「――呪列準備スクォード・オン……想定良しレンジ・クリアー……呪刻開始プローン・トゥ・ラッシュ

静かに口の中で呪を紡ぎながら、俺は接眼鏡の中の小さな翠の輝きの中に呪を刻む。刻み込まれた呪刻に流れる魔力線を確認しながら、俺は更に先に呪を延ばす。
カリカリと針の先で出来上がって行く一つの力。形は違え、物が出来上がって行くところを観るのは嬉しいものだ。

「ルヴィアさん、水星陣組みあがったぞ」

俺はダイヤの針を置き、一つ息をつきながら接眼鏡を押し上げた。うん、良い出来だ。

「それでは、こちらのルビーの確認をお願いしますわ。ちょっと複雑な陣ですから、気をつけて頂戴」

「おう、任せろ」

と、ひと伸びする間もなくルヴィア嬢から次の指示が飛んでくる。俺はエメラルドを手渡し代わりにルビーを受け取った。
うわぁ、これは複雑な呪刻を……三重……いや四重か。俺はもう一度接眼鏡を下ろし、しっかりと目を開いた。ルヴィア嬢も頑張ってるんだ、俺も頑張らないとな。





きんのけもの
「金色の魔王」  −Rubyaselitta− 第十話 後編
Lucifer





「それではシェロ。そろそろ食事にいたしましょう」

「おう、ええと……なに飯だっけ?」

「……午後一時ですから……昼食ですわね」

お互い作業台から立ち上がり、目頭を揉みながらひと伸びして書斎へと上がる。桜はまだベッドから起きられないので、食事の支度はシュフランさんがやってくれているはずだ。

「へえ、ポトフか。やっぱり冬は鍋物だな」

「シェロ、ポトフを鍋物と言うのはちょっといただけませんわよ」

「だって、西洋鍋物だろ? これって」

俺たちは軽口を叩きあいながら、暖かいポトフを皿に取り分けテーブルについた。

「そういえば、シェロに施術を手伝って貰うのは初めてでしたわね」

「ああ、最近遠坂の手伝いならちょくちょくやってるけど、ルヴィアさんとは初めてだ。結構面白いな」

黙々と食べていた俺たちに会話が戻ったのは、お互い一皿食い終わりほっと息をついたあたりだった。

「リンとは違いますでしょ?」

「そうだな、遠坂はルヴィアさん程細かくは無いな」

「リンは、細かい呪があまり得意ではありませんものね」

「大雑把だからなぁ……」

手伝ってみてわかったのだが、ルヴィア嬢の呪刻は本当に惚れ惚れするほど繊細で、精緻で緻密な細工物のような所がある。それゆえ多くの展開を組み込めるのだろうが、同時にどこか脆弱なところも見受けられた。

「でも良いとこだってあるんだぞ」

「わかっていますわ、リンの力強さは承知してますもの」

一方遠坂はやはり細かい事が苦手なのか、ルヴィア嬢ほど精緻ではないものの堅牢で一つ一つの呪の密度も桁違いに高く、ちょっとやそっとでは崩れない力強さがある。
ただ、どちらも他人に真似の出来ない高いレベルで安定している。似て非なる遠坂とルヴィア嬢。やっぱりこの二人は見ていて本当に面白い。

「そういえば、モルダヴァイトのほうは大丈夫なのか?」

俺は、ちょっと気になっていた事を聞いてみた。この二日、色々な宝石に呪刻をしたり検査をしたりしていたが、まだあの石は見ていない。多分あれが核になると思うんだが、どうなんだろう?

「ああ、モルダヴァイトでしたら、サクラと一緒に真っ先に仕上げましたの」

ルヴィア嬢はそれだけ言うとにっこりと微笑んで、鳶色の瞳を輝かせながら俺をじっと見詰めてくる。これはあれだな、俺の方からお願いするなら見せて差し上げてよって奴だな。そのくせ見せびらかせたがっても居る。実に素直じゃない。全くもってこういう所は誰かさんとそっくりだ。

「おう、見てみたいな、凄く見たいぞ」

「なにか猫の子でも見るような言い方ですのね?」

そんなわけで勢い込んでみたのだが、お姫様はちょっとだけ不満そうだ。だが、それでも嬉しそうに食事が終ったら見せて差し上げますわと、花の顔を綻ばされた。とりあえずは合格といったところだろう。




「シェロ、こちらですわ。如何かしら?」

工房に戻り、ルヴィア嬢は真っ先に自分の作業台の上に置かれた小箱を、舞うような仕草で手に取ると、恭しく俺の前に運んできた。

「それじゃ、観せてもらうぞ」

ルヴィア嬢のどこか自慢そうな視線を受けながら、俺は小箱を開き、オリーブ色に煌めく大粒のモルダヴァイトをそっとつまみ上げた。

「うわぁ……」

見るなり思わず声が漏れてしまう。大粒の石の中にびっしりと刻み付けられた呪刻、その反射がまた別の呪刻を形作り立体的に呪陣を形成する。複雑に、そして精緻に刻み付けられた、魔力線を辿る事さえ難しいほどの精巧な文様を、俺は一心に辿り続けた。

「太陽かな?……」

俺の呟きに満足そうに微笑むルヴィア嬢を目の隅に止め、俺は更に精緻な解析をするために、接眼鏡を取り出して石に向き直った。

星の概念たるモルダヴァイトに別種の呪刻を刻み付けるのは難しい。だからこの石では、幾つもの呪刻を重ねて刻み、その相乗効果で一つの大きな呪刻を浮かび上がらせているらしいのだが……

「これってばらばらじゃないか、しかも虚の術式?」

俺は顔を上げてルヴィアさんに聞いて見た。どうやら太陽の魔法陣を浮かび上がらせるべく組み合わされているようなのだが、刻まれた呪刻はどれもこれも太陽の呪刻を綺麗に反転した虚の太陽の呪刻だ。
しかも繋がっていない、周囲に複雑に絡み合いながらばらばらだ。これでは魔術的に何の効果も無い。勿論これでは俺の解析能力でもシミュレーションなんか出来ない。

「良いところに気が付きましたね、シェロ」

そんな俺に、何処かで見たような表情を浮かべて頷くルヴィア嬢。あれだ“先生モード”だ。やっぱり似てるよな遠坂とルヴィア嬢は。

「なんですの?」

「いや、なんでもないぞ。どうやって虚を実に入れ替えるんだ? 興味あるぞ、さぁ教えてくれ」

どうやら思わず微笑んでしまったらしい、むぅ――と小首をかしげて迫ってくるルヴィア嬢に、俺は両掌を前に出して先を促した。

「なんだか、シェロは最近妙に口が上手くなっていません?」

なんだか上手く誤魔化された気がしますわ、と口を尖らせながらも、ルヴィア嬢はどこか嬉しそうに解説を始めた。やっぱりこういうの好きなんだなルヴィア嬢も。

「ではまず、これをご覧になって。シェロの場合は説明するよりそちらの方が早そうですものね」

ふんと口を尖らせて、ルヴィア嬢は俺の手からモルダヴァイトを奪い取ると、工房に設えられた天窓から外光を導く採光鏡のうち何枚かを調整し、作業台の上にスポットライトのように太陽光を導いた。

「さて、如何?」

続いて芝居がかった仕草で、モルダヴァイトをそのスポットライトの中央に置く。

―― 煌 ――

途端、カットによって形作られた呪刻が生命を持ち出した。
刻まれた呪刻が太陽光を受け、次々と屈折し反射しながら宝石の中央に一つの大きな呪刻を形作る。こいつは……

恒星陣ソラリス……」

俺が見定めたと見て取り、滔々と説明を始められたルヴィア嬢の声を聞きながら、俺はじっと宝石を見詰め続けた。つまりこの石に刻み付けられた呪刻はネガなのだという。
その概念を直接利用するならともかく、星の概念を持ったモルダヴァイトにこの世界の呪を刻むのは至難の業。その為に多くの陣を組み合わせ、その呪を強化して刻み付けているのだが、それでも限界はある。その為の工夫として、直接星の力たる太陽光を取り込み呪刻を浮かび上がらせる方式を取ったのだという。
光を透かして正規の呪刻を浮かび上がらせるには、虚のネガを通して影に実体を持たす事が必要、その為に桜に苦労してもらったと言う事だ。

「でもこれでなにをするのさ?」

「調べてごらんなさい。この状態ならばシェロはわかるはずですわ」

俺はルヴィア嬢に促され、改めて煌めく宝石に視線を戻した。中央に精巧な太陽の魔法陣、しかも周囲に有機的に組み合わされた幻影と投影を重ねてある。これにモルダヴァイトの星の概念を加える魔力を流すと……そう一種の結界になるだろう。俺は更に今まで刻んできたほかの宝石、水星陣を刻んだエメラルド、火星陣を刻んだルビー、そのほか諸々の惑星構成を刻んだ宝石の事を思い起こした。それを総合すると……

「ルヴィアさんまさか……天球図フェッセンデンを顕現させるつもりなのか?」

「さすがシェロですわね」

太陽陣を中心とした結界内に各惑星の概念を満たした幻影を形作り、星系の雛形ミクロ・コスモスを投影する。
確かに、これで形作られるのは幻影結界に過ぎない。だが、魔術が維持できている間だけの泡沫とはいえ、この世界は概念的には“真実”に限りなく近づける事が出来る。つまり、この各惑星の幻影は、占星術的、魔術的な意味合いをその間だけは十全に発揮できるのだ。
五大魔術を縦横に操り、幻影を最も得意とするルヴィア嬢ならではの大魔術だ。限定的とはいえ世界を一つ創っちまおうっていうんだから、いや驚いた。

「シェロの見立てで、それが判るなら施術は成功ですわね」

目を丸くしている俺に、ルヴィア嬢の嬉しそうな声が掛かる。俺が解析できたんなら大丈夫って事だろうけど。こりゃ責任重大だ。

「それでいつやるんだ?」

「明日の晩を予定してますの」

「え? でもそれじゃ太陽が……」

太陽光を引き入れなきゃ陣が投影できないはずじゃ……

「ええ。でも、魔術的に昼間は星のめぐりが悪いんですの、ですから代わりに月光を使いますわ」

月光は太陽光を反射したもの、月の概念を除算できれば太陽光の代用にはなる。だから次の作業は、誘導用の鏡の呪刻だと言う。

「ですから、シェロ、今度はこちらをお願いしますわ」

とルヴィア嬢は、よいしょと大きな丸い鏡を六枚、俺の目の前に積み上げた。
なんでも月の概念を除算する為に必要な数と、鏡が虚と実を入れ替える事から偶数でなければならない事との兼ね合いから決まった枚数だそうなんだが……明日の晩までか、徹夜になりそうだな。




「シェロ、準備は宜しくて?」

「おう、いつでも良いぞ」

俺がギリギリ滑り込みで磨き上げた鏡を設置して居る間に、ルヴィア嬢が工房に陣を敷き、呪刻された宝石を設置して行く。
中央には当然、太陽を模したモルダヴァイト、その周囲を水星から順番に土星までの陣を刻みつけた宝石を置き、最後に制御陣を組み上げそこに入るのだ。

「シェロ、貴方もここに」

「え? 俺も?」

「当然ですわ。シェロが刻んだ呪刻の強度管制をしてもらわなきゃいけないのですよ」

「お、俺で良いのか?」

俺の返事になにを言ってらっしゃるの? と半眼になって形の良い眉を顰めるルヴィア嬢。ちょっとびびった。今まで遠坂の施術なんかでも準備にはかなり協力していたが、正式な施術の協力はこれが初めてだ。しかもいきなりこの大魔術のサポート、びびるなって方が無理だろう。

「大丈夫、シェロなら出来ますわ」

そんな俺にルヴィア嬢はにっこりと微笑みかけてくれた。そこに不安はない。俺を信じ、俺になにがあっても、その総てを飲み込んでくれるという気概に満ちた笑みだ。

「判った、それじゃ始めよう」

となれば、俺がびびっていては始まらない。ルヴィア嬢が出来るといった以上俺には必ず出来る。ルヴィア嬢の信頼に応え、必ずこの施術を成功させてやる。俺は気を引き締めなおして頷いた。

「では、付いていらっしゃいシェロ。――――En Garand.レディ

「おう、追い抜いてやる。――追尾開始トレース・オン

月を追う様に少しずつ位置を変える六枚の鏡が月光の原石を映し、陽光のしずくを磨き出す。

「―――― Je touche de mon我が脚もて pied le bord de l'autre monde:境に至らん

ルヴィア嬢の呪がそこにかぶさり、一気に魔法陣全体に結界が広がる。さあ、始まりだ。

「―――― L'age m'ote齢は le gout, la force et le sommeil現世の力を奪い,」

「――軌道変更エンゲイジ――接触コンタクト――操作開始レッツ・ダンス――」

続いて広がった結界の際から、内に向かって星々の概念が幻影を満たし、次々と軌道に乗っていく。ルヴィア嬢に付き従い、俺は浮かび上がった惑星を走査し確認し強化する。土星……木星……火星……

「――――Et l'on verra其は bientot natitre fond de l'onde海原より 誕まれん

「――再接近フリーフォール・スタート――呪式移送タッチ・ダウン――軌道変更完了、全状況良好オールシステム・グリーン. フライバイ・アウト――」

……地球と月……金星……水星……そして……

「―― La premiere我が clarte de mon dernier soleilいやはてなる 初陽を臨まん!」

「――追尾完了トレース・オフ――突入サン・ダイヴ!」

結界と魔法陣の中央、この天球図せかいの中心にして核たる恒星へ。

―― 爆!――

月光と宝石の煌めきしかなかった工房に、いきなり真昼の明かりが誕生した。
魔法陣の中央に浮かび上がる金色の炎。極炎フレアを煌めかせ、力に満ち溢れた球体が今燦然と輝き始めた。

「――A la table des deiuex其は 神々の 座に……

エーテルに満ち溢れ、太陽の周りを惑星が巡る結界の中には、いま確かに一つの世界が形成された。
息を飲む俺に、最後の呪を唱え終えたルヴィア嬢が、その太陽に負けぬほど煌めく笑顔で如何かしらと微笑んできてくれた。

「お見事」

「シェロの手も入ってますのよ。感心してばかりでは困りますわ」

その笑顔にほうっと溜息をつきながら応えたら、自覚なさいと半眼で睨みつけられた。ご尤も、でもなあ、こんな凄い事に俺の手が加わってるなんて、なんか想像出来ないぞ。

「シェロは自分を知らな過ぎますわ。さ、観測と計測を始めますわよ」

そんな俺の額を唇を尖らせながら一つ小突くと、ルヴィア嬢は舞うような仕草で、観測用の陣を起動する。
この小さな太陽系はその大きさ同様時間も圧縮されている。地球が太陽の周りを回るのに一分ほど、これから夜明けまでの数時間で、これから数百年分の占星術的データを蒐集出来ると言うわけだ。
なにせ、あくまでこの実験の意味づけは鉱石魔術の占星術的応用だ。これだけの大魔術の癖に、目的はと言うと基礎講座の種、このあたりせこいと言うか雄大と言うか、表現に困るな。

「それではシェロは術式の記録を、わたくしが位相の計測をしますから」

そう言うとルヴィア嬢は、魔法陣に次々とホロスコープを刻み付けて行く。
それじゃあ、俺はしっかりと観て記録をとるとするか。




「あれ?」

「あら?」

幻の太陽の周りを幻の地球が十回も廻った頃だろうか、俺はふと妙な事に気が付いた。首をかしげて顔を上げると、ホロスコープを睨みながらルヴィア嬢も眉を顰めている。

「なにかな?」

「なんですの?」

そのまま顔を見合わせる俺とルヴィア嬢。とはいえいつまでも見詰め合っているわけにはいかない、どちらともなく口を開いた。

「その……ホロスコープの計算と、惑星の位相が合わなくなってきていますの」

「こっちもだ、軌道がずれ始めてる。その……内側に」

お互いの言葉の意味を噛み締め、俺たちは再び顔を見合わせて天球図の中心に、太陽の幻影に視線を向けた。

「――っ!」

「な、なんだ!?」

途端、目を疑った。
太陽の表面にあった黒点が、まるで日食のように面積を増やし、今では半ば以上を闇に沈めている。

「どう言う事だ?」

慌てて顔を上げた俺の傍らで、幻影を投影する元たる宝石に視線を移したルヴィア嬢が低くうめくような声で呟いていた。

「……虚の術式? 何故?」

ルヴィア嬢の呻きに従い、俺も視線を宝石に移す。すると、その中央に浮かんでいる呪刻は、太陽の魔法陣でなくその裏。刻まれた呪刻そのままの虚の術式であった。

「ルヴィアさん!」

「待って、シェロ。……鏡の数は良いですわね、呪刻はネガ、ポジではありませんし……」

虚と実を入れ替える鏡の呪刻と枚数を確認しながら、ルヴィア嬢は必死で思考を巡らす。

「早くしないと、太陽が……」

そうこうするうちに黒点は益々太陽を飲み込み、完全な蝕への移行、ダイヤモンドリングを形作ろうとしている。くそっ……俺は歯痒い思いでモルダヴァイトの呪刻を睨みつけた。早く根っこを見つけないと……どうして? 月の影響を消し損ねたのか? まるで月のように丸い鏡を逆に追いながら俺も考えた……月……鏡……月? そういや……

「ルヴィアさん! 月だ!?」

「月光から月の影響は、きちんと抜き取ってますのよ?」

「いや、違う、そうじゃない。月も鏡だったんだ」

「――っ! 虚と実の入れ替わり!」

呪刻が裏返るはずだ。太陽光が月と言う鏡に映った時点で、あれは虚の光になる。それを六枚の鏡で誘導すれば、当然宝石に降りかかるのは虚の太陽光。それでは虚のネガはポジとして機能してしまう。

「って事は、あの真ん中に浮かんでるのは太陽じゃなくて……」

「……“虚の太陽ブラックホール”って事になりますわね」

総てに光と力を振りまく“太陽”の真逆、総てから力と光さえも吸い寄せ奪い取る“虚の太陽ブラックホール
今まさに形成された漆黒の奈落は、周りを巡る惑星の軌道を歪め、自分の中に堕とし込もうと牙をむき出した。

「ル、ルヴィアさん! 拙い! 直ぐに……」

「落ち着きなさいシェロ」

慌ててルヴィア嬢に振り向いた俺は、一瞬怖気を奮った。
この状況をじっと冷たいまでに見据え、微かな笑みさえも口の端に浮かべている金色の魔王きんのけもの。それはどこか危うさを秘めているとはいえ、間違いなく魔術師の顔だった。

「結界に納めている限り、コップの中の嵐に過ぎませんわ。中の惑星を飲み込めば終ります。わたくしが結界を固めます。シェロは観測を続けてなさい」

「だが危険だ」

そんなルヴィア嬢に、それでも俺は意見をする。確かに自信はあるだろうし、こと魔術に関してルヴィア嬢の予測がそう外れるとは思えない。
しかし、この状況はあくまで偶然で出来上がったものだ、これほど危うい施術を満足な準備なしの突発で挑むというのは余りに危険だ。どこかルヴィア嬢らしくない。
俺は、ルヴィア嬢の瞳に掠めた、どこか玩具を見つけた子供のような稚気に一抹の不安を覚えていた。

「危険は承知の上ですのよ」

だが、ルヴィア嬢も譲らない。頑と表情を引き締めると、石化させられかねないほど鋭い視線になって俺を見据えてくる。

「魔術師として、先に進めるとわかって躊躇する事は出来ませんわ。概念で形成されたとはいえ、いえ、概念だからこそ“虚の太陽ブラックホール”の作り出す歪みは概念さえも歪ませます。ここまで歪んだ概念なら……届くかもしれませんのよ」

ああ、

俺は、何故ルヴィア嬢がこんな危うい綱渡りにあえて挑もうとするのか、その理由に気が付いた。そうか“届くかも知れない”と踏んだわけか……
気持ちは分かる。魔術師たるもの、根源へ続こうかと言う道、その可能性があるならば命を担保にしてでも張りこむのは当然といって良いだろう。だが……

「いいだろう。だが危ないと踏んだら、俺はあの石は砕くぞ」

「シェロ!」

殺意さえ篭もっているほどの視線で睨みつけてくるルヴィア嬢と、俺は真っ向から睨み合った。
そう、俺は魔術師じゃない。魔術使いであり正義の味方だ。危険を放置して先に進むなんて事は出来ない。やると言うならば付き合おう。だが、危険と見取ったら手遅れになる前に断つ。それが俺のやり方だ。
お互い譲らない。いや、譲れない。俺は今始めて、ルヴィア嬢とお互いの相容れぬ部分を晒し合った。

「良いでしょう。それで結構ですわ。流石にわたくしもシェロ抜きで観測と維持の両方をこなす事は出来ませんもの」

「わかってもらえて嬉しい」

とにかく決まった。俺たちは少しばかりわだかまりを残したまま、この偶然創り上げられた“虚の太陽”を制御すべく、全力を尽くす事になった。




「木星が逝った。本当に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫ですわ、土星まで総て飲み込まれれば、もう飲み込むものはなくなりますの。それで安定しますわ」

概念で“虚”にしてあるとはいえ、本来ならば俺達の太陽は“虚の太陽ブラックホール”にはならない規模の恒星なのだそうだ。それ故にルヴィア嬢も自分の結界で抑え切れると判断したらしい。
とはいえ安心は出来ない。俺はいざと言うときにすぐにモルダヴァイトを砕けるように、十本近い魔剣を即座に投影できる準備を整えておく。こいつを一斉に叩き付け同時に砕く腹積もりだ。ちょっと過剰かも知れないが用心に越した事はない。

「土星が逝くぞ……」

「これで……見えてくるはずですわ……」

概念と幻影で形作られたとはいえ、一つの世界が一点に収束する瞬間。その瞬間、最大限に歪んだ空間は、“穴”を開ける可能性があるのだと言う。無論それが絶対に繋がる保証などはない。
しかしそれでも、その瞬間を観る事が出来る以上、魔術師としてそれを見逃すことが出来ないというわけだ。

「……安定……した」

「……届きませんでしたわ……」

俺はどこかほっとした気持ちで、ルヴィア嬢の残念そうな声を聞いた。正直届いてしまったらなにが起こるかまったくわからない。だが、今この状態で安定してくれれば、後は抑え切れる。ルヴィア嬢は無念そうに口を噤んでいるが、俺はこれでよかったと思う。やっぱり「根源」なんてものそう簡単に手の届くものじゃない。

ドクンッ

その時、俺たちは安堵と無念でどこか弛緩していたのだろう、僅かに脈打つ太陽の最初の鼓動を見逃してしまっていた。

ドクンッ

「え?」
「へ?」

だから間に合わなかった

―― 轟! ――

「うわぁ!」
「きゃ!!」

いきなり爆砕した太陽は結界内を真っ白に染め上げる。それだけじゃない。“吸い込まれない”事を主に再構成された陣は爆砕の余波を吸収し損ねた。結界を透いて衝撃波が全身を貫く。

「ぐっ! ――同調開始トレース・オン!」

俺は衝撃に崩折れるルヴィア嬢を支えながら、必死で結界の強化に全力を振り絞る。拙い、意識を失ったルヴィア嬢の口から血が吹き零れる。内蔵をやられたようだ。

「くそっ……ぐふっ!」

尤もそれは俺も一緒。結界のおかげで外傷こそないが衝撃波を全身に受けてしまったのだ。俺は真っ白に染まりながら、なおも広がろうとする結界を全力で押さえ込む。畜生、俺じゃ抑え切れない! かと言ってこのままじゃ準備した剣を投影する事も出来ない。
じりじりと後退する結界を前に、俺は奥歯を噛み締めた。

「っ…… 
―― Qui au feu prend naissance焔より生じ …… et du feu se nourrit炎に育まるる.――

と、俺の腕の中で、ギリギリと歯軋り交じりに紡ぎだされる呪が、俺越しに結界に流れ込みだした。
漸く結界の後退がとまる、俺はほっとするやら心配やら複雑な気持ちで腕の中のルヴィア嬢に視線を落とした。

「ルヴィアさん! 大丈夫か?」

「わたくしは大丈夫、それより何故? 超新星なんて……わたくし達の太陽にそれだけの力はありませんわ……」

「話は後だ、早くこいつを何とかしないと」

「判りましたわ。結界はわたくしが押さえます。シェロは石を」

「おう! ――全投影一斉層写オールパレット・フルオープン!」」

これでなんとかなる。俺は結界をルヴィア嬢に任せ、用意した剣を一斉に投影し叩き付け……

――
I am the bone of my sword我が 骨子は 唯一筋 貫く.――

一気にそれを砕いた。

―― 爆! ――

十本の魔剣はこぞってモルダヴァイトに突き立ち、一斉に幻想を現実に変え爆砕した。
そう、爆砕はした。だが……

「くそぉ……」

届かなかった。時計塔の講堂でセイバーの宝具エクスカリバーに、遠坂とルヴィア嬢の魔術が弾かれたように。俺の剣も幻想も、石の輝きに呑まれ力を虚しく霧散させてしまった。

「……星か……」

同じだセイバーの宝具が星に鍛えられたように、今あの石は他の世界そのものを構成する星の概念に覆われている。俺たちの魔術は届かない。駄目だ、これじゃ駄目だ。

「なにか……」

俺は必死で己の中に手を伸ばした。あるはずだ。星すらも砕く幻想がどこかに……きっと……

「くっ……」

あった、俺は見つけ出すことが出来た。何のことは無い、それは俺の良く知る剣だった。だが……

「畜生……」

俺は唇を食い破らんばかりに噛みしめた。セイバーの宝具エクスカリバー……星に勝てるものは星だけ。あれならば勝てる。だが、今の俺の力ではまだあの剣を完全に投影することなんて出来ない……
だがそれでも俺は必死で考えた。俺の腕の中ではルヴィア嬢も必死で戦っている。ならば、ならば俺が何とかしないでどうする? 

「……あ」

そして俺は気が付いた。気が付いてしまった。
すべはある。確かに今の俺はエクスカリバーを投影なんて出来ない。だが、だが確かに俺はあれを持っている。ならば、取り出せないならば、こちらから取りにいけば良い。それにあそこならば俺は……出来る。
しかし……
俺は腕の中のルヴィア嬢を見下ろして臍をかんだ。魔力が足りない、それにルヴィア嬢の前であれを使うのは……

「シェロ、おやりなさい」

と、まるで俺の心を読んだかのように、ルヴィア嬢の顔が上がり俺と視線を合わせた。

「足りないならば余所から持って来れば良い。わたくしが力を添えますわ。ですからシェロ、貴方のやりたい事をなさい」

わたくしのミスですもの、ごめんなさいシェロに迷惑をかけて、と小さく呟きながらも、ルヴィア嬢は俺の目をしっかりと見て言い切ってきた。

「ルヴィアさん」

俺は言葉がなかった。ルヴィア嬢は……知っているのか?

「大丈夫、シェロはなにがあってもシェロですわ」

ルヴィア嬢はまるで俺をあやすかのように優しい顔で微笑みかけてくれた。

「だって、シロウはシロウなんですもの」

全幅の信頼。魔術師ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの信頼でなく、一人の女性としてのルヴィア嬢の信頼。
理性と知性でなく、ルヴィア嬢という存在そのものが寄せてきた信頼に、俺は言葉もなかった。

「判った。ルヴィアさん、力を借りる」

俺はルヴィア嬢を抱き寄せ、互いに血に染まった唇を重ね合わせた。


――
I am the bone of my sword体は 剣で 出来ている.

全身に満ちるルヴィア嬢からの魔力を受け。俺は呪を紡ぐ。

――
Steel is my body,and fire is my blood血潮は鉄で 心は硝子.

駆け巡る血潮は俺の身体を苛み。

――
I have created over a thousand blades幾たびの戦場を越えて不敗.

内側から弾けようとする切っ先は俺の血管を引き裂く。

――
Unaware of lossただ一度の敗走もなく.

だが、それでも尚俺は耐えられる。

――
Nor aware of gainただ一度の勝利もなし.

ルヴィア嬢の魔力を、信頼を鍛ち鍛え形を整え。

――
I have no regrets.This is the only pathならば我が生涯に悔いはなし.

空っぽで偽物だらけの世界に、俺はまた一つ真実の楔を打ち込んだ。

――
My whole life was “unlimited blade works”この身は無窮の剣で出来ていた

呪が成った。

ぼろぼろの工房に、二筋の炎が弧を描いて走る。
俺と、腕の中のルヴィア嬢を中心に、世界に楔が打ち込まれ、二つの炎が一つになった時。
白く弾ける結界をも包み込み、黒く深い影を落す剣の墓標に覆われた、真紅の世界が具現した。

そして、目の前には無限の剣に傅かれるように煌めく三振りの剣。

人の夢を鍛え具現した剣。「勝利すべき黄金の剣カリバーン
人の思いを積み重ね鍛えられた剣。「鍛え直さされし、王道の剣EX・カリバーン
そして、星に鍛えられた剣。「約束された勝利の剣エクスカリバー

「セイバー、借りるぞ」

俺は微かに微笑みながら頷いたルヴィア嬢をそっと降ろし、口を真一文字に結んで「約束された勝利の剣エクスカリバー
を手に取った。
立ち向かうのは、俺が勝利すべき白球。

「――約束されたエ・ク・ス――」

俺は大きくエクスカリバーを振りかざし、

――お前がどうして生まれたかは知らないが……

「――勝利の剣カ・リ・バ−!――」

力の限り振り下ろした。

――お前の世界に帰れ!


―― 煌轟!――


白光は黄金に包まれ、異星の力は鍛えられたこの星の力に押し流される。
それに合わせる様に、赤い大地も、剣の墓標も、俺の手にあった黄金剣も幻のように消えて行く。
残ったものは、ぼろぼろになった工房と、俺と、俺を見上げるように優しい視線を投げかけてくるルヴィア嬢だけ。

「やっぱりまだ寂しい世界なのですね?」

「ルヴィアさん……」

どこか懐かしげな光を瞳に湛え、ルヴィア嬢は俺に向かって微笑みかけてくる。

「その……」

「思い出しましたわ。これがシロウでしたわね」

俺はぼろぼろの工房の中に、一輪の華が咲くように座るルヴィア嬢の元に歩み寄った。

「思い出したんだ……」

「ええ、シェロにこれを見せて頂いたのは二度目でしたわね」

嘗てルヴィア嬢の中で開いた俺の世界。封じられた記憶を、眼前で再び開かれた世界が解き放ったということだろうか。
それでも尚柔らかな笑みを絶やさないルヴィア嬢を前に、俺は小さく溜息をついてしまった。とうとう、知られちゃったな。

「俺は……」

「シェロはシェロですわ。言いませんでしたか?」

それでも何か言葉をと開きかけた口を、ルヴィア嬢は諭すような口調で遮った。
魔術師が究極の魔術を前に、そんな事はどうでも良いと言ってくれた。それが、どれほど大きな恩恵なのか、今の俺には痛いほど分かる。

「有難う、ルヴィアさん」

俺は跪き、ルヴィア嬢の手を取って感謝した。それしか言えなかった。

「シェロ……」

そんな俺の胸に、ルヴィア嬢がはにかむような表情になって崩折れてくる。しっかりと抱きしめ、俺はもう一度言った。

「有難う、ルヴィアさん」

「礼には……及びませんわ」

それなのにルヴィア嬢はわたくしのせいでシェロに苦労をかけてしまいました、と頬を染めながら顔を上げる。瓦礫だらけの場所で、煤と埃で汚れてしまっても、やっぱりルヴィア嬢は綺麗だった。それは余りに可憐で、まるで精緻な金細工のようで、俺は……

「――――Der Fortsetzung Faust鉄拳   連打!.!」

と、いきなり工房の扉が吹き飛ばされた。

「シロウ! ルヴィアゼリッタ! ご無事ですか!」

「二人とも生きてる!」

「先輩! ルヴィアさん!」

続いて勢い込んで飛び込んできたのは、これまた些かくたびれたセイバーと遠坂。そして桜の姿。
お、驚いた……って言うより一体なにさ!?

「な、なんだ! なにがあったんだ!?」

爆風の余波からルヴィア嬢を庇い、俺は遠坂とセイバーに向かって思わず叫んでしまった。

「ふぅん……」

「ほほぅ……」

「……先輩……」

そんな俺たちに、飛び込んできた三人は一瞬安堵の表情を浮かべるや、一転してどこか不機嫌な表情で半眼になり、三人揃って睨みつけてくる。今度はなにさ?

「無事で何より。危機に陥っていると予想して急いできたのですが……いま少し遅かったほうが宜しかったでしょうか?」

「そうね、衛宮くんはお楽しみの最中だったようだし」

「ルヴィアさん……ずるいです」

ちょっと待て、お前らなに言ってるんだ?

「あ、危ないところだったんだぞ!」

「確かに、ルヴィアの貞操の危機ってとこかしら? 本人はどう思ってるかなんて知らないけど」

へ?

「あら、別にわたくしは構いませんのよ、わたくしシェロには身も心も委ねておりますから」

一体何の、と言おうとした所で、俺はいきなり思い切り抱きしめられて言葉に詰ってしまった。。
慌てて腕の中を見ると、そこには俺にしっかりとしがみ付いたルヴィア嬢が、遠坂の視線を真っ向から受けて、満面の笑みを浮かべている。あの……それって……

「ふん、言ってなさい。士郎、そろそろルヴィア離さないと身も心も危険な目に合うわよ」

あの、俺が離したくてもルヴィアさんが離してくれないんですけど。さ、桜! 陰は寄せ! 陰は!

「大丈夫ですわシェロ。貴方はわたくしが護りますもの」

その、ルヴィアさんが離してくれたら、護ってもらう必要はないんですよ?

「セ、セイバー。なんとか……うっ」

とにかくこのままでは折角助かった命がライブで大ピンチだ、俺はセイバーに助けを求めようとして顔を挙げ……
絶句した。そこにはにっこりと遠坂にもルヴィア嬢にも負けないほど綺麗に、頑張ってくださいねと微笑むセイバーの笑み。
そうか、セイバー、お前もか……
俺はこの日、宝具でも究極の魔術でもどうしようもない事がある事を痛感する事になった。
はぁ……魔法でも目指してみるか……





「ツングースカのテクタイト隕 石ぉ!?」

ベッドに横になっているルヴィアと、その傍らに座るわたしは同時に同じ事を叫んでしまった。

「その……言ってなかったっけ?」

「聞いてない!」
「聞いていません!」

まあ色々と騒ぎはあったものの、わたし達はルヴィアの工房から士郎とルヴィアを助け出し、傷の手当てやらお風呂やらを済ませこうしてルヴィアの部屋で漸く落ち着いていた。っていうのに、その落ち着きを士郎の一言がぶち破ってくれた。
わたしとルヴィアが、星の施術で使ったあのモルダヴァイトはプラハのものでなく、シベリア、ツングースカの隕石落下地点から掘り出された石だったというのだ。

「ツングースカの隕石……成程、あれならば完全な異星系である可能性がありますものね……」

「他星系の星舟って噂もあったし、本当だったみたいね……」

一九〇八年、シベリアのツングースカに落下した謎の隕石。落下するまでの経緯や影響は間違いなく巨大隕石のはずなのに、隕石にしては被害が余りに小さく、更にその隕石自体の破片が殆ど発見されなかったという。一部では、この摩訶不思議な事件は、まことしやかに異星の星舟の事故と語られていた。
だが、その僅かな痕跡から取れたモルダヴァイトにこんな概念が付加されていたとなると……噂はあながち間違いともいえないようだ。

「と、ところでさ。遠坂達が駆けつけてきたって事は、そっちでも何かあったのか?」

「あ、うん……」

むぅーと唸るわたし達の視線を何とか逸らそうとしたのか、士郎が取り繕うような口調で話しかけてくる。
ルヴィアの奴も、なにやら聞きたそうなんだけど、ちょっと言いにくい、なんと言って良いものやら……

「はい、蛸やら蟹やらが現れまして……」

「蛸? 蟹??」

わたしの困惑を余所にセイバーの口から出た言葉に、ルヴィアも士郎も頭にはてなマークを浮かべて絶句してしまった。こうなってはしょうがない。わたしは一から全部話しをする事にした。

「いや、それなんだけど……」

わたしがあのモルダヴァイトでやろうとしたのは、石に陣を刻んでの遠隔探査ヴォイジャーだった。
火星陣、金星陣、各惑星の呪刻を刻み、それを通して実地の情景を遠視する。星の概念を付加したモルダヴァイトを使えば可能な施術だったが、その途中。何処でどう捻じ曲がったのか、ウェルズの火星人もどきや、金星蟹もどきがラインを伝って転移してきてしまったのだ。

「あの小さな石から、どでかい三脚歩行戦車トリ・ポッドが這い出しかけた時は流石にあせったけど……」

「幸い凛には私が付いていました」

最初は興味もあって何とか制御しようとしたのだが、もはやこれまでとセイバーの宝具エクスカリバーで石ごと総てを叩き壊したのだ。
で、わたしがこれならルヴィアも、と気が付いて慌ててここまで駆けつけ、桜を叩き起こして飛び込んだというわけだ。

「大変だったんだな……」

「大変じゃない! すっごく大変だったの!」

だってのにこの野郎、ルヴィアといちゃつきやがって……

「しかし、シロウ、ルヴィアゼリッタ。よく防ぎきりましたね」

と、ここでセイバーが心底不思議そうに二人に話し掛ける。そういえば……混乱に紛れて聞き損っちゃったけど、星の魔術を破るには普通の魔術では無理だ。セイバーの宝具のように星の力が……

「……っ!」

そこまで考えて、わたしはまじまじと士郎の顔を見詰めてしまった。微かに視線を逸らす士郎に、わたしの予感が確信に変わる。あんた……拙い。顔から血の気の引く音が本当に聞こえてくるようだ。

「シェロ、セイバー。それにサクラも、ちょっと席を外してくださる? 凛と折りいってお話がありますの」

そんなわたしの表情を見透かすように、ルヴィアが落ち着いた口調で士郎達に声をかける。
一瞬躊躇してわたしに視線を向けた三人だが、わたしが唇を噛んで頷くと心配そうにしながらも、部屋の外に出て行った。

「今回の施術で大変興味深い事実を確認しましたわ。貴女にも関わりがありますからお話しておこうと思いましたの」

「そう……」

わたしはルヴィアの言葉を聞きながら固唾を飲んだ。多分、士郎の事だ。
星に勝てるのは星だけ。でも、わたし達が知る星の力の具現はセイバーの宝具エクスカリバーだけ。士郎は多分あれを使った。
しかし、今の士郎はエクスカリバーを完全に投影などしきれない。だとすれば、取り出すではなく取りに行った。つまり……士郎はルヴィアの前で固有結界を使ったと言うこと……
とうとう、こいつに知られてしまった。だが、終ってしまった事は仕方がない。さてと息をつき冷ややかな視線を向けてくるルヴィアを前に、わたしは腹を括り次の言葉を待った。

「“虚”の術式は向こうへ“届く”可能性がありましたわ。異星系の宝石共々、わたくし達の研究に意義があると思われましたわ。まだまだ未熟ですけれど、わたくし達の研究にサクラを加える事を考えては、と思いましたの」

へ? 桜?
如何かしら? と輝くように微笑みかけてくるルヴィアの前で、わたしは間抜け面を晒してしまった。虚の術式? 士郎の事じゃないの??

「ルヴィア……その士郎の事なんだけど……」

「今更ですわね」

思わず自分から口にしてしまったわたしに、ルヴィアは苦笑しながら肩を竦めただけだった。つまり、士郎は士郎だって事か……

「これで、漸く追いつきましたわよ?」

幾分まだ呆けていたわたしに、きんのけものは挑むような顔つきで言い放った。
そうか、そうよね……
士郎の事を今更知ったからってルヴィアが変わるわけが無い、こいつは士郎を手に入れたいのだ。時計塔なんかに話を通したって意味は無い。つまりはわたしと一緒なんだ。

「ふん、言ってなさい。士郎はわたしのなんだから」

「安心していると足元をすくわれますわよ?」

自分だけじゃない、桜だって居る、セイバーだって最近ちょっと怪しい。現状に胡坐をかいていると何処でひっくり返されるか判らないといっているのだ。

「追いすがったって、蹴落とすまでよ」

「負けませんわ」

わたし達はお互い決意を込めて睨み合った。上等じゃない!
ルヴィアの瞳にわたしは誓いを新たにする。見てなさい! わたしは絶対最後まで先頭を駆け抜けてやるんだから!

END


きんのけもの ついに最後の秘密を知る の話。
とうとう士郎くんは使ってしまいました。スタンダードなお話でしたが、それでも彼らが挑む道はそこまで進んでいると言う事で。
尤も、今更ルヴィア嬢がそれでどうこうと言う事はないでしょう。ホルマリン漬けにするのも、時計搭へ知らせて点数を稼ぐのも、今のルヴィアさんには何のメリットもありませんから。要は士郎を手に入れれば良い。
そんなわけでこんなお話となりました。

By dain

2005/1/19 初稿
2005/11/20 改稿

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