「士郎、ランス。もう良いわ、入ってらっしゃい」

しばらく部屋の外でやきもきしていた俺達に遠坂の声が掛かる。動物園の熊のように、行ったり来たりとやきもきしていた俺達は、勢い込んで扉を開けた。

「あっと……で、どうだったんだ?」

部屋に入ると、出ていたとき同様に中央で遠坂が腕組みをしていた。セイバーはというとベッドに腰掛けて、これまた前と同様に小さくなって俯いている。
いや、違いはあった。セイバーの右肩から二の腕にかけて、何か呪刻がびっしり書かれた布で覆われている。





せいぎのみかた
「最強の魔術使い」  −Emiya Family− 第三話 後編
Heroic Phantasm





「遠坂、これって?」

俺の問いに、遠坂は一つ溜息を付くと応えてくれた。

「この前の恐竜。覚えてるでしょ?」

「ああ、そりゃあ……あ、あの時のか」

それで思い出した。あの時セイバーが肩口をあいつに咬まれていた。その時の傷が原因か……え? でも!?

「何でまだ残ってるんだ!?」

愕然とする。セイバーは英霊であり、使い魔だ。肉体の傷など、魔力の供給がある限り簡単に回復するはずだ。それが今まで残っているってことは。

「理由はまだわからない、調べないとね。でもセイバーが不調な原因はこれね。この傷口から魔力が漏れ出しているのよ」

遠坂は、難しい顔のままじっとセイバーを見据え続けている。

「セイバー、何で黙ってたんだよ?」

俺も多分、遠坂と同じような顔をしているだろう。もっと早く言ってくれれば良いじゃないか!

「すまない。凛、シロウ。心配をかけたくなかった。すぐに元に戻ると思って……」

「で、戻らなかったわけね」

小さくなって謝罪するセイバーに、遠坂は厳しい顔のまま容赦なく詰め寄る。セイバーは益々小さくなって、無言でこくんと頷いた。

「遠坂……」

「士郎は黙ってて、それじゃ今の貴女の魔力はどのくらい? 隠されちゃわたしにだってわからないのよ」

取り成そうとした俺の言葉を、ぴしゃりと退け、遠坂はセイバーに質問を続ける。冷徹な視線がセイバーを射抜く。魔術師として、マスターとしてセイバーに正対しているだ。

「……常時の二割ほどです……」

「――な!」

セイバーの応えに俺は絶句する。殆んど空じゃないか!

「呆れたわね、それじゃあセイバー丸々一人分以上漏れてるじゃない。とんでもない量よ」

魔力の供給量と消費量を、指折り数えていた遠坂が、天を仰いで嘆息した。確かにとんでもない量だ、小源オドでなく大源マナで測らなきゃならないくらいの量になる。

「でも、今はこれで塞いだんだろ?」

俺は、セイバーの肩を覆う布をさして遠坂に聞いてみる。このまま治ってくれれば良いんだが。

「応急処置よ、単に封印で蓋をしただけ。セイバーの傷口がふさがらない限りあまり意味は無いわ。セイバーがちょっとばかり魔力使ったら、それだけで内側から弾けちゃう位の封印だしね」

つまり、傷は塞がらないって事か。原因をはっきりさせてきちんと治療が終わるまでは、大人しくしてなきゃならないってわけだ。

「セイバー、聞いただろ? 無茶したら駄目だぞ」

俺はセイバーに釘をさした。言っておかないと、セイバーは絶対に大人しくしてないからなぁ。

「しかし! それでは凛やシロウを守ることが……」

ほら、言った端からこれだ。

「ストップ。今はそんなこと考えない! 良い? 今回はわたし達に任せなさい。しばらくは家から出るのも駄目。その封印にはこの家の結界も連動してるんだから、出たら意味ないの」

遠坂は、ここぞとばかりにがぁ――と捲くし立てる。とはいえ、この忠告は魔術師であるというよりも、セイバーを心配している遠坂の言葉だ。さもなきゃマスターとして命じるだけで良い。

「良いわね?」

遠坂はセイバーに、更に更にぐっと顔を近づけ睨みつけながら確認をする。

「セイバー、俺もそう思うぞ。今回は俺たちに任せてくれ」

「……はい、判りました。凛、シロウ、お願いします」

悔しそうに顔を俯け、唇をかんでいたセイバーだが、俺たちの顔を交互に見ると、ふっと力を抜き応えてくれた。うん、良い顔だ。無理をせず、ちゃんと信じてくれている。
遠坂もさっきまでの仏頂面ではない、うんと一つ頷くと満足したように笑顔になった。

「ですが、私に出来る範囲でやることがあれば命じてください。それが私の勤めであると思います」

きちんと落ち着いた声でセイバーは言葉を続ける。うん、わかってる。無理はいけないが、お姫様にしちゃ却ってセイバーにとっては負担だもんな。遠坂はいまいち不満そうだが、俺はしっかり頷いてセイバーに応えた。

――Crruuu……

ランスが感心したように喉を鳴らす。王も随分と丸くなられた。昔はこのような状況でも無理をして突っ込まれた。それで力押しで解決してしまわれるからかえって始末が悪かったのだが、などと述懐している。まあ、確かにそれも実にセイバーらしい。

「それじゃあ、今日はもう寝なさい。わたし達はこの間の資料を整理するから」

「はい、あ、でも……」

「でもじゃないの。良い? こっちはわたし達に任せるって、さっき言ったばかりでしょ?」

「しかし……」

「セイバー大丈夫だよ」

心配性のお姉さんに、俺たちはもう一度、言って聞かせて、部屋を後にする。大丈夫だ、俺たちだけで解決してみせるって。

「本当に良いのですか? 先日のデーターはまだディスクのままですが?」

――あ、

扉を開けたところで俺たちの足が止まった。生データのままじゃ俺たちには手も足も出ない。

「ええと、セイバー。じゃ少しだけ手伝ってくれる?」

「それでは凛。お言葉に甘えて今日は休ませてもらいます」

一転、愛想笑いで機嫌をとる遠坂を、今までのお返しとばかりに、にっこり笑いで迎撃するセイバーさん。

「セイバ〜」

この晩、俺たちは何とかセイバーを説得して、第一歩を踏み出すことが出来た。はぁ、俺もコンピュータを習おうかなぁ。




「お゛ばよ゛う゛……士郎……」

昼前にもかかわらず、相変わらず不機嫌な遠坂の寝起き。
でも、まあ仕方がない、昨晩というか今朝ベッドに入ったのは既に朝の八時。セイバーにディスクから落として貰ったデータをプリントアウトして、一通り解析するだけで、それだけ掛かってしまったのだ。

「おはよう、ミルクでよかったな」

「うん、士郎は元気ね……」

「ああ、俺は寝てないからな」

俺はミルクを遠坂に渡しながら応える。遠坂がベッドに入ってから、俺はもう一仕事片付けておかなきゃならない仕事があったからだ。

「……寝てない?」

「ああ、コピーとってたんだ」

全資料をコピーして、一晩かかって解析したデータの注釈をつける。限られた時間を有効に使うには、どうしてもその必要があった。

「ふうん……」

寝ぼけ眼でふにゃふにゃこくこくとミルクを飲む遠坂。と、ここではっと気がついたように部屋を見渡した。

「……ランスは?」

「コピーを持たせて、使いに出した」

ここでようやく目が覚めたのか、遠坂の顔色が変わる。

「士郎!」

「怒鳴る気持ちはわかるが、俺の判断は間違っているとは思えないぞ」

ミルクを抱えてむぅ――と睨みつけてくる遠坂に、俺は冷静に話しかけた。
セイバーが動けない以上、助けはいくらでも必要になるだろう。それに無関係ってわけでもない。

「う、そりゃそうだけど……」

遠坂の気持ちもわかる。これは俺たちの問題だし、外に借りを作りたくないのだろう。でもな、遠坂。

「仲間外れにした時のほうが、後が怖いぞ。ルヴィアさんは」

そう、俺は昨晩の成果を、ランスに持たせてルヴィア嬢の元へ送ったのだ。

「うう……もう、判ったわよ。わたしからも連絡するから」

ミルクを俺に突っ返し、遠坂は口を尖らせて電話に向かう。と、電話の方が先に鳴った。

「はい、遠坂です」

「リン? わたくしですわ」

早速ルヴィア嬢だ、流石に反応が早い。

「ああ、ルヴィアね。読んだ?」

「読みましたわ。なんですの? あの連中は。龍の構成だけでも馬鹿げていると言うのに、化石に呪刻しての魔術炉心の呪刻構成ですって? あの程度の力量で挑めるものでは有りませんわ!」

「うん、本当ならあんなもん動くわけないし」

「当然です。そう簡単にできるならわたくし達は苦労しませんわ」

ルヴィア嬢の怒声が、受話器越しに離れた俺にも響いてくる。
魔術炉心と言うのは龍種のもつ特殊な器官だ。魔術回路が大源マナ小源オドに変換して使用可能な魔力にするのに対し、魔術炉心は魔術炉心そのものが魔力を生む。単に生きている、息をしているだけで魔術回路とは桁違いの量で魔力を生み出す恐るべき魔術器官。そしてこの器官こそが、龍と言う幻想種が最強である理由であり、最大の神秘なのだ。
勿論、先日の恐竜にそれが組み込まれていたわけではない。それを組み込むための概念が、骨格標本に呪刻されていただけだ。

「昨日の奴は、食った魔術刻印を電池にして動いてただけ。それでもセイバーを傷つけるだけの龍にはなりえてたわ」

遠坂がルヴィア嬢に応える。つまりはそういうことだ、魔術炉心の概念刻印に魔力を通し、一時的に“龍”として振舞えていた。ただ、それだけだったはず。

「……魔術炉心を本気で構成するつもりなら……」

「……本物の“龍”の魔術炉心を手に入れるか……」

「……あるいは、本物の“龍”に類感させるしかないはずですわ」

さらさらと遠坂と言葉を繋げていたルヴィア嬢が、ふんと鼻を鳴らす。本物の龍など今は何処にも居ない。龍の遺品や、残骸くらいなら遺物として残っているが、龍そのものはここ百年単位で姿を現していない。つまりは魔術炉心の構成などは不可能。本来ならそのはずだった。

「……あいつセイバーの血を手に入れたわ」

そんなルヴィア嬢に、遠坂はここで一呼吸おいてポツリと呟いた。

「それが、どう……なんですって!?」

これでルヴィア嬢も気がついた。セイバーはアーサー王。勿論、直接は言っていないが、ルヴィア嬢はセイバーの正体を薄々察している。そしてアーサー王は龍の血族。

「……今のセイバーは持っていますの?」

「うん、機能はしてないけどね。器官そのものは持ってるわ」

ルヴィア嬢の探るような声に、遠坂はあっさり返事をした。これもルヴィア嬢を外しておきたかった理由の一つだ。セイバーと言う使い魔の価値は、この事実で数ランク上昇する。ただでさえ規格外の英霊が、神霊なみの価値になってしまうのだ。

「…………」

受話器の向こうで息を呑む音が、ここまで聞こえてきそうな沈黙だ。
魔術師として、今、ルヴィア嬢の目の前にとてつもなく大きな肉塊が投げ込まれたのだ、しかも無償で。これをルヴィア嬢がどう受け取るか……

「とんでもない話ですわね。ま、それはそれとして。どの程度まで成長しているか確認する必要がありますわ。午後に自然史博物館で、よろしくてね?」

僅かな沈黙の後、ルヴィア嬢は何事もなかったように善後策について、話を戻していた。俺は知らずに頬が緩むのを感じる。ルヴィア嬢は魔術師としてでなく、友人としてこの情報を手に取ってくれた。

「判ったわ。それまでにお互いもう少し詳しく解析しときましょう」

「ええ、それでは午後に」

受話器を置くと遠坂は大きく安堵の溜息を付いた。遠坂の気持ちも俺と一緒だったのだろう。
と、俺に向かってむぅ――と膨れて睨みつけてきた。

「士郎のせいなんだから!」

あ、うう。これはちょっと否定できないなあ。




それから俺たちは、時間まで資料の再確認を行った。結果は大して変わりない。あの実験の本当の目的は龍の再構成ではなく、龍を介しての魔術炉心の構成とその情報収集。
ただ、結局は失敗した。龍を内在する恐竜は作れたが、魔術炉心そのものは生み出せず、魔力の飢えに襲われた恐竜に、代替の餌として魔術刻印を食われた。

「本当なら、ここで終わりのはずなのよね」

助手席で遠坂が独り言ちる。運転手は俺、徹夜明けで余り好ましいものではないが、遠坂は運転できないし、セイバーは家で寝かしつけてある。

「結局セイバーの血なんだな」

「そういう事。セイバーの血で類感が生じて、魔術炉心の構成が始まっちゃったみたい。今まで吸い取られてた魔力は、その為に使われたわけね」

なにせセイバー満タン分の魔力だ。半端な量じゃない。

「でも仕挫ったな。あの場で骨格標本も調べておけばよかったわけだ」

あの時骨格標本を確認して、呪刻を削り取っておけばこんな事にはならなかった。俺は唇をかみ締めた。そうすればセイバーだってあんなに悩むことはなかったはずだ。

「終わったことは今更言っても始まらないわ、反省して次に進みましょう」

「そうだな、先ずは急ごう。ルヴィアさん先についちゃってるみたいだ」

ランスとのリンクで、ルヴィア嬢が既に自然史博物館入りしたことを確認して、俺は車を急がせた。あんまり遅れるとルヴィア嬢の機嫌を損ねるからなぁ。誰かさんと一緒で案外短気なんだよなルヴィア嬢は。

「うわぁ……」

英国自然史博物館。十九世紀に大英博物館から分かれたここには、動植物を中心とした生物学関係の展示物が分類展示されている。
特に恐竜は人気で西館全部が展示場となっており、例のディノニクスの展示はここの中央ホールにある。反対の壁が見えないほど広いこのホールには、天窓になったガラス張りのアーチの下、巨大な恐竜標本が所狭しと並べられている。

とはいえ驚いたのは巨大な恐竜の展示に対してではない。
かなりの見物客の中、一箇所だけぽっかり開いたスペース。そう、ちょうど例のディノニクスの前あたりだ。
そのぽっかり開いたスペースの中央に、でんと仁王立ちするお嬢様。そのあまりの見事さに、思わず呻き声がもれてしまったのだ。ルヴィアさん、それ怖いって。誰も近づきたがらないのも良く分かる。

「ルヴィア、お待たせ」

とはいえさすが遠坂さん、その異様な空気を一切斟酌せずに気楽に声をかける。

「遅いですわ。リン」

「ごめん、ルヴィアさん。遅れた」

なもんで、何とか宥めようと俺は拝むようにルヴィア嬢に謝った。

「シェロ、前にも言ったはずです。自分のせいでも無いのにおかしな謝罪はお止めなさい」

やぶへびだった様だ、かえってむぅ――と睨まれてしまった。

「怒らない怒らない、なに苛ついてるの?」

そこへ遠坂が、更にあおるような気楽さで声をかける。一瞬怒鳴りつけようかと言う顔になったルヴィア嬢だが、ここへ来てようやく周囲の状況を飲み込んだようだ。ぐっと堪えて一つ小さく溜息を付くと、肩の力を抜いて遠坂に小さな声で告げた。

「そこから一歩踏み出して、それでもまだ落ち着いていられるなら大したものですわ」

つんと顎で目の前のディノニクスを指し示した。

はい? と顔を見合わせた俺と遠坂だが、ルヴィア嬢に言われたとおり一歩前に進んだ途、凍り付いてしまった。

「げっ……」
「うぅ……」

俺だけでなく、流石の遠坂もこれには絶句してしまった。一般の人にはわからないだろうが、この標本の周りは一種の結界になってしまっており、その中の魔力は半端でない状況になっているのだ。

「ちょっと、これって起動しちゃってない?」

遠坂が先程とうって変わって低い声で呟く。

「ええ、アイドリングと言ったところですわ。魔力だって、ちょっと一押しすれば第五要素エーテルに変換されかねない密度ですもの」

それこそ、この標本がたった今、肉付いて動き出さないのが不思議なほどの魔力濃度だ。

「でも良くこれが今まで気付かれなかったな、ここも一応協会の管轄なんだろ?」

ふとわいた疑問を聞いてみる。大英博物館そのものが魔術協会なのだ、分館とはいえここも一部と言えるはず。

「仕方有りませんわ。分館といってもこちらに表の自然科学関係ばかり、魔術関係の品物はありませんもの。それに、この結界では僅かばかり常駐職員では見過ごして不思議じゃありませんわ」

わたくしやリンだって、結界の中に入るまで気づけませんでしたもの、と、なにか憎々しげに口の端をゆがめている。なんだか、こう裏目裏目にばかり出ている気がする。まいったなぁ。

「今夜ね」

渦巻く魔力を前に遠坂が呟くように告げた。

「ええ、今夜この中央ホールを閉鎖封印して、わたくし達で解呪致しましょう。間に合ってよかったですわ」

ルヴィア嬢もそれに応える。え? 俺たちだけ?

「ルヴィアさん、他の管理の連中は呼ばないのか?」

俺の素朴な疑問に、ルヴィアさんだけでなく遠坂までも不機嫌そうな視線を向けてきた。あれ? 俺何か間違えた?

「シェロ……これの原因を覚えていて?」

ルヴィアさんの諭すような小声。あっ。

「この魔術炉心はセイバーの血が大元なのよ、そんなこと誰彼かまわず教えられるわけ無いでしょうが」

遠坂に内緒話で、がぁ――とばかりに怒鳴られた。ううむ、ご尤も。でもそれなら、

「ルヴィアさん有難う」

お礼を言っておかなきゃな。月番がルヴィア嬢でなければ、ここまで便宜と秘密保持の双方を図ってもらえなかったはずだ。

「お礼を言われるほどのことでは有りませんわ。わたくしだって自分の責任者の時におかしなしくじりをしたくありませんもの」

ルヴィア嬢はぷいっと視線を外すと、ぼそぼそと小さな声で返してくれた。さっきの謝罪と違ってこれは受けてくれたようだ。照れてるんだろう、ちょっと顔が赤い。

「それじゃあ、さっさと帰って準備しましょう。ルヴィアも手続きあるでしょ?」

一つ化石を睨みつけると、遠坂はぐっと力を込めて言い放った。

「そうですわね、今夜零時この場所で。よろしくてね?」

「おう、それじゃ今夜」

俺もまた化石を一睨みして頷く。この前のけじめ今度こそ付けさせて貰うぞ。




「それじゃあセイバー、ちゃんと留守番してるんだぞ」

俺はセイバーに声をかける。

「あの、本当に私が行かなくて大丈夫なのでしょうか?」

「だ・か・ら、今の状態じゃ戦えないって行ってるでしょ? ガソリンタンクに穴空いてるようなものなんだから。いい? 大人しくしてるのよ。ちゃっちゃと片付けてくるから」

セイバーの心配そうな声に遠坂が、一言一言、確認するように言い聞かせる。

「そうだぞ、セイバー。たまには俺たちに任せて、ゆっくり休んでいてくれ」

俺からも一声かけておく。心配性のセイバーに、大丈夫だよと笑いかける。

「それでは、気をつけて行ってきてください。無茶はしないように」

特に貴方は、とでも言いたそうな視線を俺に向け、セイバーが諦めたように言ってくれた。ううむ、俺ってそんなに無茶するかな?




「随分と持ってきたんだな」

助手席でポーチの中身を再確認をしている遠坂に話しかける。どうやらうちの宝石を根こそぎ持ってきたようだ。いつものポーチに加え、脇に二つ、後ろに一つと計四つのポーチにぎっしりと石を詰め込んである。

「そういう士郎だって完全装備じゃない」

そうでしょ? とばかりに俺を上から下までまじまじと見る遠坂さん。いつもの黒鎧と紅石のアミュレットに加え、弓とセイバーから無理を言って借り受けた「新鍛の剣ノイエカリバー」まで担いできている。ま、確かに人のことは言えないな。

「なんか嫌な予感がするんだ。今回はつまづいてばかりだろ?」

これが完全武装の理由。遠坂も同じ思いなのだろう、俺の答えに難しい顔で黙り込んだ。

「特に変化は無いんでしょ?」

しばらくして遠坂はポツリと呟くように言った。やっぱり気になるらしい。

「ああ、ランスからは何も言ってきて無い。まだ動いてはいないみたいだ」

俺はランスとのラインを再確認しながら答えた。今ランスは自然史博物館に詰めている。ルヴィア嬢の家に連絡に行った帰り、そのまま博物館へ向かわせ、俺たちの到着までの監視をしてもらっているのだ。ちょうど今は中央ホールの天窓の上を周回している。

「あ、ルヴィアさん着いたみたいだ。これから封鎖結界展開だな」

そんなランスの視界にピンクのロールスが映った。

「じゃ、急ぎましょ。また文句言われちゃ敵わないわ」

オックスフォードストリートから南に下って、ピカデリーロードに、さらにハロッズ前のブロンプトンロードに入る。その先が、ヴィクトリア・アルバート博物館、各種王立大学、そして自然史博物館とならぶアカデミックな一角だ。

――主よ、急がれよ

ヴィクトリア・アルバート博物館を抜け、自然史博物館が見えた頃、ランスの切迫した声が俺の頭の中で響いた。

――ルヴィア嬢の結界で封じ込めたのが仇になった、
――あやつめの再生が始まってしまったようだ。


一瞬、ぐらりと視界がゆがむ。あそこには今ルヴィアさん一人。

――ランス! 守れ。

俺は一言だけランスに指令を飛ばす、あいつにはこれで十分。ランスの無言の首肯を受け、俺はアクセルを全開に踏み込んで、博物館の玄関先に飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと! 士郎、危ない!」

助手席で遠坂が悲鳴を上げるが、返事をする間が惜しい。今は急ぐことが先決だ。
加速しながらフェンスをぶち破り、玄関に突っ込む直前でハンドルを切った。タイヤが悲鳴をあげ、車体を軋ませながら横に滑る。それを逆ハンドルで堪えながら、ドリフトしたまま正面玄関のガラスを叩き割った。

「きゃあ!」

なんか横で可愛いらしい悲鳴が上がった気がするが、気のせいだろう。車はそのままエントラスに突っ込み、半回転したところでようやく止まった。

「し! 士郎!」

遠坂が凄まじい顔で睨みつけてきた。ああ、そうか、まだ伝えてなかったな。

「再構成が始まった」

俺は一言だけで返事を済ました。と、それまでシートベルトと格闘している遠坂は、一瞬目を見開いたが、おもむろにナイフを取り出してシートベルトを切り落とした。

「急ぎましょ」

「おう」

もう言葉は必要ない。俺たちは車から降りて装備を担ぐと、中央ホールに向かって駆け出した。




「うわぁ!」
「きゃ!」

中央ホールに駆け込んだ途端、俺たちは凄まじいエーテル流の渦に巻き込まれた。俺は慌てて遠坂を抱き止めた。

――主よ、こちらだ!

と、そこにランスの声が掛かる。エーテル流の中では目を開けていられない。俺は目を瞑ったまま遠坂を抱きかかえ、ランスの声の方向へ飛んだ。

――劫!――

いきなり強烈な熱気が、俺たちのさっきまで居た場所で荒れ狂う。遠坂を横抱きのまま、俺は更に駆ける。それでなんとかエーテル流の外の出られたのか、ひんやりとした風を頬に受け、俺はようやく目を開いて振り返った。

一瞬身体が硬直した。
俺たちがさっきまで立っていたホールの入口、そこから十mほど奥には言ったところだろうか? そいつはそこに立っていた。
さほど大きな姿ではない、この間のディノニクスとさして変わらないだろう。動きにいたってはあいつよりは随分と緩慢だ。
だが、その立ち姿から溢れる圧力は桁違いだ。頭部に幾本も生えた角、爬虫類の滑ったような肌でなく鎧のごとく重厚な鱗。背に生えた蝙蝠のような翼。そして灼熱の吐息。

「……嘘……」

俺の腕の中から、遠坂の驚愕と感嘆の入り混じった吐息が漏れる。

ドラゴン

伝説と神秘の極。最強にして最恐の幻想種。そいつは紛れも無く“龍”だった。
ただそこに立ち、息をしているだけで魔力を溢れさせ、エーテル流を渦巻かせるそいつは、己の息吹の余韻を楽しむように一つ息をつくと、ゆっくりと俺たちの方に目を向けた。



ドクン

やばい

ドクン

凄くやばい。

ドクン

思いっきりやばい。

ドクン

目が合ったら終わりだ。目が合った瞬間、人間の魂なんぞ、一瞬で吹き飛ばされてしまう。あれはそういう生物だ。
なのに、身体が動かない……

――なにをしている!

舌打ちするような思考の叱責。俺はそれでようやく我に返った。

―― 紗!――

と、龍の背中に幾本かの白光が突き刺さる。

――今のうちだ、こちらへ!

声に促されて俺は又も駆け出し、僅かな合間にちらりと龍に視線を向ける。ああ、くそ、傷一つ付いてやしない。鬱陶しそうに顔を顰めると、龍は振向きざまに跳びあがり、ホールの中央に降り立った。へ? なんだあれ?

竜牙卒トゥース・ゴーレム? どっからあれだけの数を……」

遠坂が呆れたように呟いた。そりゃそうだろう。ホールの中央では、手に手に剣と盾を持った骸骨が十数体、叩き潰されながらも龍に挑んでいる。

「竜の歯ならそこいらに幾らでも転がっていますもの。ごきげんよう。ようやくお着きですわね」

落ち着いた声で金色の影が、俺たちの眼前に滑り込んできた。

「ああ、ルヴィアさん。無事だったんだな」

俺は心の底から安堵した。少しばかり服が焼け焦げてはいるが、ルヴィア嬢は無事だった。これで心配の種が一つ減った。
なのに、何故かルヴィア嬢は俺を凄い目で睨みつけてくる。はて?

「……リン。貴女いつまでシェロの腕に抱かれているおつもりなの?」

「いいじゃない、わたしのなんだから」

あ、燃え上がった。さっきも龍の吐息もかくやといわんばかりに、目の前で見事なほど燃え上がっていらっしゃいますよ。

――Crow!

そこに頭上を周回していたランスの声。注意を促すように龍の上空を通過する。げ、さっきまで十体以上居た骸骨が、もう殆んど潰されている。

「ああ、もう。リン、貴女にも手伝って頂きますわ」

ルヴィア嬢は苛立たしげにそう言い放つと、遠坂の手になにやら石のようなものを一掴みざらざらと押し付けた。

「なにこれ? 恐竜の歯の化石じゃない。ああ、そういうこと」

遠坂は納得したように頷くと、ちょっとごめんと俺の手からするりと地に降り立った。

「並みの攻撃呪では歯が立ちませんの、時間を稼いでいる間に最大級の呪を編んで叩き込みますわ」

そう言いながら、ルヴィア嬢は恐竜の歯を床に撒き、次々と竜牙卒を構成する。

「一応“竜”だものね、普通の人形よりは役に立つか」

そう言いながら、遠坂も同じように竜牙卒を構成していく。二人が作った骸骨は、その場で隊伍を組んで龍に向かって進軍していく。
よし、これで壁が出来た。これで……え?


――Cruuuuu!


ランスの警告と俺が気付いたのはほぼ同時だった。
ホールの中央、隊伍を組んで前進する骸骨に囲まれながら、龍はこちらを向き、嘲るように龍顎を開いている。
しまった! あいつにはとんでもない飛び道具があったんだ。


 ――――轟!――――
「――――投影開始トレース・オン


「きゃ!」
「いやぁ!」

灼熱の炎球。それはもはやただの火ではない。最大級の魔力を込められた“龍の吐息ドラゴンブレス”だ。
居並ぶ竜牙卒を真一文字になぎ倒し、俺たちに向かって襲い掛かってくる。

世界が一瞬、白熱色に染まった。




「……くっ……」

ぱちぱちと何かがはぜる音、溶解する石の臭い、それで意識が戻った。続いて視覚が戻る。

良かった、意識を失っていたのは一瞬のようだ。
俺の眼前で黄金の剣が役目を終え、大気に溶け込むように薄れいく。“龍の吐息”が発せられる一瞬前、ぎりぎりで盾として投影した「選定の剣カリバーン」。今、役目を終え静かに消えていく。
俺は、何とか身体を起こし膝立ちになる。炎球そのものは切り分けることが出来たが、その魔力と爆発の余波までは防ぎきれなかったらしい。俺は慌てて後ろを振向いた。

くそ、やっぱり。

そこには、遠坂とルヴィア嬢が重なるように倒れていた。何とか息はあるようだが、服は焦げ、体中あちこちから血がにじんでいる。本当ならば駆け寄りたい。今すぐ駆け寄って抱き起したい。

だが、まだそれは出来ない。

――Cow!

ランスの声に促され、俺は今一度、前を見据える。

天窓から差し込む月光を受け。そいつは神々しいばかりに堂々と屹立していた。
超越者の眼で俺たちを見据え。龍は死そのもののように一歩前に出る。

「――――投影開始トレース・オン

俺は瞬時に魔術回路をフル稼働させる。十本の魔剣を同時に投影し、奴に向かってたたきつける。

―― 琴!――

が、利かない。微動だにせず、すべての剣を弾き返した龍は、哀れむような目で、一歩進む。

「くっ……」

ならばこれで!

「――――投影開始トレース・オン

干将・莫耶を両手に現し、轟とばかりに投げつける。
左右に弧を描き、離れては又添うように、二本の夫婦剣は龍の背に突き立つ。

コトリ

が、そこまで。龍の鱗がただ一枚。それが俺の夫婦剣でなしえた戦果の全てだった。
これで終わりかなのか、とまるで確認するように、龍はまた一歩前に出る。

「――――投影開始トレース・オン

俺は歯を食いしばり投影を繰り返す。
真紅の槍を宙に浮かべ、奴の心臓向けて投げつけた。

―― 斬……――

ぽたりと血が流れる。
奴ではない。宝具の投影をした俺の内臓が、悲鳴を上げて血を流したのだ。
槍は刺さった。だが血すら流れ出していない。まるで棘でも抜くように龍は前足で槍を抜くと、そのままからりと地に落とした。そして、さらに一歩進む。

「――――投影開始トレース・オン

俺はそれでも投影を繰り返す。

「――――投影開始トレース・オン

剣を槍を次々に投影しては龍に向かって投げ飛ばす。

「――――投影開始トレース・オン

が、届かない。傷つけることは出来ても、龍の歩みを止めることは出来ない。

「――――投影開始トレース・オン

…………

……




「……ハァハァハァ」

息が荒い、魔力も残り少ない。あと三本、いやあと二本といったところだろう。
だが、龍の歩みは止まらない。着実に一歩一歩進む龍。飛び掛れば一瞬だというのに、龍はまるで俺を図るかのように一歩ずつ迫ってくる。それもあと僅か。あと、ほんの数歩で俺は奴に飲み込まれる。

そうなれば、遠坂やルヴィア嬢も……

怖い。

死ぬことよりも何よりも、守りきれないことの方が怖い。

俺は必死で頭を上げた。

そして、

龍と目が合ってしまった。


――諦めろ――


龍の目が圧倒的な圧力で俺に襲い掛かる。


――諦めろ――


身体が動かない。


――諦めろ――


心が……。


――諦めろ――


折れる……。


――諦めろ――




「……士郎……」

龍の瞳以外何も見えず、龍の息吹以外何も聞こえないはずの俺の耳に、小さな囁きが響いた。

「……士郎……しっかり」

僅かに残った心をかき集め、ようやく焦点が合った俺の目には、例えようもないほど愛おしい顔が映し出された。
ぼろぼろになりながらも、俺の膝に手を置き無理やり身体を起こした遠坂が、必死で俺を覗き込んでいた。

「……遠坂」

ここまで必死で這いずって来たのだろう。服はどろどろに汚れ、顔だって血と汗と煤まみれだ。それでもその瞳には、いつもと同じ不屈の光りが宿っている。諦めてなんかやるもんかと一心に見据えている。
こんな時でも、そんな姿でもやっぱり遠坂は綺麗だった。どんなことがあっても諦めきれないほど綺麗だった。


――諦めろ――


崩折れまいと、必死で努める遠坂を腕に抱き止め。俺は今一度顔を上げた。龍はなおも訴えかける。
諦めろと、お前では勝てないのだからと。

そう、それは事実。俺では龍に勝てない。


――諦めろ――


だったら


――諦めろ――


だったら、お前に勝てるものを創造してやろうじゃないか!
それが衛宮士郎の戦い方だ!

俺は龍をにらみつけた。勝てないからといって諦めたりしない。弱いからといって諦めたりは断じてしない。
目は逸らさない。もう逃げない諦めない。俺は、お前に、挑む。


龍が前進を再開する。ならば死ね、そう言っているかのように轟然と一歩前進する。


考えろ、考えろ。あるはずだ、奴に勝つものがあるはずだ。龍を倒すものが必ずあるはずだ。


検索………………………………………………却下、
検索……………………………………却下、
検索…………………………却下、
検索………………却下、
検索……却下、
検索……


――あった。

俺の頭の中で設計図が再現される。それは一本の剣。ギルガメッシュと戦った時、奴が使い、俺があの赤い丘から引き抜いた剣。セイバーの宝具エクスカリバーにすら匹敵しうる最強の魔剣。

龍が又一歩前進する。

だが、まだだ。今の俺ではあれは振るえない。投げつけたところで先程までの宝具と同じだ。龍には届かない。最強の魔剣を以ってしても、担い手無しでは龍には勝てない。龍とはそういった存在なのだ

ならば……

ならば……

届かすようにすれば良い。足りない物は他から調達する、それが魔術師のやり方だ!
俺は天を見上げ叫んだ。

「ランス!」

承知! 力強い応えと共に、ランスは天窓をぶち破り、月に向かって舞い上がる。

龍が又一歩前進する。

俺は龍を睨みつけながら心に決めた。もう恐ろしくはない。諦めないと決めたから。

俺は遠坂を腕に抱き、最後の魔力を振り絞った。

「――――投影開始トレース・オン

視界が変わる。空高く舞い上がった美しい月を望む視界。ランスの目。さあ行くぞ。


――I am the bone of my sword体は 剣で出来ている).


天空に剣を結ぶ。

月光を浴び、空高く、一本の幻想を結ぶ。

神をも滅す屠龍の剣グラム

闇よりも暗き最強の魔剣は、遥かな高みから、月弧を弓に放たれたように一直線に撃ち降ろされた。
俺の力が足りないならば、この大地全ての力を借りてやる!


――――Grooooooo!!


ここへ来て初めて龍が吼えた。
心が震える。決めたはずの決意が、嵐の中に叩き込まれたように揺さぶられ翻弄される。
だが、揺るがす訳にはいかない。これこそ、俺が龍を倒せる証。龍が初めて怯えた証なのだから。

――――Vyuuuu!

龍が跳ぶ。今までは俺に向かって一歩一歩、甚振るように追い詰めて来た龍が、ここで一気に跳んできた。
翼を広げ、俺に向かって咆哮と共に襲い掛かる龍の影。そのしんぞうが剣の軌跡からずれていく。まずい、このままでは剣は届かない。傷つけることは出来てもそれでは龍は倒せない。

だが、


「ランス!」

――心得た。

これが俺の切り札。魔剣を振いうる担い手、“完璧の騎士”。
グラムの柄に掴まり、剣と共に突進しつづけていたランスが翼を広げる。
既に速度は時速数百キロ、ランスに止められるわけではない。
だが、奴は最強の騎士。その翼、わずかに軌跡を変えることくらやってのける。


―――― 斬!――――
――――Gyshaaaaaaa!!!


二つの轟音が眼前に木霊する。爆音とも思える金属音と、天雷の響きにも似た龍の断末魔。
龍の顎が俺の頭を捕らえる直前。漆黒の刃は漆黒の翼に乗り、見事に龍の心臓を串刺しにしてのけた。

―― 爆!――

第五架空要素エーテルが弾ける。
龍の心臓、それは魔術炉心。魔剣に串刺しにされたそれは一気に魔力を解放する。


「うわぁ!」
「きゃ!」

遠坂を腕に抱き、俺はそのまま吹き飛ばされた。転がる途中でルヴィア嬢も抱え込み。俺は二人を胸に爆心に背を向ける。

背中に何かがぼこぼこ当たるが気にしない。今は先ず生き残ることが先決だ。二人を傷つけないことが大切なんだ。
俺は両手に抱え込んだ遠坂とルヴィア嬢に目を落とす。一瞬、心臓が止まる思いをした。二人が真っ赤に染まっていたのだ。慌てて二人の身体を調べてみたが、二人とも、そんな血が流れるほどの大きな傷はない。よかった、ほっと一安心だ。はて? じゃあこの血はなんだろう? 

ああ、なんだ俺の血か。随分流れてるな。うん、こりゃ気を失わないのが不思議なくらいの……出血……だ……ぞ……






「あ、セイバー。傷はもう良いのか?」

これがあの馬鹿の目を覚ましての第一声。思わず頭を叩いてしまった。

「痛いじゃないか、怪我人だぞ」

「馬鹿! 怪我人だったら先ず自分の怪我のこと考えなさい!」

こういう奴だとは判っていたが、目の前でそれを証明されるとやっぱり腹が立つ。

「はい、おかげでもうすっかり」

わたしを羽交い絞めにしながら、にっこり応えるセイバー。しかし私も呼んで欲しかった、せめて盾くらいにはなれたはず。とこっちも勝手なことを言う。そうやって無理ばかりするから呼べないんでしょうが。
こら! ルヴィア。隙を突いて士郎の手を取るんじゃない! あ、胸元に持っていくなぁ!

あの龍は士郎の剣で倒された。龍を構成していた第五架空要素エーテルも霧散し、核となった化石も、呪刻もろとも文字どおり粉々た。あれではもう二度と、龍の形を取り戻すことはないだろう。
セイバーの血から、龍が構成されたことを知る者も、今ここにいる四人だけ。神秘も秘密も守られたわけだ。

「それでは、お先にお暇致しますわ」

「ルヴィアゼリッタ。もう良いのですか?」

「ええ、後処理が大変なんですの。報告書だけで数日掛かりそうですわ」

それでも被害は甚大。一応、前回同様恐竜ということにしてあるが、なにせ自然史博物館の中央ホールが丸ごと崩壊したのだ。つじつまあわせも一苦労といったところだ。
幸い、あの晩までの月番はルヴィア。わたしも当然協力したが、何とかでっち上げられそうだ。とはいえ……

「リン、一つ貸しですわよ」

「う、判ってる」

でかい借り一つこさえちゃった。こいつに借りは作りたくないんだよなぁ。


「あ、ランスも怪我したんだ」

――Caw

ルヴィアを送り出して、戻ってくると。士郎がセイバーからランスの籠を手渡されていた。
籠の中のランスは両の翼をギブスで固められ、随分と窮屈そうだ。ま、それはそうだろう。あれほどの速度の乗った剣を、使い魔とはいえ鴉の翼で軌道修正したのだ。千切れなかったのが不思議なくらいだ。

「ランスは大丈夫です、彼は強い。それよりシロウ。龍と正対して良くぞ無事で」

「大したことじゃないぞ、ちびっこ龍だったし。正対って言ったって。ちゃんばらしたわけじゃでもないしな」

「いいえ、龍は先ず心を折る。勇者とは、先ず龍と正対出来た者のことを指すのです。龍と戦い、生き残りはしても心を殺された者は幾らでもいます」

感慨の篭った声でセイバーが言う。わたしはあの龍の瞳を思い出した。正対こそしなかったが、ちらりと見たあの目。思い出すだけで怖気が震える。

「遠坂がいてくれたからな」

そういうと士郎はわたしの手をそっと握ってくる。う、ちょっとじんときちゃったじゃないの。

「俺一人なら折れていたと思う。でも、俺は遠坂を諦められない。それだけは断じて出来ないと思った」

しっかりと手を握り、士郎ははっきりとそう言い切った。あ、まずい。顔が火照ってきた。

「ああ、士郎はそこまで凛を愛しているのですね」

セイバーは微笑ましげに爆弾を一つ落とすと、邪魔者はお暇しましょう、とランスの籠を持って部屋を出て行ったしまった。

「…………」
「…………」

ここへ来て、士郎もようやく自分が何を言ったのか気がついたのだろう。わたし同様真っ赤に染まって黙ってしまった。う、間が持たない。付き合い長いって言うのに何してるんだろう、わたし達。

「なあ、遠坂」

「なに?」

ようやく士郎が口を開いた。まだ顔は赤いが、何か考え込むような口調だ。

「どうしてあの時、俺のところに来たんだ?」

ああ、あの時。本当のことを言えば怖かった。あの龍に近づくなど足が動かないほど怖かった。だが、わたしにはもっと怖いものがあった。だから動かない足を放っておいて、這ってでも士郎の元へ行ったのだ。

「士郎を助けるために決まってるじゃない。わたしがいなきゃ勝てなかったんでしょ?」

これは強がり。口が裂けても言えるもんじゃない。士郎がどこかへ行ってしまうのが怖かったなんて。だけど――

「遠坂、ごめんな」

士郎の返事は一言だった。

くそ、隠しきれなかったって言うの? あんたはどうしてこんなことだけ鋭いの!
悔しい、凄く悔しい。人をこんなに気持ちにさせやがって。
そのまま、すとんと座ってしまったわたしは、士郎の腕の中でしばらく愚痴り続けることになった。

ああ、悔しい。覚えてなさいよ、士郎。絶対この思い、あんたに返してやるんだから!

END


龍の子を以って龍を生む、なお話。
考えてみりゃ、こえってマテリアルない人にはわからないネタでしたね。
実はセイバー、自分の時代では龍の血が流れているため、上記した「魔術炉心」を持っているというとんでもないお方だったらしいんですわ。
つまりある意味セイバーは人型の龍そのものであると言うこと。今のセイバーにそれがあるかないかは明記なし。
なもんで、機能してない器官だけある想定しました。
でもまあ、結局勝ったのは士郎くん。剣の投影だけでは届かなくとも、知恵と勇気で龍と正対いたしました。


By dain

2004/6/16初稿
2005/11/8改稿

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