「――Seulete suy我は 独り, ou je voise ou je siee去るも 止まるも……」

黄金の奔流が、ルヴィアの呪に従い形を成し別の輝きを帯び出す。

「くっ! ――投影開始トレース・オン!」

それがまだ術式に変換される前に、すかさず士郎の編んだ剣が叩きつけられた。金属が鍛ち合うような音を立てて弾ける魔力。

「なっ!」

だが弾けた魔力は、呪さえ編まぬルヴィアの指先一つで、金色の渦となって士郎の眼前に浪崩なだれれを打って襲い掛かって来る。

―― 琴!――

ぶつかる! その直前、今度は蒼金の煌めきが士郎と渦の間に割り込んで来た。

「シロウ! 気を付けてください!」

「す、すまん、セイバー」

セイバーだ。
如何に強大な力を打ち出そうとも、何の術式も編まれて居ない魔力の渦など、セイバーに掛かれば陽の光を浴びた朝霧のように霧散してしまう。

「きゃ!」

「桜! 飛び出さない!」

だが、わたし達はそうはいかない。魔力が満ち溢れているのは、こちらも同じであるおかげで、何とか防御は間に合うものの、直撃でなくともその余波だけでも、喰らえば手足の一本くらいは簡単に持っていかれてしまうだろう。

「無茶するんじゃないの! 影の無いここじゃ、あんた半分も力が出せないでしょ!」

だからわたしは、必死でルヴィアに近づこうとする桜をすげなく押し止めた。ルヴィアから放たれる光、そしてそれを照り返す黄金の壁。影すらも許さぬ光の奔流の中、桜では奔放なまでに放たれるルヴィアの魔力を受けきれない。

「で、でも、オーウェン君が……」

「放っときなさい。今のあいつは居ないのと一緒よ、ルヴィアにとってもね!」

涙声に近い桜の応えに、わたしは冷たく言い切って、ルヴィアの足元を睨み付けた。
そこには進むに進めず、かと言って退く決心も付かないで、情け無い泣き声を上げながら、おろおろとまろび続けるオーウェンの姿。あれでは到底役に立たない。
尤もその醜態のおかげで、ルヴィアからも敵とは認識されていないようだから、無視したところで大勢に影響は無い。今はそんな奴を相手にしている暇はないのだ。

―― 轟!――

今度は何? 一瞬凄い目で睨みつけてきた桜を、今は下がってなさいと蹴り下げ、わたしは急いで態勢を立て直しながら前に出た。
眼を眇め、視線を部屋の中央に居るルヴィアに向けると、その背後で、何か連続で光が膨らみ弾けている。

「――ちっ」

「士郎、なんなの?」

そのわたしの耳に、士郎の軽い舌打ちが聞こえた。
わたしは前衛をセイバーに譲り、半歩下がって空を睨んで居る士郎に問いかけた。

「ルヴィアさんの後ろから、ランスに牽制をかけさせようとしたんだ。けど、振り向きもしないで魔力を叩きつけてきたらしい。後も視えてるみたいだぞ、死角に回ることも出来ないってわけだ」

「――ちっ」

士郎の応えに、今度はわたしが思わず舌打ちをしてしまう。

「凛、このままでは埒が明きません。何か策を!」

更に、こちらにまで回ってきた光の爆発を、続けざまに散らしながら、セイバーが焦れた様に言葉を叩きつけてくる。

「わかってる、ちょっと待ってなさい!」

わたしは怒鳴り返しながら、部屋の中央を睨み付けた。
まるで、最高潮時のセイバーのようなオーラを後光に背負い、影さえ差さぬ黄金の光を無造作に発散させているルヴィア。
だがその顔に表情は無く、瞳孔も開いたまま焦点さえ結ばれていない。これでは意識の有無さえ定かではないだろう。ただ、未だ紡ぐ呪が仏語である事から、完全に乗っ取られてるというわけではなさそうだ。

「くっ……」

もっと早く気付いていれば……
わたしは視線を、ルヴィアの胸元の首飾りに落とし臍をかんだ。同じ肌、同じ髪の色、同じ魔術師。気が付いてしかるべきだった。何でルヴィアがここに呼ばれたのか、なんでルヴィアがあんな夢を見させられたのか。
何でルヴィアが、ステナトンの寄り代に選ばれたのかを。





Fate/In Egypt
く れ な い の さ ば く
「硝砂の魔術使い」 ――EMIYA―― 第四話 後編
Heroic Phantasm





“消されたファラオ” ステナトンが何をやろうとし、どの様な経緯でその企てが失敗したのか。そして、この墳墓にどんな意味があるのか。それを知ったわたし達は、それまでの猫のような好奇心をすっぱりと切り捨て、上に、この墳墓の出口があると思われる場所に向かって走っていた。

「漸く出口……ですわね?」

「ええ。案の定、閉まってるけど」

オリジナルの「冥府の書」に「死者の書」。その道の魔術師が見たら、涎を垂らさんばかりの呪刻を施された通路や階段を、まるで何かに急かされる様に駆け抜けたわたし達は、どうにかこの墳墓の出口と思われる岩盤の前に辿り付いた。

「……こっち側に呪刻はないけど、魔力が篭もってるわね。どうする?」

「ここが出口でしたら、吹き飛ばしてもいいんですけど……」

「それは避けたいわね」

今のわたし達の魔力量と、ここの大気に満ちた神秘の中ならば、道具が無くともちょっとした簡易陣を描けば一級の呪が打てる。だが、もしここがわたし達の考えたとおり、封印の墓であるならば、出るのはともかく、そのあと閉めるべき扉を壊してしまうような真似はしたくない。

「…………」

「ルヴィア?」

そんなわけで、さてどうしたものかと腕組みをしていると、ルヴィアがふらりと前に出て、岩盤の表面に指先を這わし何事か小さく呟き出した。
指の動きからすると……天宮図? どうやら反転で描いているようだが、何の真似だろう?

―― 錠……――

脇から覗き込むわたしを余所に、結局ルヴィアは反転の天宮図を描ききった。すると岩盤が小さく揺れ、ほんの僅かだけ手前に沈む込む。

「開きましたわ」

「開きましたわって……あんた何やったの?」

「今日の天宮図ですわ。もしやと思い裏からなぞってみましたら、手応えがありましたの」

だから、そのまま最後まで擬リ切ったら、鍵が開いたのだという。わたし達がひらいた神殿、そしてステナトンの棺、どうも今日と言う日に何か意味があるのでは思った為だというが。

「先に言ってよ」

「御免なさい。少しばかり調子が良くなくて……」

わたしの文句にルヴィアは、又もこめかみを押さえ、眉を潜めながら謝罪の言葉を呟いた。
どうも、ここに飛ばされてからのルヴィアの様子がおかしい。判断や、行動そのものには問題は無いようだが、何かおかしな記憶を刷り込まれているようで、時々立ち止まっては、視線を空にさ迷わせている。
多分ステナトンとの類似から来る共感なのだろうが、これは少し気をつけておかないといけない。わたしはそう思いながら、鍵が開いた岩盤を押し開こうと……

「んんんっ!」

……して押し切れない。何よこの重さは!?

「それは、鍵以外は唯の岩ですもの。わたくしも手伝いますわ」

「だから、先に言ってよ」

「まず貴女の聞く前に動く癖を、何とかする方が先決ですわ」

結局、ルヴィアと二人で目一杯の力仕事になってしまったのだが、そんな事もあってこの時も、わたしはルヴィアの異常を深く詮索することなく過ごしてしまった。




「多分、予想通り例のアトン神殿だと思うけど……」

「天井がありますわね……」

いかに魔術師だといっても、トン単位の岩盤を動かすのは骨だった。重力制御で重さは何とかなっても慣性と摩擦は残る。
それでも何とか汗だくで岩盤を動かし、這い出た場所は、予想に反して暗闇に覆われていた。

「取り合えず灯りを先に立てるわよ」

「任せましたわ」

そんなわけで、墳墓を進む際に編んだ灯で室内を照らし出したわたし達は、別の意味で予想外の物に出くわした。

「あら?」

「うわぁ……」

かなり広い部屋だ。三十メートル四方はあるだろうか? 中央に直径十メートルほどの円形の祭壇を囲むように柱が並び、周囲にはエジプト本来の神々の像や祭具が所狭しと安置されている。

「多分、奥の院だと思うけど……もしかして、これって全部金?」

「彫像や祭具はそうでしょうね。ですけれど柱や壁は鍍金ですわよ」

そこは全てが黄金に包まれた部屋だった。
ルヴィアの奴はアトン唯一神信仰の癖に偶像ばかりだと、そのことに疑問を持ったようだが、わたしは純粋に金ピカに目を奪われてしまった。これって……一体幾ら位になるかしらね、ひと財産どころの話じゃないわよ……

「リン、何を考えているか見当はつきますけど、今はその事を考えている場合じゃありませんのよ?」

「し、失礼ね。何も金ばっか見てたわけじゃないわよ。偶像でしょ? 見なさい全部祭壇睨み付けてるじゃない。多分これも封印の一種よ」

「例によって、祭壇も赤く塗り固められてますものね」

「そう、地下の墳墓と一緒。ここを造ったのはステナトンだったかもしれないけど。最終的にこれを完成させたのは、ステナトンの敵対者。多分、この神様達の神官連中でしょうね」

だからこそ、地下墳墓もここもステナトンやアトン信仰関係の物は、ステナトンを葬った“赤”で覆い呪的に封殺されていた。削り落とす事もままならぬ、強大な呪を封じる一つの手段だ。

「けれどリン。問題はそちらではありませんわよ?」

だってのに、ルヴィアの奴はわたしの応えに半眼になって勝ち誇った顔をしやがる。なによ、さっき偶像に眉を顰めてたのはそっちじゃない。

「あちらの門ですけれど。貴女はどう思われます?」

「門って、あれ?」

何を言っているんだか。わたしは、ルヴィアが顎で示したこの部屋の出口に視線を移した。
実のところ真っ先に確認済みだ。如何にわたしがお金に目が無いと言ったって、安全確認する前に金銀財宝に飛びついたりはしない。太陽の通り道を示すアトン神殿の回廊門。二本の円柱に挟まれた黄金の門は、既に黒々とした闇に包まれた隣室に向かって開かれて……

「……無い……」

「ええ、扉は開かれてますけれど、あの門は何処にも通じてはいないと見ましたが、如何かしら?」

「うう……」

ルヴィアの言うとおりだ。空間湾曲か閉塞か、多分その類の術式だろう。この手の術式はルヴィアの方が得意とはいえ、気付かなかったって言うのは流石にばつが悪い。

「と、取り合えず詳しく調べてからね」

「わたくしが、それを提案したのですけれど?」

くそ、傘に掛かってきやがる。とはいえ、負けは負け。わたしは大人しく、満身に慢心の笑みを浮かべたルヴィアに従い、問題の門へと向かった。

「あちゃあ……」

「どうしましょうか……」

で、開いているが閉ざされた門の前まで進み、わたしはルヴィアの苦虫を噛み潰したような渋面を眺めながら唸りこむ事になってしまった。多分、わたしも同じような顔だろう。
その黄金で飾られた門柱に、とんでもない碑文が刻まれているのを見つけてしまったからだ。

「やっぱり封印だったわね」

「ですけど、今更どうしろと……」

“滅びは生の源。滅びを滅ぼすことなかれ。滅びを滅ぼすは全ての生を滅ぼす事と同じ”

どこか意味深い一句で始まった碑文は、封印の経緯について克明に描かれていた。

「木乃伊をここに、それから三魂をそれぞれ基点である三箇所のオベリスクに封じ……」

「もし、霊脈を再起動したならば、その魔力を逆に利用して守護の者達が起動し、ステナトンの肉体と三魂を解放しようとする者に備える……」

成程、上手い細工だ。これならば下手にステナトンの木乃伊に手を出せば、その力がそのまま障害となって立ち塞がる。こういうものは、その力を得ようとして解放しようとする物であって、その力を打ち倒さなければ手に入らないのなら、手の出しようが無いというわけだ。
だが、今回のような場合は些か事情が違う。解放を目論む者でなく、いわゆる“善意の第三者”が霊脈を起動した形になってしまっているのだ。

「ってことは今、外では」

「大騒動でしょうね。この神殿も、ここは何も無いようですけど……」

「この先はって事か……」

わたし達は再び顔を見合わせてしまった。脱出までもうひと騒動を覚悟しなければならない。しかも、それは無駄どころか、下手をすると災厄を招きかねない事でもあるのだ。
いや、それはまだ良い。事情を知るわたし達ならば、それ相応の手を打ちながら、出来るだけ封印を傷つけずに切り抜けられるだろう。しかし……

「士郎達が大人しくしてるわけ無いか……」

「でしょうね、わたくし達が消えて、いきなり古代エジプトの神秘が顕現すれば……」

「当然、わたし達を助ける為にやっつけようとしちゃうわよね」

「協会やアトラスもですわ。おおっぴらに神秘が現れたら、封殺しようとするのは当然ですもの」

頭が痛い。
だが、こうなってはもう仕方がない。とにかく早急に脱出して、士郎たちに真相を告げねば成らない。そして出来る限りの手を尽くして、霊脈を止めここを再封印する。
ぐずぐずしていたら、外から再封印さえも出来ぬほど破壊されてしまう。ルヴィアも同じ気持ちだろう、わたし達はどちらとも無く頷きあった。

「となると問題はこの門ね」

わたし達は、決意も新たに、開いているが何処にも通じていない門を睨み付けた。術式は空間湾曲の一種だろう。ただ、普通の湾曲とは些か違っていた。
本来繋がるべき空間の座標が、複雑な暗号で隠されているのだ。つまり、

「多分、これも錠ですわね……」

「って事ね、また鍵を探さなきゃいけないわけか」

「まあ。大体、察しは付いていますけど……」

わたし達は揃って眉を顰めて振り向いた。視線の先は赤い漆喰に覆われた中央祭壇。多分、あれに隠されている何かが鍵なのだろう。

「気に入らないわね……」

「とはいえ、ここを抜け出さないことには、何も始まりませんわ」

何度目になるだろうか? わたし達はまたも同じような会話を交わしながら、漆喰を剥がすべく術式を編んでいった。エジプトに来てから鍵開けばかりをさせられている気がする。これではまるで、わたし達自身が鍵じゃないの。

「あれ?」

だが、漆喰を剥がし、さて鍵は何処だと改めて祭壇を覗き込んで、わたし達は顔を見合わせた。

「鍵と言うわけではありませんわね……」

「うん、また例の天宮図みたいだけど」

「少しばかり違いますわね……」

結局、そこにあったのは直径十メートルの祭壇全面に描かれた天宮図だった。だが、今までの天宮図とは少しばかり星の配置が違う。いや、五惑星はそう変わらないのだが、

「太陽と月の位置が違いますわね」

「ええと……日の出じゃないわ、惑星の位置は余り変わりないから……明日の正午ってとこ?」

鍵で無いなら、なんでそんなものを隠してあったのか? わたし達は門の鍵がなかったことよりも、そのことに好奇心を呼び起こされてしまった。これが士郎でもいたら別だったのだろうが、わたし達は二人とも、良くも悪くも魔術師であったのだ。

「あんまり気にしてなかったけど、ネフティス水星トト金星イシス火星…ネイト…内惑星が全部人馬宮でコンジャクションしてるわね」

木星セトが天秤宮で、土星アヌビスが巨蟹宮ですわね……天王星から外はありませんけど」

「そりゃ、まだ発見されてなかったもの。概念の構築以前じゃ天宮図に折り込められないわ」

「では、太陽と合わせて外惑星がスクエアを形作ってると言うことですわね……」

わたし達はお互いの知識を確認し合いながら、各惑星の細かな位置を割り出した。

「……水星が再生する条件の成就、火星が戦場、月が地の底での新生ですわね、そして金星が黄金の女神?」

「それで、太陽が北西からの風、土星が超越者の弱体化、それに木星が……二人の王の捕縛?」

コンジャクションは力を強めあい、スクエアは対立を意味する。と言う事は……
わたし達は顔を見合わせた。

「これって三千年前に書かれたのよね?」

「符丁が合いすぎですわ……」

コンジャクションにより強めあうもの。事情を知らなければどうとでも取れる寓意だが、今この時、これまでの情報を知っているわたし達の目からすれば、ステナトンの復活と根源実験の再開を指し示しているのは明らかだ。
さらに、スクエアにより対立するものとして、超越者を抑止力に当て、二人の王は鍵として使われたわたし達として。付き合わせれば……

「“その時、抑止力は弱まり、囚われた二人の王を鍵として、地の底で黄金の女神が蘇り、戦場で再び計画を成就すべき条件が整うであろう”」

厳かに呟かれるルヴィアの言葉に、わたしは一瞬怖気を奮った。これは予言だ。
ホロスコープの合一はほぼ五百年に一度現れる。だが、今回は余りに条件が整いすぎている。なにせ“北西英国からの風”に乗って“二人の王わたしたち”がやってきているのだ。
いや、招きよせられたというべきか……

「……嵌められたわね」

「ええ、わたくし達を呼んだのは全てこの為ですわ」

五百年に一度訪れる機会。その予言を成就し、ステナトンの根源実験を今一度執り行う為に、誰かが、わたし達と言う因子を呼び寄せ、嵌めこんだのだ。

「……ヌビアの連中ね」

「アトラスの? ええ、そうでしょうね。ここを知っていて、古代エジプトの秘儀に長けていると言う条件が揃っているのは、あの連中くらいですもの」

「三千年間、穴倉の、更に奥底に潜んでこの機会を待っていた、アトン神官の生き残りってわけね……」

そうだ、アケメスはわたし達の事を“二人の王”と呼んだ。わたし達二人は、端から生贄だったのだ。

「仕方ないわ、ここに鍵がなかった以上、力づくで抉じ開けるしかないわね」

抉じ開けて脱出して、わたし達をこんな目にあわせた連中から、きっちり形を取ってやる。わたしは祭壇からもう一度、門へと一歩踏み出した。

「って、あんた何やってるのよ?」

だが、ルヴィアがついてこない。何かこめかみを押さえて、祭壇の中央に膝を着いたまま何か考え込んでいる。

「いえ、ちょっとおかしいと思いません?」

「なにが?」

「ステナトンの復活。そうだとばかり思っていましたけど、わたくし達その木乃伊を真っ先に潰していましたわよ?」

「そりゃそうだけど、あれは……」

「ええ、心臓すらない抜け殻、あれでは三魂の固着も、魔術回路の再生も出来ませんわ」

「……」

ルヴィアの疑問に、わたしは言葉に詰まった。
それに、ステナトンの心臓を突いたのはあいつだ。あいつが、後で再生できるような手落ちをするとは思えない。きっちり片をつけたはず。
だが、この遺跡の施設、そして接触実験はステナトンに特化している。彼女でなければ無理だ……ではどうやって?

「復活する為の三魂はあるとして、それを収める入れ物心臓がありませんわ、更に接触実験にも復活したステナトンが必要。丁度ここだけぽっかりと穴が開いているようで、どうしてもそれが引っ掛かりますの」

ルヴィアの言うとおりだ。ステナトンの復活には、少なくとも心臓が、優秀な魔術回路を有し、ステナトンの魂を入れるだけの繋がりを持った心臓が必要。それがなければこの施術体系全てが画龍点睛を欠く……
わたしは、その事をもう一度相談しようとルヴィアに視線を戻した。

「ルヴィア……」

胸の首飾りをもてあそぶように考えに耽るルヴィア。イシスの印が刻まれた太陽紋の欠片……金星イシス……金星ヴィーナス……金星ルシファー……金色の女神きんのけもの……

「ルヴィア! あんたそれ!?」

これだった。ずっとどこかおかしいと思っていたものの正体。ずっと気をそらされて深く考えられなかった思いの因。
勘違いしていた。ステナトンは“虚の太陽”だ、金星じゃない。金星は……金色の女神は……ルヴィアだ! ルヴィアが“金色の女神”だったのだ。

「凛! ルヴィアゼリッタ!」

「ルヴィアさん! 姉さん!」

と、その時だ。いきなり虹色の輝きが門を覆った。

「セイバー、桜!?」

門が開いたのだ。そこから飛び出してきたのはオーウェン、ランスを引き連れたセイバーと桜の姿。

「良かった、良くぞご無事で」

「助けに来ました。さあ、早く」

二人は揃って、まず門の前に居たわたしの元に駆け寄ってきた。

「凛?」

だが、わたしは動けなかった。それは助けに来てくれた事は純粋に嬉しい。
だが、これは拙い。今この瞬間、神殿と墳墓が、封印が霊脈が、何の準備もなしに完全に貫通してしまったのだ。

――Mown?

そんなわたしの視線の先、祭壇の中央で顔を伏せ、膝をついているルヴィアの元に、オーウェンが訝しげに近づいて行く。

「ルヴィア……さん」

だが、オーウェンが足元まで行っても、桜が恐る恐る声をかけても、ルヴィアは顔を上げない。ただ小刻みに振るえ、胸元の首飾りをまさぐるだけだ。

「――っ!」

次の瞬間、わたしの背筋に悪寒が走った。来る。神殿の、いや墳墓の奥底から、何か大きな力が……

「桜! オーウェン! 下がりなさい!」

「ちっ!」

「きゃ!」

飛び出したセイバーが桜を抱きかかえて飛び退くのと、わたしの叫び、そしてルヴィアの胸元から、凄まじい閃光が走るのとはほぼ同時だった。

「くっ……ああ、もう!」

たちまち光は膨らみ、部屋全体を覆いつくす。
溢れる光は、更に部屋の張り巡らされた金箔に乱反射して、影さえ落ちない黄金の奔流を作り出した。
ああ、もう。眩し過ぎて何も見えない。

「凛、伏せて!」

「え? ひぇ!」

眼を庇い、それでもルヴィアの様子を何とか見ようとしていたわたしに、セイバーの声が掛かる。慌てて転ぶように伏せたわたしの頭の上を、質量さえ伴った魔力の輝きが通り過ぎた。

「な、なに?」

「ルヴィアゼリッタです。凛、一体これは……」

「説明は後、まずはこの場を何とかしなきゃ……」

漸く光に慣れてきた目に映ったのは、祭壇の中央で、どこか虚ろな眼差しのまま黄金のオーラを背負って立ち上がったルヴィアの姿。
やられた……
わたしは、セイバーに応えながら心の奥底で歯軋りしていた。
記憶の共感、不可思議なコイン、そしてイシスの首飾り、ルヴィアは端から繋がれて居たのだ。
気が付いても良かったはず、だが気が付かなかった。そしてその結果、

「くそっ! 遠坂、どうすりゃ良いんだよ!?」

「ちょっと待ちなさい、今考えてるんだから!」

わたし達は、士郎までもやって来てしまったこの黄金の祭壇で、黄金の女神に、ステナトンの心臓に擬されてしまったルヴィアと対峙している。
手はあるはずだ。まだ心臓だけ、三魂は未だ届いていない。その前ならば、完全にステナトンに乗っ取られる前なら……後手に回ったことの後悔を敢えて頭から叩き出し、わたしは必死で打開策を探った。何か……何かあるはずだ。





「現状の報告を」

「はい、城砦は制圧しました。現在は残敵の掃討を……」

「不要です。基点核CPUの消去を優先します。私が向かいますので、そこまでの回廊を確保しておいてください」

私は溜息を押し殺しながら、幕僚に指示を下した。残敵の掃討は意味が無い。どうせ、砂に飲んだ主力以外は小一時間もすれば修復して動き出す。それよりも元を断つのが先決だ。

「どうかなさいましたか、アトラシア?」

「いえ、些か奇妙だと思っただけです」

進路を妨害する木乃伊だけを除去し、進んだ内城壁の門は、奇妙なことに内側に開く形になっていた。これでは外からなら容易く破ることが出来る。何故?

「内部は既に掃討を完了。オベリスクの基部にも結界を敷き終っております」

「了解しました。安全距離まで撤退するのに、必要な時間についての解はどの様に?」

そんな疑問を式に組みなおす間もなく、次々に幕僚の報告が舞い込む。まずは仕事が先だ。私は幕僚の報告に頷き、用意してあった“卵”を取り出した。

「七分±一分と出ております」

「五分以内を推奨します。宜しいですね?」

「……はい、了解しました」

士郎・衛宮とセイバー達が、神殿に進入したとの報告からも既に三時間が経った。
ヴィルヘルミナと補佐官とは常時連絡が付くが、彼等とは進入以来一切の連絡が取れない状態だという。
些か性急かも知れないが、今は一刻も早く解を出したかった。助けが必要な状態であるかどうかは、変数が多すぎて不明だが、それでも近くにいれば即座に式を立て変数を調整することが出来る。
それになにより、やはり私は自分の関与していないところで式が立てられ、解を出される事に我慢が出来くなってきていた。

「……すっかり忘れていました」

私は、オベリスクの基部に設えられた魔法陣に“卵”を据えながら独り言ちた。
人と接し、人と共に歩む事は不安と期待、高揚と焦燥の積み重ねでもある。だが、あの街でそれを知ったからこそ、今の私がある。

「思い出させてくれた事を、感謝します」

私はそう小さく呟きながら、陣の中に収められた“卵”を孵した。





「凛、なんとかならないのですか!?」

「もうちょっと時間を稼いで、何か手を考えるから」

セイバーの切羽詰った声。実は確実な手が無いわけじゃない。
今なら、不完全なステナトンなら、セイバーの宝具でルヴィアごと倒す事が出来る。
士郎だってセイバーだってそんな事は百も承知だ。だが、今はまだそれをするわけにはいかない。だからこそ皆必死で頑張っているのだ。

「え?」

「なっ!」

とその時、背筋に走った悪寒にわたし達は一瞬、身を強張らせた。
後だ。後ろから何かでかいものが迫ってくる。だが、ふらふらと何の目的もないように魔力を放ち続けるルヴィアと対峙を続けているわたし達に、振り返る余裕はない。

「来るわ! 避けて!」

だからその圧力を避けるので精一杯。それがなんであるか観る事が出来たのは、そいつがわたし達の脇をすり抜け、何かを探すように旋回を始めてからだった。

「遠坂! ありゃ一体!?」

「くっ、ステナトンのカー生命ね……一体外で何やってるのよ」

金色の髪を尾のように流しながら弧を描いて飛ぶ、幽体の彗星。写し身と同じ姿を持つというカーだろう。それが飛び込んできたという事は、どこかで封印が解かれたという事だ。

「外? ミーナさん達か? ここと同じような古代エジプトの遺跡が三つ出てきて、そっちを壊しに行ってるぞ」

「ちっ!」

予想通りか……そこまで聞けば、皆まで聞かずとも分かる。そいつらが三魂の封印場所だ。こんな事を企んだ奴らの思惑通り進んでいることに、腹立たしくはあるが、そいつらが同時に霊脈の基点であることには違いない。そうである以上、事情がわからなけりゃ神秘の隠匿の為に潰して回るのも当然だ。
ってことはだ、さほど間が空くことなく残りの二つがやって来るという事だろう。

「参ったわね……時間制限付き? 加えて皆が頑張れば頑張るほど時間がなくなるって……ああ、もう腹の立つ」

「遠坂、お前なに言ってるんだ!?」

「良いの、ただの愚痴だから」

そう、これは愚痴、まずやる事をやらないと、取り合えず時間稼ぎか。

「セイバー! そいつ何とかなる?」

宝具エクスカリバーを使います!」

ここまで純度の高い幽体では、わたしたち程度の呪ではどうにもならない。だが、セイバーなら、セイバーの宝具エクスカリバーなら。元よりセイバーもそのつもりだったのだろう、剣を宝具に持ち替え、素早くルヴィアとカーの間に割ってはいる。

「貰った!」

ルヴィアの放つ魔力の奔流もセイバーには通じない。黄金の光を弾き返しながら身を翻したセイバーは、ステナトンのカーを一刀両断にした。

「なっ!」

だが、ステナトンのカーは真っ二つに断ち切られた身を再び一つに繋げると、そのままルヴィアの首飾りに吸い込まれるように消えていった。

「くっ……」

途端、再び黄金の煌めきが大きく膨らみ、閃光の大波を放つ。

「何故? 手応えはありました」

「どう言うことなんだ?」

「三魂……一つ一つ相手にしても意味が無いってことね……」

セイバーの驚愕に士郎の疑問。それの答えがわたしの呟きだ。元々古代エジプトでは人の魂は三つ、その三つが集まって始めて一つの存在になる。つまり一つ一つは所詮影の様な物、一つを潰そうとしても、即座に残りの二つが共鳴して立て直してしまう。やるなら三つ集まった時。
だが、それは同時に根源に届こうかって言うステナトン完全復活の時、そうなってしまえばセイバーといえども倒しきれるか……

「完全復活はやばいわよね……」

そう、完全復活は拙い。ステナトンでなくルヴィアが“金色の女神”だったのだ。それを手に入れたステナトンは今度こそ“届いて”しまう。

「となればね……」

わたしはルヴィアの胸元を睨みつけた。そこには、新たにカーの扇が加わり半円となった首飾り。イシスの紋の入った太陽。ステナトンの心臓、金色の女神。多分あれが鍵、ルヴィアがステナトンを開ける鍵。だが、鍵たる“王”は二人いる。

「仕方ないわね……士郎、セイバー。それと桜、次に来た時に仕掛けるわよ」

「了解しました、凛」

「わかった、遠坂、任せたぞ」

「姉さん……」

益々煌めき、一層力に溢れ出したルヴィアを前に、わたしは皆の返事を受けて腹を括った。良いわ、やってやろうじゃない!





「司令! この城門、閂がありません」

「だったら、その辺の石材崩して積み上げちゃってください。あと十分持てば良いんですからね」

「火炎呪品切れです!」

「ヘリにナパーム積んでありますから、魔術師だからって魔術だけ使う事は無いんですよ」

内城壁内部ほんまるに対する、上空からの火炎呪の一斉放火と、それに続く空挺作戦。これが私共のイカサマの種だった。
何の事は無い、古代エジプトの木乃伊相手という事で、上からと言う要素をすっぱり忘れていただけ。試してみれば、このような形の三次元戦法に対する備えは殆どなく、馬鹿正直に平押しに付き合っていた事が、本当に馬鹿みたいだ。

「でも、思ったより少なかったですね」

ただ、それにしても内城壁の内側では、木乃伊の絶対数も抵抗も思いのほか少なかった。制圧に十分の予定が五分で終ってしまった。これなら撤収まで十五分とかからないだろう。

「オベリスク、確保しました!」

「了解、今行きます。撤収準備を始めといてください」

これでまた二分予定が早まった。私は内城壁の中央、黄金のオベリスクが安置されている祭壇に急いだ。

バー精神のオベリスクですか。という事は残り二つはカーカフ聖霊。それから神殿がイブ心臓ってとこでしょうね」

襲撃チームが、オベリスクに陣を敷き準備にいそしんでいる僅かの間に、私はオベリスクを見上げ“卵”の用意をしておく。

「こんな道具は使いたくないんですけど」

とはいえ、火炎呪とナパームの複合炎でさえ煤一つ付いていないオベリスク、こうでもしなければ破壊は難しいだろう。

「まあ、仕方がないですね。とっとと終らせて士郎くん達と合流しましょう」

神殿に突入してから、連絡が途絶えたままの士郎くん達。神殿外周には動きは無いというが、それでも心配ではある。元々こちらが片付けば私が行くつもりだったし、最初は少しばかり梃子摺ったが、これであちらに向える。

「五分で起爆します。包囲部隊にも連絡、撤収を開始してください」

用意は整った。私は襲撃チームに指令を出すと、そのまま陣の中央で“卵”を孵した。





「――Les noeuds ont結目は 弾け eclate.les roses envolees朱彩の花弁 舞散らん.」

ルヴィアの呪に合わせ、四方八方に蜘蛛の巣のように金色の光線が放たれる。

「くっ!」

「シロウ! 凛を!」

「おう! ――同調開始トレース・オン!」

流石のセイバーも、こうなると全員を同時に守ることはできない。その隙を埋めるべく、士郎が投影した剣が、ギリギリでルヴィアの光線と対消滅して力を爆砕させる。

「てぇ!」

更にもう一発。今度はギリギリで躱せた。わたしはふらりと微笑みのような表情を浮かべたルヴィアを見据え歯を食いしばる。意思こそまだ宿っていないが、生命力カーが加わったせいで魔力の密度も量も倍化している。まったく、ただでさえ始末に悪い女が、一層始末に悪くなりやがって……

「遠坂! 次で仕掛けるってどうするんだ!?」

「次の魂がルヴィアに入る時に、わたしがその後を追っかけてルヴィアの懐に飛び込むわ、だから士郎とセイバーはその時にわたしの横と後ろを守って」

「成程、了解しました」

「わかった、任せろ」

わたしの言葉に、セイバーと士郎の納得したような応えが返ってくる。光の奔流で近づく事もままならないルヴィアだが、魂を受け入れる時だけは一本の道が通る。三つ目が入ってしまえばもう終わり、一回こっきりのラストチャンスだ。

「姉さん、わたしは?」

そこに、セイバーの陰から桜の声が掛かる。

「あんたには一つ大事な事をやってもらうわ」

ルヴィアの正面をセイバーと士郎に譲り、わたしは一旦桜の傍らまで下がり、そっと桜に耳打ちした。

「姉さん!」

「桜なら出来るでしょ。いいえ、桜にしか出来ない事よね?」

「……はい、でも!」

「良いからお願い。妹であるあんたにしか頼めない事だし」

「……姉さん」

そう、これはマキリにしか出来ないことだろう。そして妹であるから頼める事でもある。

「わたしがルヴィアに触れたら、良いわね?」

「……わかりました」

わたしの言葉を何か他のやり方はないかと、視線を動かしながら唇を噛んで聞いていた桜だったが、それでも最後には頷いてくれた。有難う、桜。これで準備は整った。

――Crow!

来た! 
ルヴィアの背後に回ったランスの一声とともに、背中に再び質量を伴いそうな重圧が加わる。

「――Anfangセット!」

わたしは自分の足に呪を通し、背中の感触だけを頼りにルヴィアに向かって一気に駆ける。

―― 翔!――

一拍遅れて、わたしの頭上を通り過ぎて行った半透明の人面鳥。肉体と同時に誕生し、冥府に向かう己の分身たるバー精神だ。

「ちっ!」

「せい!」

わたしはバーの後を追って駆けた。案の定真正面、バーの背中はルヴィアの死角、魔力も呪も飛んでこない。
左右背後に迫る魔力の渦を、士郎とセイバーに任すことで無視し、わたしはルヴィアに向かって一気に駆けた。

「取った!」

あと一歩。バーがルヴィアの胸元に吸い込まれる直後に手が届く。わたしがそう確信して手を伸ばした、その時だ。

―― 昇!――

バーが翼を広げ、一旦真っ直ぐ上に上昇した。目の前には、掌に大きな光球を抱え、無表情に微笑みながらどこか殺意を感じさせるルヴィアの瞳。拙い、殺られる……

「――同調開始トレース・オン

と思った瞬間。わたしとルヴィア、僅か数十センチの隙間に、白い光が飛び込んできた。

「え? くっ!」

白い刃の短刀。干将だ。ルヴィアが放った光球は、見事に投げ込まれた干将が弾き飛ばしていた。今だ!

「貰い!」

わたしは真上に降り立ったバーがルヴィアの首飾りに吸い込まれる瞬間、そこに掌を重ねた。

「――Ich haben Tag und Nacht kein Auge zugemacht決して 目を閉じることなく.」

続いて高速の詠唱。バーからルヴィアの心臓に伸びるラインを追いかけ、ついでにカーのラインも手繰り出す。見つけた!
わたしは二つのラインを、首飾りごと毟り取り、自分の胸に押し当てる。さあ、桜。あんたの出番よ!

「桜! ――Ich haben jedes Hindernis geschafft何人にも 阻まれず.」

「はい! ――Willst,愛しき御霊 Knabe, du mit mir gehen共に 逝かん……」

呆けたように立ち尽くすルヴィアの前で、わたしの呪と桜の呪がこだまする。ルヴィアに繋がったラインをむんずと掴み、桜の前に差し出すと、桜はより合わさったラインを一本一本解しながら。騙し透かしてわたしの中に落として行く。英霊さえも繋ぎとめる令呪を作ったマキリの秘術だ。
ただ引きちぎってもまた繋ぎなおされるだけ。だったら別の場所に繋いじまえば良い。これが、わたしが選んだ打開策。ようは“黄金の女神”を渡さなければ良い。予言に歪みが生まれれば、それが小さなものであっても結果は自ずから狂って行くはず。

「――Ich rollen我 進みて an, und ob wir opfern sollten贄と 成らん.」

「――Ich Liebe dich愛しき御霊. Und bist du nicht willig, so brauch' ich Gewalt否と応えど 我が力もて 繋ぎ止めん!」

よし、繋がった。わたしの前でルヴィアが崩れるように倒れる。これで……ステナトンに……黄金の女神は……渡らない……

「つぅぅぅっ!」

ああ、やっぱり来た……
ステナトンのバーが、カーが、そしてこの神殿の人造霊脈の力が、雪崩を打ってわたしの中に押し入ってくる。
“二人の王”やっぱりわたしにも資格はあったってわけか。つまり魔術回路が最低条件って事か……
凄まじい力、おぞましい意思、悲願……ああ、そういうことね。

「くぅぅぅぅっ!」

つくづく魔術師って言うのは業が深い。ルヴィア同様祭壇に倒れこみ、七転八倒しながらも、わたしは意識の隅でそんな事を考えて居た。

「遠坂!」

「凛!」

黄金の光も弱まり、徐々に影も戻ってくる中、セイバーと士郎が慌てたように駆け込んできた。

「遠坂! お前何やった!!」

あはは、士郎の奴怒ってる。こっちが苦しんでるって言うのに、士郎はわたしの胸倉を掴んで立ち上がらせる。

「ちょ、ちょっとね、ルヴィアの中からステナトン摘み取っただけよ……」

「掴み取ったって……そんなもんとっとと離せ!」

そのまま激昂した士郎は、わたしの胸から首飾りを引きちぎろうとする。あ、待って……

「つぅぅぅぅっ!」

「先輩! 駄目です!」

首飾りに触れられた途端、激痛に身を捩ったわたしに代わって、桜が士郎を止めに入った。

「どう言う事だ! 桜!」

「……駄目なんです。心臓に……繋がっているんです!」

「なんだって!?」

「どう言うことなのです! 桜!」

桜の衝撃発言に、士郎に加えセイバーまでもが桜に詰め寄りだした。

「……桜はわたしに頼まれた事をしただけ、あんまり責めないでよね」

「遠坂!」

「凛!」

漸く体の中で暴れまわる力を押さえ込み、口を利けるようになったわたしが割って入ると、今度はこっちに矛先が向かってきた。まあ気持ちは分かる、それに二人の怒りながらも、どこかほっとしたような顔もなんとなく嬉しい。有難う心配してくれて。

「ルヴィアからステナトンを引っ張り出したんだけど、そのままじゃ結局ルヴィアに戻っちゃうから、わたしが貰ったってわけ」

「貰ったって……大丈夫なのか?」

「ええと、実はあんまり大丈夫じゃない」

「遠坂!」

慌てて捲くし立てる士郎にわたしは、出来るだけ落ち着いて、今までの経緯をかいつまんで説明した。
結局のところ、わたしがやったのはステナトンの寄り代をルヴィアからわたしに移しただけのことなのだ。“黄金の女神”ただそれをステナトンに渡さないことだけに絞った苦肉の策だ。
相性の関係か、未だにわたしのほうが優勢ではあるが、これも相手が不完全であるから、高貴なるカフ聖心がやってくればわたしだって乗っ取られてしまうだろう。

「だから時間を稼いだだけ。とにかくルヴィアを起こして、こいつの知恵も借りたいから」

「わかった、今はまだ大丈夫なんだな?」

「うん、取敢えずはね。あ、そうだ」

わたしは士郎の手を借りて何とか立ち上がると、ついでに、倒れこんだわたしの下にあった干将を拾い上げ士郎に返した。

「有難う、助かったわ」

「え? ああ……」

どこか不思議そうに干将を受け取った士郎は、そのままわたしを支えながら、セイバーに抱き上げられたルヴィアのところに歩み寄る。

――Crow!

と、その時だ。ランスの切羽詰った一鳴き。同時にわたしの体が硬直した。
来た。ついに三つ目が……





「……妙です」

ハルガ砂漠の中央で、紫の錬金術師シオン・エルトナム・アトラシアが厳しい瞳で閃光に包まれる城砦を睨みつける。

「おかしいですね……」

アラビア砂漠のはずれで、銀の魔術使いヴィルヘルミナ・フォン・シュトラウスが城砦から立ち上る白光の柱を見据え、眉を潜める。

「この程度ではないはず」

「こんな現象が起こるはず無いんですけど……」

数百キロを隔て、二つの場所で爆散する城砦は、大きな閃光に包まれたかと思うと、急速にその輝きを収縮させ、一本の光の柱を立ち上げ出したのだ。

「なっ!?」

「えっ!?」

二つの場所で二人の魔術師が見守る中、柱はゆっくりと空中で吸い寄せられるように一つの光球に凝縮され、ただ一点を目指して飛んでいった。

「南西……神殿!」

「南東……っ! 士郎くん達のところ!」

それが何であれ、二人の心は勝利の高揚感から、敗北の挫折感へと取って代わられた。
歯軋りする思いで、光球を追う二人の視線。
と、ここで互いの幕僚が、同じようにまろびながら二人に急を知らせた。

「……ヌビアからの連絡が途絶えた?」




銀盤のような月に照らされた城砦は、まるで無人のように静まり返っていた。
否、その城砦は無人だった。
唯一つ、城砦の門を潜る一人の少女を除いて。

周りには砕けた木乃伊と屑折れた屍の山。少女はその周囲の光景に不釣合いなほど静々と、まるでこれより神に供物を捧げる巫女のような厳かさで、城砦の奥へと歩みを進める。

「愚か者が勤めを放棄した」

「お蔭で些か予定が狂った。黄金の女神が我らが手から滑り落ちた」

「最悪……来る」

ふと、老人の声が響いた
この無音の世界に、人影はこの少女しかいないというのに、それは幾人もの老人の声だった。

「だが、終ったわけではない」

その老人の声に、少女の声が混じる。
ただ、その声は少女のものでありながら、老人達の誰よりも年老い、擦り切れていた。

「穴を穿つ為の“太陽”は既に二つ弾けた。あと二つ、それに我らが挙れば、黄金の女神を失っても、例えあやつが現れても、我らが主の力もて悲願は成就できる」

「をを……」

少女の声に、老人達の声は傅くような嘆息で応えた。事が成るならば、無為の生など、無為の精神など如何ほどの意味があろう。

「その為にも、まずは我らが主に目覚めてもらわねばならん」

ついに金色のオベリスクの前まで進んだ少女は、手に持つ黄金の供物をその基部に捧げ置き、厳かに“卵”を孵した。





黄金の祭壇が揺れた。

「凛!」

「遠坂!」

「くぅぅぅぅぅっ!」

何も無かった。凄まじい圧迫感と気配はあった。だが、カーのような人型も、バーのような鳥型も、目に見える形は何も無かった。
だから、遠坂も身構えようがなかったのだろう。一気に気配が膨れたかと思うと、遠坂はいきなり胸を抑えて崩折れてしまった。

「しっかりしろ遠坂!」

「凛、大丈夫です。私がなんとしてでも……」

「姉さん」

三度隆起するように震動する祭壇の上で、俺は遠坂に駆け寄った。さっきから、またも頭痛が蠢き出していたが、そんなものに構っている暇は無い。続いてルヴィア嬢を抱きかかえたセイバーが、最後に桜が遠坂の周りに集まる。

「逃げなさい……」

だが、崩れる身体を励ますように膝を付いた遠坂は、そんな俺たちの手を弾くと、睨みつけるように顔を上げた。

「残念だけど、わたしじゃ抑え切れない。もうステナトンが形に成っちゃってる。気が付いてないの? ここは間もなくステナトンの聖域になるわ」

額にびっしりと玉の汗を浮かべ、遠坂は俺たちに挑みかかるように言い放った。

「お前を置いていけるか!」

「そうです、姉さん!」

だがそんな事を言われて、はいそうですかと応えられるわけが無い。

「……時間が無いのよ」

そんな俺たちに、遠坂は溜息をつくように顔を伏せると、どこか神々しいまでの仕草で立ち上がった。

「衛宮くん、詳しい事を話している時間はないけど、貴方ならステナトンに勝てるわ。衛宮くんはあいつの天敵だから」

遠坂はそのまま真っ直ぐ俺を見据え、自信に満ちた眼差しでぐいと顎を突き出してきた。

「だったら、今すぐに!」

「それは駄目。事情も情報も準備もなしじゃ無理、だから衛宮くん、今は退いて。今は退いてルヴィアから事情を聞いて準備をして、そしてここに戻ってきて」

「遠坂……」

「衛宮くんなら出来るわ。今の衛宮くんなら、わたしを持っている衛宮くんにならきっと出来る。わたしが保証してあげる」

遠坂は一つ息つくと、赤い石の嵌ったペンダントを取り出し、気丈にも微笑みながら俺の首にかけた。

「だから、勇気を持って、ここに帰ってきて、ステナトンをやっつけて、わたしを救い出して頂戴」

「遠坂……」

その笑顔が余りに綺麗で、余りに神聖で、俺は返す言葉すら出なかった。

「セイバー、桜、ランス、それにそこでへたれてるオーウェン。士郎を頼んだわ」

「凛……」

「姉さん……」

そのまま遠坂は、皆を見渡すと同じようににっこりと微笑んで、疲れたようにもう一度息をつく。

「つっ!」

「遠坂!」

一転、苦しげに胸を抑える遠坂を、俺は思わず抱きとめた。

「大丈夫……ってあんまり大丈夫じゃないか……そろそろ限界。今からこいつの力を使って、皆を一気に外まで飛ばすわ」

「遠坂、やっぱり……っ!」

やっぱり駄目だ。お前も一緒に……と言いかけて、俺は唇をふさがれた。

「……と……おさか……」

「じゃ、衛宮くん。任せたから、信用してるから、お願いね……――」

そのままするりと俺の手を抜け出した遠坂は、祭壇の中央で徐に呪を唱え出した。

「遠坂!」

にっこりと、眩しいほど綺麗に微笑む遠坂。

――衛宮くん、ちゃんと思い出してね。――

それが俺の耳に届いた最後の言葉。その言葉を最後に、俺たちは真紅の光に飲み込まれた。




そして、遠坂凛は、ステナトンになってしまった。

to be Continued


ステナトンの秘密。神殿の秘密。それが判明した時既に、総ては動き出していました。
そして凛ちゃんの捨て身の一手。
これにてEgypt編の転は終わり、全てを決める最終決戦。結へと進みます。
最後の敵は凛=ステナトン。果たして如何相成るでしょうか?

by dain

2005/2/16 初稿

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