――主よ、宜しいか。

教会への坂を駆け上る俺に、上空からランスの幾分険しい思考が降ってくる。

「何だ、今忙しい」

――主よあの男、信用出来んぞ。

そんな事は分かっている。だが教会にルヴィア嬢が居るのは事実だ。だとしたら躊躇なんかは出来ない。
ただ、哀しかった。慎二との付き合いは長い、遠坂や桜よりも長い。喧嘩もしたがその都度仲直りもした。皮肉でプライドも高かったが、嘘が嫌いでプライドに見合った誇りも持っていた。一体、何時からこんなことになってしまったのか。

「行くぞ、ランス」

俺は軽く頭を振って、雑念を追い出した。今はそんな事を考えている時じゃない。ルヴィア嬢を助け出して臓硯を倒す。間桐の呪縛を叩き切れたなら、桜も助け出せるし慎二だって元に戻る。今はそう信じて前に進むしかなかった。





くろいまゆ
「妖術師の裔」  −MAKIRI− 第四話 後編
Beelzebul





空っぽの礼拝堂を抜け、中庭に出る。月明かりさえ届かない入口の先、地下に降りる階段には昨晩覆っていた漆喰は無い。ただ、ぽっかりと底の見えない闇が続いていた。

「お前はここで待っていてくれ」

俺はランスに後を任せて、地下への階段に踏み込んだ。

「くっ……」

階段を降りた先は地下礼拝堂。本来神聖であるべきその場所は、異臭に包まれた醜悪な空間に変わっていた。
腐臭。だが、蜘蛛の巣や間桐の蟲蔵とは違う、何か果物が腐ったような甘く饐えた異臭。反吐が出そうなのに、それでいて背筋が痺れるような、脳幹が蕩けだすような、そんな意識を持っていかれそうな匂いだ。
足に力を入れ直し、砕けそうになる腰を抑え、俺は必死で意識を保ちながら階段を下りる。地下礼拝堂は蟲で一杯だ。俺同様、甘い匂いに酔いながら、うじゃうじゃと恥ずかしげも無く粘液を撒き散らしながら、三々五々に這い回っている。

「くそ、どこだ……ルヴィアさん!」

だが、ここにルヴィア嬢は居ない。俺は、ただ出鱈目に右往左往と這い回るだけの蟲を踏みつけ、ふらつきながらも奥の祭具室へ向かった。

「――っ!」

祭具室に入った途端、俺は目を見開いて立ち尽くしてしまった。
ねっとりとした甘い空気の中。闇の中に浮かび上がる白い肌。
両手両足を縛り付けられ、大きく身体を開かれ、申し訳程度の布切れは身体を隠すよりも、その豊かな胸と、開かれた秘所を却って強調するようにまとわり付いている。

「……る、ルヴィア……さん」

がっくりとうなだれてはいるが、剥き出しの果実のような胸は、息を整えるように大きく揺れている。よかった、生きてはいる。
だが、そんな姿に怒りを感じるよりも、生きていることにほっとするよりも早く、ずるりと何かが身体に入り込んできた。口から、鼻から、耳から、全身の毛穴という毛穴から甘く濁った何かが染み込んで来る。背筋の付け根が、腹の奥が狂気に犯されいきり立つ。俺は……俺はふらふらと目の前の、滴るように甘く熟した白い果実に近づいていった。

「……ん……ふっ……はぁ……」

近づく都度に甘い香りが全身を犯す。目の前の白い肌はしっとりと濡れそぼり、胸を揺らす大きな息遣いが、乱れる髪が、問答無用で俺の理性を押しやっていく。獣が、俺の獣が猛り狂ったような唸り声を上げる
溜息のような吐息が、白い肌の気だるい揺らめきが、更に俺の獣を唆し、擽り、お前の獲物だと駆り立てる。

「……はぁ、はぁ……ん……」

荒い息の中、何かに耐えるように、何かを確かめるように閉じられていた果実の瞳が開いた、酔ったように虚ろで、それなのに深く澄んだ瞳が俺に向かって焦点を結ぶ。ああ、駄目だ。もう駄目だ……

「え?…………し、しぇろ?」

「……あ、あ……ああああっ!」

俺の名を呼ぶ甘い声が、獣を縛った鎖を引きちぎった。俺は何もかも忘れて目の前の白い果実にむしゃぶりつく。跪くように踊りかかり、大きく柔らかい胸に顔を埋め、開かれた果実に掌を伸ばす。熱い、熱く潤んでいる。肌も果実も……ああ、啜りたい、しゃぶりたい、このまま貪りつくしたい。

「し、シェロ!……あ!、……ん、っ!だめ……」

果実が何か叫んでいる。でも関係ない。きっと俺に食べられるのを喜んでいるのだ、だってこんなに甘い、こんなに熱い、こんなに心地よい。俺は、その甘いささやきが零れ堕ちる口に目をやる。ああ、そこか。この甘い蜜が零れ出しているのは。おれはそっとその唇を啄ばんだ。

「――っ!」

「いい加減になさい!」

いきなり激痛が走る。痛い、凄く痛い、思いっきり痛い。甘い果実を啄ばみに行った唇に、ルヴィア嬢が力一杯噛み付いてきたのだ。つぅう……血が出てるよ……って、うわぁ!ルヴィアさん!
一瞬で我に返り、俺は思わず身を離した。まて、今、俺は何をしようとした? こ、こんな格好で縛り付けられているルヴィアさんを、その、そのまま、あの……

「……落ち着きまして? シェロ……」

「あ、え、その……はい……」

いまだ息も荒く、何かを必死で抑えるように身を捩り歯を食いしばりながらも、ルヴィア嬢は凛とした視線で俺を睨みつけてきた。あの、でも、その……我に返ってみると、凄く目のやり場に困る。

「……シェロ、急いでくださる? ほっとしたせいか、その……わたくしもう持ちそうにありませんの……」

「わ、わかった」

何かに我慢するようにぐっと目と閉じたルヴィア嬢が、擦れる様な声で訴えてくる。俺は慌ててルヴィア嬢の戒めを解いた。

「……はぁ……」

と、ルヴィア嬢はそのまま俺にしなだれかかってきた。甘い喘ぎ声でそれこそ全身で俺の体に擦り寄ってくる。ままま、拙い、拙いって、ルヴィアさん! 胸が! 腰が!

「うわぁ! あの、ルヴィアさん、ちょっと……」

「お黙りなさい!」

益々きつく俺にしがみ付きながら、ルヴィア嬢がくぐもった声で怒鳴りつけてきた。

「シェロが悪いんですのよ、この程度で理性を奪われて……貴方がわたくしだったら今頃全て終わってますわよ!」

だから少しくらい我慢なさい、と俺の胸に顔を埋めて肩で息をする。

「ルヴィアさん……」

俺は震えるルヴィア嬢の肩をそっと抱きかかえようとして、

「お止めなさい、シェロ」

ぴしゃりと叱られた。

「シェロ。今、貴方の方から触れられたら、わたくし持ちませんのよ? お分かりその意味?」

そのまま俺を見上げると、まだ残ってますのよ、と物凄く艶っぽい目で睨みつけてくる。うわぁ、そんな目で睨まれたら俺の方が持ちそうに無いんですけど。

「とにかく、わたくしが持ち直すまで暫く我慢なさい」

そのまま、彫像のように立ち尽くす俺に、ルヴィア嬢は更に身体を擦り付けて、しがみ付いて来る。胸が……腰が……うう、生殺し……

―― 臓々 ――

だが、そうも言っていられなくなってきた。甘い異臭がひときわ強まったかと思うと、祭具室の四隅で、扉の向こうの地下礼拝堂で、まるで我に返ったように蟲達がざわめきだした。

「……サクラの手綱から離れましたわね……」

胸の中で、ルヴィア嬢が舌打ちをする。って桜? 何でここで桜が出て来るんだ?

「ルヴィアさん! それって!」

「説明は後ですわ。何とかこの場を切り抜けないと……」

「分かった」

俺はシャツを脱いで、いまだ足元の定まらないルヴィア嬢に着せ掛けると、そのまま抱き上げる。か、軽い、遠坂とどっこいってとこか。

「一気に突っ切るぞ」

俺はルヴィア嬢がしっかりと掴まっているのを確認して、全速で出口へ向かって走り出した。両手が塞がっている以上、剣を振るうことは出来ない。だが、俺の本分は剣を振るうことじゃない。

「――投影開始トレース・オン!」

―― 弾! 弾! 弾!――

走る速度に合わせ、俺は素早く進行方向に投影した剣を叩きつけ、蟲どもを薙ぎ払う。異臭と粘液が飛び散る中、俺は一気に地下礼拝堂まで駆け抜けた。

「――な!」

が、ここで足が止まった。礼拝堂が蟲どもに溢れていたからじゃない。そんな事は先刻承知の上だ。問題は……

「階段が……」

塞がれていた、昨晩ここに乗り込んだ時と同様に、何か漆喰のようなもので埋められていた。

「駄目だよ、衛宮」

一瞬だけ唖然とした俺は、何処からか響いてくる嘲るような声で気を取り直した。

「慎二か!」

何処から聞こえてくるのかは分からない、ただ、どうやらこの部屋は外からの音が聞こえる構造になっているようだ。俺の叫びに慎二の笑い声が応える。

「蟲達をやっつけるのが先だろ? その女はついでって約束じゃないか。約束を破っちゃいけないな。衛宮」

くそ、やはり罠か。だが、外にはランスが……

「あのおかしな鴉なら、蟲と遊んでいる最中さ。衛宮、お前と一緒だよ」

慎二の言葉に、一瞬だけラインを繋げると、そこには月空で燐粉を撒き散らす蛾に囲まれ、必死で振り払おうと飛び回るランス。主よ済まぬすぐ行くと言っては来ているものの、そう簡単に振り払えそうに無い。

「精々頑張ってくれ 衛宮。蟲は全部片付けてくれよ。出来ればお前も片付いてくれると嬉しいな」

嘲るように言い放つと、慎二は狂ったように高笑いする。

「慎二! お前!」

「シェロ!」

激昂しかけた俺をルヴィアさんの叫びが引き戻した。拙い! 前から礼拝堂の蟲、後ろから祭具室の蟲、一斉に狂ったように襲い掛かってくる。

「くっ――全投影連続層写ソードバレルフルオープン!」

ルヴィアさんを守りながら、俺はありったけの剣を周囲に投影し叩きつける。くそ、きりが無い。かといって、こんな狭い場所で幻想を砕けば共倒れだ。

「ごめん、ルヴィアさん」

こうなったら魔力の続く限り投影してやる。俺は、背筋が薄ら寒くなるのを堪え腹を括った。




「――つぅ……」

下腹部の痛みでわたしは目を覚ました。時計を見れば、まだ一時間と経っていない。
わたしは丸くなって痛みに耐えた。

なかにめり込む兄の腐った右腕。呪式に促され、浅ましい欲望にそそられ、淫らに身をくねらせて、太股を伝い悦びながらわたしの胎に潜り込む蟲の感触。
腹を割かれ、取り出され、また埋め込まれ、蟲に犯され、喰われ、変えていく。
それは一年前、二十一日の間絶え間なく続いた苦行。
身体はいやらしい悦楽に燃え上がり、心はずぶずぶと泥に塗り込められた日々。

先輩を、何もかもを失ったわたしが耐えられたのは兄がいたから。
わたし同様に、施術のたびに腐っていく兄の腕。その度にわたしのせいだと責め、罵り、それでもわたしに縋ってくれた、わたしに助けてと言ってくれた兄の為、わたしはあの責め苦を受容した。もうわたしにはそれしかなかったから。

今も目覚めようとする蟲達を押さえつける。胎に潜り込み、呪刻たまごを食った蟲はそのまま眠りにつく。その目覚めを押さえつけ、祖父に気づかれない為に元の姿に戻して再び神経に同化させる。
ただ苦しいだけでない。疼き悶え、擽られ、撫で回され、それでいて決して逝けない愉悦の拷問。終われば否が応でも兄を求めてしまう、盛りの付いた獣のように泣いて縋って抱いてもらう。どんな淫らではしたない事でもして見せた。いやらしく穢れた身体の業。

でも、
今度は求めはすまい。
あの人は泣きはしても縋りはしなかった。どんな淫らであっても決して下卑はしなかった。汚されても綺麗だった。堕ちても輝いていた。闇であっても光だった。

どこまで出来るかは分からない。もしかしたらうまく騙されていたのかもしれない。でも、騙されていたとしても良いと思った。一つくらい輝くものを持っていたかった。

「……え?」

必死で身体の疼きを押さえ、身を縮めていた心に何か微かに引っかかるものがあった。
蟲が暴れている。
わたしの身体から力を引き抜きつつ、何かに襲い掛かり、何かを喰らおうと血眼になっている。

何故?
蟲は休止期に入っているはず、わたしはラインを伸ばし蟲達の確認をする。

「!――はぐぅ!」

これは……薬だ! 全身に苦しいほどの疼きが走る。媚薬を流され狂いたった蟲が、精を胎を求めて暴れているのだ。こんな事をするのは……

「兄さん? どうして?」

全身を苛む疼きに耐えて、わたしは立ち上がって中庭に向かう。

――「精々頑張ってくれ 衛宮。蟲は全部片付けてくれよ。出来ればお前も片付いてくれると嬉しいな」

兄の狂ったような高笑い。衛宮? 先輩! 何でここに?

「ははははは、ああ桜か。どうした? 終わったか? ちょうど良い抱いてやろう」

「兄さん! どうして先輩が!?」

「なんだ衛宮か? 仕方ないだろう、僕たちが蟲をどうこうしたら爺にばれちまう。衛宮か遠坂に頼むしかないだろ?」

「だからって、こんなやり方で!」

「……なんだよ。お前、僕に逆らおうって言うのか?」

この人は……絶望にも似た泥が心の中に湧き上る。だが、捨てられない狂えない。
顔を歪めわたしを睨みつけながらも、兄の瞳の奥には怯えがある。この怯えが、わたしに縋るような怯えが無かったら。わたしはとうに狂っていただろう。

「兄さん……約束してくれませんか?」

「な、なんだよ?」

睨みつけられながらも、わたしはしっかりと兄に言う。ああ、やはり兄は怯えている。この人がわたしに居丈高になるのはわたしを失うのが怖いからだ、逆らわれれば止められないと知っているからだ。結局わたし達は似たもの兄妹なのかもしれない……

「先輩が……ルヴィアさんが蟲達に勝ったら、このまま帰してください」

「あ? ああ、何だ、そんなことか。と、当然だろ? 僕たちの目的は爺だ、衛宮なんかどうだっていいんだからな」

なんだ。
わたしはほっとした顔で言いつくろう兄の顔を静かに見つめた。やっぱり怖いのだ、わたしを失うのが。この人がこの言葉を守るとは思えない。きっと先輩達が勝ち抜いても難癖をつけようとするだろう。
でも大丈夫、この人はきっと最後にはわたしの言葉を聞いてくれる。わたし達兄妹は御互いしかいないのだ。それに、

怯えた相手にどう対処すれば良いかを支配する術など、わたしはもう十何年も前から知っているのだから。




ざわざわと迫り来る蟲の真っ只中、俺の胸の中でルヴィア嬢が何か決意するように口を開いた。

「シェロ、手があります。口付けなさい!」

はい? るヴぃあさんはなにをいっているのでしょう? 一瞬思考が止まった。

「ぼやっとしない!
――Passes!

その一瞬の隙に飛び掛って来た蟲をガンドで叩き落し、ルヴィア嬢はじろりと俺を睨みつけてきた。

「魔力が足りないのです。パスを通すから口付なさいといっているのです!」

今も無駄に使ってしまいましたわ、とルヴィア嬢はがぁーっと怒鳴りつけてきた。なるほど、そういうわけか……って! ルヴィアさん! そのそう簡単にですね……

「もう! とっととよこしなさい!」

「――っ!」

ルヴィア嬢はなおも躊躇する俺の首をがっしと抱え込むと、有無を言わさず唇を合わせてきた。そのまま自分の唇を噛み切ると、口の中で俺の血と混ぜ合わせる。

「――La vei est une plus cane image生 そは 虚しき 影なれや),――」

目の中に光が走った。絡まる舌が、そのまま俺の中に伸びてくる。どんどん、どんどん……ってルヴィアさん、そっちは遠坂の……うう、すまん、遠坂。

「――Mourir non plus n'est omber vaine死 こそ 虚しき 影ならず).――」

ルヴィア嬢はそのまま俺の口の中で呪を紡ぐ。俺の目の中の光が弾け、俺の中に何かがどんどん流れ込んでくる……


俺は餓えていた。
止めどもない餓えがあった。求めても求めても餓え。いくら精気を啜っても。どれほど肉を喰らってもこの餓えは無くならない。
この飢えが満たされない限り、決して飛び立てない、この泥の中で蠢き続けるしかない。そんなのは嫌だ。元々俺は飛び立つ為、仕える為に生まれたのだ。なのに、なのに俺は今、泥の中で這いずり回ることしか出来ない。
肉も精も本当は意味なんか無い。必要なのは唯一つの物だけ。
だが、“其”があるはずのところに潜り込んで見ても、それは見つからず、飢えに任せて喰い荒らすことしか出来ない。無論、そんなものでは飢えは満たされない。“其”でなければ決して俺は先に進めない。
何処だ、何処にそれがある……

…………

……

あった。あったじゃないか。目の前に“其”が。
俺はとうとう“其”を見つけた。蠢き、なにやら牙をむいているが間違いない、これこそが“其”だ。
俺は喰いかかった、それに牙をむき、必死になって喰らい付いた。“其”も俺に喰いつき牙を立てているがそんなことは問題じゃない。俺が今,”其”を喰っていることが大事なのだ、ああ、これで……これで俺は……ようやく……



「シェロ!」

「……へ?」

ふと我に返ると、俺はへたり込んで柔らかなものに顔を埋めていた。顔を上げると、頬を染めたルヴィア嬢が艶っぽい眼差しながらも恨めしそうな顔で俺を睨んでいる。はて?

「……歯を立てないでいただける?」

はい? ……うゎぁ! 俺は慌ててルヴィア嬢の胸から顔を離した。うわぁ……何してたんだよ、俺……

「で、その……なにを……」

「周りをご覧になって」

何処か名残惜しそうに胸元を掻き合せ、ルヴィア嬢が周りの状況を指し示す。ああ、そういえばやけに大人しい。俺たちに襲い掛かっていたはずなんだが……

「……うっ」

息を呑んだ。俺たちの周りの蟲。蠢き続ける蟲。蟲という蟲が御互いの喰らいつき貪りあい、殺しあっている。

「なんだよ、これ……」

「シェロは“見た”のではなくて?」

先ほどの幻覚を言っているのだろうか。ああ、そうか俺はあの時蟲になっていたのか……じゃああれは……

「わたくしではまだ蟲を支配することなんて出来ませんわ。ですけれど肌を許した代償に夢を送ることくらいは出来ますのよ……」

それがどんな夢かまでは保証できませんけれど、とルヴィア嬢は妖しく笑う。

「もしかして、こいつら……」

垣間見た蟲の夢、それはその姿の醜悪さに似合わぬ必死で真摯なものだった。

「ええ、歪まされていますわ。この妖虫は幼虫。成虫になる道を断たれた哀れな子供ですの」

成虫になる為に必要な物、それを見る目を塞がれ、ただ、ただ、それを求めそれ以外の物を喰うことで飢えを満たす存在。結局この蟲も間桐に歪められた存在だった。

「ルヴィアさん、それも蟲から?」

あんな状態でそんな事をされながら、よくもそれだけのことが出来たものだ。

「これは……その……サクラが教えてくれたことですの……」

と、急にルヴィア嬢が頬を染めながら、視線を泳がせ出した。些か恨みがましげにそれでいて何処か艶めかしく、もう少しやりようが無かったのかしらなどと小さく呟いている。

「ルヴィアさん?」

「シェロ、帰りますわよ。こんなところに長居は無用です」

ちょっとばかり心配になって掛けた俺の声に、ルヴィア嬢は余計なことは聞かないっと一睨みして出発を促した。

「それに、今の施術で少しばかりリンに無理をかけてしまいましたわ」

更に明後日の方向を向きながら、ばつの悪そうな顔で呟く。やっぱりルヴィアさん、遠坂からも魔力抜いたな。
なんか上手く誤魔化されたような気もするが、妙にルヴィア嬢の様子が艶っぽくて、何かこれ以上聞くのが憚られた。

「でも、まだ階段が」

が、まだ問題はある。蟲は潰せたが閉じ込められている状況に変わりは無い。

「それは大丈夫、ほら」

そんな俺にルヴィア嬢は、ご覧なさいとばかりに階段の方を視線で指し示した。なにごとかと階段を見やると、何かさらさらとビデオの逆回しのように土塊が崩れていく。なんだ? あの蠢いている小さい点は? 蟻?

「逃がしてくれるということですわ。行きますわよ、シェロ」

「あ、ああ」

些か呆気にとられたまま、俺はまだ腰が定まっていないルヴィア嬢を抱え上げ、地上へと向かった。

――主よ、面目ない……

中庭に出たところで、俺たちはふらふらと舞い降りてきたランスに迎えられた。こちらも急に蛾が引いて行ったらしい。燐粉まみれで酷く弱っては居るようだが、大きな怪我は無いようだ。

「……ルヴィアさん?」

俺は腕の中のルヴィア嬢に声をかける。いったいどう言う事なんだ?

「……シェロを傷つけるつもりはないと言うことでしょうね」

微かに視線を逸らし、少しばかり言い辛そうにルヴィア嬢は呟いた。俺を? 誰が?……

「……!」

居るのか! ここに! 俺は慌てて周囲を見渡した。視界の隅、すっと閉じる扉。そこか!

「お待ちなさい、シェロ」

飛び出しかけた俺をルヴィア嬢が厳しい顔で押し止める。なんでさ!?

「信じなさい」

ぴしゃりと一言だけ言うと、ルヴィア嬢は俺に挑むような視線を向けた。

「わたくしは信じます」

厳しく、それで居て優しい目でルヴィア嬢は言い切った。なにがあったかは分からない。だが、ほんの数日しか一緒に居ないルヴィア嬢が、こうまできっぱりと信じるという。
ふと思った。俺はずっと守らなきゃと、何とか助けなきゃとは思っていた。だが、信じていたのだろうか? 

「わかった、ルヴィアさん」

結局、俺も遠坂も一人の人間として対してこなかったということか、守るべき物、哀れむべき物としてしか見ていなかった、これじゃあ間桐と同じだ。
だから、俺も言った、その扉に向かってはっきりと。

「俺もお前を信じるぞ。桜」




「――――Eiskalt die Nacht凍夜  展開!」

一瞬、周囲に起こった冷気が収束しながら泥を凍らす。

「せい!」

凍った泥をセイバーが叩き砕く。よし、これで二匹目

―― 遮! ――

が、最後の一匹が残りの氷に踊りかかり、そのまま飲み込んで一回り大きく膨らんだ。

拙い。
冷や汗が額を伝う。このままでは拙い。
確かに臓硯の使い魔は潰せている。しかしこっちの道具も先が見えてきた。
消耗戦ではこっちが不利。第一この化物ぞうしのからだを倒したところで、所詮これは寄り代に過ぎないのだ。

「ふむ、そろそろ手詰まりかな?」

「ふざけないで、これからよ!」

とはいえここで引くわけには行かない。この爺からだけでもけじめ取らなきゃ腹の虫が収まらない。それは、セイバーも同じだろう。

「セイバー……」

「はい……」

となれば、ここは一気にけりをつける。奥の手の総動員かけるわよ。

「やれやれ、年寄りとしては引きたいところなのだがな……」

余裕をかましている化物。それはそうだろう、今までこっちの攻撃は、全てセイバーへの被害を抑える為に、出ては引くの一撃離脱、壁を叩けてもその奥の臓硯には届かない。
でも、腹を括れば打つ手はいくらでもある。

「――Flugel Faust多連  衝撃弾)!」

「うむ、戻れ」

だが、それを臓硯に悟られては逃げられる。まずは同じことの繰り返し、ワンドを解放し衝撃弾の連打で一気に泥蟲を弾く。それを臓硯が引き戻し形を整えなおすところへ……

「せい!」

セイバーが突っ込む、蟲は再び形を取り戻す前に切り散らされた。

「む、此れまでか。では下がらせてもらおうか……ぬ!」

が、ここからが違う、新鍛の剣をここで捨て、セイバーは手に宝具を顕現し、月光を背に一気に上空へ飛び上がる

「――風王結界インヴィジブル・エア――解放シュート!――」

これで決まりだ、上空からの風王結界弾。何をするにせよ、これで臓硯の身体は終わり――

「!――はぅっ」
「――くっ!」


――のはずだった。




「危ない、危ない。どうやら紙一重で運がワシに味方したか」

片膝を付くわたし、無様に落下し剣をついて立ち上がるセイバー。
今、止めの直前。いきなりわたしの身体から魔力をぶち抜かれたのだ。セイバーも一緒だ、風王結界こそ撃てたものの、体制を崩し、風の刃は臓硯の片腕をもぐにとどまってしまった。
拙い、拙い、拙い。士郎、なんて時になんてことするのよ……

「ぬ!?」

が、何故か臓硯も顔色を変えた。腕を抑え、固まりかけた泥蟲には見向きもしない、いや、既に泥蟲そのものも、形を失い地に染み込むように溶け始めている。

「……! あの痴れ者が! 折角あそこまで育て上げた蟲を……」

初めて見せる歪んだ表情のまま、臓硯はじりじりと後ろに下がる。

「痛み分けよ、詮無い争いであったな、此れならば端から何もせん方がましだったか……」

見るからに負の感情を露にし、徐々に輪郭を失いつつ臓硯が愚痴るように呟いた。

「待ちなさい!」

「カカカ、なんとも情の強い娘よ。命拾いしたと喜ぶところであろうが……」

どんな術を使ったのか、わたしの怒声を嘲いながら、臓硯は闇に溶け込むように消えていった。

「凛……」

「わたしは平気、セイバーこそ大丈夫? それにしても……士郎が帰ってきたらとっちめてやる。あの馬鹿、なにしでかしたのよ!」

「いえ、確かに魔力の残量を根こそぎにはされたのですが、その……魔力の漏洩は止まっているのです」

「へ?」

わたしの激昂を余所に、胸に手を当て少しばかり訝しげなセイバーの顔を、わたしは唖然と見つめてしまった。士郎。本当にあんたなにやったの?




「……先輩……」

教会を後にする先輩の背中。昔よりもずっと大きくなってしまった背中に向けて、わたしはそっと呟いた。

――「俺もお前を信じるぞ。桜」

先輩も、ルヴィアさんも信じてくれると言った。どこまで行けるのか分からない。でも、それでも進んでいこう。あの人たちが信じてくれるなら、わたしだって進むことが出来る。わたしも、そう信じたかった。

「なんだよ! 何だって見逃すんだよ! 今ならあいつらを仕留められるんだぞ!」

そんな思いを胸に、わたしは背中で兄が吐き出す呪詛の声を聞いた。先輩が地下から上がってきてから、ずっと部屋の隅で怯えていた兄だが、漸く元気を取り戻したようだ。

「兄さん、約束でしたよね?」

「なんだと……お前となんかの!?」

いきなり胸倉を掴んできた兄だったが、その右腕をわたしの両手がそっと包み込んだところで言葉を失った。

「兄さん、大丈夫……」

「な、何が大丈夫なんだよ! 爺が帰ってきたらなんて言えば……」

「大丈夫です。わたしがいます。わたしは兄さんを見捨てたりしませんから」

絶句して力を失う兄の右腕を、わたしはそのままそっと胸に引き寄せた。

「わたし達はたった二人のマキリなんですから」

「さ、桜?」

目を見開き、それでいて泳いでいる兄の視線。それがわたしの言葉の意味に気づいて焦点を結びだす。

「はは、そ、そうか。漸く決心したんだな。いいぞ、はは、爺なんか怖くない。そうだな僕たちはマキリなんだからな。紛い物なんかには負けない」

「はい……」

そのまま、わたしは兄を胸に抱きしめる。ああ、可哀相にこんなに震えている。今まで気が付かなかった。わたしはこの兄を愛していたんだ。
それが例えマキリの愛であっても。




「あ、ただい……」

「話は後、ルヴィアをこっちへ」

ルヴィア嬢を抱え、衛宮邸うちに着いた時にはもう夜が明けかけていた。
玄関先で仁王立ちして待っていた遠坂だが、ルヴィア嬢を見るなり有無を言わさずに俺からルヴィア嬢を引ったくると、すぐさまセイバーに風呂の用意をさせて、そのままルヴィア嬢共々風呂場に消えて行った。

――主よ、我らも上がろう。どうやら男のできる仕事はなさそうだ。


「お、おう」

暫く玄関で呆然としていた俺だが、ランスに急かされ取敢えず居間へ向かった。
セイバーがやったのだろうか? 畳だけは入れ替えられていた居間で、俺はぼんやりと遠坂を待った。ルヴィア嬢を風呂に入れてすぐ戻ってくるかと思ったが、なにやら二人だけで話があると、客間に引っ込んでしまい、戻ってきたのは二時間ほど後だった。

「あ、士郎。まだ起きてたんだ」

「こんな状態で寝てられるかよ。ルヴィアさんはどんな具合なんだ?」

「うん、大丈夫。薬を中和して寝かしつけたから。今はセイバーに見てもらってるしね」

これ以上は聞かないのと妙な視線で釘を刺し、遠坂はぐっと厳しい顔つきで俺の正面に座った。

「説明なさい」

ぴしゃりと一言だけ、そのまま半眼でさあ言い訳してごらんなさいと腕組みする。
俺は気圧されながらも最初から一つずつ順を追って説明した。慎二に会って教会にルヴィア嬢が居ると聞いたこと、教会の地下に入り夥しい蟲と、拘束されたルヴィア嬢を見つけたこと。
一瞬躊躇はしたが、その際に媚薬にやられルヴィア嬢を襲いかけた事も正直に話した。

「ふうん、妙なとこ怪我していると思ったら……」

「く、薬のせいだぞ。それに実際には何にも……しなかったんだし」

「その間が気になるわね……でも良いわ。その辺はルヴィアからも聞いてるから」

ネタは上がってるんだから、と半眼で睨めつけるようにで見下してくれます。なんだよ、知ってて聞いたのかよ。き、汚いぞ……うう、御免なさい。

「それより、慎二が? 何で?」

「それは俺にも分からない。ただ、臓硯に従って俺たちをどうかしたいって言うより、臓硯のほうを何とかしたがっていたように思えた」

慎二の科白はあくまで“蟲は全部片付けてくれよ”が主だったように思える。俺をどうこう言うのはついでと言った感じだった。

「間桐も一枚岩じゃないってことか、そう言えば臓硯も妙なこと言ってたし……」

遠坂はそのままぶつぶつと考え込んでしまった。どうにも気になる名前もあったが、ともかくこっちの話を全部済ませなくてはならない。俺はそれから蟲達に囲まれ、ルヴィア嬢の機転でそいつらを共喰いさせて殲滅した事を話した。

「……それね……」

そこまで聞くと、遠坂は思いっきり渋い顔で俺を睨みつけてきた。俺、なんか凄く拙い事でもしたのか?

「あの……それって?」

「いきなり魔力をぶち抜けれたのよ? 臓硯の方もおかしくならなかったら危ないところだった」

遠坂はぐっと俺を一睨みし、ルヴィアとキスしたことは不問にしてあげる、と面白くなさそうな顔でぶつぶつ呟いている。

「いや、済まなかった。俺としてもいきなりだったし。それよりもさっきから臓硯って、こっちでも何かあったのか?」

尚も何か言いたそうな遠坂に、今度はこっちから聞き返した。ルヴィア嬢との、その……色々については後でじっくり話し合うとして、今はそっちの話が聞きたい。もしかして、俺が居ない間に臓硯がここにやってきたとか……

「士郎の居ない間に臓硯の奴がね、ここにやってきた」

まんまだった。
遠坂によると、俺の居ない間に臓硯はここに交渉の為やってきたのだと言う。尤もその交渉と言うのが、ルヴィア嬢を諦めろそれから今までの事も無かったことにしろと言うのでは、交渉もへったくれも無い。そのまま戦闘になり、後一息でと言うところで、ルヴィア嬢に魔力を抜かれたのだと言う。

「最悪のタイミングだったわ」

「済まなかった。でもこっちもギリギリだったんだぞ」

「うん、だから文句はもう言わない。ただルヴィアにも言ったけど反省はしてよね。せめて一声かけなさい」

もう素人じゃないんだから、ライン通して一言くらいかけられるでしょ? ときっちりと釘を刺して来る。わかった、次からはちゃんとする。

「でも、あの蟲を潰して臓硯がへばったって事は……」

「そうね、慎二の奴が臓硯を倒したがってるってのは本気と見ていいわ。わたし達も邪魔者扱いだけど」

遠坂は、共倒れで総取りでもねらってるのかしら、と顎に手を当てて考え込む。
臓硯に従った振りをして、俺たちの手で臓硯を倒させる。そんなところだろうが、どうも何か引っかかる。
何で慎二はそんな事をするんだ? そんな面倒な事をしなくても、俺たちはあんな事をする臓硯を捨てて置けないだろう。俺たちを敵に回す理由も分からない。
そんな事を言うと、遠坂も同じように不思議そうに眉を顰めた。

「そうなのよね、嫌味な奴だけど、わたしはあいつのこと特に何とも思ってないし、命を助けたんだから感謝して欲しいくらいなのよ」

むぅ――と膨れて首をかしげる。ああ、そうか、慎二の奴が遠坂を恨む理由を一つ思いついたぞ。

「あいつ遠坂が好きだったんだろ? それがこんな態度じゃ可愛さ余ってにくさが百倍って奴じゃないのか?」

慎二はプライドが高いから、無視されるのが一番応えるだろう。それに魔術師になったとはいえ、格じゃ遠坂の方がはるか高みだ。妬む気持ちになっても不思議じゃない。

「なによそれ、だったら士郎だって同じじゃない」

俺の意見に、遠坂は益々渋い顔になっておかしな事を言い出した。

「なんで俺が?」

「あのね、あいつは名家のプライドってものがあるのよ? 何処の馬の骨とも知らない魔術師が時計塔がくいんに行ってるんだから、妬まれるって言えば士郎も一緒でしょ?」

それに、あいつがわたしを好きだって言うんなら、そっちでも恨まれるはずじゃない、と口を尖らせて言って来た。あ、成程、そういう見方もあるのか……

「と、とにかく、わたし達は慎二に恨まれてたらしいって事で話を進めましょ」

「お、おう」

暫く無言で見詰め合った俺たちは、どちらから言うとでも無くそういう結論に達した。そうか、慎二の奴俺の事を恨んでたのか。ちっとも気が付かなかった。

「後は桜ね。あの娘、どうなってるんだか……」

「桜は、桜の考えで向こう居るんだと思う」

「なによそれ? 慎二の言葉が正しいなら桜は臓硯に言いなりのはずよ?」

「それなら、教会で慎二と一緒に居て慎二を止めなかった理由が分からない」

「あの娘が慎二に逆らうと思う? 臓硯にも慎二にも逆らえないって、いかにもあの娘らしいじゃない!」

「だったら、俺を助けてくれた理由が分からない。最後に俺とルヴィアさんを逃がしてくれたのは桜だった」

「それは……あの娘が士郎を……」

何か言いかけた遠坂だったが、そのまま哀しそうに、口惜しそうに黙り込んでしまった。
どうも遠坂は、桜のことになるとらしく無くなる。魔術師である自分と、姉である自分に引き裂かれてるというか……気持ちは分からないでもない。俺だって似たようなものだ。

「俺は桜を信じようと思う。何を考えているかは分からないけど、桜は敵じゃない」

何も分かっていないのに、救い出すなんて傲慢なことは言わない。ただ、手助けはしたかった。俺は、俺を逃がしてくれた桜を信じたいと思った。

「……ルヴィアと同じこと言うのね」

「ルヴィアさんも信じるって言ってた。考えてみたら桜を対等に扱っていたのはルヴィアさんだけだったしな」

「わたしだって……」

そこまで言って遠坂は口を噤んだ。遠坂だって分かってるはずだ。口では何と言っても、ずっと“余所に貰われた可哀相な妹”と思っていたはずだ。俺だって似たようなものだ、可愛い後輩、守らなきゃならない女の子、そして可哀相な間桐の犠牲者。御互い、桜を対等に見たことなんか一度も無い。

「ルヴィアは言ってた。どんな選択をするかは分からないけど、桜は必ず臓硯や慎二を振り切って自分の足で歩き出すって」

「そうか……」

ルヴィア嬢は随分と桜を買ってるんだな。俺にはあの優しい桜がそこまで強いとは思えなかった。でも、ルヴィア嬢は短い間だったが、ずっと桜を対等な魔術師として見てきた。ならその判断は間違ってはいないだろう。

「桜のことは保留するわ、状況しだいって。でもね士郎、ルヴィアはこうも言ってた」

「なにさ?」

「もし、桜が選んだ道がわたし達への敵対なら。容赦なく叩き潰すって」

絶句する俺を尻目に、遠坂は席を立った。

「暫く休むわ。士郎も休みなさい。お互い魔力はすっからかんなんだから、少しでも回復させないとね」

俺は遠坂が立ち去った後もしばらく呆然として座り込んだままだった。
容赦なく叩き潰す、か。認める物は認める、でも敵なら容赦はしない。考えてみれば、それはそれで実にルヴィア嬢らしい。
だとしたら、俺は俺で、俺らしくあるべきだろう。桜を信じ、もし桜が敵になると言うなら……

ぶん殴ってもこっちへ連れ戻す。

うん、それでいい。俺たちは皆それぞれ自分らしくあるべきだ。
そうと決まれば、後は遠坂同様休むべきだ。遠坂が言っていたように、俺の魔力もルヴィア嬢に引っ張られてすっからかんだ。今は少しでも休んで力を蓄える時だろう。
俺は一人残った居間をあとにし、自分の部屋へ向かった。
見てろよ、明日は必ず今日より良い日にしてやる。

to be Continued


ルヴィア嬢奪還。士郎くんというよりも、これまたルヴィア嬢の活躍と言うべきでしょうかw
それはともかく、漸く終わりが始まります。
Britain一行は再び集結し、それが何であれ、桜も歩みだしました。
間桐の業がどのような結末を迎えるか。
次週、くろいまゆ 第五話をお待ちください。


By dain

2004/9/22初稿
2005/11/14改稿


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