「では、開くぞ、衛宮君ユーニア

「おう、やってくれ」

青銅の巨像ブロンズ・ゴーレムが神殿の正門に進み、大理石の扉を静々と押し開ける。
開かれた扉からは、最初に開いた時と違い嵐のような魔力の奔流は流れ出してこない。ただ静かで冷ややかな殺気が、じっとりと粘りつくようにこちらを伺っているだけだ。

「……」

その無言の、禍々しいまでの重圧を、俺たち四人と二匹は真っ向から受け止めた。
背中から、桜がぎゅっと胸元のオーウェンを抱きしめる気配が、セイバーが剣を握る低く涼やかな響きが伝わってくる。
見送りをしてくれるのは、じっと息を殺している僅かばかりの作業員達だけ。ミーナさんもシオンさんも、既に自分達の仕事を片付けるために、三つの城砦に向け出発していた。俺たちが最後の出陣と言うわけだ。

俺は振り返り、桜をオーウェンを、セイバーをランスを、そしてアケメス師の順番に見渡した。
喉の奥で唸りを押し殺すオーウェンを胸に、緊張で息の荒い桜。どこか不敵な笑みを浮かべているランスを肩に乗せ、落ち着いて頷くセイバー。そして静かに瞑目するアケメス師。それぞれの表情が、それぞれなりに準備が整った事を教えてくれている。

「それじゃあ行くぞ」

俺はそんな皆に俺なりの思いを込めて頷くと、第一の門を潜るべく神殿に足を踏み入れた。
さあ、遠坂とルヴィアさんを返して貰うぞ。





Fate/In Egypt
く れ な い の さ ば く
「硝砂の魔術使い」 ――EMIYA―― 第三話 前編
Heroic Phantasm





神殿内部は漆黒の闇に覆われていた。開いた扉から漏れて来る明かりが、中央の通路のような石畳に一筋の道を照らし出してはいるものの、それが却って神殿奥の闇を一層濃くしている。

「……wbn

そこにアケメス師の低くくぐもった呪が響いた。次の瞬間、俺たちの頭上に浮かび上がった光球が、柔らかな輝きに似合わぬ強引さで、神殿を包む闇の隅々にまで光を染み渡らせて行く。

「うおっ……」

浮かび上がった光景に俺は思わず息を呑んでしまった。
広い部屋だ。神殿の幅一杯、奥行きも五十メートル近くある。その広い部屋一杯に、白亜の巨大柱が隙間無く立ち並んでいるのだ。今、俺たちの歩いている三メートルほどの幅の通路以外は、全て柱に覆われているんじゃないだろうか。

「群臣の間だ」

そんな俺の驚きに、静かに瞑目していたアケメス師が厳かに応えてくれた。

「三百六十五本。丁度一年の日数の柱が、それぞれファラオが支配した人種や種族に割り当てられ、死した王を礼賛すると共に、衛士として参内するものが神、すなわちファラオに謁見する資格を有するか否かを問うているのだ」

「成程、それで資格が無いって事になったら、どうなるのかな?」

俺はその説明に頷きながら聞き返した。勿論、遠坂たちを連れ去るようなファラオなんかに敬意の持ちようが無い。俺たちは招かれざる客であり、乱入者なのだ。

「本来はあくまで儀式であるが……神秘が真実であるこの場では、不忠なる者は神の怒りをもって応えられるだろう」

「つまり、実力行使か……」

アケメス師が返してきた無言の頷きを肯定と取り、俺は淡い光に照らされる柱の群を見渡した。
どの柱の基部にもシルエットは人間の癖に、どこか違和感を覚えるなんとも嫌な形をしたレリーフが嵌められている。つまりこの柱が最初の門番って事だろう。

「それでは、先頭は私が進みます」

説明に納得し、それではと一歩前に出ようとしたところで、セイバーに機先を制せられてしまった。

「シロウは殿しんがりを、老師殿と桜を挟んで進みましょう」

更にオーウェンに、いざと言う時は貴方が二人を護るのですと声を掛け、とっとと先に立って歩き出そうとする。

「あ、セイバー」

確かにそれがベストの隊列だろう。だが、そんなセイバーを、俺は何故か呼び止めてしまった。

「何でしょう、シロウ?」

「あ、いや……気をつけてくれ」

何か一つ忘れているような気がする。だが具体的に何かと言われると困る。自信溢れるセイバーの表情に、それがただの杞憂に過ぎないという気もして、俺は結局なんともあやふやな言葉を返しただけで、セイバーの後ろに続く事になった。





「どうした? セイバー」

大した距離でもないはずなのに、果てしなく続いているような錯覚に囚われる様な柱の列。その半ば程まで進んだところで、ふと、セイバーの足が止まった。

「シロウ……気付きませんか? 柱の間隔が……狭まっています」

「え?」

セイバーの不可解な言葉に、俺は慌てて、桜達の肩越し前方に視線を送った。
確かに、よくよく見れば前に向かって柱が狭まり、通路は細くなっていっている。成程、だから遠いように見えたわけか。

「最初からそういう造りじゃないのか?」

「ですが……」

セイバーは、ちらりと視線を俺に、いや俺の背後に振ってから言葉を続けた。

「では、何故後まで狭まって行っているのでしょう?」

「なっ!」

慌てて振り返った俺は言葉を失った。まるで、入口である正門を隠すように両側からせり出してくる柱の列。こいつは!

――主よ、来るぞ!

唖然とする暇もなく、ランスが厳しい声音で一声鳴いてセイバーの肩から飛び立った。途端、俺たちの周囲の柱が音を立てて崩れ落ち出す。

「きゃ!」

「シロウ! 桜!」

それを合図にするように、列柱はまるで意思あるもののように俺たちの間に崩れ、あっという間にお互いの姿を粉塵の向こうに隠してしまった。拙い、分断する気か!

「くそ! 桜! セイバー」

だが、探そうにもこっちはこっちで崩れる柱を避けるのに精一杯。どうすりゃ良い!?

――主よ、桜嬢はこちらだ。我が目になる。

と、焦る心を持て余している所に、上からランスの思考が降ってきた。続いて俯瞰するランスの視覚が俺に同調する。
そこに映っているのは、崩れる柱の轟音を物ともせず、右に左に飛び跳ねながら崩れる柱を巧みに躱している金色の獣の姿。更に背中には必死でしがみ付く二つの人影も見える。女性と老人、桜とアケメス師だ。
俺はそれを確認して、少しだけ安堵した。そうか、お前が守ったんだな。よくやったぞ、オーウェン。

「よし、ランス! 誘導してくれ、それとセイバーは?」

――王なら心配無用、既に二の手を打っておいでだ。

崩壊し続ける柱の間に、桜たちの方へと向かう道を素早く探し出しては俺に向かって指示を送りながら、ランスは軽く視界を振って見せた。

「うわっ……」

視界に割り込んできた映像に、俺は驚きの声を上げてしまった。崩れる柱の動きを完全に読みきり、全く無駄の無い動きで蒼い閃光のように走るセイバーの姿。だが、そんなことで驚きはしない。問題はセイバーの向かう先。
崩れる柱の基部、そこにぽっかり開いた墓穴のような穴から現れた影は……

「木乃伊?」

背丈やシルエットも多種多様な、半ば砂で形作られた人形のような影が、それでも手に手にそれぞれ意匠を凝らした得物を持ち、ゆっくりと地から湧き出すように次々這い出してきている。柱は前座、本命はこっちって事か。
だが、流石はセイバー。この混乱の中でいち早くその事に気がつき、いまだ這い出しきらないうちに木乃伊達を次々と縦に横にと両断していく。

「ランス、桜たちと合流したらこっちも打って出るぞ」

――承知した。

そうとわかれば、セイバー一人におっ被せるわけにはいかない。俺は両手に干将・莫耶を投影し、湧き出そうとする木乃伊を叩き切り伏せ、桜達との合流を急いだ。

「桜! 無事か!」

「はい、先輩!」

――Grouuu!

崩れる柱や木乃伊の群を掻き分け、合流を果した俺は、桜たちの無事を確認して、ほっと一息ついた。

「爺さん、助かった」

「容易い事だ」

どうやらオーウェンと桜が時間を稼いでる間に、アケメス師が防護結界を敷いたらしい。今はその中に桜とアケメス師が入り、周囲に群がろうとする木乃伊を、オーウェンが引き裂き叩き伏せながら、寄せ付けぬように駆け回っている。

「先輩! 危ない!」

「おっと!」

いきなり後から襲いかかってきた木乃伊を、俺は桜の声に合わせて振り向きさまに一閃する。と、そのまま踏鞴を踏んだ木乃伊は、するすると柱から伸びた陰に、引き摺り倒され飲み込まれていった。桜、お前本当に強くなったな。

「……こっちは、大丈夫そうだな」

だが、これで一安心だ、これならこっちは桜とオーウェンに任せておいて問題はないだろう。ならば……

「俺はセイバーと一緒にこいつ等を始末して回る。こっちは任せて良いな?」

「……はい、先輩。頑張って待ってますから、無理しないでくださいね」

俺の言葉に、一瞬何とも言い様のない表情で顔を伏せた桜だったが、それでも顔を上げて気丈に微笑んでくれた。

「おう。桜も無茶すんなよ、オーウェンも居るんだ」

「はい、先輩もですよ。ランスさんもいるんですから」

それが少しばかり心配で、安心させようと軽い口調で返事をしたら、逆に無茶は先輩の十八番じゃないですかと、軽口で諭されてしまった。

――よい娘だな。

「ああ、手は出すなよ」

人型でないのが恨めしいなんて、セイバーが聞いたらまだ懲りていないのかと言われそうな事を楽しげに伝えてくるランスを従え、俺はセイバーの援護に回るべく、回廊を取って返した。

「だぁ! 切りが無い!」

――全くだ。主よ後だ、また十ばかり湧いてきた。

尤も、木乃伊達も簡単には近づかせてくれないようだ。一つ一つはたかが知れた相手だが、開いた穴からゴキブリ並みの数で湧き出してきやがる。ああ、くそ。面倒だ!

「ランス! 一気に巣を潰すぞ。目を貸せ!」

――心得た。

ゴキブリは出先を潰しても切りが無い、元から断たなきゃ駄目だ。となれば、

「大盤振舞だ! ――投影開始トレース・オン!」

俺は一旦、干将・莫耶と投擲して周囲の木乃伊から距離をとると、ランスの目を借りて見渡す限りの倒れた柱の基部、つまり木乃伊の巣の上に、今の俺に可能な限りの剣を一斉に投影してのけた。
その数約五十本。神秘の濃さのせいか、魔術回路も魔力も半端じゃなく高まっている。今なら自分だけで固有結界だって張れそうな気分だ。

―― I am the bone of my sword.我が 骨子は ただ一筋 貫く ――

俺は五十本の剣を一斉に巣穴に落とし、そのまま中で“砕いて”見せた。

―― 轟!――

神殿が揺れるほどの轟音と共に、五十本の火柱が同時に噴き上がる。確かな手応え、焼き切った巣穴からはもう何の気配も感じない。どうやらこいつは利いたらしい。
俺はそこから表に出ている木乃伊どもをあえて無視し、目に付く巣穴に片っ端から剣を叩き込みながら、セイバーに向かって一直線に駆け抜けた。

「シロウ! 見ていましたお見事です」

俺が追いついた時には、セイバーも残る巣穴をあらかた叩き潰し、後は奥にある門の脇にいまだ立つ、二本の柱を残すのみとなっていた。
それは良いとして、いや、なんて言うか……

「どうしたのですか? シロウ」

「え? ……ああ、落穂はオーウェンたちに任すとして。どうする?」

と、一瞬呆けてしまっていた俺の顔を訝しげに覘き込んで来たセイバーに、俺は慌てて返事を返した。
実のところ見惚れてしまっていたのだ。
目に見えるほどのオーラを周囲に振りまき、威風堂々と立つセイバーの姿。こんなセイバーを見たのは久しぶりだ。
そう、あの聖杯戦争の時、確か遠坂がマスターになった直後、あのアーチャーをいとも容易く制圧してのけたあの圧倒的なまでのセイバー。その時のセイバーを髣髴とさせる程の勇姿だったのだ。

「面倒です、門を先に破ります ――風王結界弾インビジブル・エア!――」

どこかきらきらと輝くばかりに上機嫌なセイバーは、俺の言葉に一つ頷くと、叩き潰した巣穴からエクスカリバーを引き抜き、そのまま強引に風を撒き散らしながら、扉に向かって風王結界を叩きつけた。

―― 弾!――

だが、風は二本の柱に阻まれるように弾かれ、門にまでは届かない。成程、そういうことか。

「どうやらあの柱が門の鍵みたいだな」

「出てこないのならば……」

そんな二本の柱を鼻で笑うように顎を逸らすと、セイバーは今一度エクスカリバーを振りかぶった。

「燻り出すまでです!」

そしてそのまま、セイバーは再び魔力の篭もった嵐を巻き起こし、横薙ぎに風の刃を叩きつける。

―― 倒!――

それを今度は、柱自らが一瞬早く倒れることで防ぎきる。結局二度目の風の刃も、倒れてくる柱を途中で両断するにとどまった。

「げっ……」

「ほほう……」

慌てて飛び退いた俺とセイバーが、体勢を立て直してみると、その柱の基部から何処をどうやったらそんな小さな穴から這い出せたんだと思うほどの、巨大な木乃伊が湧き出していた。

「なんだこりゃ?」

――巨人族ギガンテスだ。いやはや、古代エジプトの王とは、このような輩まで配下に持っていたのか。

驚く俺に上からランスの思考が降ってきた。なんでもセイバーたちの時代には、いまだ存在していた連中だという。こいつも神秘の薄れと共に世界から消えていった人種なのだそうだ。

「片腹痛い。この程度では今の私は止められません!」

「あ、セイバー!」

そんな俺を余所に、セイバーは即座に先ほどの柱に代わって屹立する、一対の木乃伊巨人の間に割って入っていった。

「遅い!」

そのままたちどころに一体の木乃伊巨人を腰の辺りで両断すると、一気呵成にもう一体を追い詰めて行く。

「……杞憂だったかな?」

今日のセイバー、元気一杯で力に漲ってはいるものの、どこか浮ついたような危うさを感じていたんだが、これなら大丈夫そうだな。

「これで止めっ!」

と、最後の木乃伊巨人のガードを完全に弾き飛ばし、一気に両断しようとしたその時だ。

「セイバー! 後だ!」

「え? なっ!」

腰から両断された木乃伊巨人の上半身が起き上がり、セイバーを両手でがっちりと挟み込んだ。

「お、おのれ!」

何とか片腕だけ引き剥がして、その胸元に刃を立てたセイバーだったが、セイバーを捕まえた木乃伊巨人は、最後の力でセイバーを胸元に手繰り寄せ、そのまま押し潰すようにどうと倒れこんでしまった。
続いて、もう一体の木乃伊巨人が、倒れた木乃伊の上に思い切り身を躍らせる。

「セイバー! くっ!」

慌てて駆け寄ろうとした俺だったが、すかさず上に乗った木乃伊の拳が飛んで来る。くそ、いくらなんでもこれは拙いぞ……

「――投影……」

俺はとにかくまず、このでかぶつを倒してからと、得物を引き寄せようと呪を紡いだ。

―― 轟!――

そんな俺の呪が紡ぎ終わる直前、木乃伊巨人の下から一筋の閃光が立ち上った。
一気に二体の木乃伊巨人を貫いた一筋の光は、まるで雲間の旭日のような閃光を押し広げると、見る間に部屋中を照らすような黄金の光にまで膨れ上がり、そのまま周囲の瓦礫諸共、木乃伊巨人を爆砕してのけた。

「――なっ!」

瓦礫を巻き上げながら、何もかも吹き飛ばすほどの閃光。慌てて呪を落として身を伏せた俺が漸く顔を上げると、そこに未だ揺らめく黄金の煌めきに包まれ、ふらふらと立ち上がるセイバーの姿があった。

「よかった、無事だったんだな……」

その煌めきに一瞬、どこか禍々しさを感じはしたが、とにかくセイバーは無事だった。俺はほっと一息ついて立ち上がり、セイバーに駆け寄ろうとした。

「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「どわぁ!」

が、次の瞬間。獣の雄叫びにも似た叫び声とともに、セイバーの纏った煌めきが爆発した。

――くっ、龍が暴走したか……

「ランス! 一体どう言うことなんだ!」

どこか虚ろな表情のまま、嵐となって吹き荒れる黄金の風を纏い、エクスカリバーを隠そうともせず屹立するセイバー。そんな姿を呆然と見詰めたまま、俺はランスがぼそりと漏らした思考に問い返した。

――説明する手間が惜しい。主よ、直接送り込むぞ。

「あ、ランス…… あがっ!」

直後、俺の頭の中にランスの思考が一塊となって捻り込まれてきた。
ああ、くそ、そういう訳か。
なんか、こう。男なのに強姦でもされたような気分だが、おかげで即座に理解できた。
セイバーがいつも通り、いやいつも以上に元気なのですっかり忘れていたが、未だ何とかラインは繋がっていると言っても、マスターたる遠坂が囚われの身で、セイバーに満足な魔力が供給されているわけがなかった。
今のセイバーに魔力を供給していたのは遠坂じゃなかった。今のセイバーは、セイバー自身で魔力を生み出していたのだ。
“龍の心臓” ただ血液を巡らし、息をするだけで魔力を生み出す”魔術炉心”
この濃厚な神秘の中、眠っていたその器官が動き出していたのだ。
だが、サーヴァントとして顕現しているセイバーの肉体自身は本来の身体でなく、エーテル体を“セイバー”という器の形に成型した擬似的な肉体にすぎない。それゆえ高度な魔術装置である“魔術炉心”を果して何処までトレースできるのか。その心配があった為、セイバーは俺にはこの事を黙っていたのだという。

どうやらその懸念が、あの木乃伊巨人を弾き飛ばそうとしてフル回転したときに現実のものとなってしまったらしい。心臓が暴走し、意識を持っていかれた今のセイバーは、人型の龍そのものだと言える。

「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「って、どうすりゃ良い。そんなもん……」

俺たちは、セイバーが無意識の内に振り回す剣から放たれる黄金の奔流を避けながら、必死で打開策を探った。

――眠れる姫君を目覚めさせるのは口付けと決まっているが、そういうわけにも行くまい。

「あのなぁ……」

だってのにランスの奴、碌でもない思考を送ってきやがる。思わず足を止めてしまった俺は、セイバーが繰り出す黄金の奔流を避け損なってしまった。

――主よ!

「っ! あがっ! …………あれ?」

一瞬、目の眩むような衝撃。だが不思議なことに、セイバーから放たれた魔力は俺の身体を一巡りすると、そのままするりと頭の先から抜けていってしまった。

――ふむ、その手があったか……

「なんだ! どう言う事だ!?」

何とか無事だったとはいえ、あんな衝撃何度も喰らっていたら心臓が持たない。何故か納得するように考え込むランスを余所に、俺は必死で次々飛びかかって来る奔流を避け続けた。

――よし、策がなった。

と、そんな必死の回避を続ける俺に、ぽんと手を打つような響きと共にランスが思考を送ってきた。

「ああ、もう。何でも良いさっさとやってくれ!」

幸い暴走という事もあってか、今のセイバーは力こそ漲っているものの、技量についてはぶっ飛んでしまって、完全な無作為状態らしい。おかげで、何とか奔流を避ける事が出来てはいるが、このままじゃ魔力量だけで俺だけでなく、桜たちまで押し潰されかねない。

――うむ、我が隙を作る。その隙に主よ、王に抱きつけ。

「おう…………な! なんだってぇ!?」

いきなりのランスの言葉に、俺は又も危うく奔流に飲まれかけてしまった。

「ど、どう言う事だ!」

――つまりだ、主を通して王の余分な魔力を抜き取ろうと言う算段だ。

どうやら俺はあの魔力に対して導体になっているらしく、ただ流すだけなら命に別状はなさそうだ。だからセイバーに直接触れてその魔力を発散させさえすれば、セイバー自身で我を取り戻すだろうと言うのだ。

「……簡単に言ってくれるな」

――王の為だ。なに、魔女殿には黙っておく。心置きなく抱きついてまいられよ。

「なんだよ、それ? ああ、もう良い! わかった、やるぞ」

ランスのふざけた言葉に、俺は頭を抱えながら怒鳴り返した。とはいえ俺の心臓が持つかどうかはともかく、確かに今はそれしかないだろう。俺は腹を括った。

――うむ、では主よ、剣を一本借りる。

「おう、行くぞ! ――投影開始トレース・オン!」

それを合図に一気にセイバーの頭上に向かって翔ぶランス。俺はその軌跡の頂点に一本の剣を投影した。ふわりと空中に浮かんだ剣は、ランスの影と重なると、そのまま真っ直ぐセイバーを串刺しにせんと落ちていく。

「ああああぁぁぁぁぁあ!!」

だが、如何に狂乱しているとはいえ、そこはセイバー。即座に刃を返して落ちてくる剣を弾き飛ばした。

「――っ!」

――今だ! 主よ!

剣が弾き飛ばされた一瞬後、剣の鍔に隠れて一緒になって一直線に落ちていっていたランスが翼を広げ、セイバーの顔に覆いかぶさった。ほんの僅かだけ、セイバーの動きが止まる。

「セイバー!」

そこをすかさず俺が、セイバーを後から抱きすくめた。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「がぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!」

唸り声を上げて魔力を爆散させるセイバー。俺はその魔力を受け止め、歯を食いしばりながら必死で空に流して行く。

「あああああっぁぁぁぁぁ………………」

黄金の奔流で何も見えない、なにも感じない。ただ俺の腕の中に、思いのほか小さく柔らかいセイバーの身体を感じるだけだ。どんどん、どんどん鼓動が早くなる。だぁ、負けるな俺の心臓!

「ぁぁぁ…………ぅ……」

それでも、セイバーから流れ込む魔力を片っ端から引き剥がすうちに、徐々に黄金の奔流が薄れていった。それにつれ、セイバーの口から放たれる叫び声も小さく、溜息に似た吐息に変わって行く。

「……シロウ……」

と、その吐息が、囁きのように小さいが、それでも意味を成す言葉になって俺の耳を打った。

「良かった、セイバー正気に戻ったんだな」

俺はほっと息をついてセイバーの耳元で答えを返した。

「?」

だがセイバーは、そんな俺の声に小さく震えるように身を硬くする。大丈夫か? どんどん小さくなってる気がする。ま、まさか魔力を抜きすぎたとか……

「どうした、セイバー? 気分が悪いのか?」

「シロウ、その……困る……」

困る? 一体何の話だ?

――主よ、気持ちは分かるが何時まで抱きしめているつもりかな?

「……先輩……セイバーさんとなにをしてるんですか?」

そう思いながら、後から俺の腕の中で小さくなったセイバーの顔を覗き込もうと身を捩っていると、いつの間にか周りに集まっていたランスと桜から声が掛かって来た。

「え? ……あ、セ、セイバーすまん!」

「あ、いえ、その……別にいやと言うわけでは……」

「もう、セイバーさんだって女の子なんですから、気をつけてくださいね」

うわぁ、これじゃ俺がセイバーを襲ってるみたいじゃないか! 慌てて手を離すと、ぼそぼそと何事か呟いて顔を赤らめるセイバーを、桜が庇うように奪い取っていった。

「や、やましい事じゃないんだぞ?」

「それはわかってますけど……先輩ですから」

なんだよ、それは? 流石にそれは傷つくぞ。

「ふむ、二の門が開いたようだ」

そんなわけで、一言くらい文句を返してやろう意気込んだところに、アケメス師の静かな声が響いた。
途端、桜もセイバーも、それに俺も表情が引き締まる。遊んでる場合じゃなかったな。

「よし、それじゃ奥に向かうぞ」

少しばかり緩みかけた空気を引き締めるように、俺は皆の顔を見渡しながら頷いた。
まだまだ始ったばかり。さあ、ここからが本番だぞ。





基点核CPUの存在を確認しました。やはり中央のオベリスクである可能性が九十三パーセントを越えています」

「了解しました。碑文の解読は?」

「残念ですが魔力渦の影響で、探査精度が保てませんでした。ただカー生命の搭であると予測されます」

「成程、三つの意味はそれでしたか」

私は情報幕僚の答えを聞きながら小さく頷いた。ただ少しばかり不満はある。補佐官ならば、この解を出した上で総括的な助言まで行ってくるだろう。

「……無い物強請りをしても仕方ありませんか」

私は小さく呟きながら、砂漠の上に陽炎のように揺れる古代エジプトの城砦に視線を戻した。
既に湧き出した木乃伊は二度撃退した。しかし今度はこちらから攻め込まねばならない。とはいえ兵力は限られる。となれば……

「中央の布陣を半分に減らしてください。その分量両翼を厚く、動きの良い編成に組み替えて置くように」

「しかし、それでは次の攻勢に中央が耐えられません、更に言えば……」

「その為に私が居るのです」

私は嘆息交じりに幕僚の声を遮った。ここでもそうだ。アトラスは元々個々人のみで動く組織だった。だからこそ他者に対して興味を持たず、こうして組織だって動く時にどうしても意思の疎通に誤差が生じてしまう。

「次に木乃伊軍が攻勢に出たときに中央を殲滅デリートします。その隙に両翼を城砦内に突入させてください。

「デ、殲滅デリート?」

「復唱を」

「はい、中央を五十パーセントに縮小、その分両翼を強化し突入に備えます」

「よろしくお願いします」

式は成った。後は現実を式に合わせて修正していけば、自ずから解に到達する。
だが、それでもどこか不安は残っている。私はその不可解な感情をもてあましながら、城砦を見据え続けた。

「結局、私もアトラスであると言う事ですか」

ミーナと補佐官、そしてセイバーと士郎・衛宮。自分の届かぬところで式を算定され、解を出される事がこれほど不安であるとは……

「……信じています。皆さん」

だがこれが自分で選んだ道なのだ。人と共にあるという事は、一人で無いということはこういうことでもある。私は気持ちを改め、式を定める準備を整える為に踵を返した。




「うわぁ、相変わらずわらわら出てきてますねぇ」

私は双眼鏡を覘きながら思わず感嘆の声を上げてしまった。本当に、ゴキブリ並みの増殖力だ。いや、双眼鏡に映る様子からすると、どうやら修復している木乃伊の数も大分ある、プラナリヤ並と言うべきか。

「きりがありませんな」

隣で私同様、砂漠に腹ばいになりながら様子を眺めていた現場指揮官が、うんざりした呟きを漏らした。
気持ちは分かる。数に任せた平押しの攻め。更に一種の機像デクに過ぎない木乃伊が相手では、細かな戦術が一切通じない。戦術の妙とは、平たく言えば相手に負けたと思いこませる詐術なのだ。

「とにかく中に入って二十分ほど作業が出来れば、ああいうのを相手にしなくて良いんですけどね」

そんなわけで今、私達は煮詰まっていた。実のところこういった純粋に鉄と火の総量で決まる平押しの戦いは、シュトラウスの一番不得手とするところなのだ。

「いっそ外から燃やしますか」

「あはは、それが出来たら楽なんですけど」

溜息混じりの現場指揮官の声に、私は出来るだけ明るく笑い返した。苦しい時ほどトップは明るく朗らかに、指揮官の鉄則だ。

「二重城壁の内側では届きませんか……」

「木乃伊には火なんですけどね」

それでもやはり詰まっていることに変わりはない。私はマップケースから城砦の航空写真を取り出して視線を落としながら、愚痴のような呟きを漏らしてしまった。目の前の高い城壁、その内側に組まれたもう一つの城壁の中にあるオベリスクが目標なのだ。外に顔を出した木乃伊だけ焼いたところで意味は無い。

「あ……」

それで気が付いた。なんて馬鹿。そんなことに今まで気が付かなかったなんて。

「……良いかもしれませんね、一度燃やしちゃうって」

驚く現場指揮官に、私は手早くいくつかの指示を飛ばした。それを聞いて、先ほどまでの渋面が嘘のように明るい顔で準備の為に走り出した現場指揮官。その背中を見送りながら、私も本心からの笑みを漏らした。そう、なにも馬鹿正直に木乃伊の相手をする必要はない。
電光石火、袖口に隠したスペードのエースで勝負を決める。それがシュトラウスのやり方なのだ。


敵中突破第一弾。まずはセイバーさんのお話です。
結局、最高性能でありながら、チューニング不足が祟ってリタイヤ気味ではありましたが、士郎くん共々、それなりの見せ場は書けたかと。
それでは、後編。他の皆の活躍と相成ります。

by dain

2005/2/9 初稿

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