

「……なにこれ? 化石をコアに恐竜の再現? 遺伝子データに全身骨格標本って……こいつら自然史博物館からガメてきたわね」

「降霊科や錬金術科の名前も見当たりますわね。まったく、アトラスの技術公開以来、こういった半可通の莫迦が増えて困りますわ」

遠坂とルヴィア嬢が物騒な内容で愚痴る。話だけ聞くと、恐竜を作ろうとして、なにやらしくじったように聞こえる。

「で、なにを作ろうとしたの?」

「自然史博物館から持ち出された標本はディノニクスですの」

「げ、ラプターじゃない。つまり、そいつを構成したは良いが制御しそこなったって事?」

二人そろって苦虫を噛み潰したような顔だ。二人とも魔術に対する規範モラルは非常に高い。これはそういった部分に抵触することなのだろう。

「えっと、話の筋が良く分からないんだが。つまり恐竜、それも肉食恐竜を呼び出しちまったってことか?」

取敢えず、俺が理解できた範囲の内容で聞いてみた。

「召喚って訳じゃないわ。化石の骨格標本をコアにして第五架空要素エーテルで肉付け、それを遺伝情報で整形する。ま、合成魔獣キメラ造りの技術や使い魔の素体作成に近いかな」

資料に目を通しながら遠坂が解説してくれた。

「じゃ、本物の恐竜じゃなくて魔術的な生物って訳だな」

「ええ、そうですわ。ただの生物ならたとえ恐竜といえども、魔術師五人をこれほど簡単に潰せませんもの」

ルヴィア嬢が、報告書片手に遠坂の後を接いだ。ああ、やっぱり。

「逃げ出した二人は重傷、残り三人も死亡確認済み。生き残りも魔術刻印部分をごっそり食いちぎられていましたわ」

「うわ、魔術刻印を? それじゃ生き残っても魔術師にとっては死んだも同然ね」

「…………」

ルヴィア嬢と遠坂の会話。何の感慨もない声音だが、そこには厳然たる事実があった。死人が出るだろうことは覚悟していた。しかし、そうは言っても、やはり実際にそれを知らされるのは、気持ちの良いものではない。

「シロウ」

かなり暗い顔をしていたのだろうか、セイバーが心配そうに声をかけてきた。

「どうしたの? 士郎。……ああ、気にしちゃ駄目よ。魔術師なんだから」

「わたくし達だって、何時こうなるかわからないのですから。シェロ、貴方だって覚悟は出来ているのでしょう?」

「ああ、勿論だ」

そう覚悟は決まっている。魔術師にとって自分の命も他人に命も軽い。血の臭いがしないようでは半人前。それは判っているし理解もしている。だが決して納得しきっているわけじゃない。仕方ないことと知っても、この気持ちだけは麻痺させず、ずっと持って行こうと思う。それが俺の選んだ道なんだから。

「それで? 方針は? まさか捕獲しろなんていわないわよね?」

「執行部は“早急に事態の収拾を望む”とだけですわ。何時もの事ですけど、臭いものに蓋をして満足する体質は、如何にかして欲しいものですわね」

「つまり、退治しろってことね」

「ええ、その為に貴女方をお呼び致しましたのよ」

ルヴィア嬢の視線が遠坂、そしてセイバーに移る。つまりはそういう事だ。

「了解、とっとと片付けちゃいましょ。セイバー、士郎、良いわね?」

「ああ、判った」

否はない。ルヴィア嬢と遠坂だけそんな所に送り出す気はないし、第一そんな物騒なものほっとけない。

「判りました。……ただ、その前にひとつだけお聞きしたい事があります」

セイバーも力強く頷きながらも、どこか恥ずかしげに聞き返してきた。

「なに? わたしにわかることなら応えるけど?」

「はい、その、“きょうりゅう”というのはなんなのでしょう?」

――あ、

ぽかんと、顔を見合わせる俺たち三人。そっか、セイバー知らなかったんだな。




それから、俺たちは何とかセイバーに恐竜のことを説明した。

「なるほど、太古の猛獣ですか」

間違ってはいないはず。ただ、言われて気がついたのだが、実際どの程度の能力を持っているかは皆目わからない。なにせ俺たちの知識だってあくまで“予想”に過ぎないのだ。

「それじゃあ、行きますわよ」

俺たちはルヴィア嬢の声に応え、工房へ足を踏み入れた。先頭はセイバー、その後ろにルヴィア嬢と遠坂が進み、俺が殿しんがりでその二人を守る形だ。

「――シロウ」

「ああ、居る……」

入った途端に言い様のないプレッシャーに襲われた。これは魔術とか魔力以前の、もっと原初の圧力だ。
“ここにはとても危険なものが居る”
生物として、捕食される側として、捕食者の存在を肌で感じ取っているのだ。

「――――投影開始トレース・オン

俺は、ほとんど無意識のうちに両手に剣を投影していた。干将・莫耶。手馴れた感触が、縮み上がりそうになる俺の心を落ち着けさせてくれる。

「参りましたわね、これでは何処に居るのかわかりませんわ」

ルヴィア嬢が苦い顔で呟く。小さな体育館くらいの大きさのこの工房は、入口から見渡せるのは半ばほどまで。奥半分は乱立する本棚、高さ三mはあろうかというガラス管やゲージ、巨大な彫像やモノリスで埋め尽くされ、迷路と化している。

「余計な魔力がありすぎだし。ああ、もう。位置を特定できやしない」

目を瞑りこめかみに手を当てていた遠坂が、むぅ――っと唸る。どうやら魔力探知で位置を探っていたようだ。

「前に出ます」

気圧されて足踏みしている俺たちをよそに、セイバーが平然と前に出ようとした。囮になるにしろ、叩き伏せるにしろ自分なら十分に対処できるという自信からの行動だ。

「セイバー、ちょっと待ってくれ」

その自信の根拠も実力も判ってはいたが、それでも、ただ一人に重荷を背負わすわけには行かない。十分な後方支援抜きでセイバーを進ます気はない。

「なんでしょうか、シロウ」

「まず構造を調べる、警戒の方は頼む」

俺は遠坂たちの警護をセイバーに任せ、この工房の構造の解析に乗り出した。回路に魔力を通し、更に視覚も強化して全体の構造を把握する。勿論、見えない部分は概略になるが、それでも大体のマップくらいは作成できる。

こんなことならランスを連れてくりゃ良かった、と俺は心の中で独り言ちた。夜の屋内ということで、今回ランスは家で留守番をしている。だが、この大きさの空間ならランスを飛ばすことが出来たろう。そうすればランスの視覚を借り、上から全体図を俯瞰できた。
とはいえ、今、居ないものをどうこう言っても始まらない。次善の策を考える。

相手の居そうな場所は数箇所、だが見えないことには対処のしようがない。魔術師とはいえ猛獣相手に奇襲を受けては、先ほどまでここに居た魔術師たちの二の舞だ。何とか探る術は……あれ? そういえば。

「なあ、使い魔とか使えないのか? 大体の構造は把握したんだが、細かいところが判らないんだ」

俺は、難しそうに腕組をしているお二方に聞いてみた。

「い、今やろうとしてたとこよ」
「い、今やろうとしていた所ですわ」

一瞬はっとしたような表情をして、仲良く声を揃えてのお返事。忘れてたな、お前ら。

「もう……。わたしは下にばら撒くわ。ルヴィア、上お願い」

「も、勿論です。直ぐ準備いたしますわ」

二人とも照れ隠しするようにせこせこと準備を始めた。それぞれのポーチから、鉱石製の人形を取り出し呪を紡ぐ。
遠坂はリングを嵌め、数匹の水晶ネズミを床に放つ。リングに嵌めた水晶の多面体で使い魔の視覚を一括管理するのだ。
ルヴィア嬢は小鳥。その嘴と自分の口を啄ばむ様に合わせると、すっと小鳥の姿が消えた。いや消えたわけじゃないようだ、かすかに歪んで見える。小鳥の上に周囲の風景と溶け込むリアルタイムの幻影を被せ、透明なように見せているのだ。一種の光学迷彩といったところだろう。

「で、どうするの?」

「先ず何処に居るか見つける。その後で炙り出そう」

俺は、探すべきマップの穴を指示しながら遠坂に応えた。遠坂は一つ頷くとネズミの群れを制御する。一つならともかく、これだけの数をこなせるのは遠坂ならではだろう。

「追い込みですのね、でも、勢子はどうなさるの?」

半眼で使い魔を制御しながらのルヴィア嬢。幻影と視覚転送、二つの呪をこともなげに維持している。こっちも流石だ。

「勢子は俺がやる」

「シロウ……」

セイバーが、何故貴方はそんなに一人で危ないことばかりしたがるのです、といった顔で睨んできた。あ、いや。別に生身で行こうって訳じゃないぞ。

「あ、セイバー大丈夫。こいつ自分で勢子になるつもりじゃないから。第一生身の士郎じゃ勢子になんないし」

遠坂は、俺が何をするか判ってくれたようだ。でも後半はちょっと傷付いたぞ。

「ではどのように?」

「ま、見てなさいって。セイバーは迎撃の用意お願い」

「判りました、では楽しみにしています」

セイバーは遠坂の言葉にこくりと頷いて、俺に笑いかけてくれた。信用します応えてもらえますね、といった風情だ。これは応えないわけにはいかないな。俺は気を引き締めなおして、心の中で準備をする。遠坂達が相手を見つけた時が俺の出番だ。


「……ルヴィア、右奥、潰されたわ。上からお願い」

「了解…………居ましたわ、シェロあそこです」

とうとう見つけた。俺はルヴィア嬢の指示した場所を見据える。続いて頭の中で再構成したマップの確認。よし、いくぞ……

「――――投影開始トレース・オン


―――― 弾! 弾! 弾!――――


俺は続けざまに投影した。得物は直剣、天井の高さで矢継ぎ早に投影し、そのまま真下に投下する。更に遠坂とルヴィア嬢からの指示を元に目標の動きを読み、先回りして剣を落とし追い込みを掛ける。

「セイバー、真正面に誘導するぞ。遠坂、ルヴィアさんそろそろ用意を、来るぞ!」

セイバーは俺たちの前に立ち、剣を構える。お二方は一旦使い魔の維持を落とし、揃って宝石を取り出し攻撃呪の用意に入った。俺も干将・莫耶を握る手に力を込める。

さあ、来い!

…………

……

「士郎?」

あれ?

おかしい、来ない。

俺はもう一度、頭の中でマップを確認する。うん、間違いない機材に囲まれた経路は全部潰した。真正面からこっちに来るしかないはずなんだが……

「シロウ!」

セイバーの声、それと俺の真上に影が覆いかぶさったのは、ほぼ同時だった。
とっさに剣を構え見上げる俺の目に、そいつの姿が映る。

ああ、そうか。

俺は妙に冷静に納得した。
全長で四m、身長でも二mを越え、それでいて全身バネのような体躯、こいつからすれば三mくらいの障害物飛び越えるくらいなんでもないわけだ。
今そいつが剣の様に鋭い爪を振りかざし、ナイフの群れのような牙を剥いて踊りかかってくる。

まいったな、人間という生物は、こいつと戦うようには出来ていない。勝てない、殺されるだろう。だってのに、なんだか凄く落ち着いた気持ちだ。草食動物が肉食動物に狩られる直前というのはこんな気分なんだろうか? 
だが、そんな気持ちは一瞬、何十分の一秒だったろう。俺は気を引き締めなおし、剣を翳して牙と爪を迎撃した。

――Garuuuu!

「――がっ!」

続けざまに叩きおろされる二本の足の爪、こいつは何とか受け流せた。しかし、重い。全体重を掛けて振り下ろされた爪を流すには、受けるだけでなく振り下ろしながら左右に分けるしかない。
つまり、奴の顎が降りてくる時には、俺の頭は無防備になってしまう……
剣を上げる閑はない。無論、呪を紡ぐ間などありはしない。ああ……

「セイバーっ!」

遠坂の悲鳴のような声、と、同時に蒼い旋風が吹き込んだ。

―― 雅!?――

セイバーの横合いからの一閃。俺の頭を噛み砕くはずの牙は、その閃光を防ぐのに使われた。

「セイバーすまない!」

俺はその隙に、一歩下がって体勢を立て直す。セイバーの今の一閃、本気なら奴の首を刎ねることだって出来たろう。が、その場合、奴を倒せても俺の頭は噛み砕かれていた。

「――くっ!」

――Guuuuu……

おかげで奴をしとめそこなった。しかも、無理やり俺と奴の間に身体をねじ込んだセイバーは、奴の引き際の一撃を止め損なってしまった。手甲が穿たれ血が流れる……え?

「セイバーの鎧を抜いたですって……」

遠坂が一瞬唖然となる。俺だって驚いた、セイバーの鎧はそう簡単に抜けるもんじゃない。セイバー以上の神秘でもない限り不可能なはずだ。

「それは後! 逃げますわ」

そのあたりの事情に通じていないせいか、ルヴィア嬢の反応が一番早かった。一撃を防がれたと見るや、奴は再び機材の森に逃げ込もうとする。まずい、ヒットアンドウェイに徹せられたら、セイバーはともかく遠坂やルヴィア嬢では防ぎきれない。

「あっと! 間に合え!
――――Gewicht過重)、――」

遠坂が黒曜石を投げつけながら呪を紡ぐ、ぐんっと音を立てるように奴の体が沈む、過重力弾だ。

――Cyaaa!

だが奴の判断も早い、跳べないと見るやすかさず機材の間に走りこもうと突進する。

「行かせません
――――Parade Valgone虹障壁)!」

そこに大粒のオパールを砕きながらのルヴィア嬢の詠唱。奴の眼前に虹色の壁が立ちふさがった。うわあすげえ、第五要素エーテル障壁。同じエーテル体である奴にはそう簡単にぶち破れるものではない。

「そこまでだ!」

壁にぶち当たり体勢を崩したところへ、ここぞとばかりにセイバーが飛び込んだ。

――Csyaaa!

首を落とし返す刀で心臓をぶち抜く。落とされた首は、それでもなおセイバーの肩口にがっきと食いついた。が、そこまで。爪同様、鎧に幾つかの穴を開けたものの、セイバーが引き剥がすと力なく地に落ちた。

「セイバー! 大丈夫か?」

「かすり傷です。それにしても……」

セイバーは厳しい顔で応える。それはそうだろう、本来破られるはずのない鎧が穿たれたのだ。

「獣と思いましたが……龍だったのですね」

エーテル体が分解し、元の化石に戻りつつある奴を見据え、セイバーは呟いた。へ? 龍? そら恐竜だったけど。

「セイバー、大丈夫? 治癒は要る?」

「いえ、この程度なら。大した傷ではありません」

遠坂の少しばかり心配そうな声に、セイバーは微かな笑みで応えた。ああ、確かに、もう鎧の穴はふさがっている。

「シェロ、怪我ななくて?」

「ああ、大丈夫だぞ、こっちは無傷だ」

実のところ手首を些か捻っていた。流石にあの重量を剣で流すのはきつくて、ちょっと感覚があやふやになっている。ま、骨や腱に異常はないから問題はないだろう。

「良かった」

ルヴィア嬢は、胸に手を当てほっと息をつきながら微笑みかけてくれる。なんというか、ぱっと花でも背負いそうな笑顔だ。ちょっと見惚れてしまう。

「ほら! そこ。ぼっとしてない。退治が終わったら調査でしょうが!」

と、そこに遠坂ががぁ――っと割り込んできた。遠坂は、先程の笑顔とはうって変わって冷ややかに鼻を鳴らすルヴィア嬢へ一睨みすると、今度は俺も睨み付けてきた。いや、遠坂。別に他意はなかったんだぞ。




それから、俺たちは、遠坂とルヴィア嬢を中心にこの実験工房の調査へと乗り出した。
とはいえ実態は資料漁りである。事故の起こった原因追求の為もあるが、一番の目的は研究資料や各種資材の没収だ。
つまりこれが、事故を起こした側への罰則であり、同時に事故を収めた管理委員への報酬にもなる。結局のところ、これも“等価交換”なのだ。まあ、こんな役得でもなければ、管理委員などという雑用係を引き受ける魔術師などいないのだろう。

今回の場合は、自然史博物館から無断で持ちだされた化石や資料を除いて、すべての機材、資材の所有権を、ルヴィア嬢と遠坂をはじめ、事件解決に当たった魔術師、そして管理委員会本体で山分けすることになる。
そして、それらを整理し、一番最初に手をつける権利があるのは、今回の責任者であるルヴィア嬢と実際に手を下した遠坂だ。俗に言う“王様の分け前”というやつだ。

「なるほどね、セイバーの言ったとおり。化石に加えてこれでもかってほど本翡翠詰め込んであるわ。恐竜をベースにした龍種の構成。よくもまぁ考えたもんね」

「恐竜の概念そのものにも、幾分“龍”の概念が含まれていたようですわね。さもなくば、あれだけの力は出ませんわ」

本翡翠の属性である“龍精”。そいつを強化して恐竜の“竜”とあわせた施術だったらしい。本翡翠を一山に積み上げ、研究資料を解析していた二人のお言葉だ。この間、俺とセイバーはエーテル槐から化石を掘り出す作業と、機材の整理、掃除に当たっていた。こちら肉体労働、あちら頭脳労働というわけだ。

「でも、資料足りなくない? これだけの事するんなら、もっとデータが必要なはずよ」

「あら、そういえば恐竜の遺伝子情報とかも有りませんわね? どこかしら?」

二人は一通り資料を引っ掻き回した後、はて、と首を傾げた。さて、ここで俺の出番だ。さっきからすっかり無視された形の俺とセイバーだが、資材整理の間に、とある物を見つけておいたのだ。

「おおい、多分、これだぞ」

おれはその“物”をぽんと叩いて二人の注意をこちらに向けさせた。

「……うっ」
「……くっ」

それは一台のワークステーション。二人とも電子機器はとことん苦手だからなぁ。気がつかなかったろう?

「魔術師だったらきちんと紙に書きなさいよ……」
「…………邪道ですわ……」

文句にもならない文句を言いながら、お二方揃ってこちらにやってくる。恨みがましく俺を見るのはいいけど、俺のせいじゃないぞ。

「セイバー、頼む」

さて、ワークステーションの前までやって来たはいいが、二人共にどうして良いか判らずモニターと睨めっこをしている。俺は肩をすくめながら、セイバーにお願いした。

「判りました。取敢えず中身を見てみましょう」

俺同様に苦笑しつつ、セイバーはワークステーションの前に座ると、流れるような操作で、瞬く間に該当のフォルダーを見つけ出した。君たち、魔術師なんだから、そんな魔術でも見るような目で見ない。

「ああ、これが遺伝子情報ですね」

セイバーはさくさくとデータをディスクに移し、更に奥へと進む。流石だなセイバー。でもそのハッキングツールのディスクは、いったい何処で貰ってきたんだい?

「凛、多分これだと思います。画像情報ですが見てください」

幾つかの壁を解除して、どうやら実験情報のファイルを見つけたらしい。セイバーはモニターにファイルの中身を映し出した。

「うげ、鏡文字。しかもこれってギリシャ語?」

「アラビア文字も混じってますわね……でも、読みにくいですわ」

慣れの問題とかもあるだろう、モニター越しの解析は難事であるようだ。

「プリントアウトできないか?」

「量が馬鹿になりません。ディスクに落として帰ってからのほうが良いかと」

俺の問いにファイルの数量を示しながらセイバーが応える。

「そうね、報告書上げるだけの情報はもう手に入ったし」

「こちらは早急にというわけではありませんものね、ゆっくりと解析いたしましょう」

「そうだな、そろそろ夜が明ける」

いかに報酬があるとはいえ、雑事は雑事に変わりはない。結局この日は一山の本翡翠と未解析のデータだけを回収し、解析は後日ということでお開きになった。後片付けを残りのメンバーに任せ時計塔の外に出ると、もうすっかりお日様は地平線から昇りきっていた。やれやれといったところだ。

だが今にして思えば、この時、人任せにせず最後まで処理を終えておくべきだったのかもしれない。
後々、俺たちはそのことを酷く後悔する事になった。




翌日、それはジュリオ道場でのいつもの鍛錬中のことだった。

―― 端!――

「え?」

からりと音を立てて落ちた竹刀。それは俺のものではなかった。

「…………」

落ちた竹刀はセイバーのもの。いや、確かに隙はあった。それに今日のセイバーはどこかぼうっとしてたから、もしかしたらとは思っていたけど。まさか本当に一本取れるとは思っても見なかったぞ。
ただ、あまり嬉しくはない。呆気にとられているというのもあるが、セイバーの様子そのものがどこか妙なのだ。何かセイバーらしくないというか……

「あの、セイバー?」

「あ、シロウ! いえ、今のは……些か気の緩みで……」

ここでようやくセイバーも我に返った。なにか慌てて取り繕うとしているのが、これまたセイバーらしくない。

「いや、それは判ってる。いくら俺に合わせてるからって、そう簡単にセイバーから一本取れるなんて思ってないからな」

うん、今のは交通事故みたいなもんだろうな。だからセイバー、気にすることないぞ。

「そ、そうではありません。シロウは強くなっています。今とは言いませんが、いずれ私が位取りを間違えれば、試合でなら一本を取られる事があるかもしれません」

「あ、今一本取ったぞ」

なんか、えらく回りくどい言い訳に聞こえたので、ちょっと突っ込んでみた。

「……シロウ。確かに今、私はミスを犯しました。しかし、それが今の貴方の実力でないことは、承知していると思っていましたが……良いでしょう、今日の残りはシロウの実力をもう少し高く評価して、きっちり鍛えて差し上げましょう」

お、何時ものセイバーに戻った。むぅ――と膨れてじろりと睨みつけてくる。負けず嫌いのセイバーらしい言葉だ。やっぱりセイバーはこうでなくっちゃ。うん、良かった良かった。

「シロウ、覚悟を」

……あまり良くなかった。
それから小一時間。俺は鬼神のごときセイバーに、さっきの一本はきっと幻覚に違いない、そう思えるほど叩きのめされ続けることになってしまった。

ああ、やっぱり獅子の尾なんか踏むもんじゃないな。




まあ、この日はこれ以外、特に変わったことはなかったのだが、これ以降、頻繁にセイバーは、微妙におかしな様子を見せることが多くなっていった。

「おや? 車が前に進みません……」

「セイバー、サイドブレーキ外さなきゃ、それとギアがバックだ!」

危なく事故を起こしかけたり。

「凛、シロウ。今日は学院には行かなくて良いのですか?」

「今日は日曜だぞ」

曜日感覚がずれたり。

「ああ、シロウ。お昼ごはんはまだですか?」

「……さっき食べたのは何だったんだ?」

ちょっとボケが入ったり、ともかく変だった。
家にいるときはまだしも、特に外へ出たときにぼうっとする事が多いし、何か上の空で心配でならない。
食事の量とかは減ってはいない、むしろ増えていたので体調が問題とも思えない。睡眠だって良く取れているようだ、いや、こっちは取り過ぎかも知れない。

「凛、シロウ。それでは先に休みます」

「ああ、お休みセイバー」

「セイバー、おやすみ」

ちなみに、まだ午後八時を廻ったばかりだ。ここのところ毎日十時間以上寝ている。
俺はセイバーが自分の部屋に下がったのを確認してから遠坂に話しかけた。

「なあ、遠坂」

「判ってる、セイバーでしょ?」

遠坂もセイバーの異常には気がついていたようだ。

――Caw……

ランスも心配そうに一声鳴いた。元々王は寝ることのお好きな方であったが、それでも毎日十二時間以上とは些かおかしい、とのことだ。え? 十二時間。

「どういうこと?」

――Craau

遠坂の問いにランスが応えてくれた。どうも俺たちが学院に行ってる昼間などの、セイバーが留守番をしている時に数時間ほど眠っているという事らしい。

「なるほどね。士郎、覚えてる? 前にセイバーが良く寝たときのこと」

遠坂が腕組みをして難しい顔で聞いてきた。ああ、それなら覚えている。あれは、

「俺がマスターの時だろ? でもあの時は俺からの魔力供給がなかったからで、今は遠坂から送ってるんだろ?」

「ええ、しかもあの娘、このところ普段の二割り増しくらいで持って行っているわ」

それでいて、今のセイバーの魔力の消費は、食事、睡眠の量からして普段の半分以下のはず、という事らしい。

「つまり、洩れている?」

「そういう事になるわね。ま、いいわ。確かめに行きましょう。付いてきて」

遠坂はおもむろに立ち上がり、俺を促した。そうだな、先ず現状を確認しないことには一歩も先には進めない。俺たちは、今しがた部屋に下がったセイバーの元へ向かった。

「セイバー、まだ起きてる?」

「凛ですか? ええ、まだ休んではいません。どうぞ、入ってください」

セイバーの応えに俺たちは部屋の中へ入る。室内はごくごく簡素なものだ。ベッドにスツール、デスクと本棚、それとクローゼット。ホテルの部屋ほど味気なくは無いが、女の子の部屋としてはちょっと寂しいかな、といった所だろう。

「シロウも一緒だったのですか」

ドアを開けてくれたセイバーは、ちょっと驚いたように胸元をあわせる。ベッドに入る前だったのだろう、既に髪を下ろしパジャマに着替えていた。そんな格好でわずかに頬を染めるセイバーは妙にこそばゆいというか、艶っぽいというか、いつもの凛々しい姿と違い、えらく可憐だった。

「あの、それでお二人揃って、一体どうしたというのですか?」

「ちょっとな。セイバー、最近体調は? どこかおかしい所とかないか?」

「これと言って不調はありませんが……」

「そうか、それならいいんだ……」

お互い気恥ずかしげに見詰めあい、ぼそぼそと語尾が濁ってしまう。セイバーが悪いんだぞ、その、いかにも儚げでちょっと突っ込みにくい。

「ああ、もうじれったい。セイバー、貴女間違いなくおかしいわよ。どうしてこうも魔力の消費が激しいの? しかも今の貴女はそれほど魔力を消費している状態じゃない」

痺れを切らした遠坂が、真っ向から切り込んできた。

「それは……」

「自分でも気がついてるはずよ、気付かないはずないわよね? さあ、どうゆう……っ!?」

挑むようにセイバーを睨んでいた遠坂だったが、何かに気がついたのかいきなり黙り込んだ。じっとセイバーを見据えているのは変わりないが、顔色は曇り、眉も顰められ、なにか考え込むように唇をかんでいる。

「……凛?」

「どうした、遠坂?」

セイバーの不安げな声と、俺の心配げな声が重なる。なんというか、遠坂がこういう顔で考え込む時は、かなり危うい状況であるということだ。

「セイバー、ちょっと脱ぎなさい」

と、いきなり遠坂さん。微妙に方向性が違うが、かなり危ういお言葉だ。

「な! 凛いきなり何を」

一瞬、唖然としていたセイバーが、一歩下がって抗議する。

「良いから、マスターの命令に従いなさい。さ、早く脱いで」

ずいっとセイバーに迫る遠坂、なんか押し倒しそうな勢いだ。

「い、如何にマスターといえども、理不尽な命令には従えません!」

胸元を抑え、更に下がるセイバー。しかし遠坂は逃がさない、ついに壁際にまで追い詰められた。

「確かめたいことがあるのよ、全く、手間かけさせない」

そのままセイバーの胸元に手をかけ、ふふんとばかりにボタンを外しだす遠坂さん。うわあ…………。

「あの……ですがシロウが……」

とうとう観念したのかセイバー、それでも俯き加減に顔を伏せ、頬を染めながらも囁くように呟いた。

「あ、士郎いたんだっけ」

きょとんと不思議そうな顔の遠坂さん。今、気が付いたかのように俺を見て、じっとりジト目で睨んでこられる。

「……士郎。あんたもしかしていやらしい事考えてなかった?」

う、固唾を呑んで見守っていた俺に、遠坂さんはこれまた真っ向から切り込んできた。いや、これは別にそういうことを考えてたからじゃ……ごめんなさい。

「用件が済んだら呼ぶから、外で待ってなさい」

と、そのまま俺は、言い訳無用と部屋の外へ追い出されてしまった。

「あんたも出てく!」

――Cauuu!!

俺に続いてランスも放り出されてきた。ってお前いつの間に入ってたんだ?


今回はのっけからアクションシーン。
太古の獣と伝説の幻想種。人の共通幻想が世界を変化させるこの世界では、繋がり得るものであろうかと。
ちなみに自然史博物館は、十九世紀末に大英博物館から分かれた分館で動植物の標本がメイン。特に恐竜関係は目玉であるそうです。
さて、セイバーの不調の原因とは? 消えた魔力の行方や如何に。それでは後編をお楽しみください。


By dain

2004/6/16初稿
2005/11/8改稿

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