“創る”

それは俺にとって特別な事だ。
もともとの俺の属性は“剣”だ。そして俺の極限の姿は“Unlimited blade works無 限 の 剣 製
全て“偽物”ではあっても、俺は常に剣を作り続けてきた。
理念を鑑定し、骨子を定め、材料を複製し、技術を模倣。経験を共感し、年月を再現、そして全ての工程を凌駕し幻想を結ぶ。
それを俺は繰り返し、出来上がった幻想を内に収め、ついには無限の剣製を形作った。

先達アーチャー原型ギルガメッシュを手本とした事が早めたとはいえ、それが無くとも俺はいずれここに到達していただろう。俺の基本は“剣”であり“創るもの”であるからだ。

だが倫敦へ来て、俺も少しずつ変わってきた。
無論、基礎は剣製だ。だが、“創る”と言うことに今まで以上に興味を持つようになってきた。元々ガラクタ弄りは好きだったし、見た物の設計図に起こすことは、少なからず喜びでもあった。
そんな訳で、遠坂やルヴィア嬢の宝飾品造りを手伝ったり、ミーナさんの道具造りを真似てみたりしているうちに、俺も何か作りたくなってきた。
そう、出来れば喜んでもらえる物が良い。なにか、きっかけになるようなものなら、尚のこと良いだろう。そう、例えば、

「あら、ミストオサカ。シェロはわたくしの作ったケーキが美味しいと言ってくれていますのよ。さ、シェロもう一ついかが?」

「レディルヴィアゼリッタ。大変ありがたいのですが、そんな砂糖まみれの生クリーム頂いたんじゃ、うちの弟子が糖尿病になってしまいますわ。士郎、お茶菓子ならこっちのシナモンクッキーにしときなさい。わたしが焼いたの、ビタミン、ミネラル共にばっちりなんだから」

この二人がもう少し仲良くなれるよう物なら、良いんだけどなぁ……





ぎんのおに
「白銀の戦鬼」  −Wilhelmina− 第二話 前編
Legion





「お前ら、仲良くしろよ……」

士郎くんの呆れたような、諦めたような声が響いてくる。それに応えるように、私の正面でもセイバーさんが小さく溜息をついた。

「あら? わたくし達、決して仲は悪くありませんわ。ただ、ちょっと気に入らないだけ」

ルヴィアさんだ。微笑みながらお茶を口に運ぶ姿は、それはそれは優雅で、本当に絵にしたいくらい。その青白く燃え上がっている瞳を除けばだけれども。

「そうよ、わたしとルヴィアは仲良しなんだから、それこそお葬式で棺桶担ぎたいくらいにね」

凛さんがにこやかに、ねぇと話しかける。こちらも輝かんばかりの笑顔だ。でも、台詞が洒落になってませんよ。墓穴に叩き落す役割はわたしのものなんだから、って目で語らないでくれます?
このお二人に両脇からがっちり極められて、士郎くんはまたも大きな溜息を付いていた。

「今日も頑張ってますね、士郎くん」

私はそう言いながら、セイバーさんの横陣に槍騎兵を突っ込ませる。

「先日、シロウが学院の図書館で、また司書の方を手伝っていたのを二人が見かけたようですから」

セイバーさんは素早く重騎兵で迎撃し、攻城塔を下がらせながら応える。やっぱりセイバーさんは騎兵の扱いが上手だ。でも、これで城壁の安全が確保できた。

「ああ、旧書庫の司書さんはグライアイ三姉妹でしたね」

グライアイ三姉妹、ギリシャ神話の三老婆の名はもちろん渾名。透けるように白い見事な髪としめやかな美貌を持ちながら、男嫌いでなるこの司書さんたちにやっかみ半分で付けられた渾名。ただ、意味はそれだけではない。もう一つの意味でも彼女たちはまさにグライアイ。
優れた付加師エンチャンターでもある彼女たちは、宝石研磨の達人でもあるのだ。彼女たちの磨いた石はまさに「一つ目グライアイ」ただそれだけで最良の“遠視”用の石となる。
私はそんなことを思い巡らせながら、槍騎兵をそのまま林に突っ込ませて、城門を閉じた。

「でも語学の勉強なら、了解してたんじゃないんですか?」

あの司書さんたちは、確か士郎くんの語学教師をしていたはず、その為の勤労奉仕なら、既に話はついていると聞いていた。

「それとは別口のようです、何でもシロウからお願いに行ったとか」

混乱した横陣を整えなおし、改めて投石器を前に出すセイバーさん。

「ああ、それでそのまま、ずっと入り浸っちゃったんですね」

私は城壁の内側で、セイバーさん同様に飛び道具を用意しなが独り言ちた。さすがは士郎くん。やっぱり切嗣さんの息子なんですね。

「シロウは、そう言うわけではないと言っています。なにせ頼みごとが二つ、それ相応の働きを求められからだと」

しばらくそのまま腕踏みをしていたセイバーさんは、ここで小さく溜息をついた。

「ここまでです。これ以上の力攻めは無意味。以後は包囲戦、補給の勝負となります」

リボンの城壁、角砂糖の歩兵、そしてスプーンの投石器を片付けながら投了です、と苦笑している。

「あら? まだ重騎兵が残っていますよ」

わたしはスコーンの城門をお皿に戻しながら、セイバーさんの前に並べられたクッキーの騎兵を指差す。

「ヴィルヘルミナ。私の目は節穴ではない。森に隠した槍騎兵、これを使い潰す心積もりで飛び込んでこらるるならば、攻囲戦すらままならなくなる」

ナプキンの森を持ち上げ、下に隠したビスケットの欠片を晒して、不敵に笑うセイバーさん。さすが王様ですね、捨て目に怠りはないといったところでしょうか。

「それにしても……」

私はテーブル一杯に繰り広げられた、城攻めの模擬戦を片付けながら、視線を士郎君に向けた。

「それなら、士郎くんは何でそのことを話さないんでしょう?」

語学授業の返礼以外にも手伝っていたと言うことは、士郎君はグライアイ三姉妹から何か受け取ったはず。ならば魔術師として等価交換、それを話せば納得しない二人ではないはず。

「ああ、それは……」

セイバーさんは妙に微笑ましげに話してくれた。なるほど、それでは二人には告げられないだろう。

「でも、そろそろ放って置けませんね」

士郎くんを挟んで、魔術刻印を煌かせだした二人を眺め、私はセイバーさんに告げた。

「二人とも、もう少し甘え方が上手であるなら、こんな苦労はしないのですが」

今日、何度目だろうか? セイバーさんは溜息を付きつつ立ち上がった。ああそうだ、セイバーさんならいいかもしれない。よし、試してみましょう。

「ねえ、セイバーさん。少しお話があるんですけど」

私は立ち上がりかけたセイバーさんを、一声かけて引き止めた。士郎くん、もうちょっと我慢してね。男の子なんだから大丈夫ですよね。




「リン、おじゃましますわ」

それは、ちょうど昼食を終え、ほっと一息ついていた時のことだった。大英博物館脇のラッセルスクウェアで、初夏の日差しを楽しんでいた凛と私の元へ、ルヴィアゼリッタが、真夏の太陽もかくやとばかりに燃え上がりながら迫ってきた。

「こんにちは、ルヴィアゼリッタ」

「なに? 喧嘩なら買わないわよ。今、ちょうど日向ぼっこして、幸せをかみ締めてるんだから」

徹夜明けで、ランチと言うよりブランチを楽しんだ凛が、すっかり緩んでルヴィアゼリッタを迎え入れる。

「……その様子だと、まだ見ていませんのね?」

燃え上がっていたルヴィアゼリッタは、些か拍子抜けをした様子で、私が差し出したお茶を受け取った。そのまま一つ息をつくと、呆れたといった顔で、凛に手紙を手渡す。何事でしょうか?

「なに? これ?」

時計塔がくいんの工房に戻られれば、多分、貴女にも届いているはずですわ。お読みになって」

軽く頭を振りながら、ルヴィアゼリッタは一気に紅茶を飲み干した。こんな乱暴な飲み方をしながら、それでも気品を失わないとは。流石ですねルヴィアゼリッタ。

「な、なに! これ!!!」

手紙に目を通していた凛は、見る見るうちに顔色が変わり、先ほどと同じ科白を、先ほどとは比べ物にならない形相で叫んだ。それをルヴィアゼリッタが、それ見たことかと言う顔で眺めながら口の端を僅かに歪めている。

「わたくしに聞かれても困りますわ。出した本人に問い質すべきでしょうね」

「一体、何事があったと言うのです?」

私は、仁王立ちする凛とルヴィアゼリッタを見比べながら尋ねた。何がこのお二方を、ここまで激昂させているのだろう。

「セイバー、貴女も読んでみなさい。まったく……ふざけた真似を」

ぶるぶると肩を震わせていた凛が、私にも手紙を回してくれた。どれどれ……

「拝啓、
 夏も近づき英国の空にも青空が見受けられる今日この頃、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト様はいかがお過ごしでしょうか。
 私共はこのたび、衛宮切嗣氏の一子衛宮士郎氏を、シュトラウス家の一子ヴィルヘルミナ・フォン・シュトラウスの女婿として一族に迎え入れることとなりました。
 つきましては、衛宮士郎氏の旧主、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト様にもご連絡をと思い立ち、ご一報いたします。
 敬具。
 追伸.士郎くんはシュトラウス工房裏手の鍛錬場に居ますよ。場所はセイバーさんも知ってますから。よろしかったら来て下さいね」

ヴィルヘルミナ、やってくれましたね。こんな物を見せられて、この二人が正気を保っていられるわけが無い。

「リン、シェロの居場所は掴んでいますの?」

ルヴィアゼリッタが、冷ややかに凛に問いただす。まずい、今日シロウは……

「あ、う……、ミーナのとこ、昨日から泊りだって」

「なんですって?」

いつもの数倍のビブラードを利かせて、ルヴィアゼリッタが地の底から沸き上がるような声で、凛を睨み付けた。

「鴨に葱を背負わせて、何処にやっているのですの!?」

「そんな事いったって何時もの事なんだから!」

「警戒心が足りませんわ! そんな事だから鳶に油揚げをさらわれるんですのよ」

「あんたに言われたか無いわよ! 狙ってる鳶って言ったらあんたもじゃない!」

凄まじい勢いで罵り合い、睨みあうお二方。穏やかな昼下がりの公園だというのに……ああ、申し訳ない奥方、お子さんを泣かせてしまいましたね。
とまれ、このまま放っておくわけにも行かない。まずは第一歩、落ち着かせて善後策を講じねば。

「お二方とも落ち着いて、ここでいがみ合っている時では有りません」

ともかく強引に間に入り、私は必死の思いでお二方を止める。いざとなれば武装してでも止めるつもりであったが、お二方とも意外にすんなりと引いてくれた。

「そうね、ルヴィアと遊んでる暇は無いわ」

「リンを叩き伏せても、シェロは戻ってきませんものね」

お互いの科白が些か癇に障ったか、またも睨み合われる。はぁ……、ですから、今はそんな時では無いでしょう。

「ふん。セイバー行くわよ!」

「負けませんわ!」

そのまま、ぷいと顔をそらして二人そろって駆け出そうとする。ああ、もう。少しお待ちなさい!

「どうするつもりなのです?」

「決まってるでしょ、ミーナふん縛って士郎奪い返すの」
「決まっていますわ、ミーナからシェロを取り戻しますのよ」

やはりそう来ましたか。私は崩折れそうになる心を励ましつつ、懇々とお二方を説くことに精力を傾けた。

「今の状態で、ヴィルヘルミナの元へ行くのは無謀です。文面から察するに間違いなくヴィルヘルミナは誘っています。お二方を怒車に乗せ、正常な判断を奪おうという策に違い有りません。しかも、乗り込むのは敵地の真っ只中、周到な用意をした上で行くべきかと」

「む、一理あるわね」
「言われて見ればそうですわ」

良かった、いかに怒髪天を突く状態であっても、やはりお二方とも聡い方。きちんと説明すれば分かってくれる。

「じゃ、ルヴィア。お互い準備して、時計塔はくぶつかん前で二時間後。良いわね?」

「ええ、それだけ有れば十分な準備が出来ますわ」

とにかく、最悪の事態は回避した。私と凛はまず時計塔の工房へ戻り、攻勢の用意をすることとなった。




「む、やっぱりうちにも来てたのね」

入口の扉に挟んであった手紙に気が付いたのは私だった。どかどかと足音高く部屋に飛び込んだ凛は、勢い付きすぎて気が付かなかったのだ。
私はそれを拾い上げ、凛に差し出しかけたのだが、ふと、嫌な予感に手が止まった。いけない、この手紙を見せてはいけない。戦場で鍛えた、私の未来予知じみた直感がそう告げている。

「放っておきましょう。文面は同じかと」

「ううん、一寸気になる。何か別の情報が手に入るかもしれないし」

なのに凛は、少しばかり口に手を当てて考え込むと、私の手から手紙をもぎ取った。情報は多ければ多いほど良い。確かにそうではあるが……ああ、下手に落ち着かせたのが仇となったか。

ぶちっ

これほど自分の直感が恨めしかったことは無い。まさにカサンドラの予言とはこのことを言うのだろう。

「……ふ、ふ、ふふふふふふふふ……」

暗い、地の底から湧き上がるような、凛の笑み。
余り見たくは無かったものの、わたしは義務感から凛の手元の手紙を覗き込んだ。
文面は、ルヴィアゼリッタのところに届いた手紙とさほど変わらない。ただ、写真が一枚追加されていた。
豪華な天蓋つきのベッドに横たわっているのは、シロウだ。気持ちよさそうに眠っている。そして、その脇に……ヴィルヘルミナ。貴女という人は。

「セイバー! 今すぐ行く! ついてらっしゃい!」

凛が爆発した。準備もそこそこに、そのままずんずんと行ってしまった。まあ、仕方ない事かも知れない。多分このままルヴィアゼリッタも一緒に突っ込むことになってしまうだろう。
ベッドに腰掛け愛おしそうに、シロウの髪を撫でるヴィルヘルミナ。写真に写っていたのはそんな姿だった。なんと狡猾な手であろう、これでは凛やルヴィアゼリッタが抵抗しようが無い。やってくれますね、ヴィルヘルミナ。




「ミーナ! 来てやったわよ!」

「とっととシェロをお返しなさい!」

凛とルヴィアゼリッタのお二方、見事なほどの仁王立ちで、全身から喧嘩上等のオーラを放っている。気持ちはわかるのだが、これは非常に拙い。

「お二方とも落ち着いて。怒ればヴィルヘルミナの思う壺です」

私は一歩後ろから、お二方に注意を促す。かつて騎士の手綱を握るのに苦労をしたとはいえ、ここまで厳しい状況はめったに無かった。悔しい話だが、ここまではヴィルヘルミナの勝ちだろう。

倫敦郊外のシュトラウス工房の外れ、小さな森と丘に囲まれた広場で、私は嘆息した。話によるとここは活劇撮影用の野外施設らしい。かなり広く開けた場所で、そこかしこに舞台装置らしき機材も散見できる。ヴィルヘルミナの元で仕事をしたおり、野外での試用が必要な場合などで、私もここへ来ることがあった。
だが、今は人気も無く魔力も微弱しか感じられない。一体ここの何処にシロウとヴィルヘルミナがいるのだろうか。皆目見当がつかない。

「いらっしゃいませ。ようこそ私共の城へ」

と、ここで聞きなれたヴィルヘルミナの声が響いた。なるほど、木立のそこかしこにスピーカーらしき物が散見される。機械装置とは、これではお二方や私では見つけ出すのが些か厄介だ。
同時に、舞台装置の一角から、するするとスクリーンが立ち上がる。む、えらく凝っていますね。

「ようこそじゃないわよ!」

「第一この更地の何処が城なんですの!?」

だと言うのに、お二方とも現状をまったく意に介せず虚空に向かって絶叫なさっている。

「ですから、お二方とも落ち着いて」

無駄と知りつつ私は必死でお二方を諌める。完全に頭に血が上っているようだが、それでも可能な限り努力は惜しまない。諦めたら負けなのだ。はあ……
だが、こんな私の努力をまるで嘲うかのように、スクリーンにヴィルヘルミナの姿が映し出された。

「……」
「……」
「……」

一瞬の沈黙。銀幕の中、にこにこと微笑むヴィルヘルミナ以外、全員の表情が固まった。スクリーンに映し出された映像は、瀟洒な寝室。そこの天蓋つきのベッドの端にヴィルヘルミナが座っている。そして、その手が愛おしげに撫でているのは……

「……士郎〜」
「……シェロ〜」

バイブレーションまでユニゾンさせて、お二方の地の底から湧き上がるような声。
ヴィルヘルミナが、その手の梳っているのはシロウの髪。つまりあの写真と同じ構図。
やりますね、ここでこの手を使うとは……

「こら、ミーナ! 士郎になにをした!」
「な! なにをなさっているの!」

ぷるぷる震えながら、凛とルヴィアゼリッタが叫び声を上げる。まずい、これで益々冷静さを失ってしまった。

「やだなあ、凛さん。そんなこと聞かないでくださいな」

銀幕の中で頬を染め、恥ずかしげに俯くヴィルヘルミナ。くっ、なんという役者振り。

「ミ! ミーナ! あんた士郎を男性として意識してなかったんじゃないの!!」

これで凛の怒声のボルテージがまた一段上がってしまった。瞳孔も開ききってる。ブツブツと口の中で士郎覚えてらっしゃいと呟く様は、かなり鬼気迫るものがある。

「……その……そう言うわけですの。でも……その……」

一方ルヴィアゼリッタは赤くなって俯いてしまった。はあ、確かにシロウは不注意なところがある、この映像もずべてが全て偽りだとは、言い切れないところが恐ろしい。シロウ、まさかと思いますが、本当にまたやってしまったのですか?
流石の私も一抹の不安を抱いてしまう。はっ、これはまずい。私までヴィルヘルミナの術中に嵌ってしまうところだった。

「男性としては意識してませんけど。配偶者って言うのはまた別なんですよね」

私がそんな二人を落ち着かせようと口を開いたところで、ヴィルヘルミナは次なる爆弾をと放り込んできた。真っ赤になって呆然と佇む二人に向かい、更に言葉が続けられる。

「父が士郎くんの事かぎつけちゃいまして。ほら、士郎くん切嗣さんの養子で、そのうえ剣ですよね。“創る人”としても中々じゃないですか。それで、『婿にする。良いな?』って言われちゃったんです。悩んだんですけど、士郎くんなら良いかなって」

くっ、これは説得力がある。ヴィルヘルミナはシロウの全てをわかっているわけではない。だが、知っている事実だけで、ヴィルヘルミナのような魔術師にとって、シロウが得がたい婿がねであることもまた事実なのだ。

「『良いかなっ』じゃない! 人の弟子を勝手に連れてくな!」

「そうですわ! 当家の僕を勝手に連れて行かないで頂きたい!」

「あ、それなら士郎くんは私の弟弟子ですし、族弟に当たりますから。問題ありませんね」

「「大有りよ!」」

上手い。ヴィルヘルミナは、相変わらず微妙に話をずらしながら主導権を握る。こちらのお二方とも、頭に血が昇ってるものだから、完全に翻弄されている。

「というわけで、士郎くんは貰っちゃいますね」

「なにが、というわけよ! そんなことわたしが許さない!」
「当たり前ですわ、わたくしは、断じて許しませんわ!」

お二方はそろって、銀幕に向かいびしっと指を突きつけられている。私としては溜息を付くしかない。この状況では、どうやっても落ち着かすことなど出来ないだろう。今はただ成り行きを見守って、折を見て事態を収拾するしかない。なんとも厄介だ。さすがヴィルヘルミナ。これまでのところ貴女を賞賛するしかないようだ。

「なるほど、祝福してくれないんですね?」

「あんた今までなにを聞いてた!!」
「あなた今までなにを聞いていらしたの!」

「では、何のためにお越しになったんですか?」

「士郎を取り戻すために決まってるでしょうがあ!」
「シェロを取り戻すために決まっていますわ!」

「ああ、それなら……」

ヴィルヘルミナの表情がすっと冷たくなる。続いて、銀幕の横で、低い響きと共に地面が持ち上がった。む、更なる仕掛けですか?

「私共が誇る地下の試練場。その最下層に士郎くんが居りますから。直接お出でになったら如何ですか?」

なるほど、そういうことですか。もちあがった地面を注視してみると、ぽっかり開いた暗がりの中、地下へ下りる階段が続いていた。

「お待ちしてますね。でも、あんまり遅いと夜になっちゃいますからね」

そういってヴィルヘルミナはまたもシロウの髪を梳く。夜になったら一緒に寝ましょうね、といった呟きさえ聞こえてきそうだ。ここまで徹底的な挑発に来るとは……

「上等じゃない、最下層だろうが奈落の底だろうが、地面掘り起こしたって行ってやるわ」

「きっちり片を付けて差し上げますわ。余り待つ必要はなくてよ」

そんな様子に益々燃え上がるお二人。完全にヴィルヘルミナの手の内ですね、周りがまったく見えていない様子だ。

「条件は確認しました。ヴィルヘルミナ、全ての障害を乗り越え、あなたの元へ向かいましょう」

やむを得ず私が条件の再確認をする。例え、お二方が危険なほど冷静さを失っているとはいえ、挑まれた勝負に負けるわけにはいかない。私は、いきり立って階段に向かうお二方を出来うる限り抑える為、先頭に立って歩みを進めた。
後ろからのすさまじい圧迫感、私でさえも躊躇してしまうほど。が、階段の前、私は信じられないものを目撃し、ぴたりと足が止まってしまった。そこには一枚の看板、楔で無造作に引っかいたような文字で、書かれていた文章は……


――PROVING GROUND OF THE MAD OVERLORD!――


「それではお待ちしてます。シュトラウスの粋を集めた歓迎。楽しんでくださいね」

わたし達全員が、この看板を目にしたのを、まるで見計らったかのようにヴィルヘルミナの最後の台詞が響く。投影されていた銀幕にも光りが失せ、低い唸りと共に地に収まっていく。

「ふ、ふざけた事をしてくださいますのね……」

ルヴィアゼリッタが看板を睨みつけ、ぎりっと歯軋りする。気持ちはわかるが今は落ち着かせねば。このような挑発に乗るようでは、先が思いやられる。

「なによこれ??」

と、ルヴィアゼリッタ同様に看板を見詰めていた凛が、きょとんと呟いた。なるほど、凛はコンピュータ関係は全滅でしたね。流石のヴィルヘルミナもここまでは読んでいなかったと言うことでしょう。

「まず、お二方とも落ち着いてください。あのようにヴィルヘルミナの姦計に乗っては、勝てる勝負にも勝てなくなる」

ともかく、これは良い機会。私はこの機を捉えてお二方の気持ちを落ち着かそうと……

「落ち着いてるわ」
「落ち着いてますわ」

……無理ですか。そうですか……
お二人揃って眦を吊り上げ、音がするほどの勢いで、瞬時に応えが帰って来た。とはいえ、これでお二方が息を整える時間くらいは出来たようだ。あのまま地下へ突っ込むよりは遥かにまし。あのままならば、それこそヴィルヘルミナの思う壺であったろう。

「先ず、私が参ります。お二人は準備をして付いてきてください」

私は二人の魔女を率いて、地下に広がる迷宮のきざはしに足を掛けた。どのような絶望的な状況であろうとも、ヴィルヘルミナ、この勝負このままおめおめとは負けません。




「壁は強化した石材ですわね、リン、貴女の見立てはいかが?」

「一種の結界になってる。遠視も透視も阻まれたわ。素直に通路を進めってことね」

凛とルヴィアゼリッタが、慎重に歩みを進めながら迷宮の構造を探る。迷宮の通路は、きっちり高さ十フィート、幅十フィートのブロックで構成されているようだ。いくばくかの苔のような物がこびりついた壁や天井が、いかにも迷宮といった雰囲気を盛り上げている。

「光源は魔術じゃないわね」

「ええ、こともあろうに電気ですわ」

腕組みをして渋い顔の凛に、こちらも眉間にを寄せているルヴィアゼリッタが応えている。これまた、十フィートごとに壁にはめ込まれたランプは、形こそ石油ランプだがどうやら中身は電気らしい。

「まるでアミューズメントパークの出し物ですわね」

ルヴィアゼリッタが呆れたような声で呟く。確かに、ここは見た目だけなら、遊園地のお化け屋敷と言っても良いだろう。ただし、

「この、妖気がなければの話です」

ようやく正面に現れた木の扉を前に、私は剣を抜き身構える。凛やルヴィアも同じだ。腕の魔術刻印を廻し、即座に呪をたたきつける準備をしている。

「行きます」

開けるか蹴破るか、咄嗟の判断で扉を蹴破り、真っ暗な室内へ滑り込む。そのまま無言で剣を横に一閃。更に左右の気配を続けざまに断つ。片膝をつき、次なる動きに備える私の耳に、ガラガラと何か軽い物が崩れる音。予想通り、そこに敵がいた。

骸骨兵スケルトン? 竜牙卒でもなくて?」

「随分と安く見られたものですわね」

私の後ろから、部屋を覗きこんだルヴィアゼリッタと凛が、微かに眉を顰める。確かに、骸骨兵などは、ただ魔力で動く出来の悪い人形に過ぎない。が、

「部屋には入らないで!」

「――へ?」

それが部屋いっぱいに居なければの話だ。
暗い部屋の奥から、次々を沸き起こる無数の骸骨。流石に、これだけの数となると厄介だ。

「ここは私が片付けます。お二方は下がってください」

私は剣の柄を握り直す。この程度なら大したことはない、少しばかり時間をかければ傷一つ無しで切り抜けられるだろう。だが、気は抜けない。なにせ。ここはヴィルヘルミナの迷宮なのだ、なにが隠されているか判ったものではない。とくに……

「ふ、この程度何のことは有りませんわ。
――En Garandレディ――。

「雑魚は一気にお掃除って言うし。
――Anfangセット――

このお二方が、まったく言うことを聞いてくれない状況では。先は長いと言うのに……

「魔力は温存していただきたい!!」

私の怒声と魔術の衝撃音が重なる。心の中でつくとは無しに溜息が漏れてしまう。これは、長い戦いになりそうです。


士郎くん攫る!! なお話。
凶悪な魔術師に攫われ、迷宮に幽閉されたお姫様。騎士は立ち上がり、王子様は敢然とこれに対する。
立場が逆ですけど。
士郎くんの運命やいかに! 彼の貞操は果たして守られるのか!
それでは後編をお楽しみください。


By dain

2004/7/7 初稿
2005/11/8改稿

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